■Jazz In The Space Age / George Russell & His Orchestra (Decca)
我が国では、特に人気が無いと思われるアレンジャーのひとりが、ジョージ・ラッセルかもしれません。なにしろやっていることが「頭でっかち」というか、平たく言えぱ、つまらないですから……。
その残された関連音源には緊張感と厳しい雰囲気が強く、和みよりはテンションの高さを求める時には、しかしこれほどジャストミートしてしまう演奏もないでしょう。
さて、このアルバムは「宇宙時代のジャズ」ということで、録音当時よりは近未来を志向した、つまり新しい感覚を追求した前衛作品だと思います。
しかし決してフリーなデタラメではなく、きちんスイングした4ビートがありますし、コードやモードから脱却する試みもあることはありますが、ジョージ・ラッセルが自らの文法で組み立てたであろう、特別な理論に沿った演奏が展開されているようです。
しかも集められたメンバーが侮れません。
録音は1960年5&8月、そのセッションに参集したのがビル・エバンス(p)、ポール・ブレイ(p)、バリー・ガルブレイス(g)、ミルト・ヒントン(b)、ドン・ラモンド(ds)、デイヴ・ベイカー(tb)、フランク・リハク(tb)、デイヴ・ヤング(ts) 等々、当時の凄腕がオーケストラを編成しています。
A-1 Chromatic Universe Prat 1
いきなり、これが驚愕の演奏で、見事な立体音響で録音された左右のチャンネルに定位するビル・エバンスとポール・ブレイが、まるっきり双子のようなピアノ対決を聞かせてくれます。
中央に位置するミルト・ヒントンとドン・ラモンドのリズムコンビも、非常にテンションが高いスイング感が冴えわたりですから、耽美でありながらフリーにも接近したスリル満点なピアノのアドリブが、左右から飛び出してくるんですねぇ~。
その左右のどちらがどちらなのか、実はサイケおやじには全く判別出来ないほどにクリソツという怖さが、逆に楽しくなってしまいますし、この猛烈なドライヴ感は大いに魅力です。
A-2 Dimensions
前曲が些か尻切れトンポで終わったところから繋がっている熱い演奏で、無調のようなバンドアンサンブルから、厳しいコードに縛られたアドリブパートが派生したというか、実にミョウチキリンな構成になっています。ウキウキするようなテーマリフやビートが痛快なんですけどねぇ……。
そして躍動と停滞が共存するそこには、原盤裏ジャケット解説によればアラン・キーガーというトランペッターが若々しい感性を披露し、デイヴ・ヤングのテナーサックスがジョン・コルトレーンの流儀で熱く咆哮しています。
さらにビル・エバンスが自身の一番厳しいスタイルを、さらに凝縮したようなクールで硬質なアドリブを演じて、全く妥協の無い姿勢を示すのです。ガツンガツンのドラムスとベース、不気味なバンドアンサンブルも強い印象を残しますよ。
A-3 Chromatic Universe Prat 2
そして一瞬の間を置いて、再び冒頭と同じパートが現れ、これまたビル・エバンスとポール・ブレイの厳しい対決が! う~ん、これまた和みなんてものとは無縁のクールなドライヴ感が恐ろしくなります。
そして猛烈なバンドアンサンブルが背後から割り込んでくるという、実にエグイ仕掛けも鮮やかですが、やはり大団円に向けて疾走していく左右からのピアノ対決が、実に圧巻! もう、どっちがどっちでも問題にならないほど、耽美が混濁してクールに熱くなった演奏だと納得する他はないと思います。
B-1 The Lydiot
これは「A-2」で使われていたアンサンブルのリフを、さらに強靭にスイングさせた演奏で、アドリブパートではビル・エバンスが痛快なノリを聞かせれば、続くポール・プレイがクリソツなスタイルで、さらにツッコミ鋭く対抗しています。
う~ん、このあたりの激烈な展開は実にアブナイ雰囲気に満ちていますが、良く聴くと部分的にテープ編集が用いられているようです。
ちなみに真ん中に定位しているのがビル・エバンス、左チャンネルからはポール・プレイというステレオミックスからして、A面のピアノ対決は右チャンネルがビル・エバンスだったのでしょうか? なんとなく謎が解けかかった次の瞬間、凄まじい勢いで飛び出してくるのが、フランク・リハクとデイヴ・ベイカーの爆裂トロンボーン! いゃ~、全く凄すぎますよっ!
さらにアラン・キーガーが最高にカッコ良いトランペットで自己主張すれば、デイヴ・ヤングがパワーとスピードを兼ね備えたテナーサックスで突進するのです。
ドン・ラモンドのドラミングも凄いドライヴ感に満ちていますし、録音の良さゆえに細かいニュアンスまでも感じとれる匠の技のドラムスは、本当に聞き逃せません。
B-2 Waltz From Outer Space
前曲がフェードアウトした後に始まる、これまたミョウチキンリンなワルツビートが??? ほとんど意味不明なバンドアンサンブルでは、バリー・ガルブレイスのギターが絶妙のスパイスというか、お目付け役なのかもしれません。
そしてビル・エバンスのピアノが中華メロディを変質させたような、ほとんど「らしく」ないアドリブを披露して、これには違和感が満点! まあ、それでも最後には如何にもという展開となるのですが……。
しかしテナーサックスのデイヴ・ヤングは曲想に真っ向勝負した熱演で、好感が持てます。混濁したスイング感が熱くなっていくバンドアンサンブルとの相性も、この人の感性にはジャストミートなのかもしれません。
B-3 Chromatic Universe Prat 3
そしていよいよ迎える大団円は、またまたビル・エバンスとポール・ブレイのガチンコ対決! ドン・ラモンドのドラミングがますます容赦の無い雰囲気になっていますから、その妥協の余地が残されていない演奏は、本当に宇宙の深淵を覗いてしまったような怖さが……。
う~ん、こんなヤバいムードって、ありきたりなフリーや現代音楽でも、なかなか聴くことの出来ないものじゃないでしょうか? 少なくともサイケおやじには、怯え心のクライマックスになっています。
ということで、やっぱりゾクゾクするほどのアルバムです。
全体の構成としても、じっくりと練られたものがあって、LP片面を聴き通すことによる美学、さらにアルバム全体をトータルなものにする意図が感じられます。ただし、それゆえにテープ編集とかダビングも使われているのかもしれません。
ちなみに要所で現れるプログレ系の効果音は、ジョージ・ラッセル自身が打楽器や紐を駆使して作りだしたものとされています。
このように、ちょいと馴染めない演奏集ではありますが、それを見事に救っているのがドン・ラモンドの素晴らしいドラミングだと思います。この人はビッグバンドからスタジオの仕事まで万能に敲ける名手ですが、こんなに難解なセッションを最高にスイングさせた腕前が、録音の素晴らしさもあって、存分に堪能出来るはずです。
それとビル・エバンスの異様とも思える硬派な姿勢は、ジョージ・ラッセルとの信頼関係があればこその本気というか、ファンが求める耽美やクールな甘さとは対極の心情吐露だと思います。
たまにはこんな厳しいアルバムで、キリッとする休日も良いんじゃないでしょうか?