「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

          民主党は小沢一郎氏を離党させろ

2010-10-11 05:56:56 | Weblog
小ブログは先日小沢一郎氏は政治家を引退せよと書いた(10月6日)が、残念ながら、その声は届かなかった。あえて僕は小沢氏を”トラブル・メーカー”と呼ばせて貰うが、政治家を辞任するどころか、逆に強制起訴を議決した検察審査会を”秘密のベールに包まれている”と批判した。司法にも民間の声をと言っていたのは誰なのかー。

僕は小沢氏に個人的な恨みを持っているわけではないが、貴方の”政治とカネ”をめぐる疑惑で、いくら貴方が否定しても、そのために日本の政治が長期にわたって停滞していることは否定できない。貴方は正しいと主張しているが、一方では今度の検察審査会の議決のように疑いは晴れていない。そのたびに国会の審議が、貴方の問題でストップしてしまう。

この問題でおかしいのは民主党の対応だ。明日の党役員会で小沢氏の処遇について結論がでるそうだが、政権与党としては、小沢氏が強制起訴された時点で彼に離党を勧告すべきであった。小沢氏は”私は必要とされる限り淡々と政治活動を続ける”といっている。これは多分彼の胸の内に、さきの代表選での自分への支持票が半分ちかくあった自信があるからだろう。

国民は難問山積の政局の中にあって国会がまたまた小沢氏の喚問をめぐって時間を”浪費”するのにうんざりしている。民主党が本当に国民の目線にたっての政治をめざしているのならば、小沢氏に対して離党を勧告すべきである。民主党が自分を必要としないことがわかれば、政治家も辞任するかもしれない。

      佐藤栄作・元総理のノーベル平和賞受賞の頃

2010-10-10 05:48:19 | Weblog
中国は不幸な国である。国民がノーベル平和賞を貰っても国をあげて喜べず逆にノーベル委員会に抗議するなんて常軌を逸している。経済的には世界第二の大国なのかもしれないが国際社会の一員としての資格がない。所詮”成り上がり”国家にすぎない。

36年前、佐藤栄作・元総理が1974年度のノーベル平和賞を受賞した時のことを想い出した。喜ばしい栄誉ある受賞だったが、当時の日本の国民感情の中には”なぜ佐藤元総理が平和賞なのか”嬉しい半面いぶかる気持ちもあった。受賞理由が非核三原則の推進であり核拡散防止条約の調印であった。大方の国民の目には、米国のベトナム政策を支持している佐藤氏がそんなに熱心な平和論者とは映っていなかった。

今、考えてみると佐藤氏が平和賞を受賞した背景には、当時の日本政府の国力も幸いしていたのではなかろうかー。佐藤栄作・内閣は7年8か月の長期政権で安定しており、経済的にも高度成長期の絶頂期であった。

佐藤栄作氏は受賞に当たって”これは自分個人が貰ったのではなく国が頂戴した”という意味の発言していたが、まさしくその通りであった。昨年、沖縄返還のさいの核持込の日米間の”密約”が明らかにされた。さぞかし、当時の佐藤氏の気持ちは複雑だったに違いない。でもかりにノーベル平和賞が個人にではなく、国家にも与えられるとしたら、戦後65年間1度も戦火を交えたことがない、わが国は有力候補の一つである。恐らく、佐藤氏の心のどこかにもそんな気持ちがあったのかもしれない。

       歴史は繰り返す ”トリハイ”の復権

2010-10-09 04:57:22 | Weblog
わが家の近くに”大阪名物”の串焼きのチェーン店がオープンした。こんな場所にと思ったが、結構賑わっている。早速,娘夫妻も食べに行ってきたというので、評判を聞くと、飲んで食べて一人千円以下ですんだという。なかなかリーゾナブルなので、何を飲んだのかと思ったら”トリハイ”との答えが返ってきた。

"トリハイ”とは懐かしい。昭和30年代の初め、学校を出たての僕ら安サリーマンは”トリバー”という寿屋直営のバーの止まり木に座り,トリス・ウイスキーをソーダでわったハイボールを飲んだものだ。やっと街から焼跡が消えた時代で、それまでの焼酎の梅わりからにわかに出世した思いがした。

