連理の枝

2014年01月16日 | Weblog


昨日は二股の木がまた繋がって一本に戻ったという話でした。話が長くなりますので、それだけで終わりましたが、今日はその続きの話を・・・。

と言っても、それから連想した話ですが。高校生の頃に習ったことを思い出しました。

中国は唐の時代の話ですが、「長恨歌(ちょうごんか)」 という詩の中で 「 天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん 」 という文言です。愛し合う二人はあの世に行ってもこのようでありたいという願いをこめた詩です。

「 連理の枝 」 というのは、本来は二本の木の枝どうしがくっついてしまうのを言うのでしょうが、同じ木の枝と枝がくっついた栗の木を見たときに、ふとこれを思い出しました。二本の木の枝が一体になったようなものを見つけたらすごかったでしょうけどね。仕事しながら連想していくのもまた楽しいことです。

 

昨夜はなんと、きれいな月夜になりました。月夜は誠に結構なことなのですが、冬の夜の快晴の空に浮かぶ月は凄さがありますね。寒くて、縮こまりながら凍るような月を見るせいでしょうか。それとも空が澄みわたっているせいでしょうか。殺気というのは言い過ぎですが、なんか近いような感じがしなくもありませんでした。

案の定、今朝はとてもとても寒かったです。地上の温度が宇宙に飛んで行ってしまったようです。人がどれほど寒いと思おうとも、太陽からもらった熱は、それだけ排出しなければ地球はあったまる一方、つまり熱を貯蓄するということになりますから。要するに温暖化です。

 

さて、その月夜の晩に、こんな風景が。名付けて 瓶猫(かめねこ)。 このニャンちゃんは玄関の前に置いた瓶 ー これを傘立ての代わりにおいてあるのですが ー が好きなようです。よく、我が家に遊びに来ては入って遊んでいます。かわいいですね。寒いなんてことは、実際は猫に関係ないようです。たしかに暖かい所は好きなようですが、寒くてもわざわざ月夜の晩に遊びに来るわけですから。それも二匹も来ていました。

私のところの庭は猫にとって、遊ぶのに向いているようです。思いおもいに石の上で思索にふけったり、木の下で じ~~~っ と長時間考え込んでしまったりしています。そして、時々は畑に肥やしを・・・。まあ、動物にも好かれる庭も良いものかなと思っています。

 

 ・・・・・

 

コロは元気です。田んぼに行くと放してやります。思いっきりやんちゃにかけまわり遊びます。彼女にとっては一瞬ではありますが至福の時。

ふだん繋がれていますからね。猫のように、あまり悪さをしないのなら放し飼いができるのでしょうけどね。でも、猫に対しても、おしっこが臭いとか、苦情の出るときはあるようです。この頃は、七輪は使わないので、サザエさんの漫画に出てくるように焼き魚をくわえて逃げるなんてことは無いのでしょうけどね。

   


二股が一体になった木

2014年01月15日 | Weblog


朝晩の寒い日は数多くありますが、今日は日中でもものすごく寒い日です。雪が降る前はよくこんな寒さになりますが、空に低く雲が垂れていなければ、雪も落ちてこないのでしょうね。
ただ曇って寒いだけです。所々は青空場見えていますが、お日様が顔を出す状態ではありません。

 

クワガタかカミキリの幼虫が栗の木の幹を食い破ったその穴です。こんなに体内を食べられてしまうのでは木もたまったものではありません。

クワガタは子どもに人気がありますが、私どもにとってはとんでもない害虫です。カブトムシは、樹液を吸うだけで、繁殖は腐葉土の中ですので、害を為しませんが、カミキリなどはこのように立木にとっては天敵です。

 

実生(みしょう)の栗の苗が所構わず発芽しますので、今日は掘り返して都合の良いところに植え替えました。互いに枝がぶつからないようにと、木と木の間を適当に離して植えています。

ところが植えていて気付いたのですが、この苗木はなんと芽が出てから二枝に分かれ、それが何の都合なのかまた上に行って繋がって仕舞っているではありませんか。

        

