パパが「K(息子)が、詩的なことを言う」というので、
何を言ったかたずねてみると、
パパが「雨が降ってきた」と言ったら、「お花が喜ぶね」と応えたそうだ。
「どうして雨が降るの? K、雨、嫌いやねん」と言う息子に私が伝えたこと、
覚えていたんだ・・・突然の「なぜなに」、息子なりに真剣に受け止めていることを確信。
では、こちらも可能な限り誠実に受けて立たねば。
昨夜も突然のQ:「どうして(手を)掻いたら、血が出てくるの?」
「それは・・・(この接続詞中に、ない知恵を絞って頭をフル回転)
Kは思いを言葉で伝えることができるでしょう?
でも、皮膚は「もう掻かないで、やめて」って言えないから、
赤い血を出して教えてくれているの。
だから、お爪でひっかかないように、優しく掻いてね」
学術上正しい答えではないが、伝えたい教訓を込めることができたので、これでいいのだ。
「どうしてKには兄弟がいないの?」
「そ、それは・・・どうしてだろうね~」答えられない質問は軽やかに逃げるに限る。
「ロールパンナちゃんはメロンパンナちゃんのお姉ちゃん?」
知恵で乗り越えられない質問は、調べる。
なになに・・・メロンパンナちゃんが「お姉ちゃんが欲しい」と言ったので、
ジャムおじさんがメロンパンナちゃんの願いを叶え、後に作った(生んだ)のが、
ロールパンナお姉ちゃんらしい。(なんてすばらしいシステムなの!)
できたら、私も今からKのお姉ちゃんが欲しい!!
息子より熱い気持ちで、ロールパンナちゃんを見つめる。
「ねえねえ、漢字ってなに?」
私なりに答えた後、帰宅したパパにも問う。
パパの答えを聞きながら、パパという人を知る。
科学的?な質問から哲学的な質問まで。
私が疑問に思わなかったことに気づかせてくれる。この世は不思議にあふれている。
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