歴史は繰り返すというが、最近また若い世代の間でハイボールが見直されてきて、缶入りのハイボールがよく売れているという。このブームに乗って”トリハイ”が再び登場してきたらしい。店には業務用の”トリハイ”も置いてあるとのことだ。

"トリスを飲んでハワイへ行こう”-というテレビCMがあった。海外渡航が自由化された頃だっただろうか。まだ本格的な高度成長時代の始まる前だった。やがて高度成長が始まると、サラリーマンはトリスより格上の”角”を好むようになり、さらに格上の”ダルマ”になった。そして何故かハイボールから”水わり”に変わっていった。

"トリハイ”の復権は何を意味するのだろうか。やはりデフレ、不景気時代の産物なのだろうか。昔のようにあまり飲めなくなった後期高齢者の僕には、もう”関わりあいのない”話だがー。


       ”木で鼻をくくった”菅総理の国会答弁      

2010-10-08 05:41:48 | Weblog
昨日も"閑に任せて"テレビで参院本会議の各党の代表質問とこれに対する菅総理や大臣の答弁を視聴したが、大臣答弁は”判で押した”ようにどれも”木で鼻をくくった””箸にも棒にもかからない”ものばかり、うんざりした。これでは国会答弁の意味がない。

”ねじり国会”で野党の協力なくしては国会運営が乗り切れない。答弁に失点があってはという気持ちも解らないわけではない。案の定である。6日の衆院本会議で自民党の稲田朋美議員の質問をめぐって菅総理の答弁に失言があったとして野党側が問題にしている。失言とは古川官房副長官の謝罪発言によると、菅総理が稲田議員の”総理答弁は官僚の原稿の棒読みだ”という”挑発”にのって”質問者も質問書を読むのではなく自分の言葉でしろ”といったものだった。古川副長官の謝罪があったわけでもあるまいが、昨日の菅総理をはじめ各大臣の答弁は”不適切”ではなかったが、”無意味”であった。

西岡武夫参院議長が蓮舫行政刷新担当相が国会内でファッショ ン雑誌の取材に応じてポーズをとったのが国会法に違反していると注意し、野党も問題視しているようだ。なぜか西岡氏は”クール・ビズ”反対でもみられるように変なところで”道学者”だが、蓮舫氏に対する注意は正しい。ついでにピンクのワイシャツ姿の官房長官も注意したらどうだろうか。彼は”赤シャツ”のほうが似合うと思うが。

     傘寿のノーベル賞受賞おめでとうございます

2010-10-07 07:43:10 | Weblog
2010年のノーベル化学賞に北海道大学名誉教授の鈴木章氏(80)と米パデュー大学特別教授根岸英一氏(75)ら三氏が選ばれた。日本人のノーベル賞受賞者は1949年の湯川秀樹博士以来、これで18人である。しかし、80歳での受賞は2008年度の下村修先生についで二人目だ。

鈴木章先生は1930年9月生まれで、31年2月生まれの僕とは同学年である。80歳を越えての受賞は下村先生と二人だけだ。後期高齢者にとっては、まことに喜ばしく勇気づけられる。鈴木先生の略歴をみると、先生は北海道南のシシャモの町むかわ町(旧鵡川)で生まれで、昭和18年、北海道立旧制苫小牧中学校に入学、戦後の学制改革で24年新制苫小牧高校(現在の苫小牧東高)を卒業している。

この世代は下村先生も受賞のさい、いわれていたが、戦争で勤労動員に狩り出され教室であまり勉強できなかった世代である。多分、鈴木先生も同じ体験をされている。

鈴木先生がは受賞での記者会見で最近の若者の理科離れを心配して”日本は資源もないところで、人間の頭しかない”と発言されていた。この言葉は戦前から僕らはよく耳にした言葉だ。同世代の人間として、改めてこの言葉をかみしめる必要があると思った。

