かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

4.死神現る。その2

2007-10-08 23:04:41 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
 夢の中で、早くも鬼童は麗夢が来るのを待っていた。
「お待ちしてましたよ、麗夢さん」
 情景は、今し方入ったばかりの鬼童研究所睡眠実験室のそれと寸分変わらない。レム睡眠波動の強力なエネルギーを覚えなければ、まだ寝てないと言われればそう信じ込んでしまうくらい、その様子は良くできていた。
「すごいじゃない、鬼童さん。自分の夢の中で自由に動けるなんて!」
「ええ、おかげさまで大分コントロールできるようになりましたよ」
 麗夢の驚きも無理はない。通常、人は夢を見ている最中、非常に明瞭な知覚を維持する一方で、それを客観的に感じる能力は著しく低下する。これは脳内で合成される化学物質の影響で、大脳の、知覚を担当する部分の活動が活発になる一方で、判断力や認識力を担当する部分の活動が抑え込まれるためである。この、思考を司る部分が抑制されるため、夢の中では人はまともに考えることが出来ないし、自分の周りで生じている異常事態を異常である、と認識する事もできない。つまり夢に呑み込まれている状態になる。だが、訓練によってこの抑制を制御出来れば、夢に居ながらにして、その事を自覚し、理性的かつ客観的に夢を観察できるようになる。これが、明晰夢である。鬼童は早くからその訓練に勤しみ、いまや、自分の夢をかなり自由にコントロールできるまでになっていた。この、自分の夢を自分で制御する力を究極的に発動できる人が、麗夢のようなドリームガーディアン能力を持つのではないか、と鬼童は考えている。そこで麗夢に自分の夢を提供する見返りに、麗夢から、この夢の中で得られるだけのデータを得ようと、わざわざ夢を自分の実験室に塗り替えたのである。夢の中とは言え、この部屋ならばあらゆるセンサー類が鬼童の知る通りの性能を発揮し、そのデータはコンピューターで処理されてモニターに表示させることができる。その数値を見て記憶しておけば、目覚めた後でも内容の吟味が可能になるのだ。
 鬼童は、麗夢の賞賛に笑顔を閃かせながら言った。
「取りあえず、始めて下さい。その間、麗夢さんやアルファ、ベータのデータを収集させて貰いますから」
 鬼童は白衣を翻して、壁際の装置端末に取り付いた。麗夢も頷いて足元のアルファ、ベータに呼びかけた。
「じゃあ、アルファは美奈ちゃん、ベータはハンスさんの波動を探して。私は夢見さんのを探してみるわ」
「にゃん!」
「ワン!」
 威勢良く返事した二頭が、記憶にあるそれぞれの人物の精神波動を拾うべく、目をつぶって軽く頭を下げた。麗夢も意識を夢見小僧に集中し、鬼童の夢から、無形のアンテナをゆっくりと外へと伸ばしていく。やがてアルファとベータがほぼ同時に耳をぴくっと動かし、二人の波動を捉えた事を麗夢に告げた。麗夢も、一瞬遅れて夢見小僧らしき波動をキャッチした。だが、それらはあまりに弱く、場所を特定するところまでは難しかった。アルファ、ベータもしきりに鼻を鳴らして波動を鮮明に捉えようと躍起になったが、その場で得られる情報には限りがあるようだった。
「ちょっと出てみましょう。方角だけでもつかめたら、もう少し何とかなるわ」
 麗夢は、こくりと頷く二頭から、鬼童の方に視線を移した。
「ちょっと外に出てきます。鬼童さん、何かあったら教えてね。叫ぶとか念じるとかしてくれたらすぐ判るから」
「判りました。気を付けて下さいよ、麗夢さん」
 夢見の前に危険の可能性を指摘されていた鬼童は、少し緊張した表情で麗夢に言った。麗夢はにっこり微笑むと、そのまま軽く床を蹴った。途端に麗夢の身体がふわっと浮き上がりながら、透明感を増して宙に溶けていく。アルファ、ベータも後に続いて、次々と宙に消えていった。鬼童はそれを見送りながら、一緒についていきたい衝動を抑えるのに苦労した。麗夢と一緒に、と言うのも重要な一点だが、それよりもいわゆる夢の世界の外側がどのようになっているのか、純粋な好奇心をかき立てられたのである。いわゆるユングの唱える集合無意識へのルートが、あの麗夢達が消えていった向こう側にある。宗教的に言えばそれは、神への道にも繋がるだろう。そこに一体何があり、どんな事象が渦巻いているのか。知りたい。たとえどんな犠牲を払っても・・・。
「そんなに見たいのか? 死の世界が」
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そろそろ本格的な連載企画に挑戦するべきときが来ているのかもしれません。

