■Wilder 'N Wilder / Joe Wilder (Savoy)
聴いてみたいのに、なかなか手が出せないアルバムは、どなたにもあろうかと思います。私にとってのそうしたひとつが、これでした。
主役のジョー・ワイルダーが黒人のトランペッターというのはジャケ写でわかりますし、カウント・ベイシーやペニー・グッドマンの楽団アルバムにもクレジットがあったり、またスタジオの仕事として歌伴オーケストラの一員となっていたりして、地味ながらレコーディングも相当多い人なんでしょうが、わざわざリーダー盤が出るほどなんですから、どんなに凄い名手なのか!?
そういう思いを持ち続けていながら、実はジャズ喫茶でリクエストしても置いていない店が1970年代前半までは当然という雰囲気でした。
う~ん、なんかスイング派の人なのか!?
しかし国内盤も出ているしなぁ……。
そして時が流れました。ちょうどその頃、我が国ではグレート・ジャズ・トリオなんていう冠ピアノトリオがジャズ喫茶を媒体にしてブームとなり、そのピアニストだったハンク・ジョーンズという、どちらかといえば地味なベテランの名人が一躍、派手な人気を獲得したのですが、そこであらためて過去の名演が再評価され、突如として浮かび上がった中の1枚が、このアルバムでした。
録音は1956年1月19日、メンバーはジョー・ワイルダー(tp)、ハンク・ジョーンズ(p)、ウェンデル・マーシャル(b)、ケニー・クラーク(ds) というワンホーン編成です――
A-1 Cherokee
モダンジャズ創成のカギとなったスタンダード曲で、チャーリー・パーカーの十八番でもあり、またトランペットが主役の演奏としてはクリフォード・ブラウンの決定的な名演が残されていますから、この演目がド頭というのには期待と不安が並立していました。
ところがここでの演奏は、クリフォード・ブラウンのバージョンとは異なり、あの魅惑のインディアンリズムが出てこず、極めて正統派の快適4ビート♪ しかも趣味の良いハンク・ジョーンズのイントロからジョー・ワイルダーが原曲メロディを断片的にしか出さない見事なフェイクで、つまり初っ端からアドリブを演じるという禁断の裏ワザです! しかもこれが歌心の塊なんですねぇ~~~♪
伴奏のリズム隊も気持ち良すぎるソフトスイングの極致ですから、ハンク・ジョーンズのアドリブも冴えまくり♪ 優雅なピアノタッチ、全てが「歌」というアドリブフレーズの見事さ、ビートのメロウな黒っぽさ♪ まさしく桃源郷です。
演奏はこの後、トランペット対ドラムス、ピアノ対ベースというソロチェンジがたっぷりと演じられ、ケニー・クラークのブラシの妙技とウェンデル・マーシャルの隠れた実力が披歴されるのです。決して手に汗という興奮度ではありませんが、実はジャズのリアルなスリルが存分に味わえます。
全体で10分を超える演奏ですが、全く飽きることがなく、ジャズはアドリブという悪魔の所業にシビレるだけです。
A-2 Prelude To A Kiss
デューク・エリントンが書いたお馴染みのスタンダード曲ということで、このメンバーならではのジェントルな雰囲気が横溢した、これも名演だと思います。特にジョー・ワルイダーの歌いまわしも絶妙ながら、やはりハンク・ジョーンズの優雅なスタイルは最高♪
やはりジャズには歌心が大切という見本のような仕上がりです。
A-3 My Heart Stood Still
これも有名スタンダード曲の楽しい演奏で、力強いリズム隊のハードバップグルーヴに歌心優先のフレーズで対抗するジョー・ワイルダーという構図ですが、やはりハンク・ジョーンズが素晴らしすぎます!
そしてアドリブパートでは、この2人の対決が軸となって、まさに「歌心」の応酬となりますが、ブラシを主体にケニー・クラークも名手の証が嬉しいところでもあります。
B-1 Six Bit Blues
タイトルどおり、粘っこいブルースで、もちろんここでもハンク・ジョーンズが導入部から、言わずもがなの名演です。あぁ、なんて良い雰囲気なんでしょう♪
ですからジョー・ワイルダーのダーティな音使いも憎めません。
う~ん、しかしハンク・ジョーンズは最高♪
B-2 Mad About The Boy
幾分地味なスタンダード曲ですが、ジョー・ワイルダーは原曲のキモであるせつないメロディを、これ以上ない表現力でジンワリと吹いてくれます。もちろんハンク・ジョーンズの絶妙のサポートとアドリブも言うことなし!
こんな素敵なバラード演奏は他人には教えたくないのですが、そこはやっぱり……、ですよ♪
B-3 Darn That Dream
オーラスもシンミリ系の歌物パラード演奏ながら、力強いビート感と歌心がバンド全体を支配した名演になっています。
これは原曲の強いムードゆえのことだと思うのですが、それを変にカッコつけずに素直に演じていくメンバー各々の懐の深さは流石ですねっ♪
ということで、冒頭で述べたとおり、とにかくハンク・ジョーンズが驚異的な素晴らしさ! まあ、本人の実力からしたら、こんなの普通なんでしょうが、それにしても歌心満点のアドリブとジェントルなピアノタッチには完全降伏させられます。
もちろん伴奏やインタープレイの妙技も冴えわたりですから、数多残されたハンク・ジョーンズの名演の中でも決して聞き逃せないセッションでしょう。というよりも、こんな凄い演奏は埋もれさせては勿体ないと思うほどです。
肝心のジョー・ワイルダーも流麗なフレーズと歌心が流石の名人で、その中間派でもハードバップでもないスタイルは、モダンジャズそのものでしょうねっ♪
また日頃は地味な印象しかないベースのウェンデル・マーシャルも実力を完全披露していますし、ケニー・クラークの快適なドラミングもセッション成功に大きな働きだと思います。
名盤ガイド本には掲載されていないかもしれませんが、目からウロコの1枚として、ぜひとも聴いてみてくださいませ。
申し訳なくも、ハンク・ジョーンズ、最高♪♪~♪