このように、確かに地上に出たところで二股に分かれた形跡があります。その後上で交差してしまったのでしょうね。くっついている間に樹皮がくっつき繋がってしまったようです。
手袋は木がよく写るようにおいてみました。

 

冬のニラです。根っこが残っていますので、春になれば発芽して、また昨年と同じように食べられます。便利な野菜です。

しかし、何年かおきには根を掘り起こしばらして植え直しをする必要があります。でないと、大きな柔らかい葉が出にくくなります。

 

クチナシの実が朱くなってきました。まだ黄色味が強いようです。



水戸街道

2014年01月14日 | Weblog


まだ、カレンダーでは猛烈に寒くなる時期には少し早いかと思うのですが、この分ですと大寒並の寒さがもう来てしまっているとすると、真冬が非情に長くなるかも知れません。

 

里芋を穴を掘って埋めてあるのですが、雨が降るとしみ込みあまり良いことではないので、このように、ちょっと雑ですが、上にトンネルを張って凍結避けをしています。入り口も簡単に洗濯ばさみで留める程度にして、余ったビニールは塞ぐわけでもなく開ける訳でもなく適当に動く状態しておきます。

 

寒いからと言って、あまりぬくぬくと火燵にばかり入っていないように心がけています。食べる一方で運動しないと、増えるのはお金ではなくて体重ですからね。体重が増えると良いことは起きません。

こういう寒々とした風景を見ながらでも、萎縮せずに暖かく着込んで歩くようにしています。

 

水戸下市(しもいち)の宿場は江戸期には大変繁盛したそうです。今も商店街になっていますが、市内に大きなチェーン店が出来たりしていますので、だんだんさびれてきています。
商店街も努力はしているのでしょうが、今は通販で買ってしまう人も多いので、昔のようなやり方では通用しない時代になっているのだと思います。

 

水戸から北に行く街道は 陸前浜街道 と言われたそうです。

 

この下市地区にこのような碑が立っています。

 

この橋の近くに、その碑は立っていますが、江戸に立つ人をこの橋のところまで見おくったのだそうです。
橋の名前は たまけばし と言います。





結婚式

2014年01月13日 | Weblog


昨日は、甥の結婚式があり東京は原宿方面まで行って来ましたので、帰宅が遅くなりました。

 

揃って階段を上り門をくぐって行列が続きます。この後ろについて我々も神殿の中に・・・。

 

きれいなお嫁さんで、いつもにこにこと笑顔を絶やすことはなかったですね。そりゃそうだ。良い家庭を築くことができると思います。

 

若い人たちはうらやましいです。披露宴ではその若さがはち切れた感じで元気な声を聞いたり工夫を凝らしたパフォーマンスが見られて、素晴らしいなと思いました。
バイオリンを弾いている女性は日本フィルハーモニーの楽員だそうです。

 

原宿と言えば竹下通り。いろいろな店はあったようですが、こっちはさっぱり面白そうな店がないので素通りでした。

 
 
そしてこのクレープ。比較的年齢の低い女の子は母親に連れられて来ているようで、母が連れて来たのか、娘が母親を引き連れてきたのか。どっちなんでしょうか。

とにかく、はやくここを脱出したいの一心でした。でも、ここに集まって来る若い力。そういうエネルギーは大事ですね。披露宴もお開きになり、夕方になってから駅まで戻りましたが、日が暮れても相変わらず人でごった返していました。帰りは別な道をとおりました。




鏡開き

2014年01月11日 | Weblog


歩いていたら、後ろから知らない人に話しかけられました。ひとり暮らしで寂しいそうです。 やっぱり人と話をするのが気晴らしになって良いのですね。

 

隣の猫です。人畜無害。いたずらはしません。よく、このパソコンのある部屋の前に来て日向ぼっこをしています。少し警戒・大半安心という感じですね。呼ぶとこのように来て遊んで行きます。

 

お供え餅は割れていました。それは当然のことですね。

 

で、今朝はこれ。美味しかったですよ。先日は七草。今日は甘味です。どんどんどんどん正月から遠ざかっていきます。そしてどんどん寒くなってきました。今日は、ちょっと冷えすぎたとか。ニュースでやっていました。

 