2007-10-08 23:03:49 | Weblog
 今日は雨の1日だったようですが、ほとんど外に出なかったためにどれほど降ったのか、あるいは降らなかったのかを知ることもありませんでした。昨日思いつきで遠出したためか、今日は一日怠惰に過ごすことを心身が要求したようです。明日から10月中旬の忙しい日々が始まるわけですが、その前に走りきるためのエネルギー充填期間、ということで、今日の怠けぶりを自分なりに許可した次第です。
 とは言え何もしないというのは結構辛いものがあるので、結局積んどいた本を読んだりコミックスを開いたり録りっぱなしのビデオを観たりすることで過ごしたのですが、そうなると今度は時間が不足気味で、忙しいのか暇なのかよく判らなくなるような按配になるのが、貧乏性というものなのでしょうか。
 それはそれとして、とりあえず3連休でしたので、「ドリームジェノミクス」を今日も更新してみました。序盤から中盤に差し掛かる、起承転結で言うところの承の部分の導入部、物語が動き始めるあたりになります。ただ、分量が多いため、この第4章はおよそ2千字づつ4分割することにしました。こうしてわけた方が読みやすいのか、あるいはもう少し内容をまとめた方がいいのか判りませんが、もともと分割連載を意識して書いたわけではありませんので、やっぱり読み物としては少し無理のあるやり方なのかもしれません。昔々、新井素子がデビューしたての頃に連載モノをやることになって、連載など全く未知の領域だったために結局1本丸々書き上げてから分割して出していった、というような話を、その本のあとがきだったか、あるいは他のエッセイか何かだったかで読んだことがあるのですが、ちょうどこれまでの私はそんな状態を続けている、といえるでしょう。その後新井素子も次第に書くことに慣れて連載企画もこなせるようになったそうですが、そろそろ私もこういう過去の遺産で食いつなぐだけでなく、新作を連載するようなことも考えていくべきなのかもしれません。
 連載というのは基本的に直しをいれにくいですし、分量も一回一回適度にそろえていく必要があり、このように一本書き上げるのと比べ、同じクオリティを維持しようとすれば、かなりハードルが高いというか、今の自分にはほとんど不可能じゃないかと思ったりもいたします。でも、そういうのにも挑戦していくことがステップアップにもつながるのでしょうし、その為にこうして毎日一定量の文章を書き綴ってきたともいえますし、そもそも失敗してもそう怖くないという面もあり、ともかくもやる価値はあるように思います。
 とりあえずもう少し態勢を整え、今年最後の試みになるか、あるいは来年の新企画になるか、という予定で新作の設計を固め、本気で挑戦してみようと思います。
ちと無責任ですが、乞うご期待! と今のうちは言わせていただきましょう。

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明石って、結構遠い街だったんですね。

2007-10-07 23:12:06 | ドリームハンター麗夢
 本日は、急に思い立って明石まで出かけました。わが田舎から近鉄電車で大阪・天王寺まで出て、JR環状線で梅田まで移動し、阪神電車に乗り換えて神戸を経由して、途中山陽電鉄に乗り換える、というちょっとした小旅行っぽい移動です。
 移動の最中には、陽光きらきら輝く瀬戸内海に大小さまざまな船が浮かぶ様子や、明石海峡大橋の下をくぐるダイナミックな光景などのちょっとしたイベントが、旅行気分を盛り上げてくれました。そういえば明石海峡大橋って、西側から見たほうが東側から見るより格好よいように思えたのは何故でしょう。背景や光線の具合もあったのかもしれませんが、どちらも同じ顔なのに、あれはなんとなく不思議でした。などというまあどうでもよいことなども感じながらひたすら西へ急いだのですが、一つ誤算だったのは、所要時間の見積もりが甘かったこと。家から2時間少々みておけば到着できるだろう、と高をくくっておりましたら、比較的乗り継ぎの連絡はよかったにも関わらず、また、更に30分ほどゆとりを持って出てきたというのに、目的地に到着したときには目指していた13時着を少しオーバーしてしまいました。
 なかでも一番の誤算は山陽電鉄の所要時間を見誤っていたこと。
 神戸くらいまではこの間も行ったところなので大体計算できたのですが、そこから先はさすがにそうそう行かないですし、行ってもJR山陽本線を走る新快速電車を利用するばかりなので、阪神電鉄ー高速神戸鉄道ー山陽電鉄、という私鉄コースで移動するのはほとんど初めてのことでした。でも、今回の目的地が明石駅の少し先の、山陽電鉄の駅からホンの1,2分という至近距離だったため、最初からJRの利用は考えていなかったのです。もう少し下調べをしっかりしていたら、明石駅で山陽電鉄とJRが連絡していることを見つけられたはずなのですが、兎に角思いつきで動き始めたため、そこまで頭が回りませんでした。

