九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

ネトウヨ諸君の戦争観、9条観  文科系

2017年11月22日 06時04分31秒 | 国内政治・経済・社会問題
 このブログ10年で多くのネット右翼諸氏と討論し合ってきた。ここの「9条バトル」という名前を見て反論を述べてやろうということで訪れてくる人がとても多いのである。こういう論議からいつしか、こんなことが僕の中で整理されてきた。彼我の「9条を巡る決定的な(世界観的な)分かれ道」が何かあるようだが、それは何かと。このことにつき彼らに対するある仮説がこの10年で浮かび上がってきて、その大詰めのような議論が2015年8月末に延々と続けられた。

2015年8月25日エントリー「ネットウヨク諸氏の大前提」から、30日「またまた、反米保守さんへ」まで。その間にさらに26、28日、29日と3本のエントリーが続き、無意味・有意味玉石混淆で、それぞれこれだけのコメントが付いた「大激論?」であった。25日25本、26日25本、28日16本、29日7本、そして30日13本である。だんだんコメント数が少なくなって来たのは、右の方々が考えた事もないこちらの言い分がやっと分かり始めてくるにつれて、次第に返事が出来なくなってきたのだと僕は理解した。ただ、こんなことも言えるはずだ。これだけ応答が持続したということは、それなりに会話が成り立っていたということ。良くあるように、双方が「紋切り型の反論」を語り続けただけなら平行線ですぐに終わり、こんなにコメント応酬が続く訳がない。右の方々にもそれなりの興味が持続したということだろう。この点はいつもながら良かったと思っている。

 この議論の最初と最後、二つのエントリーにまとめた彼らの特徴(の抜粋)を改めてここに皆さんにエントリーとしてお示ししたい。よろしくお願いいたします。


【 ①ネトウヨ諸君は、戦争違法化ということを不可能としか考えた事がない。20世紀二つの総力戦への反省などこの流れの歴史にもほとんど無知である。一定知っている人でも、戦争を無くすなどというのは一時の思いつきないしは幻想だと考えている人がほとんどだろう。
戦争違法化など幻想であるという考え方というか感じ方の背景、理由に、社会ダーウィニズム風のこういう「思想」が存在する。戦争、人間の争いというものを「永遠の現実」と認識するということだ。ただしこういう「思想」の内実は、①のようなその反対物を知らない人が多く、これを考えた事がない人がほとんどだから、みずからの社会ダーウィニズム風「思想」にも無自覚である場合がほとんどである。そして、こういう無自覚な「観念」は感性的なものでもあって、きちんとした言葉になっていないから討論にもならない。
③この二つが大前提として存在するどんな考え方、政治論も、その出発点はこういうことにしかならない。
「戦争は永遠の現実で、攻めてくる国は必ずある。それに備えることが国家外交の最大問題だ」
 この戦争対策の問題はそれどころか、国家の全てになってしまう場合も多い。彼らの「憲法守って国滅ぶ」という揶揄はそういうことだ。ヒトラー、東條の軍国主義もそんな例と言える。「テロとの戦争」も、国家存亡がかかってしまうように理解する人々には軍国主義にしかならないだろう。911以降の米国は軍国主義者が急増した時代、国と言えるはずだ。

 こう整理した時に僕の場合、彼らの言い分がすっきり理解できるようになった。この3点に触れない彼らへのどんな議論、反論も、空回りに終わるはずだとも。「無意識あるいは無理解な大前提」って、おそろしく怖いもんだということだろう。

 なお社会ダーウィニズムとは、動物進化の理論を人間社会(論)にも当てはめたものである。進化論とは又、環境によく適応した動物は身体をもそのように変えていくこと、そういう身体変化史として動物進化があるということ、というような適者生存の理論とも言えよう
 この社会ダーウィニズムで最も有名な日本人が、明治の東大総長・加藤弘之。著書には「人権新説」があるこの人、日本が進化的強者である欧米(白人)列強に対していくことができる道というものを必死に考えた。社会ダーウィニズムに出会って捻り出したその道が「天皇中心の強力国家」というものだった。これでもってこそ、日本国が弱肉強食的世界に進化、適応していけると。

 アジア太平洋戦争敗戦は、こういう思想の敗戦でもあった。 】


【  反米保守さんのコメントはダブり投稿が三回もあったが、結局このことしか語っていない。
 社会ダーウィニズムは誤っていると、文科系が言って、次に②即、文科系が正しいと文科系が語っているに過ぎないと。まず、彼の最新のコメント全てから、僕への反論文言をあげておこう。
『1、反米保守の理論は社会的ダーウィニズムだ。2、社会的ダーウィニズムは間違っている。3、だから(??)私(文科系)が正しい――なぜそうなるのか。』
『今現在戦争をなくせていないのに、50年後には人類全員の不断の努力でなくせているなんていうのは問題を未来に先送りしているだけの現実逃避でしかない』
『 またぞろ「もう相手にしない!」と泣き言が入る頃だと思うので、先に書いておきますが、・・・・・・なにかといえば「俗論だ!」「社会的ダーウィニズムだ!」で話は済むと考えておられるようですから』

