オウム真理教事件で特別手配されていた平田信容疑者が大晦日の深夜警視庁に出頭したが、警戒中の機動隊員はその場で逮捕せず近くの丸の内警察署か交番へ行くよう指示したという。平田容疑者の顔写真は、それこそ全国津々浦々に張ってあり、その特徴のある眉毛は僕でも知っている。いわんや本人は、特別手配されている「平田」と名乗っている。信じられない話だ。機動隊員はお巡りさんではないのかー。
僕が新聞社で”サツまわり”をしていた昭和28年ー31年には警視庁には機動隊という組織はなかった。機動隊ができたのは32年である。その時代背景としては27年の皇居前の”血のメーデー”事件など世の中が物騒になってきたことがある。”自衛隊は暴力装置”などと当時の全共闘の若者は豪語し、本気で暴力革命を夢見ていた。
以来半世紀以上が経過したが、善良な都民にとっては機動隊は縁が薄い。都心の国会前などを通ると 時々、頑丈な機甲車に乗った機動隊員を見かける程度。怒られるかもしれないが、普段は柔道とか剣道ばかりをしている”無駄飯くい”の集まりに映る。しかし、wikipediaによれば、”日本の警察において集団警備力および機動力を持つ治安警備にあたる”重要な役割を持っている。
僕の偏った観察かもしれないが、機動隊が創設された後、都内では交番の警察官が手薄になり、日中など道を聞きたくとも不在で困ることが多くなった。昔は交番のお巡りさんが住民台帳?をもって家庭をまわり町の安全無事を確かめる姿を見かけたが今はない。暮れに世田谷のボロ市へ行き、制服のおまわりさんに道を聞いたがわからない。自分は警備のために動員されてきた機動隊員だと謝罪してきた。警察機構組織についてはよくわからないが、半世紀前と世の中は変わってきた。機構の見直しが必要なのではないだろうか?
僕が新聞社で”サツまわり”をしていた昭和28年ー31年には警視庁には機動隊という組織はなかった。機動隊ができたのは32年である。その時代背景としては27年の皇居前の”血のメーデー”事件など世の中が物騒になってきたことがある。”自衛隊は暴力装置”などと当時の全共闘の若者は豪語し、本気で暴力革命を夢見ていた。
以来半世紀以上が経過したが、善良な都民にとっては機動隊は縁が薄い。都心の国会前などを通ると 時々、頑丈な機甲車に乗った機動隊員を見かける程度。怒られるかもしれないが、普段は柔道とか剣道ばかりをしている”無駄飯くい”の集まりに映る。しかし、wikipediaによれば、”日本の警察において集団警備力および機動力を持つ治安警備にあたる”重要な役割を持っている。
僕の偏った観察かもしれないが、機動隊が創設された後、都内では交番の警察官が手薄になり、日中など道を聞きたくとも不在で困ることが多くなった。昔は交番のお巡りさんが住民台帳?をもって家庭をまわり町の安全無事を確かめる姿を見かけたが今はない。暮れに世田谷のボロ市へ行き、制服のおまわりさんに道を聞いたがわからない。自分は警備のために動員されてきた機動隊員だと謝罪してきた。警察機構組織についてはよくわからないが、半世紀前と世の中は変わってきた。機構の見直しが必要なのではないだろうか?
ご指摘のあったように若者に”応用”が効くかなくなってきているのですね。自分の言われたことはやるが、他のことは出来るだけ関与したくないのですね。しかし、大晦日のカントダウンの渋谷の馬鹿騒ぎぶりをテレビの画面でみて出動した機動隊にも同情しました。自衛隊の出動ができない現状では、やはり機動隊は必要なのですね。