■ちいさな秘密 / 石川さゆり (日本コロムビア)
ということで、ご紹介するのは、石川さゆりが昭和50(1975)年3月に出した、おそらくは6 or 7枚目のシングル盤です。
皆様ご存じのとおり、今や大御所の彼女も、昭和48(1973)年の公式レコードデビュー以来、それなりに注目され、テレビ出演も度々ありましたので、「名前」と「顔」は売れていたんですが、やっている、あるいは、やらされていた事は幾分中途半端というか、正統派歌謡曲のアイドルシンガーみたいな扱いだったもんですから、ど~にもブレイクらしき状況も無く……。
ようやく大きなヒットを放ったのは昭和52(1977)年の「津軽海峡冬景色」という芸歴があればこそ、それまでに出していた楽曲が所謂「黒歴史」的に扱われるのは、いかがなものでしょう。
実は中古市場でも、彼女のコアなマニアのみならず、最近は昭和歌謡曲の後追いコレクターの標的になっているのが、売れなかった時期の石川さゆりのレコード!?
なぁ~んていう、個人的には聊か信憑性に欠けると思ってしまうムーヴメントがあるらしく、だからこそ、それに釣られて掲載盤をゲットしてしまったサイケおやじが、ここまでの言い訳を弄しているわけですが…… (^^;
それはそれとして、肝心の収録A面曲「ちいさな秘密」は、ロストバージン&ロストラブを綴った吉岡オサムの歌詞に、市川昭介が「明るめ」の演歌節を附したミディアムテンポの歌謡曲であり、そのネクラにならない調子の良さを演出したアレンジは、高田弘のイイ仕事♪♪~♪
ですから、石川さゆりも、歌詞の世界の前向きな姿勢と女の強がりを演じるという、なかなか「ふっきれた」歌唱を聞かせて披露しているんですが、サイケおやじとしては、これじゃ~、彼女の立ち位置が、さらに曖昧になって…… (^^;
みたいな感想が浮かんでしまうばかりなんですが、もちろん、これは現在の気分であり、リアルタイムじゃ~、全く記憶にも残っていなかった楽曲というのが、本当のところです (^^;
でもねぇ~~、だから……、これを「黒歴史」扱いするのは、ちょっと悲しいですねぇ…… (^^;
ちなみに、こ~ゆ~歌謡世界は殊更演歌系では定番的に用いられた楽曲が幾つもある中で、例えば西川峰子の公式デビューヒット「あたなにあげる」に重なる雰囲気は隠し様も無いと思いますが、それは昭和49(1974)年7月の発売とされていますから、そこから、なんらかの影響があったのか?
なぁ~んていう勘繰りも、最後に書き記しておきますね (^^;
もちろん、ご判断は皆様次第ということで、よろしくお願い申し上げます <(_ _)>