今年もこの女性は裸のままです。そこにぶら下がっているのを一着、着せてやりたいものです。

いつも思い出す歌

   袷ょ(あわしょ)ナー 中乗りさん
   あわしょやりたや ナンジャラホーイ
   足袋もそえて ヨイヨイヨイ        


 
                                   ホウレンソウ




 


放ったらかし

2014年01月10日 | Weblog


今日は晴です。冬でお日様が低い位置、おまけに力があまりないですので、曇るととても陰気になり、晴れるとホッとします。

ホットと言えば、ホットコーヒーはおいしいですね。コーヒーは大好きなんですよ。香りも良いし。お茶では少しインパクトが弱いです。

 

青空を写したわけではなくて、立ち枯れの木を写したのですが、このように管理をしていないせいなのか、立ち枯れてしまう木がけっこうあります。これはウォーキングをする道ばたにある木です。

寿命なのか、それとも病気なのか、あるいは酸性雨のせいなのか。切り倒して、そのあとに苗木を植えるというようなことは今はしません。放ったらかしです。経済面での木の価値が無いからです。金(かね)はやがて世界を滅ぼすかも知れません。
 
 
 

その、枯れた木の立っている山のことなのですが、見づらいのでグレーの線を引いてみましたが、これは溝の跡です。片方は山の縁、もうひとつは山の中にあります。

溝と溝との間はほぼ30mです。これは 誘導路 と言いまして、第二次世界大戦中、日本軍が飛行場からこのような飛行機専用の道路を作ったのです。ずっと長く遠くへと専用の道路を作って、その道路沿いの山林に飛行機を隠し敵機から見えないようにした、その為の道路なのです。

それが今でもこの堀になって一部残っています。ほとんどの人はただの溝だと思っているし、この溝のことを知らないし、関心も無いようです。

    

ベートーベンは交響曲を 9 曲作りましたが、10曲目に取りかかったm、その原稿があるのだそうです。これはその第一楽章の演奏をした CD です。もし、彼が生きていたとしたら、どういう曲になったでしょうか。この楽章も、あとで大きく手を加えて書き換えられたかも知れません。

 

以前は、大根は冬に入る前に抜いて、土中に埋めて保存をしていましたが、なにせ一本いっぽんは大きいものですから、そうは多くは食べられません。それなので、この頃は畑にそのままにしています。
土からでた部分は凍ってダメになりますが、土中の部分は食べられます。ほぼ半分は食べられるということになりますから、そのままにしてあります。

土中に埋めても、結局は土に這いつくばって掘り出さなければなりません。寒い中をその作業するのは躊躇しがちです。

 

 

 


動かなければ

2014年01月09日 | Weblog


天気が悪いと運動不足になります。昨日は雑用が多くて、あまり歩けないうちに日が暮れてしまいました。仕方がないので、やらないよりは良いだろうと思い、外は寒いので家の中で廊下を行ったり来たりして歩きました。塵も積もればではありませんが、「一歩もやがては万歩になる」と、新しいことわざを自分で作り根気よく歩いたら、やがて目標の8,000歩になりました。他人が見たら変な人と思われそうです。

 

曇天です。コタツに首まで潜って 『相棒』 の再放送でも見てればいいのでしょうけどね。それでもグータラになってしまうかなと思って、出来るだけ活字に向かいました。今日は 『源氏物語』 の第八巻目の途中から途中まで、さっきまで数十ページすすみました。 林 望 という人が現代語に訳したもので、全部で十巻あります。もう、既に光源氏は他界して、その後の話になっています。

 

三年ほど前に、ある朝、目が覚めたら見えるものがこんな状態になっていました。畳の筋を見ると右目と左目でチグハグになっているのです。風邪のばい菌が脳に悪く作用したとかいうことでした。完全に直るまで半年かかりました。そのうち入院は初めの40日。