 ところで何しに行ったかといいますと、実は麗夢DVDなどで大変お世話になっている御仁が、「本業」のお仕事で明石に来られる、という話を知り、少々遠くてもそこは同じ関西のこと、幸い今日は予定も無いし、これはご挨拶の一つもせねば、というわけで、明石まで出かけたのでした。そのお仕事の時間が午後1時だったため、取り急ぎその時間には現場までたどり着こうと、自宅を飛び出たのです。
 ようするに無理無理押しかけた形になってしまいましたが、こちらの非礼にも関わらず快く迎えてもらい、結局お仕事の空き時間を利用しておよそ1時間ばかりさまざまな話をいたしました。その内容を要約すると、先々楽しみが多いということ。年末から来年にかけて、きっと色々な動きが表面化してくることになるでしょう。そのときが楽しみですね。 
 まあそんなこんなで、帰りは梅田の阪神百貨店で「御座候」をお土産に買って、ホクホク顔で帰宅しました。急に思いついた割には、今日は実り多き明石プチ遠征となりましたとさ。

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4.死神現る。その1

2007-10-06 21:57:28 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
 ハンス・ゲオルグ・ヴァンダーリヒ、夢見小僧、そして美奈。偶然も三つ重なるとさすがに無視できない。年齢、性別、出自、性格、どれをとってもまるで異なる三人ではあるが、麗夢達にだけ分かるただ一つの共通点がある。
 「夢」だ。
 ハンスは、夢の世界をさ迷った末に、哀魅の夢から麗夢の力によって現実世界に叩き出された男である。
 夢見小僧は集団夢催眠を得意とし、ナチスの亡霊にその力を危うく利用させられそうになった経歴を持つ。
 美奈も夢の世界を渡り歩く力があり、遠隔能力では麗夢をも凌ぐ能力者だ。
 もちろん、3人の失踪が全くの偶然という可能性も否定は出来ない。だが、麗夢の直感は、その背後に未知のきな臭さを感知していた。
 まずセオリーどおり、麗夢は3人の失踪直前の足取りを追おうとしたが、夢見小僧はもとより神出鬼没、麗夢でさえ、彼女がどこに住んで、普段何をしているのかは全く知らないため、その線から追跡するのはほとんど不可能だった。
 一方ハンスと美奈は、失踪直前までかなりはっきりした痕跡を残していた。
 もともと貴公子然とした白人青年であるハンスは、買い物の経路上であちこちにはっきりした記憶をばらまいていた。写真を一目見ただけでほとんどの人が思い出し、その足跡は間違いなく哀魅に言いつけられたとおり近所のスーパーに来てメモ通りの買い物を済ませ、店を出てまっすぐ家に向かっていた。美奈も、学校から友達と別れるまではもちろん、その後も幾つかの目撃情報が得られた。だが、帰宅直前、そこで空間と時間を切れ味鋭い銘刀で一刀両断にしたかのように、すっぱりと二人の消息が消えてなくなるのである。
 これは例えば、夢魔の女王が美奈に対してやったように、突如何者かが二人を夢の世界に引きずり込むと言ったような超現実的な異常が生じたとしたらどうだろうか。美奈の前例があるだけに、麗夢も未知の敵の可能性は一応考慮した。しかし、それならそれで、ベータの鼻にも引っかからないというのはあり得ない。少なくとも二人の家やその周辺には、瘴気の残滓は全く感知できなかった。
 それでは、夢見小僧のような力で、最後の瞬間の目撃者全員が幻覚を見せられたとしたらどうだろうか。確かに忽然と姿が消えたように見せるのは可能になるが、本当にそんなことができるのかというと、さすがに麗夢も考え込まざるを得なかった。もし本当に集団催眠だったとしたら、その術者は少なくとも数分間に渡って不特定多数の人間に幻覚を見せたことになる。その技を得意とする夢見小僧の場合、幻覚はほんの十数秒程度。しかも相手が自分へと意識を向けていることが条件だ。注目度が高ければ高いほどかけやすいようで、現に榊はこれに何度も苦渋を味あわされている。ところが今回、もしその様な力が使われたのだとすると、その者の力は、夢見小僧など足元にも及ばぬまるで別次元の強さだと言うことになる。そんな者がはたして本当にいるのだろうか? 既に、あの死夢羅を含めて夢守の民の血を引く者は自分一人ではない、と言うことは承知の麗夢だったが、これまでそんな強力な力に遭遇したことはなかった。自分が最強だ、と思うほど麗夢も愚かではないが、自分達と同種の人間がいかに少ないか、は肌で感じられる事実だ。故に、三人を痕跡も残すことなく容易くさらっていく事が出来る者など、なかなか想像することが難しかった。
 こうして現実世界の捜査に行き詰まった麗夢は、もう一つの方策を採ることにした。麗夢の愛車が鬼童超心理物理学研究所の前に停車したのは、哀魅、榊、美奈のお母さんが次々舞い込んだ日より、四日が過ぎた夕方のことである。
「どうしたんです麗夢さん! 急に逢いたいだなんて!」
 突然の麗夢の訪問に喜色満面の鬼童は、薫り高い挽きたてのコーヒーを麗夢に勧めながら、手を応接セットのテーブルの上で組み合わせた。
