その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

川北稔 『イギリス近代史講義』 (講談社現代新書)

2011-04-18 22:44:56 | 
筆者は、「世界システム論」で知られるウォーラーステインの著作を紹介・翻訳しているのでも有名な歴史学者。学生時代に「近代世界システム」という難しい本を「読まされた」(まさにそんな感じ)ので、筆者の名前は覚えていました。その筆者が、イギリス近代史について書いた本ということで手に取ってみました。

都市史、生活史、経済史、世界システム論などなど、いろんな切り口から、中世以後のイギリスの歴史(産業革命、大英帝国による植民地支配、イギリス衰退論争など)を振り返り、そして「大英帝国の興亡から現代日本を考える」(帯)という、意欲的な本です。碩学の学者ならではの幅広い見識が示され、知的好奇心を刺激してくれます。

いろんな視点が提供されるので、筆者の主張をまとめるのはとっても難しいのですが、一つの軸となるのは、

・成長の概念は17世紀ごろイギリスから生まれ、「人間は進歩しなければいけないし、前よりはよい生活になっていかなければいけない」(p86)という成長パラノイア(成長信仰)が近代世界システムの基本イデオロギーとなっている。

・イギリスでは17世紀から生活文化の都市化が始まり、その結果、モノの「買い手」がいるという産業革命(工業化)の前提条件が存在していたという一面が重要

・イギリス経済は、歴史的に、ジェントルマンの世界である金融業(シティ)と製造業が分離しているという2重構造に特徴がある。産業革命の資金はシティから提供されたものではなく、イギリスの工業化にはそもそもそれほど大きな資金は必要とされなかった(ただし、社会資本については、ジェントルマンがエリアの保護者として損得勘定抜きで資金提供)

・第2次大戦以後の、イギリス衰退論争は、(他国と比べて)低い成長率に起因しているが、むしろ政治的に担ぎ出されている一面もあり、学説・論争は尽きないが、「衰退不在説」に傾きつつある。

・衰退は成長と対になる考えなので、「問題なのは、成長パラノイアということであって、俗に衰退と言われているものはそれほど悲惨なことではない」(p250)

余りにも話題、切り口が豊富であるため、面白いのですが軸となる主張をしっかり理解するのは意外と大変です。成長神話こそが成長・衰退論の根本であるというのが、根っこの発想なのですが、この主張については感覚的には理解はするものの、納得は仕切れないものもあります(きっと筆者に言わせると、私自身が成長パラノイアに取りつかれているからに違いないからなのでしょうが・・・)。

しかし、社会における日々の事象を見る上で、視点や前提条件を歴史的に考えるということを教えてくれる本書は、学者ならではの教えを持っていると思いました。私自身、とても面白い思考のトレーニングにもなりました。
コメント (2)
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