『淵に立つ』
金属加工工場を営む鈴岡(古舘寛治)のもとを訪ねてきた友人の八坂(浅野忠信)。殺人を犯して服役していたという彼を妻・章江(筒井真理子)に断りもなく住み込みで雇い入れる鈴岡だが、オルガンを教えたことで娘の蛍(篠川桃音)はあっという間に八坂に懐き、いっしょに教会に行くようになった章江と八坂の距離も縮まっていき・・・。
第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞。
人間生きてれば、人にはいえない秘密のひとつやふたつくらい誰でももってるわけで。
なんでいえないかといえばたいていは恥ずかしいことだったり、罪悪感を感じることだったり、「臑の傷」の深さ大きさは人によりけりではあるけど、まあ全身心も身体もどこもかしこも完全無欠な人なんていないわけです。そうですね?そういう何かが、わたしにもあるし、あなたにもあるはずです。ない人なんかいない。
それを受け入れたり許したり、自分なりにうまくつきあっていけるかどうかというところが、社会に生きる人として求められるスキルでもあるわけで、だからおおかたの人は「そんなのしらないよ」的に何食わぬ顔で暮していける。お互いにそんなものがあることなんて忘れて、たまに目に入っても見えないふりをするのが世の中のルールとして、まるで何もかもなかったことみたいにして生きていける。
この物語は、そんな人間同士が互いに見て見ぬふりをしている影の部分を取り出して真ん中に置いて描こうとしている。
たとえば主人公の鈴岡夫妻は当初一見して夫婦には見えない。夫は妻にも娘にも無関心だし、妻も娘しか眼中にない。家はかたづいているし食事の支度も完璧で、工場の経営も夫婦ふたりでやっているはずなのに、彼らの間にはまるで見えない高い壁か深い溝でもあるかのように、はるかに隔たっている。そこにすらりとした浅野忠信がやってくる。常に白いワイシャツに黒く折り目のはいったパンツをきっちりはいて、礼儀正しく物静かな八坂の立ち居振る舞いは往年の高倉健そっくりである。案の定、章江はころっとよろめいてしまう。八坂に弱みを握られているらしい夫はそれを咎めだてしようとしない。そして起こるべくして悲劇が現出する。
設定上、法的に明らかな罪を犯した人物は八坂だけなんだけど、実際に罪を負うのは彼だけではない。そしてそれぞれの罪の重さは、ひとつひとつ取り出してみれば誰にでも心当たりがあってもおかしくないような、なんでもないような罪である。現実問題は別として、少なくとも当事者はそう思っている。にも関わらず、全員がその罪から逃げることができず、がんじがらめに縛られている。投げ出したい、自由になりたい、忘れたい、消し去りたいと切望しながら、そうはできないでいる。
鈴岡夫妻はその罪をふたり黙って背負うことで、夫婦として家族としての結びつきを強めていく。孝司(太賀)は顔も見たことのない父の罪を背負うことで、天涯孤独の自分の存在意義をつかみとろうとする。
イタいですね。痛々しい話ですまったく。
展開がなかなか読めなくて最後の最後まで手に汗握るサスペンスでありつつ、人間ってなんだろう、家族ってなんだろう、愛情ってなんだろうと、観ている間じゅういろいろいろいろ考えさせられる作品でした。濃いです。ここまで濃い映画ってなかなかないね。
出演者の演技がまた見事というか天晴れで、とくに前半と後半でまるで別人のように変化する筒井真理子の熱演にはホントにびっくりしました。筒井さんも夫役の古舘寛治も、ふだんは脇役として目にすることが多い俳優さんだけど、がっちり主役の今作の芝居の生々しさにはムチャクチャびっくりしました。
それにしても浅野忠信よ。この人はなんでしょうね。うますぎるよね。昔、浅野くんを演出したある監督(映画ではない)が「浅野くんの芝居がウマ過ぎて、自分の演出がウマいような錯覚に陥る」といってたのを聞いたことがあるんだけど、ほんとそれね。この作品ではもうとにかく不気味で薄気味悪いのに無駄にエロな殺人犯にしか見えないのよ。画面に出てくる最初から最後まで、台詞があってもなくても、顔が映ってても映ってなくても。そんな俳優いる?いないよね。あと、この作品では浅野氏は画面にまったく出てこないパートもけっこうあるんだけど、映ってないのにめちゃめちゃ存在感がある。不在の存在感。確かハタチそこそこで出た『幻の光』のときもそんなこといわれてたけど、今回もその異様な存在感がすばらしかったです。
それとこの物語、ほとんどすべてのパートで、登場人物たちが行こうとする方向、向かおうとしている方向といちいち逆の方に逆の方に話が転がるようにつくられている。だから場面転換のたびにへっ?なんでっ?とつり込まれていく仕掛けが強引で、観る方にものすごい集中力を要求してきます。
観終わってぐったり疲れたけど、かなりひさびさにずっしりもっちり身の詰まった映画を観たなという気分にもなりました。そういうの、悪くないです。
