その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

村上春樹 『色彩を持たない 多崎つくると、 彼の巡礼の年』

2013-07-04 06:43:05 | 


 久しぶりに村上作品を読みました。4月に販売されると同時に図書館に予約登録をしたところ結構早く廻ってきました。

 物語については、ネタばれになるので紹介しませんが、いつもながらの村上ワールドで読み始めたら止まりません。このストーリー作りの巧みさはさすがです。

 学生時代に読んだ鼠3部作に始まり、村上さんの物語とのおつきあいもかれこれ数十年になります。この作品は、自分としては苦手な『ノルウエイの森』と似通った雰囲気があり、個人的には共感できるところは多くはありません。でも、彼の新作が常に色あせず、広く読者を獲得するのは本当に感嘆します。

 村上さんの作品の何がそれほど読者を惹きつけるのか?数多く論じられている村上作品の評論で、きっと語り尽くされてはいると思うのですが、私なりに考えると3つほど思い当たります。

 一つは、軽重は人により違いこそあれ、誰もが持っている、若い時には純粋な、そして年を重ねてもそれなりの「自分探し」を追体験できる。どんなに主人公が自分とはかけ離れた性格、個性の人物であったとしても、彼の「自分探し」の思いには、どこかに共感できるところが一つはあるのが村上作品の特徴だと思います。二つは、これは男性に限ったことかもしれませんが、男の子なら一度はやってみたい、やってみたかった「冒険」がある。私にはいつも村上さんの物語は一つのロードムービーに見えます。そして、三つ目は、いつもの当たり前の日常風景が、少し違って見えてくる、不思議な読後感。もちろん、それは錯覚に過ぎないのですが、作品を読むだけで、いつもの世界が違って見えるなんて何と不思議な体験をもたらしてくれるのでしょう。

 本書もいろんな隠喩、記号が隠されており、一回ストーリーを追っただけでは読み取れていないところが沢山あると思っています。本書の好き嫌いはともかく、これだけの読み易い文章で、人、人生、社会について考えを巡らせてくれる物語を紡いでくれる村上さんは、やはり当世随一の物語作家に相応しいと納得します。
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