「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

             本当に落語ブームなのかしら

2012-10-12 06:08:46 | Weblog
地元の信用組合主催の”お笑い寄席”に昨日老妻と仲良く行ってきた。一人大枚500円支払うが、それ相当の和菓子のお土産付きだ。会場の500人収容の区民ホールは満席。観客はというと、信金のお得意さまサービスだけに、僕らを除けば、みな、おカネと時間を持て余している人たちにもみえる。

”お笑寄席”は二部に別れていて、前半は林家一門の前座林家なお子と真打の鉄平が古典落語を演じたが、会場が今一つ盛り上がらない。鉄平が会場に笑いを誘おうと”耳の遠い人とけちんぼは落語を聞きに来ない”といった。最近、僕は少し耳が遠くなりかけてきたので、場違いの所にきたのかと反省したりもしたら、隣の老妻はコックリコックリ始めている。ご本人たちは一生懸命演じているのだが、どうも僕を含めて観客には、古典落語が理解できなってきたのかもしれない。”熊さん、八さん”的な笑いは通じなくなってきたようだ。

後半の太神楽、翁家勝丸、とりの林家三平になって、やっと会場に笑いがおきた。太神楽は耳の遠くなった僕でも目で見ればわかる、三平の初代譲りの派手なゼスチャーの新作落語も同じである。二代目三平の落語を見て聞いて僕は、過ぎ去りし昭和の時代が懐かしくなった。初代三平が”すみません、すみません”を連発し、奥さんの”よしこさん”をネタに使っていたのが昨日のように思い出される。二代目三平もやはり落語というより漫談に近いが、観客は満足している。

落語ブームで寄席に若い人が増えてきたそうだ。果たして落語に出てくる長屋や廓の世界が理解できるとは思えない。でも、そんな野暮なことをいう必要はない。笑いがあればそれでよいのだ。



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2 コメント

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芸がない? (chobimame)
2012-10-13 06:04:36
私も以前は落語も楽しいもだと思ったことがありましたが、今はそんなに思いません。
どういったらいいのか・・・落語家に芸がないというか、画一的というか、落語家自体に観客を魅了するオーラがないのです。昔は座っているだけで絵になった落語家がいたものですが、そういう人がいない。
落語家にも個性がなくなっているのか、このような世界も強烈な個性が必要に思います。
とはいえ、落語も庶民の娯楽から芸術に変化している部分もあるのだそうです。
そうなると益々庶民は見なくなるでしょうね。
確かに芸術だと思わせる落語家も過去にはいましたが、落語は敷居が低くないと一部の趣味の世界になってしまいそうです。
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笑いの芸 (kakek)
2012-10-13 09:41:56
chobimame さん
古典落語はたしかに”芸術”かもしれませんね。多少あの世界が解っているつもりの僕らの世代でも理解できないものがあります。演じている若い落語家は、もちろん知りません。実感がないのでつまらないのかもしれません。でも”芸術”として残したいものです。新作落語はこれでよいと思います。庶民に笑いをくれるなら、難しいことをいわず、それでよいと思います。
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