     小沢さん辞めてください。国民が困ります。

2010-10-06 05:29:04 | Weblog
政治資金問題をめぐる小沢一郎氏(元民主党代表)の疑惑について第五検察審査会が
強制起訴を議決した。これを受けて小沢氏は"お騒がせして申訳ありません、お詫びしま
す”と書面で詫びた。誰に詫びたのか知らないが、本当に迷惑千番な話である。詫びる
気持ちがあるならば、即刻政治家を辞任して貰いたい。

小沢氏は”お騒がせして申し訳ない”と謝っているが、一方では、新聞報道によると、検察
審査会の議決は"権力闘争”だと腹心にもらし、あくまで法廷闘争で無実を勝ち取るまで戦
うつもりのようだ。小沢氏自身は、自分の政治家として名誉もあり、その通りかもしれないが
困るのは国民である。菅総理の所信演説に対する野党の質問が今日から始まったが早速、
この問題の追及である。

昨年の民主党の発足いらい1年間、国会は"政治とカネ”でふりまわされどうしだ。"小鳩体制”
の崩壊でやっとこれも収まったかと思ったらまたである。いい加減にしてくれと言いたくなる。
尖閣問題が発生時民主党は代表選の最中で菅、小沢両候補は勢力争いをしていて中国への
対応を誤ったという説もある。

今回の強制起訴によって小沢氏は事実上刑事被告である。野党だけでなく民主党内からも離
党や議員辞任を求める声がでているが、小沢さんは今すぐ、政治家を辞任して下さい。ねじり
国会で国の予算編成をめぐって難航しそうだ。それなのにまたぞろ”政治とカね”でムダな時間
を浪費されては国民はウンザリである。国家にとって大損失である。

        東南ア 拡がる親日友好の輪

2010-10-05 05:23:22 | Weblog
ジャカルタの邦字紙「じゃかるた新聞」によると、3日に閉幕した”ジャカルタ日本 
祭り”の最終日には"雨にも負けず”2万人の市民が集まった。会場のモナス(独
立記念塔)広場には朝から雨なのに続々市民が押し寄せ、入場券売場前には傘
の花が咲いた。そしてフィナーレに、お目当てのドラエモンのぬいぐるみが会場に
登場すると、ものすごい拍手だったという。

最近はジャカルタだけではない。東南アジアでの日本熱が高まっている。今年7月
マレーシアの首都クアラルンプールで開催された"日本祭り”でも郊外の陸上競技
場に3万人も市民が集まった。日本人よりも現地人のほうが多く、イスラムのベール
に浴衣姿の少女まで、盆踊りも輪に加わっていた、と現地紙は伝えていた。

インドネシアもマレーシアも大東亜戦争中は、日本軍の占領下にあった。自虐史観
の日本人学者は、この地で虐殺があったとだけ書いている。僕は、今の現地の親日
感情が、すべて日本軍の善政に原因している、などとはいわない。しかし、残虐だけ
の軍政ではなかったことは事実だ。

僕は今、東南アジアで見られる日本ブームは、戦後65年にわたるわが国のたゆまぬ
善隣外交の成果だと思っている。残念ながら、ここ数年、日本の進出企業の数も減っ
てきて在留邦人も減少傾向らしい。しかし、先人たちの蒔いた友好の種は開花してき
ている。近隣諸国の中には、いまだに一方的な自国史観にたって反日感情にこりかた
まっている国もあるが、東南アジアではこうして親日の輪が拡がっている。


         中国の勝手な”言いがかり”

2010-10-04 05:26:10 | Weblog
中国石家荘の軍事管理地域に”侵入”したとして拘束されているゼネコン「フジタ」
の社員の一人がまだ解放されていない。「尖閣」問題には無関係だと、中国側は
いっているが、事件のタイミングその他からみて、”言いがかり”であり、報復である。
人道上の問題だ。一日も早く解放すべきである。

軍事管理地域とは何なのか、知らずもがなだが、僕は戦前日本にあった”要塞地帯”
を想起した。有名なのは函館山だ。今はその夜景は、香港、ナポリとならんで世界の
三大夜景の一つとして観光名所になっているが、戦前までは”要塞地帯”で、一般人
は入山禁止であった。

