山川健一
『パーク・アベニューの孤独』★★
続いてもう一冊
この作品は、1983年 角川書店より単行本として刊行された。
こっちはこっちで薬(ヤク)はコカイン・・(笑)
舞台は1980年の冬から81年の春にかけてのニューヨーク
---
「そうさ。人は誰でも、眠るために生きてるのさ。そして、 眠っている時には、いろんなことを思い出してるんだ。 歳をとると、起きたってぼんやりしてるだろう。 このわしだってそうさ。 年寄りには思い出すことがたくさんあるから、 ああやってぼんやりしていられるんだ。そして、 そいつがたっぷりたまると、 永遠に眠っても大丈夫なくらい思い出がたまると、死んでゆく。 まったく、うまくできているよ」
川本は、カウンターにグラスをおいた。冷え冷えとした、 堅い音が響いた。音の余韻の中で、彼は考えた。 それでは自分が眠れないのは、 眠って思い出すに値する過去がたりないだろうか、と。しかし、 そんなことがあり得るだろうか。
「だけど、ミスター、眠れないと、 それこそいろんなことを思い出すんだぜ」
なだめるような口調で、爺さんは言う。
「それは、まだ昔のことが死んでいないからなんだ」
「死んでない?」
「うん。眠っている時に思い出すのは、みんな死んだ過去さ。 だからこそ、起きている時には安心していられる。 昔のことがまだ生きていて周りをのそのそ歩き回ったら、 誰だって気が狂う。そうじゃないかな」
「わかる気がする」
「起きている時に思い出すものは、まだみんな生きているのさ」
「でも、だったらどうすりゃいいんだい」
デイヴ・ ジェームスはピーナッツをいくるか手のひらの上に乗せると、 口の中へ放りこんだ。 口を動かしながら彼はしばらく考えていたが、結局こう言った。
「心配ない。自然に眠れるようになる。そういうものさ。 どんな思い出も、やがて死ぬ」
川本は、腹立たしい気もちを押さえた。 こんな爺さんの繰り言を本気で聞いても仕方がない、と思った。
---