都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

日本大学理工学部1号館

2019-10-10 | 千代田区 
日本大学理工学部1号館
所在地  :千代田区神田駿河台1-8
建設年  :1929(昭和4)
構造・階数:RC・6F
備考   :2001(平成13)解体、建て替え
Photo 1988.11.1

 御茶の水の日大理工学部のシンボル的存在だった。角に面したゴシックアーチの入口から入る校舎はなかなか格好良かったが、あまり話題になることもなくあっさり解体されてしまい、少々驚かされた。


 Photo 2017.2.28

 新校舎では旧建物のファサードは全く残されず、全面ガラス張りの近代的なものに替わった。


 Photo 2014.2.21

 旧校舎の玄関部分のみが、玄関内のエレベーターホールに展示されている。イメージが全然違うから展示するだけにしたのかもしれないけれど、せっかくなら玄関として使えば良かったのに・・・。

廃景録日本大学理工学部一号館
日本大学理工学部1号館/神田駿河台1丁目 - ぼくの近代建築コレクション

#失われた建物 千代田区  #新しい建物 千代田区  #大学  #近代建築 
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本覚寺

2019-10-09 | 静岡県  

 本覚寺は静岡市駿河区にある日蓮宗のお寺。鎌倉時代の1288(正応元)に、現在の富士市岩淵の中之郷に小庵が開かれたのがはじまりだそうだ。1307(徳治2)に領主から池田の地を譲り受け、1308(徳治3)に現在地に寺が造られたという古刹。

 移転の際に植えられたという樹齢約700年を超える大クスノキが立派な寺だが、市内の中心部ではなく日本平山麓にあるためか、静岡の人でも知らない人が意外に多い。

本覚寺 総門
所在地:静岡市駿河区池田137
建設年:江戸時代
Photo 2016.4.30

 総門は江戸時代のもので、明治2年に失火で諸堂が焼失した後、明治初期に現在地に移築されたという。

 鐘楼は1908(明治41)年に再建されたもの。総門から一直線に東へ向かった木立の奥に本堂が控えている。

 本堂は江戸時代後期の1818(文政元)年築。瓦葺きだったそうだが現在は銅葺き。ただ内部は鎌倉時代のままなんだとか。静岡市内にもかなり古い時代の建物があることに驚く。

 宝蔵だろうか。だとしたら1870または71(明治3または4)年に建てられたもの。本体は石造か木造モルタル塗、入口の唐破風部分は木造モルタルだろうか。

 本仏堂は、南北朝時代の1321(元亨元)年もので、これも移転直後の時期のものでかなり古い。高松の海中から見つかった木像の釈迦牟尼如来などを安置しているそうだ。

 大クスノキは2本あり、片方は樹齢約700年、もう一方は約670年だという。共に樹高約35m、幹回り7m以上で県指定の天然記念物。枝振りも40m近いのではないだろうか。下を通っている軽トラックと比較すると、いかに大きいかわかる。

 大木の近くまで行くと頭上高く覆い被さってくる。一本は塀の内側、もう一本は道路側にあるが、両方とも葉をたくさんつけていて元気だ。眺めているとなんだか有り難い気分になってくる。巨木巡礼というのもいい。

 幼少期にこの近所に住んでおり、散歩で連れられて訪ねたりしていたので知っていたが、同級生などとの会話で話題に上ったことは一度もない。30年ぶりぐらいに訪ねて、クスノキの巨大さに改めて驚愕し、良い雰囲気の境内を持つ寺が近くにあったのだなと、改めて感じた次第。

静岡の建築
#古い建物 静岡県  #寺院  #門・ゲート  #樹木・植物 
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旧主婦の友社・お茶の水スクエア

2019-10-08 | 千代田区 
日本大学大学院法務研究科(旧主婦の友社・お茶の水スクエアA館)
所在地:千代田区神田駿河台 1-6
建設年:旧建物 1925(大正14)、現建物 1987(昭和62)
構造・階数:RC・3F
備考 :解体復元、高層棟増築(設計:磯崎新)
Photo 2005.3.25

 もともと主婦の友社として大正末期に建てられた建物を、ファサードを残して一度解体し、高層棟を新築。旧建物は内部構造も含めて改装され、お茶の水スクエアという、主婦の友社とその他テナントが入居する建物に生まれ変わった。またカザルスホールという室内楽専用の音楽ホールも同時に造られた。
 しかし最近(2002年)になって、日本大学の所有するところとなり、大学院法務研究科の建物となり、道を挟んで明治大学と相対することとなった。

 テラコッタ等の部品は旧建物のものを再利用しているが、壁体は完全に新築であり、保存というより外観の復元である。また中央の新しい高層棟のポストモダンデザインが旧来の建物と競うようにデザイン主張をしている。高層棟壁面が後退しているため、多少は目立たないのだが、改めて眺めてみると、かなりギャップのある組み合わせ。丸の内のビル群では、超高層棟はデザイン的には極力目立たないものにするという立場・無難な解決策が採られている。どちらが良いのか、正しいのか解らないが、20年以上経っても良くも悪くも刺激的な姿であり続けている。

 その後、日本大学がキャンパス再整備の一環として、カザルスホールを2010年3月末で閉鎖した。建て替えるのかどうかは不明だが、築20年ほどで次々に状況が変化するのには考えさせられてしまう。また、クラシックファンに評判が良かった室内楽専用ホールが失われたのは非常に残念。