「実は一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる? 鬼童さん」
「麗夢さんの頼みならいくらでも協力しますけど、一体なんです、そのお願いって」
「『夢』を貸して欲しいのよ」
「夢?」
 話が見えない、と言う鬼童に、麗夢はここ数日続けた三人の行方不明者の捜索状況について説明した。
「ああ、夢見小僧のことは知ってますよ。榊警部に呼ばれて国立博物館に行きましたからね。結局会えずじまいでしたが、そうですか、あの日から夢見小僧は行方不明なんですか」
「それで結局他の二人も手がかりが無くて。そこで『夢』から三人の行方を探してみようと思うの」
 意中の美少女の真剣な眼差しに、鬼童の心臓が二割ほど鼓動を増した。耳たぶがほんのり熱くなるのを覚えながら、鬼童は努めて平静を装って麗夢に言った。
「で、僕の『夢』を貸して欲しい、と?」
「ええ、夢を足がかりにすれば、アルファ、ベータならきっと見つけられるわ。三人とも特徴のはっきりしたオーラを発しているし」
 現実世界では捕まえにくい幽かなオーラの波動でも、『夢』の中からならば感度が格段に上がり、アルファ、ベータの鋭敏な感覚なら、それをかぎ分けることが出来る。ただ、この場合誰の『夢』に入るかが問題だった。単に捜索のためだけなら、哀魅や美奈の母、いや、極端な話誰の『夢』でもよい。しかし、もしこの事件に、例えば死神死夢羅のような恐ろしい相手が絡んでいたとしたら、夢見る者を相当な危険にさらすことになるだろう。そんな可能性が僅かでも感じられる以上、哀魅達にそれを頼むことは麗夢には出来なかった。
「榊警部は出張でしばらく東京にいないし、円光さんはいつもの通りどこにいるか判らないし、頼れるのは鬼童さんしかいないの。もちろんもしもの時は私とこの子達で鬼童さんを守るから、お願い、鬼童さんの『夢』を貸して」
 鬼童は、円光よりも自分を頼りにしてくれた麗夢の言葉に半ば陶然としながら、頭の片隅ではそのリスクと利益をきちんと秤にかけていた。冷静に考えてみれば、このような仕事は円光の方が適任だろう。円光なら強力な法力でもって、夢の中でも自分の身を守る事が出来るだろうし、それだけでなく、麗夢をサポートして闘うことさえ可能かも知れない。
 対して自分は、純然たる戦闘力は皆無に等しい。まして自分の夢だ。自分の意志で夢を制御するため、明晰夢を見る訓練は行ってはいるが、円光ほど自在に自分の夢の中で振る舞うのは恐らく不可能だ。下手をすると明晰夢すら見ることが出来ず、ただ麗夢の足を引っ張るだけになるかも知れない。
 だが、事情はどうあれ麗夢と二人で一つの夢を共有するというのは、そんな冷静な判断をまとめてくず入れにぽいとせずにはいられない、強烈な魅力を秘めている。それに、南麻布以来久しぶりに、麗夢の闘い振りを堪能できるかも知れない。そのデータが得られるなら、多少の危険を厭う理由はないではないか。
 第一、必ずしも敵がいると決まったわけではない。確かに三人の失踪は腑に落ちない点も多々あるが、事実が小説よりも奇妙なことは良くあることだ。因果関係など何もなく、ただの偶然で三人が三人ともどこかで迷子になっていただけということだって確率的には零ではない。麗夢やアルファ、ベータの夢探知とでも言うべき能力を間近で観察するのも、これはこれで重要な研究テーマとなるだろう。
 結局全てを自分の研究に収斂させた鬼童は、縋るような目で見つめる目の前の少女に、これ以上ない朗らかな笑顔で白い歯をこぼして見せた。
「ええ、いいでしょう。僕の夢で良ければ使って下さい。その代わり・・・」
「その代わり?」
「事件が解決したら、一度食事でも御一緒しませんか? なかなか美味しいケーキを食べさせてくれるレストランを見つけたんですよ」
 ケーキと聞いて、麗夢の左右に陣取っていたアルファとベータの耳がぴくりと動いた。自然に尻尾が動き出し、期待の目で間に挟まった麗夢を見上げる。同時に伝わったテレパシーの強さに、麗夢は苦笑いしつつはいはい、と左右のお供に答えた。
「いいわよ。この子達も一緒なら」
「ニャーン!」
「ワン、ワンワン!」
 今度は期待の視線が鬼童の方へ直射する。瞬間鬼童のこわばった表情が改まり、内心の悲鳴が表に溢れかえる寸前で、しっかりと抑え込まれた。
「え、ええ、もちろんですよ麗夢さん! じゃあ約束ですからね」
「それじゃ早速お願いします!」
「え? こ、ここでですか?」
「善は急げ、っていうじゃない。早ければそのレストランに今夜行けるわよ・」
 麗夢のウインクで、鬼童の胸の内を暖かい津波が打ち付けた。
(まあいい。慌てなくても、少しずつ距離を縮めていけば・・・)
 鬼童は麗夢を睡眠実験室のリクライニングチェアに誘いながら、取りあえずライバルに対し、小さなリードを確立できたことを素直に喜んだ。
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また飛行機のトラブルがありましたそうで。

