今日5月1日は労働者の祭典メーデーである。といっても、どこで祭典があるのかメデイアもあまり伝えないので僕には判らない。メーデーというと僕には昭和27年の皇居前”血のメーデー”の騒乱事件とともに戦後すぐ21年の”米寄こせメーデー”が記憶にある。21年メーデーは戦後初、しかも11年ぶりに復活した労働者の祭典であった。実はこの”米寄こせメーデー”も1日に行われたものと思っていたが、僕の記憶違いで19日に別に行われていた。
正式名称は「飯米獲得人民大会」で、当時共産党員だった松島松太郎氏(故人)が「詔書 国体は護持された 朕はたらふく食べている 汝臣民餓えて死ね」というプラカードを掲げ、これが不敬罪に当たるかどうかで争われた。当時旧制中学5年(高校2年)であった僕でもこのことを覚えている。
今思うと大変な時代であったのだ。20年産の米は飢饉で、外地からの復員、引揚者が急増した。一千万が餓死するといわれた時代であった。食糧の配給は遅配し、それも米ではなくサツマイモなどの代用食で、時には進駐軍からララ物資の缶詰だったこともあった。巷には政府の隠匿物資の摘発騒動もあった。僕の通っていた中学校では5月1日から弁当が持参できず午前授業になった。
東西冷戦時代、旧ソ連は労働者の祭典より国の力を誇示する軍事パレードが話題を呼んだ。そのソ連も崩壊後の1992年から今のロシアはメーデーは「春の労働の日」と名称が変わり、かっての軍事パレードも行われなくなった。北朝鮮はどうなのだろうか。相変わらずの食糧不足らしいが”米寄こせデモ”が起きるほど逼迫してはいないのだろうか。ただ、旧ソ連のように軍事力だけは誇示しているが。
正式名称は「飯米獲得人民大会」で、当時共産党員だった松島松太郎氏(故人)が「詔書 国体は護持された 朕はたらふく食べている 汝臣民餓えて死ね」というプラカードを掲げ、これが不敬罪に当たるかどうかで争われた。当時旧制中学5年(高校2年)であった僕でもこのことを覚えている。
今思うと大変な時代であったのだ。20年産の米は飢饉で、外地からの復員、引揚者が急増した。一千万が餓死するといわれた時代であった。食糧の配給は遅配し、それも米ではなくサツマイモなどの代用食で、時には進駐軍からララ物資の缶詰だったこともあった。巷には政府の隠匿物資の摘発騒動もあった。僕の通っていた中学校では5月1日から弁当が持参できず午前授業になった。
東西冷戦時代、旧ソ連は労働者の祭典より国の力を誇示する軍事パレードが話題を呼んだ。そのソ連も崩壊後の1992年から今のロシアはメーデーは「春の労働の日」と名称が変わり、かっての軍事パレードも行われなくなった。北朝鮮はどうなのだろうか。相変わらずの食糧不足らしいが”米寄こせデモ”が起きるほど逼迫してはいないのだろうか。ただ、旧ソ連のように軍事力だけは誇示しているが。
正規、非正規など争点はあるように見えますが、メーデーに参加でる人たちは公務員や大手企業の恵まれた人たちでは盛り上がりにかけますね。いずれにしても労働者の祭典といっても、自分が労働者と思っている人はあまりいないのでは。子供でよく解りませんでしたが、”米寄こせメーデー”の時代は切実なものがありましたね。
もし現在、
米よこせメーデーが必要な労働者は、
日本の非正社員たちが産業横断的な全国組織を結成して、行うことではないだろうか??
僕のような労働問題の素人が見てもおかしいですね。まさに”なれあい”です。これでは盛り上がりないです。民主党政権下の総理官邸への反原発デモの勢いはどこへ行ったのでしょうか。
新聞にインドネシアでは全国20か所で60万人がメーデーに参加、最低賃金の順守と健康保険の拡充を訴えてデモ行進したそうです。かっての日本のようなエネルギーを感じます。
連合のような大企業の労働組合では、
若手組合員に対する子供手当の支給や企業専用の保育所を設置要求しろと会社経営陣に対峙し、 労組らしく、ストライキをしてでも戦う姿勢の労使交渉の代わりに、政府の税金を使って、労組の言いなりになる民主党に投票して、子ど育て支援予算を増やせと議会で要求主張する。
また、
自治労では、公務員に対する費用削減に関して、
たとえば、平成25年度の国家公務員の新規採用数を21年度比で56%減の3750人程度に抑えるような行動を要求して、これから就職する若者の公務員への就労機会を奪っている。公的サービスにかかる費用を減らすには、外注している零細事業者やそこで働く非正社員の賃金を大幅に下げて対処する。
さらに、
就職氷河期に職につけなかった若者が、派遣社員、フリーターなど、年々蓄積している。日比谷公園のテント村のような集会をして、大々的にTV報道をしてもらい、自治体や厚労省は、弱者を放置して救済しないかと迫ることで、生活保護の支給が大々的に緩和している。応急手当てはしているが、生活保護の累積支給金額が増える一方で、抜本的な対策となってはいない。
いずれにしても、
血のメーデーをやめて、その替わりに、
赤字国債をどんどん発行して、とりあえず、その場しのぎをはかり、数十年後には、アルゼンチン、ギリシャやキプロスのように、国家財政破綻をおこさせ、ハイパー・インフレ、金融機関の金融封鎖、デノミ新通貨発行(タンス預金の無効化)など、敗戦直後のような悲惨な経済危機が訪れる道を歩んでいると思います。
用事があって近くの区の出先機関とか図書館などへ行くと、働き盛りの人が皆アルバイトですが、よくはたらいています。これに反して区や都の役所は、何をしているのかダラダラ仕事をしています。地位が確立されているからと変に思ったりします。
いつから、こんな差別が生まれたのでしょうか。石原慎太郎さんではないが、日本人が少し我慾が強くなった気がします。一時いわれたwork sharinng 方式など検討してもよいのでしょうか。