① さて、貴方が最初に痴話げんかと国の戦争は同じと書いたから、これは社会ダーウィニズムの一種だと僕が書くことになって、これは誤りだと述べたのである。そのときまで貴方は、社会ダーウィニズムがなんたるかなど、一度も書いていなかった。きっとご自分が言ったことが社会ダーウィニズムになるということなど、とっくにお忘れになったのだろう。便利な記憶というしかない。
②今回あなたは社会ダーウィニズムが誤りだと、初めて書いてきた。その事から即「僕が正しい」と僕が語ったと貴方が語っているが、僕はそんな単純なことを語ったのではない。その間に僕は、こういう論理を展開してきた。
③まず最初にこれを述べた。例えば痴話げんかと国の戦争が同じ(本質の)ものならば、戦争はなくなるはずがないということになるだろうねと、指摘した。社会ダーウィニズムとは、動物の争いと人間の国の戦争とを同一視するものだからである。これが可能ならば、戦争は永久に無くならないが、これが可能でないと述べた訳なのだ。
④次に、社会ダーウィニズムが誤りと退けられたら、もう貴方と僕はいずれもただの未来論同士であると僕が言ったよね。そうなると、いずれもこれまでの世界史の流れの知識を総動員して、どちらが正しいかを競い合うしかないはずだと、そう僕は語ったよね。
⑤その上で僕はこう言った。19世紀までと違って20世紀には、歴史上初めて国際(平和)組織が出来て、そこで人類史上初めて世界的な戦争違法化が話し合われた。そこから、国連警察軍も出来た、と。もちろん、アメリカ、中国のように新たにこれに反する流れも生まれているがその上でなお上のことを以下のように展開したいと、僕は言ってきたよね。
(中略)
 その上で僕はこう述べてきた。
⑥世界の人々は、もし戦争が無くせるものならば無くしたいと、先ずほとんどの人が思っているはずであると。それらの人々と僕は、上のような歴史の流れを語りあいたいのである。これへの反論は今まで、(無意識のそれも含めた)社会ダーウィニズム以外に僕は出会ったことがないということも付け加えてのことだ。

 こういう僕の①~⑥がずっと示されているのに、貴方がこれへの全面的反論を書いてきた事など皆無ではないか。あなたが反論した内容は当エントリー冒頭の文章だけ。こんな内容はもう聞き飽きたから、以上の全体への反論を僕は求めていると言ってきたのだが。 】

 この最後のエントリーには、この間ずっと最多言を費やされていたお相手からは、何の反論もなかった。


(2016年5月5日ここに初出。直前のエントリー「僕の9条堅持論」を巡る理論問題として再掲します)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

僕の九条堅持論   文科系

2017年11月22日 05時58分36秒 | 国内政治・経済・社会問題
 以下は、11年3月9日にここに載せた拙稿である。ざくろさんという右の人物と論争した直後に書いたものだ。ここの過去で最も勉強されていて、自分でもあれこれとよく考えて来られたと僕には思われた右の人物だったから、こんなことを改めてまとめて応える気になったのだろう。良い論争相手は、物事をより根源から考えさせてくれるということなのだろうと、振り返ることが出来る。
 興味のあられる方は、ご笑覧、よろしく。


【 僕の九条堅持論 2011年03月09日

 ざくろさんという方が、ここでおかしな事を述べられた。
『原理原則から述べれば当然現行憲法は破棄されるべきものなんですけどね。』
 自衛隊という陸海空軍と憲法との矛盾について、これが、原理原則を本末転倒させた論議であるのは明らかだ。なし崩しに軍隊を作って、世界有数の規模と成し、強引に解釈改憲を通してきたやり方こそ、憲法という原理原則を踏みにじったと語るべきである。こんなことは、小学生でも分かる理屈だ。1国の憲法というものは本来、そういうものだと日々教えているはずだからである。
 あまつさえこの間に、この憲法を守ることが出来る世界作りを大国日本が率先して呼びかけ直す道も、「以下のように」あり得たのである。自衛隊を作る背景、原因にもなった冷戦体制が終わった時とか、サブプライムバブル弾けに端を発して100年単位ほどの世界大恐慌状態に落ち込んだ時とかに。そういう絶好の機会において、日本が国連でアメリカの投票機の役割しか果たしてこなかったのは、実に情けないことだ。なお、この恐慌は持ち直したという声があるがとんでもない暴論だと思う。世界にこれだけ失業者がいては、株が少々上がったところで、健全な経済状況などと言えるわけがないではないか。それが民主主義の観点というものであろう。
 

