かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

叩けばいくらでもほこりが出てくるのは、やっぱり構造的に古くなっているからでしょうか?

2006-05-12 23:56:17 | Weblog
 ゴールデンウィークあけの一週間は、ほんとにあっと言う間に過ぎてしまいました。毎日忙しいながらも充実した時を過ごすと、こんなモノなのかも知れません。その昔アインシュタインが相対性理論についてよく判らないといった子供に、楽しい時間は速く過ぎ、イヤな時はゆっくりというのと同じことだと説明したそうですが、確かにゴールデンウィークの一週間とは時の流れが違う感じがいたしました。

 さて、文化庁がまた高松塚古墳でやった過去の所業でつるし上げを食らっていますが、本当にこの件に関しては地元の人間としてこの役所が許せない、という気分にさせられます。とはいえ、今この役所の担当窓口にいる人に当たり散らすのもヘンな気が致します。なんと言っても彼(彼女?)はいま暴き立てられている数々の失敗とその隠蔽工作には直接関与していない可能性が高いのですから。数年で人事異動する彼ら官僚達からすれば、ロシアンルーレットに当たってしまったみたいなモノで、自分がしたわけでもないミスの尻ぬぐいをさせられている訳ですから、考えてみればかわいそうなモノです。でも、では当時の関係者を吊し上げればいいかというとそれもちょっと違う気が致します。確かに当時の責任ある立場の人間の判断ミスは痛恨の恨み募る所業ではありましたけど、公務というのは個人の責任に置いてなすことではないというのが前提になっています。あくまで役所という組織の意志と責任に置いて行動するのが建前で、たとえば戦争に赴く軍人さんのように、時には人倫にもとるようなこともあえてしなければならない事もある訳ですから、そのことに個人責任を持ち込んでは、組織はやっていけません。でも一方であまりといえばあまりというようなものには個人責任が追及されるのはしかるべきことで、無抵抗な民間人を虐殺したとか、虐殺するよう部下に強要したとかいうような場合は、たとえ過去のことといっても、当然個人の責任を裁かれることになるでしょう。この文化庁の数々の悪行三昧が果たしてそのレベルの、個人責任を追及しなくちゃいけない話なのかどうかは、別途考えてみる必要があるように感じます。まあ尻ぬぐいというのは個人的に見るとかわいそうではありますし、そんな事をさせられるから、歴代の担当者が事なかれ主義で自分の担当期間だけ逃れられたらいい、みたいに自体を先送りするモノだからこういう事になってしまったという面もあるのでしょうし、何とかそのあたりの交通整理をして、当事者としての責任の重みを意識させつつ、それでもって仕事に対して萎縮したりしないようにする組織のあり方を、この際考えて頂きたいモノです。

コメント
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