チグハグだけではなく、猛烈な吐き気も伴います。一週間くらいは目が覚めている時間は全部吐き気がしていました。

 
               雨がパラパラと降り、アスファルトを斑に染めました

その時に知ったのですが、歩いたりして運動をする、気持ちを楽しい状態にしておく、マッサージなどをしてリンパ液を体内に循環させるなどのようなことをしていないと、自然に免疫力が下がるのだそうです。ピチピチした青年なら、そういう必要はないでしょうが、人生のピークを過ぎた人にとってはそうしておかないと、時にはこのように大変なことになります。ですので、まずは一番活性酸素を生み出さない運動というと 歩き なのだそうで、歩くことにこだわることにしました。

 

今日の天気は曇なのですが、先ほどウォーキングに田んぼのほうに出かけてみると、荒れ果てた土地に立っている木が、まるでお化けでもでるかのように、こんな様子で枝を広げていました。

 

おいおい、そこの自転車の子。よそ見しちゃ危ないよ。目の前にだるまさんがたくさんいるじゃないか。



価値観が変わる

2014年01月08日 | Weblog


毎日、たくさんの方々がこのブログに訪問をしてくださりありがとうございます。中身は極めて希薄で反省をしているのですが、沢山の方々に見ていただいて大いに励みになります。

思想的にも、政治的にもなるべく意見を出さないようにしています。要するに大方が他愛も無いことで終始しています。ほかのSNS ( Social Networking Service ) もやっていますが、そこでも同じ姿勢を貫いています。

 
 

七草がゆのパックに入っていた野菜は、確かに7種ありました。ほとんどはハコベラでした。
気が向いたのでパックをかってきましたが、例年はこれほどの種類を用意しなくても、野菜を数種でこと足りるような気がします。

 

市内でだるま市をやっていたので見に行って来ました。

 

往年のような賑わいはないです。時代が移っていく過程なのでしょうか。それとも、会社つとめの人が多くなり、なかなか来られなくなったせいでしょうか。
古い伝統が少しずつ退いてきています。

 

恵比寿大黒さまも売っていました。まだ午前もやや早めだったせいか、恵比寿大黒は並べ切れていませんでした。

 

何でもそうですが、永遠のものはありませんから、仕方がないですね。でも、物事が隆盛に向かっていくときには良いですが、衰退時期に人生が出くわした人は寂しさを感じるものですね。

ものの価値が変わったり、人の気持ちの内にある価値観が変わったりしますからね。たとえば、燃料革命が起こる前は、薪が主流であったのが、それが石炭になり、石油やガス、そして電力で煮炊きをする I HSになったせいで、山林は荒れ放題になりました。おまけに、外国から大量にまとめて輸入した方が手間賃がかからず、安く住むというので、国産木材が大量には使われなくなり、やはり山林の荒れに繋がっています。

国産用材が盛んになれば、良い木を育てるのに、下草を刈ったり、枝打ちをしたりして、山林の管理に励むようになります。

この先、何がどのようにかわっていくのでしょうか。







願ってやみません

2014年01月07日 | Weblog


朝が寒いのは仕方がありません。私は耳に霜焼けが出来る体質なので、今年は霜焼けにさせないぞと、帽子と耳当てが一体になったのを毎朝被って犬や鶏の餌をやりに外にでます。
その他にも、たとえばゴミ出しなどの雑用もあることですから。

 
                              七草かゆ食べました

 それでも、なんかこの頃、部屋が暖かくなってくると耳たぶがむずむずとかゆく感じることがあります。霜やけの一歩手前という感じですね。

 

今朝は、洗濯物から湯気がでていました。別にお湯で洗った訳ではないのですが、気温より水温の方が高いからでしょうね。

 

水鳥は寒くないんですね。羨ましいです。もっとも、犬なども平気です。猫も霜がおりた中で喧嘩をしていたし。

寒いさむいとうるさいのは人間だけのようです。特に私かな?

