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随筆紹介 老いの一日   文科系

2018年11月26日 10時05分32秒 | 文芸作品
 老いの一日  H・Tさんの作品です

「ここは、何という町ですか」
「──町ですが?……」
「老人ホームの友人を訪ねて来たんですが、バスを乗り違えまして……」
「ホームの名前は?」、一か月ほど前に来たのに思い出せない。
「なんとか堀川と言うんですが、うっかりメモを忘れて……」
「堀川という地名はこの辺にはありません」
 そして、そばに居る人とひそひそと話す。
「おばさん、どこから来ましたか」
「名東区からです」
「どうやってここまで……」
「地下鉄を栄で乗り換えて来ました」
 乗り換えた地下鉄をうっかり乗り過ごしそうになり、急いで降り、あわてて行く先を確かめないでバスに乗り、間違いに気づいて、このショッピングセンターで尋ねた事を言った。
「家族は今家におられますか」
「家の電話番号は」
「ホームのお友達の名前は分かりますか」
 次々と聞かれる。私はこの町の名前と、老人ホームを聞いただけなのに……。買い物に来た人も立ち止まってじろじろ私を見ている。
 少し離れた所では、三、四人の店の人が小声で何か話している。“交番”、“区役所の方が”と聞こえてくる。野菜売り場ではトマトを手にした買い物客がこちらを見ている。昼近しで魚を焼くにおいがしている。
「おばさん、子供は何人いるの」
「子供と連絡はとれないか」
 私の年齢まで聞かれ、汗をふきふき答えていたが、ふと徘徊老人と思われているのではないかと気付いた。
 あわてた私は、うろたえて、
「ありがとうございました。もう一度地下鉄の駅までもどって、出直してみます。ごめいわくかけました」と言って頭を下げた。バス停まで店の人が送って下さった。

 約束の時間に遅れた私を待っていた友達の顔を見て、ほっとした。これから老いの深まりとともに、思いがけないことがあると思うが、しっかりしなければと教えられた真夏の一日であった。


コメント
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