マニアとかコレクターと言われる人達は、同じタイトルのアルバムを何枚も持っていますが、若い頃の私には、それが不思議でなりませんでした。
だって、演奏が同じなんですから、とんでもない無駄遣いに思えたんですねぇ。もっと別な作品を買った方が良いわけですから……。
ところがある日、忽然とその意味が分かったのです。
例えばアナログ盤は同じ演奏を収録していても、レコードそのものの製造過程で音が完全に違う例が、多々存在しています。その原因はビニールの材質とかカッティングする時の音圧レベルの違いとか、出来上がったレコードの重量の差とか、キリが無いほど挙げられます。
で、それに気づかされたのが、本日のアルバムです――
■YEAH ! / Charlie Rouse (Epic)
チャーリー・ラウズは、1959年頃からセロニアス・モンク(p) のバンドレギュラーとして活躍した黒人テナーサックス奏者で、そこで残された膨大な量の演奏が一番有名でしょう。
ただ、そこでの演奏は何時も同じ様なフレーズばっかり吹いているとか、あまり良いことは言われていないのが一般的かもしれません。少なくとも私の周囲では、そういう評価です。
しかし実は、しぶとくリーダー盤も出している実力者! それもセロニアス・モンクとの共演とは、ちょいと違った味わいがあって、どちらがこの人の正体かわからなくなるのが、深いところ♪
このアルバムは中でも特に素晴らしい出来栄えの隠れ人気盤です。
録音は1960年12月20~21日、メンバーはチャーリー・ラウズ(ts)、ビリー・ガードナー(p)、ペック・モリソン(b)、デイヴ・ベイリー(ds)という、所謂ワンホーン編成です――
A-1 You Don't Know What Love Is
モダンジャズではソニー・ロリンズの名演が決定的なスタンダードですから、同じテナーサックス奏者のチャーリー・ラウズにとっては最初から分の悪いところですが、いえいえ、ここでは一味違った名演を聞かせてくれます。
まずテナーサックス本来のハスキーな音色、フススススス~というサブトーンの響き、ちょっと思わせぶりに心をこめたテーマ吹奏にシビレます♪
全体にゆったりしたテンポながら、力強いペック・モリソンのベースにリードされたリズム隊のグルーヴも最高ですねぇ♪ チャーリー・ラウズも気持ち良さそうに、ジワジワと染み入るアドリブを展開して素晴らしい限り♪ こういう一面はセロニアス・モンクとのセッションでは、あまり聞かせてくれませんからねぇ。本当に魅力があります。
またピアニストのビリー・ガードナーは有名ではありませんが、レッド・ガーランド系の好ましいスタイルですから、このアルバムで目をつけたファンも多かろうと思います。
A-2 Lil Rousin'
躍動的なゴスペル風のテーマが素敵なブルースで、そこから擬似ジャズロックになって、さらに痛快な4ビートに転じていくリズム隊が、まず秀逸です。
チャーリー・ラウズは何時ものように、思い出し笑いのようなフレーズばっかりを執拗に連発していますが、同じ様に聴こえてもなお、不思議な味わいがたまりません。
リズム隊では、ここでもペック・モリソンのベースが素晴らしいですねぇ。こういう自然体のグルーヴがあればこそ、バンド全体がスイングするんじゃないでしょうか。ビリー・ガードナーのグイノリも魅力があります。
A-3 Stella By Starlight
これも有名スタンダードですから、ド頭の「You Don't Know What Love Is」と似たような解釈を聞かせてくれるチャーリー・ラウズのシブサに参ります。なによりもハスキーなサブトーンの音色がたまりません♪ バンド全体で醸し出す、ゆったり感のグルーヴも最高!
これぞモダンジャズ正統派のテナーサックスだと思います。
ビリー・ガードナーが聞かせるブロックコード弾き主体のピアノも、明らかにレッド・ガーランドの影響下ながら、より硬めのタッチが黒っぽさに繋がっていて、憎めません。
B-1 Billy's Blues
そのビリー・ガードナーが書いたソウルフルなブルース曲は、如何にもハードバップの魅力に溢れていますが、チャーリー・ラウズのテナーサックスは流石にセロニアス・モンクとの共演で虐められているだけあって、一筋縄ではいきません。
わざとタイミングをずらすようなフレーズの妙と変態アドリブメロディが、ありきたりのブルース解釈を逸脱していて新鮮です。
対するビリー・ガードナーはゴスペル味までも滲ませて、こっちは真っ向勝負! このコントラストがバンド全体の気持ちが良いノリになった感があります。
そしてここでもペック・モリソンが大活躍! エグイ伴奏と外し気味のベースソロは蠢くような迫力に満ちているのでした。
B-2 Rouse's Point
タイトルどおりにチャーリー・ラウズのオリジナルですが、なんとなくジョン・コルトレーンに似たような曲があったような……。
まあ、それはそれとして、ここはアップテンポで烈しく突っ込むチャーリー・ラウズとイケイケのリズム隊の対決がスリリングです。このあたりの適度な緊張感は、エキセントリックなセロニアス・モンクとの共演では楽しめない味ですから、同じ様なフレーズを吹いているチャーリー・ラウズにしても、リスナーは楽しみ方が自ずと違ってくるんじゃないでしょうか。
ステックに持ち替えたデイブ・ベイリーが大奮闘です!
B-3 No Greater Love
オーラスは、またまた有名スタンダード曲が穏やかに演奏されていますが、ここでのチャーリー・ラウズは比較的硬めの音色でテーマメロディを吹いていますし、寄添うペック・モリソンのベースも基本に忠実です。
こういうリラックスした安心感というものも、ジャズの楽しみのひとつなんでしょうねぇ。ちょっと緊張感が足りないような気も致しますが、結果オーライのやすらぎがいっぱいです。
ということで、個人的にはA面をひたすらに愛聴しています。
で、冒頭の話に戻りますが、私は最初、ソニーから1300円で発売された廉価盤を聴いていました。ところがある日、ジャズ喫茶に集う先輩の家でオリジナル盤を聞かせてもらったところ、その音の密度というか、鳴りの凄さに驚愕させられました。
まあ、その時はオーディオ装置も違うしなぁ、と思っていたんですが、ひょんな事からその先輩のオリジナル盤を私が借りられる幸運に恵まれ、喜び勇んで自分のプレイヤーで再生したところ、やっぱり私有の廉価盤とは全く違う音が出てきたんですから、驚愕です。
それはまず、音圧の違いというか、盤面の溝み刻まれた音を針が抉り出すが如きグイッという音なんですねぇ~。ベースの音の太さ、ピアノタッチの強さ、テナーサックスのサブトーンの深み、シンバルの潔さ……、等々が本当に生々しいわけです。
今になって思えば、それがオリジナルの魅力なんですが、当時の私にはそれよりも、アメリカの凄さみたいなものを強く感じました。なにせ、なんでもアメリカ一番という教育を受けた世代ですから……。
ということで、そうやってオリジナル盤の魅力の虜になった私は、数年後に念願のそれを入手して聴きまくりでした。
ただし今は手元にありません。実は神戸地震で被災した友人を助けるためにオークションに出したのです。そして今はCDを愛聴しているのですが、これもまた時代の音というか、仕事場での憩いに流したりすると、やっぱり安らぐ演奏の魅力に参っているのでした。