1973年、日本進出3年目のマクドナルドの店が京都新京極のど真ん中にあった。
上洛直後の田舎者の私にとって、その店は、河原町三条のケンタッキー・フライドチキンと並んでアメリカの象徴であった。
ピカピカに明るい店内には、確かにアメリカの風が吹いていた。
初めて食べたハンバーガーは、九州の田舎のパン屋のハンバーガーとは全く違った食べ物だった。
昔テレビで見た「ポパイ」のウインピーが食べていた、あのハンバーガーの味だった。
実際にそれを食べたことはなかったが、きっとこんな味だと思った。
河原町に出たら、必ず食べていた。
月日が流れ、私も都会の絵の具に染まり切り、マクドナルドも全国津々浦々に店舗展開し、お子様のジャンクフードに成り下がってからは、口にする事はなくなった。
今では腐肉や異物混入、朝マックに昼マックなどの迷走で、あの時のアメリカの風は逆風に変わってしまい、表に出ないカサノバ社長に経営陣は右往左往の体だ。
マクドナルドよ、初心にかえれ。
ハンバーガーとマックシェイクとポテト、あとフィレオフィッシュとコカコーラがあれば十分だ。
上洛直後の田舎者の私にとって、その店は、河原町三条のケンタッキー・フライドチキンと並んでアメリカの象徴であった。
ピカピカに明るい店内には、確かにアメリカの風が吹いていた。
初めて食べたハンバーガーは、九州の田舎のパン屋のハンバーガーとは全く違った食べ物だった。
昔テレビで見た「ポパイ」のウインピーが食べていた、あのハンバーガーの味だった。
実際にそれを食べたことはなかったが、きっとこんな味だと思った。
河原町に出たら、必ず食べていた。
月日が流れ、私も都会の絵の具に染まり切り、マクドナルドも全国津々浦々に店舗展開し、お子様のジャンクフードに成り下がってからは、口にする事はなくなった。
今では腐肉や異物混入、朝マックに昼マックなどの迷走で、あの時のアメリカの風は逆風に変わってしまい、表に出ないカサノバ社長に経営陣は右往左往の体だ。
マクドナルドよ、初心にかえれ。
ハンバーガーとマックシェイクとポテト、あとフィレオフィッシュとコカコーラがあれば十分だ。