 
                                   エシャロット

寒い中、ついでに国際関係も冷え込むなんて決してないようにしてもらいたいと思います。

市販されている食べ物に農薬が混入などと、とんでもないことも起こっている昨今、油断ならないことが次々と起こるものです。みんなが平和な世の中で笑顔で暮らせる日を毎日毎日更新して欲しいものです。





意味不明

2014年01月06日 | Weblog


世の中が、やっと平常な状態に戻りつつあります。何人かが、仕事に行くのはおっくうになってしまったとかいう意味合いの書き込みをしていました。そうでしょうね。もっと休んでいたいものですよ。

私は寂しい所に住んでいますので、仕事が始まると同僚と話が出来るので楽しみでした。もちろん、おっくうなことも同時に感じていましたが。寒い朝、いそいそと出かけて行くのは辛いですからね。

でも、職場に行けばあったかいですからね。家は暖房費を節約していますから寒いです。費用の節約ばかりではなく、資源のことも気になるし。

 

売っていたので、買ってみました。明日の朝が楽しみです。本当に七種類はいっているんですかね。ホトケノザを確かめるのが楽しみです。
あの、おなじみの雑草とは違うということですから。

 

これが大好きです。朝が楽しみなんですよ。昔は鮭は塩引きと言って、ものすごく しょっぱかった(塩からかった)のですが、今は油が乗っていて柔らかく、塩分もかなり少なく美味しいです。

当分は毎朝これで良いのですが、材料が無くなっちゃうでしょうから、そうは長くは続かないですよね。少しずつお正月が遠くなっていきます。次の行事は節分でしょうか。

 
 

ある日、レストランで食べたサラダなのですが、上の説明を見てもサラダのどれがどれだかさっぱり分かりません。意味の分からないカタカナばかりでていて、なんじゃ~~こりゃ~~。

このサラダを取ったわけではなく、メニューに含まれているサラダなのです。意味も名前も分からなくても美味しかったです。

 

外側の葉っぱは鶏が喜んで食べてくれます。無駄は無いです。
今日は、食べ物ばっかりになってしまいました。おいしいことは良いことですからね。




樺穂村を経て雨引・岩瀬に至る

2014年01月05日 | Weblog


実は、昨日はもう一カ所行ったところがあるのですが、あまり盛り沢山になるので、途中で切りました。

 

西光院に行くときに通った道の反対側を通って山を下り、真壁というところに行きました。
この建物は、あの火野正平がでている 『こころ旅』 の中でたちよったカフェです。

   
                               もっと濃いコーヒー
そのカフェに寄ってみました。

 

番組では座敷に通されたようですが、カフェはこのようになっています。古い旅館を一部リフォームしたものです。

コーヒーとケーキは本当に美味しかったです。

 
 
 
          樺穂(かばほ)村ヲ経テ雨引(あまびき)岩瀬ニ至ル

真壁は古い町です。古い建物があちこちに残っています。春は雛人形を街を挙げて飾ってお客さんに見せます。

 

気になる所が・・・。最中も美味しいですが、「平四郎」という名前が私の気を引きます。

真壁の平四郎。松島は瑞巌寺中興の僧である彼はこの地の出身です。

 http://www.bashouan.com/puZuiganji.htm をご覧ください。今ではこの町でも、平四郎という名前を知らない人も多くなってきたかもしれません。

豊臣秀吉がまだ若い頃、織田信長に抱えられたときに起こったちょっとした草鞋事件そっくりのことが書いてあります。


ということで、楽しい一日を過ごすことができました。


峰寺山

2014年01月04日 | Weblog


だんだん晴(はれ)の日から、普段の日に移りつつあります。 晴。 特別な日。

ネットの辞書では
   はれ【晴(れ)/霽れ】  
    1 空の晴れること。天気がよいこと。(以下略)
    2 表立って晴れやかなこと。おおやけのこと。また、そのような
      場所。「―の席に臨む」「―の舞台」⇔ 褻(け)
    3 疑いが消えること。「―の身となる」
    4 晴れ着。また、それを着た姿。(以下略)

この 2 と 4 が私の話題にしたいことです。昔は特別な良い状態のことを 晴 と言いました。上の例にもあるように、晴の舞台とか、晴れ着という言葉は今も残っています。ですので、雨が降っても雪が降っても、成人式の時に着る着物は晴れ着なのです。

 

ピンクの太字で書いてある語が反対語です。これも辞書では

  褻
    1  正式でないこと。また、日常的なこと。ふだん。⇔晴(はれ)。
    2  1 ふだん着。「褻衣(せつい)」  2 けがす。けがれる。
    3  改まった場合ではない,日常的なこと。普段。平生。 ↔ 晴れ