2007-10-06 21:57:01 | Weblog
 巷ではまた「ガンダム」が始まったようで、最初の一回目くらいは観てみようと思っておりましたところ、その時間にはすっかり忘れていて、今頃、あ、しまった、と思い出しております。どうも最近はその種の「あ、しまった」が多い気がしないでもないのですが、まあ来週忘れずに観ることが出来れば、冒頭であらすじもやってくれることでしょうし、話がまるで判らなくなる、ということも無いでしょう。

 今日は「ドリームジェノミクス」をこの後更新しますのでこの日記は軽く流しますが、大阪の伊丹空港で、着陸機と離陸機があわや滑走路上で衝突しかねない事態になっていたとの報道を読んで、かなり恐れおののいています。
 伊丹空港は平行した2本の滑走路があり、着陸しつつあった飛行機は、飛び立つ準備のため移動しつつあった飛行機のいる方へ誤って進入してしまったのだそうです。地上にいた飛行機の方が、衝突の危険を感じて滑走路へ進入する前に停止したおかげで大惨事を免れましたが、最悪、双方の乗員乗客合わせて300人あまりが死んでいたかもしれませんでした。
 結局、原因は管制官と機長との意思疎通が不完全で、互いの言葉を聞き間違えたり確認をとらなかったりしたことらしいですが、乗り物の中でももっとも工学的に安全を考慮して作られているはずの飛行機でも、その離着陸の最後の瞬間は、それを操作し、サポートするパイロットや管制官の責任にかかる、という人間の問題に帰着することを、改めて認識させてくれました。
 来月は多分飛行機に乗る必要が出てくるみたいなのですが、このところ相次ぐ事故や事故未満のこれら出来事を見ていますと、本当に不安にさせられます。国土交通省はこの事態に伊丹空港への特別監査を実施するとのことですが、一空港だけの問題に限定せず、航空会社や全国の空港に対しても、事故を未然に防ぐための処置を検討してもらいたいものです。

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ヒトの手が生み出す魔法じみた技術は、どこまで未知の世界に切り込めるでしょうか。

