菅退陣。事前通告を最初に受けたはずの二階幹事長、第一声は、「うそだ!」だったそうだ。菅「敗戦」を、安倍・自民の「転進」にしてはならぬ。そういう意味をこめて、二つの旧稿を再掲させていただきます。前者は、結びだけの抜粋。後者は、長文の全文で失礼しますが。
8月3日エントリー、「朝日、『桜』社説」、その結びから
【 どんな物事にも内容的に軽重がある。そして、この桜にまつわる諸々の経過は、こんな事を「不起訴」として許してきたから選挙と地位だけという権力亡者のやりたい放題の国家になっているという理屈を示している。だからこそこの五輪が、国政最大の目標、国民の命を賭けてまでやる理由も説明されずに強行開催されているのは、古のこんな「人を食う」故事をも示すことになってしまった。
「苛政は虎よりも猛々し」 】
【 安倍晋三、過誤の根深さ 文科系 2021年07月28日 13時24分27秒 | 国内政治・経済・社会問題
安倍・管政権がやったことは、特にこの五輪強行をこそ含めて、今後のためによくよく総括が必要だ。まともな職が全くなくなったとか、日本人一人当たり購買力GDPが目も当てられないほどに続落、韓国にも追い抜かれたとか、こんなどん底の時代だからこそ、「一体、何をやってきたのか?」ということで。
管は官房長官時代も含めて「人事で政治をやる」と広言してきた。これは、反対者は排除するということだ。こんな事を始めたら、周囲はイエスマンばかりになって、自身は全く無能な裸の王様が出来上がる理屈である。裸の王様には「無能な裸の大様だ」と語る純真、正直な子ども出てくる理屈で、そういう人々をもどんどん叩き続けて、超長期政権ができあがった。そうなったからこそ、安倍、管は、近代民主主義国家では手を付けてはならぬとされた人事にまで、介入し始めた。検事総長人事や学術会議人選問題は、そういう成れの果て、大きすぎる問題性をはらんだものである。
安倍は何故、検事総長人事までを自分が握るという、その寸前まで至ったのか。三権分立の長期的根本的意味も分からなかったのだろうが、ただ自分のやりたいことを続けた成れの果てと言うだけだったと確信する。これが民主主義国家の最後の防衛線であって、ここを揺るがそうとすると自分自身もどうなるかというその意味も含めて理解が難しい問題なのだ。それどころか、こう考えていたと、僕は確信する。
『三権分立、そんなのどうでも良い。おれが三権の上に立って日本会議路線を実現していくことこそ、日本を良い国にできる道なのだ』
三権分立って抽象的すぎて、目の前の問題だけという実際的思考には理解できない事項と思う。「俺が独裁者になる?? まさか」というだけ。
日本学術会議問題も同じこと。何故学問の自由が大事なのか。これは凄く抽象的な問題だ。そもそも学者というのが、特に人文社会系の学者は、「今のここの」問題を考える人々ではない。それどころか、人類史を研究して、30年後50年後をも考えたいというような人々である。そういう学術会議人事問題を「今俺らを批判している」という問題意識だけで手を突っ込んだのは明らかである。これは、学者の力を削ぐことであり、こんな思考は自然科学や応用科学でさえその基礎的基盤を崩していくような思考である。これは、国力が長期的・根本的に損なわれるということでもある。
「検事総長人事改変」や「学術会議6人拒否」について、ただわがままで、無自覚にして無教養すぎる安倍には「三権分立破壊」とか、「焚書坑儒」とかの意識は全く無かったのだろう。ただ、「当面の問題を自分の望むように一歩進める」と意識していただけで。がしかし、これは確実に三権分立破壊とか、焚書坑儒のルビコンを渡ることになっていくことなのである。そういう恐ろしさを安倍が無知なだけに無視できたのだろうと思う。
美濃部事件とか滝川事件とかは、このような流れのすぐ鼻先のことに過ぎなかったはずだ。あの東條英機でさえこう語っていた。
独裁者にも「(自分が先頭に立って作ってきたのに)もう止められなくなった時流」というものがある、と。ある独裁的政治家が最初何気なくやったことが民の中に熱狂の時流を作っていき、それが自分をいっそう独裁者に育て上げていって、気づいたら独裁者にも止められぬ流れができていたと、あの東條が語っていた。戦前の「東條熱狂支持時代」の初めの頃には、「自分が引っ張らなければ、国に重要なことを何もできない」と語っていた彼にして、こうなのである。
今の「無理筋」五輪自身も、こういう流れの成れの果てと感じるばかりではなく、安倍・管がこの五輪に込めた思いの通りに次の選挙に勝てば、間違いなく「東條時代」がくる。反対者を刑務所に入れるということのない「民主主義」的全体主義だけに、怖いと思う。以上のように政治的無教養な安倍が日本最長政権になったという歴史自身にもうこの怖さが潜んでいるのではあるが、だからこそ検事総長人事も学術会議人選問題も起こったのだった。これらの事件が、後世美濃部事件、滝川事件のように語られる時が必ず来ると思いたい。裁判への起訴権を握る検事総長人事を内閣が握ろうとした、学術会議会員を内閣が決めようとした、政治にとって最も重要な日本や世界の多数の命を賭けていると誰の目にも明らかな五輪を開いてしまった。】