■Porgy And Bess / Hank Jones (Capitol)
ハンク・ジョーンズは今でこそ、モダンジャズの巨匠にして超人気ピアニストになりましたが、それは例の「グレート・ジャズ・トリオ」以降の評価だと、個人的には思っています。特に我が国では、そうじゃないでしょうか?
もちろん、その趣味の良い音楽性と洒落たピアノタッチ、優雅にして黒人感覚も滲むアドリブの素晴らしさは万人の認めるところだったと思いますし、モダンジャズ全盛期の1950年代を中心に残された名演の数々は、それが名盤となる重要な働きをしていました。
ところが同時期の本人はライブの現場より、スタジオの仕事を優先させていたようですから、ジャズマスコミでの取り上げ方も少なく、当然ながらジャズ喫茶の人気盤となるような派手なリーダー盤は出していません。
しかし地味ながらも、シブイ魅力というか、ディープなジャズ魂に裏打ちされた素敵なアルバムは作られ続けていたのです。
例えば本日ご紹介の1枚は、ガーシュインの集大成とも言える黒人オペラの傑作「ポギーとベス」から作られた企画盤で、同種のアルバムとしてはマイスル・デイビスとギル・エバンスのコラボ盤とか、あるいはボーカル物ではサミー・デイビスとカーメン・マックレーの共演盤等々は有名ですが、こちらも捨て難い魅力に溢れています。
録音は1958年、メンバーはハンク・ジョーンズ(p)、ケニー・バレル(g)、ミルト・ヒントン(b)、エルビン・ジョーンズ(ds) という驚くほどにハードな面々が、実にシブイ演奏を聞かせてくれます。
A-1 Summertime
A-2 There's A Boat Dat's Leavin' Soon For New York
A-3 My Man's Gone Now
A-4 A Woman Is A Sometime Thing
A-5 Bess, You Is My Woman
B-1 It Ain't Necessarily So
B-2 I Got Plenty O' Nuttin'
B-3 Oh, I Can't Sit Down
B-4 Bess, Oh Where's My Bess
B-5 I Ain't Got No Shame
結論から言うと、何れの曲も長くて4分弱ですから、丁々発止というアドリブの応酬は聞かせれません。しかしナチュラル感覚でアレンジされたバンドアンサンブルの見事さ、そしてシブイ個人技が随所で光るという、聴くほどに味わいが深まる名演ばかりだと思います。
例えば「Summertime」では、ハンク・ジョーンズがジンワリと弾いてくれるイントロの素晴らしさ! それに続くテーマメロディのフェイクの上手さ♪♪~♪ 最初は地味で肩透かしだと思いましたが、今ではそこが聴きたくて、このアルバムを取り出すほどです。
また「There's A Boat Dat's Leavin' Soon For New York」での、実にイヤミの無い緻密なアレンジは最高です。アドリブなんて不粋なものは必要ありませんね。しかしこれも、立派なジャズの決定版だと確信出来るのです。
そのあたりは「My Man's Gone Now」にも感じられ、極限すれば、とても4人で作り出しているとは思えないほど、濃密な演奏になっています。そして何となくMJQに共通する味わいさえも感じるんですが、こういう手法はジャズが本来持っている自然な躍動感を損なう恐れもありながら、このメンツには心配ご無用でしょうねぇ。
バンドのノリが曲によってはスイング系のタテノリ4ビート感を強くしているのも結果オーライでしょうか。冒頭の「Summertime」や「A Woman Is A Sometime Thing」では、ジャンゴ・ラインハルトあたりの所謂ジプシースイングの味わいさえ漂いますが、しかしハンク・ジョーンズのピアノは、あくまでもお洒落なモダンジャズ♪♪~♪ エルビン・ジョーンズの順応性にも共感を覚えます。
またケニー・バレルの控え目な好演も印象的で、ようやく活躍出来た「Bess, You Is My Woman」での地味なフレーズ展開とか、「It Ain't Necessarily So」におけるブルースな表現力は流石! ちなみに後者は、このアルバムの中では最もハードバップしていますが、それだってソフトな黒っぽさが秀逸の極みだと思います。
さらに躍動的なバンドアンサンブルが冴えわたる「I Got Plenty O' Nuttin'」では、ハンク・ジョーンズの両手バラバラ弾きや美メロのアドリブが飛び出しますし、名手揃いのカルテットが個人芸の本領発揮! まさに間然することの無い仕上がりでしょう。
そして粘っこいグルーヴが全開していながら、とてもお洒落なフィーリングの「Oh, I Can't Sit Down」、カクテル系のアレンジで演奏される「Bess, Oh Where's My Bess」に秘められた、実にしぶといジャズ魂には泣けてくるかもしれません。
こうして迎える「I Ain't Got No Shame」の大団円は、ケニー・バレルがギターのボディを敲く合の手も楽しい急速テンポの演奏ですが、メンバー全員が腹八分を心得たあたりは賛否両論かもしれません。しかしアルバム全体の構成や流れからすれば、これしか無いと思います。
ということで、アドリブよりはハンドアンサンブルやシブイ個人芸を楽しむアルバムだと思いますが、もっと言えば、BGMとしても有用だと思います。
実際、このアルバムの盤質が良好なブツは意外にも入手が難しく、それはアメリカ白人社会では日常というホームパーティ等で使われていた所為だと思います。
ちなみにハンク・ジョーンズには、同じメンバーで作ったもうひとつの和み盤「Here's Love (Argo)」があって、しかしそれに比べても一段とアンサンブル重視の姿勢が、ここでは鮮やかだと思います。
元ネタとなったオペラの「ポギーとベス」は、メジャーとしては初のオール黒人キャストによるミュージカルで、ジョージ・ガーシュインが黒人音楽を徹底的に研究して作り上げた執念の一代傑作ながら、1935年と言われる初演当時は決して評判は良くなかったそうです。
まず「ミュージカル」じゃなくて、「オペラ」ですからねぇ~。その両者がどう違うのか、サイケおやじには判別がつきませんが、当時のアメリカでの人種差別意識を鑑みれば、そういう大上段に構えた姿勢は……。
しかし楽曲や構成の素晴らしさが、少しづつではありますが認識されたようで、特に欧州を中心に好評が続き、ついには1958年に至って映画化され、傑作となりました。現在、出まわている様々なカバーアルバムは、そこから便乗して作られたといって過言ではなく、このアルバムも当然ながら、そのひとつでしょう。
ところで、驚いたというか、嬉しかったというか、このアルバムはCD化されていました。そして私は先日、某中古屋で発見して即ゲット♪♪~♪ しかも紙ジャケット仕様だったんですよっ! あぁ、我が国のレコード会社も、やってくれますねぇ~♪♪~♪ これで傷みがせつなくなっているアナログ盤には、ラックで安眠してもらいましょう。
そしてこれを鳴らしていれば、その場の雰囲気の良さは保証付きです。最近、何かとギスギスしてシビアなサイケおやじの仕事場にも、これさえあれば和みが広がるのでした。