2007-10-05 23:49:11 | Weblog
 10月といえば天気も安定して晴れの日が多い印象があり、体育の日は確か晴になりやすい特異日だったように思いましたが、週間天気予報を見る限り、来週はどうも雨ばかりのようです。まるで夏から秋に移り行くときの秋雨みたいな感じですが、季節そのものがそれだけずれているんでしょうか? それとも、気候がおかしくなって色々と今まで蓄積してきたデータには当てはまらない新種の気象状況になっているんでしょうか?
 紅葉もどことなくヘンで、桜やカエデの葉が、黄色くなってどんどん散っていくのを見かけます。暑い日が長く続きすぎて、人が熱中症で倒れるみたいに、植物もどこかおかしくなっているのかもしれません。
 
 さて、自然界がおかしくなってきているのだとしたら、ヒトとしてはそれに順応するよう耐えるか、自然そのものをコントロールすべく努力するか、折り合いをつけて行かねばならないと思うのですが、その、コントロール手段の一つであるバイオテクノロジーの世界で、幾つか興味深い話が出てきています。
 一つは青い薔薇がいよいよ商業認可されるという話。青い薔薇は、不可能なことの代名詞に使われるほど、従来の育種技術ではけして現れることの無い色の薔薇なのだそうです。青っぽい薔薇は幾つか品種がありますが、純粋な青を作るには青色の色素を作ることができないとダメで、そもそも薔薇はその色素を作る遺伝子を持たないため、どんなにがんばってみても真っ青な薔薇は生まれようがありません。それを、パンジーから青色色素を作る遺伝子を導入し、14年の歳月をかけて作ったのが今回商業認可される薔薇です。遺伝子組み換え植物、ということで、特にその種のアレルギーの強い我が国で果たしてどれだけ受け入れられるのか疑問とする声もありますが、花屋さんの店頭に並ぶ日を楽しみにしたいと思います。

 もう一つ、こちらは人間の方の研究で、自殺を促す遺伝子が見つかったというお話。米国立衛生研究所傘下の精神衛生研究所が行った研究で、抗うつ剤を使う患者によく起きる自殺志向に、2つの遺伝子に起きる特定の変異が関連していることが判ったのだそうです。この特別な遺伝子の変異型を持つ患者は、自殺志向が2倍から15倍に増加するとのことです。どういうメカニズムで遺伝子が自殺を「促す」のかまでは書いてありませんでしたが、ヒトの精神的な活動が、遺伝子、ひいてはその遺伝子によって産みだされる何らかの化学物質によって左右されるということが明らかになったわけです。今、我が国で自殺が急増しているそうですが、ストレス等外的要因の研究も必要でしょうが、この種の「自殺しやすいヒト」を見分けるためのツールを開発する努力もまた必要なんではないでしょうか。その手の研究が進めば、まず自殺を減らすための遺伝子治療なんてのも出てくるかもしれません。
そしてそのうち、夜の夢もまた、モルフェウスに代わってそれを司る遺伝子というのが見つかって、望む夢を自在に見るための遺伝子操作方法なんてのが登場したりするんじゃないでしょうか。今までは夢物語と思っておりましたが、意外に早くそんな時代が来るかもしれません。

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好不調の激しい秋です。

2007-10-04 22:43:20 | Weblog
 今日は久々に晴れて少し暑さがぶり返したような感じでしたが、予報どおり午後から雲が広がり、夕方以降はいつ降るやも知れぬ、というような雲行きになりました。明日は多分雨でしょう。冷たい雨でなければいいんですが、下がるときは本当に急転直下、という感じなので、どうにも困るこのごろです。

 さて、実は昨日はなぜかとんでもなく疲労が顕現し、眠いはだるいは頭は痛いはむかつきがあるは、と体調不良のオン・パレードでほとほと参りました。全体において今年はほぼ調子よく過ごしてきた観のある1年だった、と思うわけですが、たまにはこういう絶不調の時もあるようで、あまり調子がいいからと甘く見たり無理をしたりするのはよくないな、と改めて考え直しました。もちろん寝るのもいつもより早目を心がけ、朝までしっかり寝たのですが、そのおかげか今日は体調も大体以前の状態に復し、昨日の不調はこめかみの辺りにわずかにわだかまっているだけ、という状態になりました。仕事も順調に進みましたし、昨日の停滞は一気に取り返したように思えます。願わくばこの調子が未来永劫ずっと続いてくれたらいいのですが、今までのところ、そのように都合の良い状態になったことは過去一度もありません。私は幸運と不運は人生の中で均すと結局半分半分だ、などというような運命平衡論には組したくないと考え、何とか幸運の勝ち越し、できれば圧勝で一生を終えたいと思う勝手な野郎なのですが、たとえば宝くじで億万長者になる、というような話よりも、今日のような万事そこそこうまくいく、というレベルの日々がずっと続いてくれたら、それで十分満足いくと思うレベルの圧勝祈願なのです。「家内安全」というのとさほど変らない様な、なんともささやかな願いではないか、と私自身は思うのですが、どうもそんなレベルですら世の中うまくいかないみたいで、たとえば通勤の行き帰りでも、いつも停められる信号とか踏み切りとかを運良く通過できると、気持ちを引き締めないと一時停止違反やスピード違反でおまわりさんのお世話になるかも知れない、などと自分で自分にブレーキをかける自分がいます。これなんかまさに運命平衡論そのもののような気もするのですが、そうやって万事つつがなく過ごすことができたのなら、それはそれでよし、という武田信玄みたいな考え方に落ち着きそうな気もいたします。まあいずれにしてもこのレベルだと気の持ちよう一つ、というところもありますから、書きつのるほどには深刻でも真剣でもなかったりするのかもしれません。

