【書評】陽の当たる場所へ:石井妙子著『女帝 小池百合子』
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【書評】陽の当たる場所へ:石井妙子著『女帝 小池百合子』
4年前の選挙で圧勝し、再選確実と言われている小池百合子東京都知事。出馬表明を前に、カイロ大学からは突然「(小池氏の)卒業を証明する」との声明が出された。彼女はいったい、何者なのか。書かれてこなかった“何か”に迫るノンフィクション。
石井妙子(著)
発行:文藝春秋
四六判:440ページ
価格:1500円(税別)
発行日:2020年4月14日
◆読めば読むほど怖くなる
これまで手にしてきた評伝と本書が異なるのは、読んでいるうちに対象者に共感するのではなく、読めば読むほど怖くなってくるところだ。
早く読みたくてページを繰るというより、次にどんなぞっとする出来事が起こるのか、怖いものみたさでページをめくってしまう。
防衛大臣を務めていた際に守屋武昌事務次官を突如更迭した経緯や、都知事就任以降、築地市場の豊洲移転を巡り態度を二転三転させる様子。環境大臣時代に、アスベスト被害者家族に発した言葉。
当事者の声を拾いながら丁寧に綴られたエピソードから浮かび上がるのは、「戦場でしかヒロインになれないと知って」いる彼女のしたたか、かつ、命懸けの生き様だ。
心の中で「なぜ?」の嵐が渦巻く。
学歴の疑惑は、その最たるものだろう。
本当に卒業しているなら、卒業証書を公に見せればいいのに、なぜ?
メディアで報じられた自らの発言を、「言ってません」とあっさりと否定する。
都知事選で掲げた公約を忘れたように、次から次へと新しいことを言う。
自身を慕う人でも、自分に益がないとわかれば、あっさり切り捨て、貶める。
なぜ?
普通の人間なら、常識ある大人なら、さらにいえばまっとうな政治家なら、どこかで身や心が持たなくなるだろう。
でも彼女は違う。
陽の当たる場所を見つければ、今いる場所を振り返ることなく移り住める人なのだ。
「ひたすら上だけを見て、虚と実の世界を行き来している」。
著者の小池評は鋭く、恐ろしい。
◆書かぬことの罪
もうひとつ、胸に残る言葉があった。
「ノンフィクション作家は、常に二つの罪を背負うという。
ひとつは書くことの罪である。もうひとつは書かぬことの罪である。後者の罪をより重く考え、私は本書を執筆した」
あとがきに記された文章である。
本書を書くために、どれほど多くの取材が必要だったろうか。
インタビューを依頼したものの、恐怖から口をつぐんだ人も多いとも書かれている。
著者曰く「皆、『彼女を語ること』を極度に恐れているのだ」。
エジプトで小池と暮らしていた女性は、著者に宛てた手紙の封筒に赤字で「親展」と記し、「どうか私の連絡先をマスコミの方に言わないでください。おひとりで会いに来て頂けないでしょうか」と訴えていた。
恐れに相対し、証言を決意した人々の気持ちを背負い、著者はこの本を書いたのではないか。
「書かぬことの罪」
その言葉が胸に迫ってくる。
最終ページにたどりついた時、目に映る景色はきっと変わる。
あなたは何を信じるか。
読む側にも、覚悟がいる本だ。(敬称略)
文藝春秋社 主要出版物 【話題の新刊・担当:幸脇 啓子 【Profile】】 2020年06月12日 09:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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