■扉の冬 / 吉田美奈子 (ショーボート)
我国の女性歌手で、私が最も好きなひとりが吉田美奈子です。
そして本日の1枚は彼女のデビューアルバムとして、リアルタイムでは売れませんでしたが、いつまでも新鮮な空気が封じ込められている、サイケおやじには永遠の愛聴盤♪♪~♪
今日までのプロフィールとして、彼女は昭和48(1973)年秋に発売された、このデビューアルバムが芸能界への登場とされていますが、実はそれまでにも様々なセッションに参加し、密やかにレコーディングも残していたのは言わずもがなでした。
そして私が初めて吉田美奈子の歌に接したは、某大学のサークルが主催したイベントで、ピアノの弾き語りだった歌からは、サイケおやじが大好きなローラ・ニーロと同じ雰囲気が濃厚に表出されていたのですから、たまりません。もちろん今に繋がるソウルフルにして静謐な歌の上手さも強烈でした。また、この時の彼女はフルートも聞かせてくれたのですが、後に知ったところによると、吉田美奈子は高校の時、きちんとした音楽教育を受けていて、フルート科に在学していたそうです。
で、これからしばらく後に発売されたのが、本日のデビュー盤ということで、ほとんど出た瞬間に買った日本人歌手のレコードとしては、これが初めてぐらいだと自分でも自覚しています。
A-1 外はみんな
A-2 待ちぼうけ
A-3 扉の冬
A-4 ねこ
A-5 綱渡り
B-1 変奏
B-2 かびん
B-3 ひるさがり
B-4 週末
収められた楽曲は全て、吉田美奈子の作詞作曲によるもので、当然ながらピアノも自ら担当していますが、それを支えるバックの面々は鈴木茂(g)、松任谷正隆(key)、細野晴臣(b)、林立夫(ds,per) というキャラメルママなんですねぇ~♪
そうしたところから、このアルバムはユーミンの最初のアルバム「ひこうき雲」と否が応でも比較される運命にあるわけですが、発売されたのはこちらが先でした。
ただしプロとしての活動は明らかにユーミンの方が早かったようで、なんと中学生だった頃からソングライターとして裏方ながらメジャーな芸能界に関わっていたユーミンに対し、吉田美奈子はアングラだったと思います。
またレコードデビューにしても、ユーミンは昭和47(1972)年にシングル盤「返事はいらない」を既に出していたのです。
しかしキャラメルママという、ある意味では後の日本のボップスの在り方を決めてしまったセッショングループとの成果という点では、明らかに吉田美奈子の「扉の冬」が最初だと思います。
これはあくまでも個人的な感想で、独断と偏見ではありますが、ユーミンの「ひこうき雲」やそれに続く「ミスリム」で成し遂げられている歌と演奏は、ユーミンの楽曲を上手くアレンジしたところに彼女の歌があるのに対し、この「冬の扉」に収められた楽曲は、吉田美奈子が自作自演のピアノの弾き語りが最初から強くあって、それにキャラメルママが彩りを添えている雰囲気だと思います。
もちろん曲によって使われているストリングスのアレンジにしても、吉田美奈子が主に手掛けているわけですから、さもありなんです。
そして、このあたりは言わずもがなですが、彼女の歌の上手さ、力強さ、ソウルフルな感性と、決して無縁ではないでしょう。
肝心の歌と演奏では、まずA面ド頭の「外はみんな」からいきなり飛び出してくるファンキーポップな世界に、ドッキリ! 幾分やぼったいメロディと彼女の歌いっぷりが、如何にもニューヨークっぽいアレンジで包まれているのですが、しかし細野晴臣の動きまくるエレキベース、さらに林立夫のビシバシのドラミングが、それをきっちりと支えている周到な計算は流石!
ちなみに細野晴臣のペースワークがチャック・レイニーという、アメリカの音楽業界では超有名な黒人セッションプレイヤーから影響を受けているという事実を知ったのも、この頃でしたが、個人的にはジェームス・テイラーの傑作アルバム「マッド・スライド・スリム」でバックを務めていたリー・スクラーからの影響も否定出来ないと、僭越ながら思っています。
そのあたりは続く「待ちぼうけ」や「週末」での、早すぎたジャコ・パストリアス風味のプレイや、低い重心とビートの芯の強さが凄い「綱渡り」、しなやかなコードの解釈が流石の「かびん」等々、まさにベース奏者としての細野晴臣が存在証明!
ですから主役の吉田美奈子を含む纏まりは、これがレギュラーのバンドと同じフィーリングで最高ですよ♪♪~♪ 特に「綱渡り」の千変万化で躍動的な演奏が、最終パートで強烈な変拍子に変転していくところは、どんなプログレバンドよりも過激で進歩的だと思います。スティーリー・ダンも真っ青でしょうねぇ♪♪~♪
そして吉田美奈子の作る楽曲は、決してポップなメロディがあるわけでもなく、詩だって抽象的で前衛芸術のような、シュールな余韻があるのですが、ただしそれが吉田美奈子の凄い歌唱力で歌われる時、例えようのない無垢な世界が現出するのです。
なんたってアルバムタイトル曲からして「冬の扉」じゃなくて、「扉の冬」ですからねぇ~。
確かにローラ・ニーロのクールな部分の影響も色濃く、またゴスペルやジャズスタンダードの雰囲気も滲み、さらに歌謡フォークの一番暗い部分も取り込まれていることは否定出来ません。しかし、これだけダークで冷静な描写をされた歌であるにもかかわらず、聴き終えた時の妙な安堵感は、本当に不思議な魅力です。
ご存じのように、吉田美奈子は一般ウケしたヒット曲やバカ売れしたアルバムは出せませんでしたが、その歌声の強さは大勢の人を捕えて離さないものがあります。それは山下達郎やユーミン等々、多くのセッションにコーラスで参加した結果として、聴けば一発でわかる「声」の素晴らしさ!
また山下達郎と組んだ楽曲での作詞の素晴らしさは言うまでもないでしょう。極言すればユーミンの詩の世界は女性優位の理解度だと思いますが、吉田美奈子は極めて女性的な表現でも、しっかりと男に共感を与えるんじゃないでしょうか? これはあくまでも私見ですが。
ということで、このアルバムもまた、日本の歌謡芸能史に屹立する名盤!
と、言いきって、私は後悔しません。
ちなみに掲載した私有盤は、既に2枚目のレコードですが、最初に買ったLPは以前に飼っていた猫に盤面を傷つけられ、それがなんと「ねこ」のところだったというのは出来過ぎた話でしょうか。いや、これは本当なんですよ。そして聴けなくなって中古で再入手したというわけです。
機会があれば、皆様にもぜひ、聴いていただきたい傑作盤!