Wikipedia > お茶の水スクエア

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #古い建物 千代田区  #新しい建物 千代田区 
#オフィス  #大学  #磯崎新  #ポストモダン  #近代建築 
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大村邸

2019-10-07 | 静岡県  
大村邸
所在地:静岡市葵区平野
建設年:1865年(江戸時代末期)
備考 :国登録有形文化財。静岡市景観重要建造物
Photo 2016.1.5

 静岡市葵区の山間部に残る、かぶと造りの民家。
 安倍川左岸、急斜面の山地に石垣を築いて壇をつくり、大型の茅葺き屋根の家屋が造られている。
 かぶと造りは関東甲信越東北南部に多く、この家はかぶと造りの南限と言われているそうだ。養蚕の作業を考えて造られた形なので、確かに静岡では見掛けない珍しい建物。

静岡市 > 景観重要建造物第1号 大村家住宅

 石段を上り、農家にしては立派な門をくぐって庭に上がる。
 温暖な静岡では冬場でも午後の日射しは明るく暖かい。

 個人所有で現在も居住者がおられるので、事前に許可を得ないと敷地内には立ち入れない。2mほどの石垣の上に家屋が建つ敷地があるため、かぶと造りの特徴的な姿はなかなか拝むことができないが、山地を背景に聳える姿はなかなかの迫力。

 家屋が建つ敷地を支える石垣。石垣の下には水路があり、山からの冷たい水が勢いよく流れている。

静岡の建築
#古い建物 静岡県  #山  #住宅系  #和風住宅  #登録有形文化財 
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明治大学記念館

2019-10-06 | 千代田区 
明治大学記念館
所在地:千代田区神田駿河台 1-1
建設年:1928(昭和3)
構造・階数:RC+SRC・4F
備考 :1998(平成10)に建て替えられ、超高層ビル化。
Photo 1988.11.1


 講堂内入口部分 Photo 1995.7.22


 講堂入口上部のステンドグラス Photo 1995.7.22

 文明開化に沸く人々が太陽を仰いで万歳する姿を描いたものだそうだ。講堂の外から見ると、このステンドグラスの上に二人の童子が梵鐘を持つブロンズのレリーフ「暁(あけ)の鐘」があったそうなのだが、内側から見ているのでレリーフの方は写っていない。

 このステンドグラスは、新築された超高層校舎の最上階(23F)の岸本辰雄ホールにレリーフと共に移設されている。


 Photo 1998.6.27

 超高層ビル化した建物の頂部にはドームが載っており、旧校舎のイメージの継承が図られている。また左側の翼部のイメージも残されている。しかし旧来の外壁は全く残されておらず、全面的に建て替えが行われた。

Wikipedia > 明治大学

明治大学記念館/神田駿河台1丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #新しい建物 千代田区  #高層ビル 
#大学  #近代建築 
2007.2.25
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相渕の吊り橋

2019-10-05 | 静岡県  
相渕の吊り橋
所在地:静岡市葵区相渕
長さ ;約270m
Photo 2016.1.5

 安倍川に架かる吊り橋。5つある吊り橋の中ではもっとも下流側にあるので長い。
 相渕の集落へは、別の道を通れば車でも行けるが、幹線道路にあるバス停からだと、この吊り橋を渡っていくことになる。
 一度に10人以上では渡れませんという注意書きが不安にさせる。しっかりしてるから大丈夫だろうとスタスタ歩いたら、共振してかなり揺れたので逆に焦った。

 途中にも橋塔がある2径間の吊り橋で、中央に行くだけでそこそこ時間が掛かったので、そこで折り返してしまった。山の東裾にある集落は、午後2時頃にはもう日陰になってしまっている。

 中間地点にある橋塔から東側半分。ここまでで100m以上。でもまだ河川敷で、川の流れの上に至らない。

 中間地点の橋塔から西側半分。奥の日陰になった場所に相渕の集落が見えている。歩行部分の幅は1m程度。

静岡の建築
#街並み 静岡県  #橋  #海・川・池 
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JR東日本 神田変電所

2019-10-04 | 千代田区 
JR東日本 神田変電所
所在地:千代田区神田須田町2-2
建設年:1932(昭和7)
構造・階数:RC・3F
備考 :2003(平成15)解体
Photo 2000.6.3

 真白なコンクリート建築。横連窓と水平なライン、丸いコーナー部などは、モダニズム建築の典型的意匠。JRの線路に隣接した場所に建っていて、その壁面からは架線に電力を供給する電線が道路上空にたくさん張られていた。

廃景録JR東日本 神田変電所
ぼくの近代建築コレクション神田変電所

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区  #工場  #近代建築 
2012.2.25
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東京ファスナー

2019-10-02 | 千代田区 
東京ファスナー神田営業所
所在地:千代田区神田須田町 1-22
構造・階数:木造・2F
備考 :2000〜03に解体
Photo 2000.6.3

 神田駅近くの裏通りにあった看板建築。文字が脱落してしまっていてよく判らないが、東京ファスナーと書いてあった模様。
 2005年の春に訪れてみたら、既に真新しいビルに建て替わっていた。新しいビルは2004年竣工だそうなので、2000〜03年に建て替えられたようだ。


2023.12.29追記
 戦前の建物かどうかは分からないが、それなりに古い建物かと思う。ただ、戦後まもなくの火災保険特殊地図(1950年や1954-59年発行)では、「石坂S」(S=Shop)と記されており、東京ファスナーになったのは1960年代以降のことだったらしい。

ぼくの近代建築コレクション東京ファスナー、他

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区 #タイル張り看板建築 #看板建築 
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