【社説①・12.17】:ハンさん文学賞 過去と現代結ぶ想像力
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・12.17】:ハンさん文学賞 過去と現代結ぶ想像力
今年のノーベル文学賞が、韓国の作家ハン・ガン(韓江)さんに贈られた。アジアの女性で初の受賞は、この人が一貫して「非暴力」を訴えてきた創作姿勢への栄冠だろう。強者が他者を圧迫し、「力こそ正義」という風潮がまかり通る現在の世界で、重い意義のある贈賞だ。
ノーベル文学賞は、欧米文化圏の、功成り名を遂げた男性に贈られてきたイメージが強い。それだけに、アジアの女性で、まだ54歳で盛んに活躍中のハンさんの受賞は、やや驚きでもあった。
もっとも、その筆力への評価は高い。日本の読者からも「現代の韓国で最も美しい文章を書く」といった賛辞が贈られてきた。
その美文をもってハンさんが志してきたのは、選考主体のスウェーデン・アカデミーも評するように、歴史的トラウマ(心的外傷)に抗(あらが)い、人の生のはかなさを描き出す、詩的で力強い創作だ。
代表作の一つ「少年が来る」は韓国で1980年に起きた「光州事件」がテーマ。軍事独裁政権に反して民主化を望む市民たちを、戒厳令下の軍が虐殺した惨事だ。そうした自国の「歴史の暗部」をハンさんはまざまざと描き出し、死者の思いを現代に蘇(よみがえ)らせる。
それゆえに、国内の保守派などからは厳しい批判も受けてきた。だが韓国では今月、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領による「非常戒厳」宣言で、軍が国会に乗り込む事態も起きたばかりだ。ハンさんの文学的な想像力は、光州事件が決して遠い過去の出来事などではないことを、再認識させるといえよう。
原爆被災者らの痛ましい犠牲を語り継ぎ、「非核」を訴え続ける日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に平和賞が贈られたことを思い合わせると、さらに意義深く感じられた今年のノーベル賞だ。
ハンさんも受賞スピーチで「この文学賞を受賞する意味を、暴力に真っ向から立ち向かう皆さんと分かち合いたい」と述べた。現に戦火の中にあるウクライナで、あるいはパレスチナで、この言葉に励まされる人たちもいよう。
平和を願い、賞創設を遺言したアルフレド・ノーベルの精神にふさわしい受賞者だ。日本でも、その作品が一人でも多くの読者を得られるよう願う。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2024年12月17日 07:46:00 これは参考資料です。転載等は各自で判断下さい。
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