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『かっこうのつれづれ』 今日で3周年!

2007-10-03 23:11:59 | Weblog
 今日は10月3日。何のことは無い1日なのではありますが、ここかっこうのつれづれ的には祈念すべき1日なのです。というのも、この日記を書き始めてからまる3年目を迎えるという日に当たるからです。もっとも、このブログ形式は2005年3月からスタートなので3年目まではまだ何ヶ月かあるのですが、「かっこうのつれづれ」と看板を掲げて日記を書き始めた当初は、「かっこうの本棚」の中の1コーナーで、HTMLで日記を付け、更新しておりました。それを3年前の今日からおよそ半年弱続け、ブログに移行したのです。したがって、「かっこうのつれづれ」としては、間違いなく3年目の記念日ということで間違いありません。
 まあ過去の通過点でも必ず書いているのですが、よく続いたものだな、とほとほと思います。私のように飽き性の面倒くさがりがこうしてほぼ毎日およそ1千字を刻み続けることができようとは、日記をつけ始めた当初は全く思いもよらない椿事でした。内容は正直言ってどうでもよい私事がほとんどなのですが、何人か定期的に観測していただいている方もいらっしゃるようで、そんな奇特なご愛顧には大変ありがたいと感謝申し上げる次第です。とは言え、殊勝に今後そのような方々に役に立つようなことを積極的に取り上げていこう、などとは露とも思わない勝手なところは相変わらずで、誠にもって申し訳ないのですが(苦笑)。
 まあこんな調子でまだしばらくはこのブログを続けていきます。始めた当初はいつでも止めたくなったらやめようと気楽に構えておりましたが、こうして続いてしまうとかえって日記を付けるのが日常の当たり前になってしまって、更新しないと何か物足りないというか、ちょっとした罪悪感まで覚えてしまう始末。新聞のコラム欄同様、ネタに困ることもしばしばある中、無理やりでも文字を連ねるというのはそれなりに修行にもなっていると思いますし、「日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト」としてこれからも続けてまいります。
 といいつつ、私を取り巻く日常の風景が、3年前とは大きく様変わりしております。特に去年くらいから、すなわち麗夢DVDが出たあたりからなのですが、麗夢とのかかわりや同人活動も、単なる個人的趣味の世界から少し変化してきているのがこの1年の大きな特徴でしょう。この変化が今後どうなってどこに帰着することになるのか、その変化の軌跡をこの日記に少しでも記すことができれば、あるいは単なる極私的テキストを超えた「何か」がこのささやかな文字列に刻まれることになるかもしれません。どういうことになるか、第1番目の読者でもある私自身、楽しみですね。

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いっぱいの卵が夢に現れました。

2007-10-02 22:14:56 | 夢、易占
 マリみて新刊「薔薇の花かんむり」、早速購入して即座に読了いたしました。ネタばれ感想は例によって来週にでもアップしようかと思いますが、一言だけ今述べるなら、いまいち釈然としないというか、なんとなくはぐらかされたようなというか、全体においては満足なのですが、ほんの少しだけそんなわだかまりを覚えてしまいました。その原因がなんなのか今はまだわかりませんが、もう一回読めばあるいは見えてくるかもしれません。でも、懐かしい人が大活躍してますし、やっぱり「マリみて」は面白いな、と思う一冊ではあります。