 

ですので、お正月という特別な日々が少しずつすこしずつ褻という普段に変わっていくわけです。七日あるいは十五日の小正月と言われる頃までは一応はお正月になっていますが、それでもやはり三が日が特別な晴の日と考えられていることが多いです。この 褻 という言葉は今は使われなくなりました。

 

筑波山の近くの山並みにある西光院峰寺というところに行ってきました。

 

説明にもありますように、清水寺のような木組みがしてあるので、関東の清水と言われるところです。景色は抜群。目の前の二つに割れた山の左手の方には霞ヶ浦が見えました。

お正月の連休で、みなさんゆっくりと休めるからでしょうか。けっこう参拝客がありました。高い所に登り、下の景色を見晴るかすのも、清々しく感じてとても良い気分になるものです。


     峰寺やはるか見下ろす冬景色



ごろ寝でいいんですか

2014年01月03日 | Weblog


正月も三日目には晴もお終いになりました。今日は曇って寒いです。風が無いのがせめてもの幸い。天気ですから、晴れたり曇ったりはあたりまえのことです。嘆くべからずでしょうか。

 

普段と違うという気持ちがあるせいか、歩数もなかなか増えません。確かに普段とは違います。お正月ですから。

ゆっくりすべきです。でも、カロリーは消費しないと、どこかに何らかの形で溜まることになります。血液がおいしいものばかり食べているからどろどろしてくるとか、体脂肪がグングン増えるとか。は~~~オソロシイ 

 

それで、テレビを消して寒い中を歩いて来ました。でも、普段からやるべきことをあまりしないので、歩数は伸びません。目標が8,000歩なのですが、まだあと1,7000歩も足りません。
ブログの更新が終わったら、庭でもグルグルと歩いて見ようと思います。動かないよりは良いかなと思いますから。

 

まあ、正月からあまり悩まないで、今日はゆっくりと骨休めの日だと思えば良いことです。曇ってさむいことですから。

   あらたまの年たちかへるあしたより
                  待たるるものは鶯のこゑ  素性(そせい)

     年がぐるっと廻って新らしい年の朝から待ち遠しいのは鶯の声だなぁ

     あらたまの = 「年」「月」「春」「来経(きへ)」などにかかる枕詞




梅一輪

2014年01月02日 | Weblog


空は青く雲は白く、日差しはまぶしく、しっかりと寒い清々しいお正月になりました。

 

孫悟空に出てくる觔斗雲(きんとうん)を思い浮かべるような雲がひとつ浮かんでいました。あとは、ぐるりと見わたしたのですが、この時刻には雲は全然ありませんでした。

左から右に流れているようですので、雲を左に寄せて撮って見ました。右に進んでいるように見えるでしょうか。

 
                   我が家のお飾り

 

昨日の元日には、地元のいわゆる昔で言う 村の鎮守様 にお詣りをしました。全ての始まりはまず地元のお宮からです。

今日は、水戸藩第二代藩主徳川光圀と、第九代藩主徳川斉昭(なりあき)を祭神とする、偕楽園の隣りにある常磐神社(ときわじんじゃ)にお詣りに行って来ました。参拝者が沢山いて、なかなか順番が回ってきません。

 

参拝がおわり降り帰って後ろを見ると、こんなに長い列ができています。おどろきました。

この鳥居の先は階段を降りてJR常磐線。その先が千波湖になっています。私たちは千波湖の畔に車を置いて、ウォーキングを兼ねて今日はこちらに来ました。

 

お札を扱うところにはきれいな巫女さんがたくさん・・・・・。

 

偕楽園では、梅の花がたっった一輪咲いていました。名前は「冬至梅」。まだ一月も始まったばかりですから、咲きそろうのには一ヶ月半かかるでしょうか。


冬は寒くてつらいですが、きりっと身も心も引き締まって清々しく、良い面も沢山あります。嫌うことがないように、うまく付き合っていきたいと思います。まだ今年は始まったばかり。四季をみつめ、できればゆとりを持って生活したいと思っています。