金属加工工場を営む鈴岡(古舘寛治)のもとを訪ねてきた友人の八坂(浅野忠信)。殺人を犯して服役していたという彼を妻・章江(筒井真理子)に断りもなく住み込みで雇い入れる鈴岡だが、オルガンを教えたことで娘の蛍(篠川桃音)はあっという間に八坂に懐き、いっしょに教会に行くようになった章江と八坂の距離も縮まっていき・・・。
第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞。
人間生きてれば、人にはいえない秘密のひとつやふたつくらい誰でももってるわけで。
なんでいえないかといえばたいていは恥ずかしいことだったり、罪悪感を感じることだったり、「臑の傷」の深さ大きさは人によりけりではあるけど、まあ全身心も身体もどこもかしこも完全無欠な人なんていないわけです。そうですね?そういう何かが、わたしにもあるし、あなたにもあるはずです。ない人なんかいない。
それを受け入れたり許したり、自分なりにうまくつきあっていけるかどうかというところが、社会に生きる人として求められるスキルでもあるわけで、だからおおかたの人は「そんなのしらないよ」的に何食わぬ顔で暮していける。お互いにそんなものがあることなんて忘れて、たまに目に入っても見えないふりをするのが世の中のルールとして、まるで何もかもなかったことみたいにして生きていける。
この物語は、そんな人間同士が互いに見て見ぬふりをしている影の部分を取り出して真ん中に置いて描こうとしている。
たとえば主人公の鈴岡夫妻は当初一見して夫婦には見えない。夫は妻にも娘にも無関心だし、妻も娘しか眼中にない。家はかたづいているし食事の支度も完璧で、工場の経営も夫婦ふたりでやっているはずなのに、彼らの間にはまるで見えない高い壁か深い溝でもあるかのように、はるかに隔たっている。そこにすらりとした浅野忠信がやってくる。常に白いワイシャツに黒く折り目のはいったパンツをきっちりはいて、礼儀正しく物静かな八坂の立ち居振る舞いは往年の高倉健そっくりである。案の定、章江はころっとよろめいてしまう。八坂に弱みを握られているらしい夫はそれを咎めだてしようとしない。そして起こるべくして悲劇が現出する。
設定上、法的に明らかな罪を犯した人物は八坂だけなんだけど、実際に罪を負うのは彼だけではない。そしてそれぞれの罪の重さは、ひとつひとつ取り出してみれば誰にでも心当たりがあってもおかしくないような、なんでもないような罪である。現実問題は別として、少なくとも当事者はそう思っている。にも関わらず、全員がその罪から逃げることができず、がんじがらめに縛られている。投げ出したい、自由になりたい、忘れたい、消し去りたいと切望しながら、そうはできないでいる。
鈴岡夫妻はその罪をふたり黙って背負うことで、夫婦として家族としての結びつきを強めていく。孝司(太賀)は顔も見たことのない父の罪を背負うことで、天涯孤独の自分の存在意義をつかみとろうとする。
イタいですね。痛々しい話ですまったく。
展開がなかなか読めなくて最後の最後まで手に汗握るサスペンスでありつつ、人間ってなんだろう、家族ってなんだろう、愛情ってなんだろうと、観ている間じゅういろいろいろいろ考えさせられる作品でした。濃いです。ここまで濃い映画ってなかなかないね。
出演者の演技がまた見事というか天晴れで、とくに前半と後半でまるで別人のように変化する筒井真理子の熱演にはホントにびっくりしました。筒井さんも夫役の古舘寛治も、ふだんは脇役として目にすることが多い俳優さんだけど、がっちり主役の今作の芝居の生々しさにはムチャクチャびっくりしました。
それにしても浅野忠信よ。この人はなんでしょうね。うますぎるよね。昔、浅野くんを演出したある監督(映画ではない)が「浅野くんの芝居がウマ過ぎて、自分の演出がウマいような錯覚に陥る」といってたのを聞いたことがあるんだけど、ほんとそれね。この作品ではもうとにかく不気味で薄気味悪いのに無駄にエロな殺人犯にしか見えないのよ。画面に出てくる最初から最後まで、台詞があってもなくても、顔が映ってても映ってなくても。そんな俳優いる?いないよね。あと、この作品では浅野氏は画面にまったく出てこないパートもけっこうあるんだけど、映ってないのにめちゃめちゃ存在感がある。不在の存在感。確かハタチそこそこで出た『幻の光』のときもそんなこといわれてたけど、今回もその異様な存在感がすばらしかったです。
それとこの物語、ほとんどすべてのパートで、登場人物たちが行こうとする方向、向かおうとしている方向といちいち逆の方に逆の方に話が転がるようにつくられている。だから場面転換のたびにへっ?なんでっ?とつり込まれていく仕掛けが強引で、観る方にものすごい集中力を要求してきます。
観終わってぐったり疲れたけど、かなりひさびさにずっしりもっちり身の詰まった映画を観たなという気分にもなりました。そういうの、悪くないです。