 さて、今朝見た夢をまず記録いたしましょう。私は、どうやら卵を大量に購入しているみたいです。市指定のゴミ袋のように大きな透明の袋にいっぱい卵を入れて、落としたりぶつけたりしたら卵が割れるから、と慎重に持ち運んでいます。ふと見ますと、卵は殻付きのではなくて、中身だけ、すなわち液卵状態と申しますか、10リットル位はあるかもしれない透明な白身液の中に、丸い黄身が何十も(ひょっとして何百?)もふわふわと浮いています。割れる心配は無いものの、これはこれで運ぶのが大変だと、一段と注意深く行動することにして、その卵を運びました。
 場面が変わって、自宅の台所でしょうか? 卵を洗い、黄身をきれいに分離しようとしています。と、鶏卵の黄身だったはずの卵が、いつの間にか直径3,4ミリくらいの白い魚の卵上のものを、こぼさないように気をつけながら料手のひらに山盛りにしていました。これを更に綺麗に洗い、干しておこうとしているのです。

 卵は新しい生命の種子にして、可能性を暗示しているのだとか。生卵を見るのは、不確か、気がかり、それに風邪をひく暗示だそうですが、多量の卵を購入するというのは、利益を得る暗示ともされるそうです。今回の不可解な夢が果たして意味を持つのか、あるいはもたないのかというのは不明ですが、朝からなんとなく卵の夢は良い夢ではなかろうか、という自己解釈もしておりますので、今のところ特に気にも留めないつもりなのですが、連日の夜間の冷え込みで、少しだけのどの調子がヘンで、風邪をひきかけている、可能性も無きにしも非ずです。果たしてこの夢は正夢かどうか、数日のうちに結果が出そうな気がいたします。

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郵政民営化の行方やいかに?

2007-10-01 23:41:56 | Weblog
 今朝は大分寒かったですね。一応一枚上着を重ねてからバイクで走り出したのですが、それでもかなり厳しい気がしました。でも、天気予報によるとこの冷え込みも長続きせず、程なく最高気温30度の世界が戻ってくるそう。冷えすぎも困りますが暑すぎるのももちろん願い下げたいのに、今年の天気は本当に極端から極端へ振れます。まるでどこぞの国民の総意とやらに良く似ている感じです。

 さて、郵便局がとうとう民営化になりましたが、どれくらい何がどう変わるのか、という点はこれからおいおい判ってくるのでしょう。願わくば、サービスレベルが向上し、今までより更に使いやすいお財布代わりの金融機関になってくれればありがたいなと思うわけですが、民営化のそもそもの目的は末端サービスの向上ではなく、郵貯や簡保というあまりに巨大すぎる資金を国の予算とは別に、官僚等が勝手気ままに便利使いしたり、財政投融資にまわして無駄な道路を作ったりするのを根元から阻止することなのですから、これからサービス向上するとするならば、それは民営化したことによる付加価値、というべきものなのかもしれません。
 マスコミは相変わらず地方切り捨て、というような視点でこのニュースを取り上げているようですが、暴論を承知で申すのなら、地方を切り捨てて何が悪い、と言うような見方だってできるんじゃないでしょうか? 人口が減少する我が国の中でも、高齢化が極端に進む限界集落と呼ばれる地域を維持するのはもう限界だと私は思います。そんな、ごく少数の利便を確保するために費やされるコストを考えれば、どこかで一線を引く必要があるんじゃないかと私は思うのです。特に行政側にこれだけお金がなくなってきている現状を鑑みれば、ただでさえ不便な地域に割けるエネルギーは、もう余裕無いのではないのでしょうか。それよりも地域でまだしも活力が残る拠点都市に人と金とサービスを集めて活性化を促したほうが、地方も繁栄すると言うものではないか、と私は思います。
 これまでだって村や集落が栄枯盛衰の果てに消滅してきた歴史があります。どうして現在進行形で動いている事実を無視して、あたかもそれがいけないことのように喧伝するのか、私には理解できません。たとえば、山が荒れて都会も水が確保できなくなる、というようないかにも自分たちの利権を守るために持ち出したような理屈を並べている農林省のような組織がありますが、どうしてそんな山を守る責任をそれら集落の肩に押し付けるのか、逆に聞いてみたい気がします。今後、集落が消滅しても山を守る方策を考えるのが、原生林を乱伐し、ヒノキやスギを植えさせたお役所の責任というものでしょう。
 その地域を支えるお年寄りが寿命を迎えることで、この数年の間に確実に消える集落が出てくることが判っているのですから、そのこと冷徹に見据えた議論を、政府もマスコミもやるべきなんじゃないでしょうか?

コメント
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