戦前、僕は子どもだった頃、毎年親に連れられ千葉県の保田海岸へ避暑に行き、近
くの鋸山に登ったが、ここも”要塞地帯”で、至る所に”写真撮影禁止”の立看板があ
ったのを子どもながら覚えている。

中国側から解放された「フジタ」の三人は”軍事管理地域”という認識があったら近づか
なかった”といっている。「フジタ」が請け負っている、旧日本軍遺棄化学兵器(毒ガス)
処理施設について「フジタ」は仕事の性質上”デリケートの環境の中での仕事なので十
分注意払っていた”のは事実だろう。多分”軍事管理地域”を示す標識はなかったのだ
ろう。しかも撮影したのは中国人だったという。「フジタ」が仕事以外に軍事管理地域を
撮影したって何かメリットがあるのか。完全に言いがかりである。

    ”赤い羽根”募金と若者の社会奉仕

2010-10-03 05:26:48 | Weblog
”赤い羽根”の募金募金の季節である。すっかり忘れていたが、先日国会で所信表明
演説をした菅総理の胸に”赤い羽根”があったので思い出した。かっては10月1日にな
ると駅前などの繁華街で制服姿の若者が”お願いします”と道行く人に声をかけ、これ
が季節を告げる風物詩にもなっていたが、最近はあまりみられなくなった。

共同募金は米国からの”輸入”だそうだが昭和23年から始まった。僕が大学に入學した
年だが、僕も国鉄(当時)の市ヶ谷駅前で募金をしたのを覚えている。まだ東京には焼
跡が残っており、食糧難から大学も6月から夏休みに入った時代である。”赤い羽根”募
金の目的も戦災者救済だったような気がする。

僕の住む町会では年に数回廃品回収で得たおカネを共同募金に寄付しているが、ネット
で調べると、募金額は1997年から年々減少しているそうだ。集金手法が強制的で、集金
の配分が不透明だというのが原因らしい。どうもその頃から、子どもたちが駅頭で行う募
金姿も少なくなってきた。

安倍内閣の頃「教育再生」「美しい国」政策で、青少年の社会奉仕が話題になったが、民
主党政権になってからは消えてしまった。逆に高校の授業料無料化とか子ども手当といった
僕ら後期高齢者世代からみれば、子どもへの”甘やかし”ばかりである。昭和20年10月、戦
争が終わって、2か月も経っているのに、僕ら中学3年生は”お国のために”焼跡整理に勤労
動員された。今は”お国から”黙って手当てが貰える。これでは社会への関心が薄れ”甘え”
を増長させるだけだ。

        企業は「禁煙」有給休暇を!

2010-10-02 06:13:47 | Weblog
タバコが今月1日から大幅に値上げされた(ようだ)。28年前に禁煙した僕にとって
は(ようだ)であって痛くもかゆくもないが、愛煙者にとっては一大事だ。値上げ前
に一年分も買いだめした気持ちもよくわかる。でも、これだけタバコによる健康害が
が叫ばれているのだ。僕は喫煙は個人だけの問題ではなく、社会全体の問題であ
り、それには企業がもっとこの問題に係わり合いを持つべきだと思う。

僕の周りの後期高齢者には、もうほとんど喫煙者はいなくなった。僕も昭和58年3月
1日、30年以上続いていた喫煙の習慣を2度目できっぱりやめた。未成年の18歳から
「happy」「新生」「憩い」「Seven star」と大衆タバコを吸い続けてきたが、意外と禁煙
は、それほどのことではなかった。それは会社勤めを辞めていたからだ。

今回の大幅値上げでどの程度の人が禁煙するかわからない。日本財団の調査による
と、喫煙者の79・9%は、タバコが一箱千円になったら多分、禁煙するだろうと答えている。
これからみれば、百円程度の値上げでは、禁煙者の数はたかがしれている。

僕の体験からゆくと、禁煙の動機は経済的な理由はそう大きくはない。喫煙は習慣という
より一種の病気である。仕事をしながら病気を治すというのは難しい。企業は喫煙者に対
して思い切って10日間程度の有給休暇を与えてはどうだろうか。そして、それでも禁煙で
きなかったら、10日分の給与を返却させればよい。たいがいの人は禁煙できる。