1 さて、古今東西、戦争の原因はどんどん変ってきて色々あり、一様ではない。よって「戦争を必然とする人間の本性」のようなものがあるとは、僕は考えない。これが存在するから今後も戦争は永遠に少なくならないというようなことを語るとしたら、その論の正しさを先ず証明してからにして欲しい。こんな証明は論理的にも、現実的にも不可能なはずだから「攻めてくる国があるから対応を考えなければならない」という立論だけでは、全く不十分な議論である。特に長期スパンで戦争をなくしていく視点が欠けたそういう論議は、万人に対して説得力のあるものではないだろう。
 20世紀になって、第一次世界大戦の世界的惨状から以降、そして第二次世界大戦以降はもっと、戦争違法化の流れが急速に進んできた。この流れは、18世紀西欧に起こった「自由、平等、博愛」の声に示されるような「人の命は権利としては平等に大切である」という考え方が定着してきた結果でもあろう。つまり、民族平等や国家自決権なども含んだこういう流れが、後退や紆余曲折はあっても近現代史に確固として存在するのである。
 世界史のこんな流れの中からこそ、長年の努力でEUもできた。EUの形成は、それまでの世界的戦争の先頭に立ってきたような国々が、互いへの戦争などを放棄したということを示している。
 20世紀後半になって、大きな戦争は朝鮮、ベトナムなどで起こったが、あれは東西世界体制の冷戦に関わったもので、その対立はもう存在しない。それどころか、中国も資本主義体制に組み込まれた現在では、日本のような先進大国を攻めるというような行為は、中国も含めた世界経済をがたがたにするという世界史的汚名を被る覚悟が必要になったとも言える。今時の大国の誰が、こんなヒットラーのような無謀行為を敢えて犯すだろうか。

2 さて、こういう世界の流れを観るならば当然、自国への戦争に関わっても二つのスパンで物事を考えなければならないと思う。一つが、「当面、日本に攻めてくる国があるか。それに対してどうするのか」と言うスパン。今一つが、「戦争違法化の流れを全人類、子々孫々のために推し進めるべき各国の責任」というスパンであって、これは、近年新たに目立ってきた世界の貧困問題や食糧問題などを解決するためにも世界万民が望んでいることだろう。なお、この二つで前者しか論じない方々は、論証抜きの「戦争は永遠の現実」という独断のみに頑強に固執して、数々の人類の不幸を全く顧みないニヒリズムだと、断定したい。
 以上のことは、世界の大国アメリカを観れば容易に分かることだ。アメリカは相対的貧困者や満足に医者にかかれない人々やが非常に多い「先進国」である。高校を卒業できない人が白人でも4人に1人であり、黒人やヒスパニックでは半分だ。現在の軍事費を何割かでも減らせれば、これらが救われる財政的条件が生まれる理屈だが、こんな当たり前のことが何故出来ないのか。ここの軍事費が何割か減ったら、攻めてくる国が出るというものでもなかろうに。だからこそ、今軍事費を減らそうとの視点を持たない「現実論」は、ニヒリズムだと呼ぶのである。 

3 まず上記の長期スパンであるが、こういう立場に日本が立ちたいと思う。
 先ず、国連には9条堅持と日本軍隊縮小方向を、代わりに『平和と貧困撲滅基金』というような形で毎年かなりのお金を国連に出していく方向を、改めて表明する。合わせて、こう表明する。
「軍隊を持たない方向を目指す代わりに、世界の『平和と貧困撲滅』に貢献したい。そういう大国が存在するのは世界と国連、人類の未来にとってこの上なく大きい意義があると考える。ついては代わりに以下の要求を万国、国連にさせて頂く。日本国憲法にある通りに、世界各国の平和を目指し貧困をなくすという希望と善意に信頼を置いてこういう決断を成すわけだから、以下の要求を国連に出す資格も当然あると考えている。
『日本に他国が攻めてくるということがないようにする努力を万国にもお願いしたい。また万万が一攻められるようなことがあった場合には、国連軍、国際的常設軍隊で即座に支援して頂くというそういう体制を至急お作り願いたい。国連をそうしたものにするべく、日本はその先頭に立ちたい』」 

4 九条堅持と、その実現のために、いやそれ以上に、世界の平和と貧困撲滅のために、3の遂行度合いに合わせて、自衛隊は縮小、廃止方向を取る。そのスパンも30年などと遠いものではなくしたい。
 なお、こういう構想は民主党小沢派、鳩山派などが持っている構想に近いものだと、僕は見ている。小沢派の「国連警察軍」などの構想は、これに近い発想、あるいはそうなっていかざるをえない発想なのではないかということだ。むしろ、親中国路線とともに国連常設的軍隊重視こそ、小沢がアメリカと親米派勢力に憎まれている理由だろうと考えてきた。また、このような案が大きく世に出てきた時には、共産党、社民党もこれに賛成せざるを得なくなるであろうとも予測する。つまり、以上の構想の現実的政治勢力、潜在勢力が現に大きく存在するということだ。
 ちなみに、国連自身の指揮下にある常設軍というならば、それに日本が参加してさえ、「国権の発動たる戦争」に関わる「陸海空軍その他の戦力」とは言えないだろう。また、フセインのクゥエート侵略があったり、アフリカのいくつかの国に同類のことが起こっている以上、かなり強力な国連常設軍が当面は必要だと思う。】
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする