「やっぱりお祭りは浴衣じゃないとね」
まずお姉さまが飛び込んだのは、駅に隣接した大きなデパート。その三階にある日本の民族衣装のお店だった。
時ならぬ外国人の来店にお店の人は仰天していたが、私が日本語が出来ると判ると途端に愛想が良くなって、お姉さまの求めるままに、色んな柄の浴衣というその民族衣装を次々と奥から引っぱり出してきた。
お姉さまは嬉々として、私と自分を着せ替え人形にしてその衣装をあてがっていく。
結局取っ替え引っ替えした末、お姉さまは薄くぼけた赤い格子入りのピンク地に、帯という名の赤い幅広のベルトを締め、私には水色に白い水玉模様の入ったものを着せて、濃紺の帯を巻き付けてくれた。
靴も脱いで、草履というサンダルをあてがわれる。
「どう?」
お姉さまは恥ずかしがる私の肩を押し出し、店の入り口で所在なげに待っていた円光さんに聞いた。円光さんは私達が近づいてくるのに見とれていたのだろうか? お姉さまの声にようやく我に返ったように、しどろもどろになりながらもよく似合っているとほめてくれた。
続いて再び駅に向かい、さっきとは違う、オレンジ色の電車に乗る。車内を見回すと、大勢の女の子が私達と同じ様な格好をして明るくはしゃいでいる。
今度はほんの10分も乗らないうちに、目的地の駅に着いた。
「桜之宮」と言うきれいな名前のその駅は、既に信じがたい大勢の人でごった返していた。
蠢く無数の人の群にめまいを起こしかけたほどだ。
まさに想像を絶する光景。
さっきの電車の中の光景が、そのまま地平線まで続いているのではないか、と私は本気で疑った。
その隙間無く並んだ人々が、今度は電車の中と違って皆一つの方向に向けて動いていく。
見ているだけで気分が悪くなりそうなのに、お姉さまは私の手を引いてどんどんその激流の最中に乗り込んでいく。
もうどこをどう歩いているのかなんて私には理解することなど到底不可能だった。
途中、ずらりと並んだ屋台の前を通り抜けているうちに、お姉さまは綿菓子やトウモロコシと言った食べ物や、水と空気の入った大きなリンゴほどの大きさのゴム風船などを次々と屋台から手に入れてきては、私にあてがって笑いかけた。
そうしてお姉さまは縦横無尽に私の手を引いて周り、私が気づいたときには、いつの間にか川縁の公園に立っていた。
空はようやく暗くなってきていたが、公園には煌々と明かりが灯され、私の周りには相変わらず人が大勢いる。目の前の川にも大小さまざまな船が浮かび、目が痛くなるような派手な飾り付けをして、大勢の人を乗せていた。
でも、少し開けた、緑多いその場所は、私に久々の落ち着きを与えてくれた。
「シェリー殿、少し顔色が悪いようだが、大事ないか?」
気遣わしげに問いかけてくれた円光さんに、私はなんとか笑顔を作って答えた。
「ええ、大丈夫。ちょっと目が回っちゃって」
するとお姉さまが言った。
「良かった、間に合って」
何? と聞こうとした私の耳に、突然、空気を圧する爆発音が飛び込んできた。
ひっと思わず息を呑んだ私の耳に、周り中の人の歓声が飛び込んでくる。同時に頭上が明るく輝き、思わず見上げた私の目に、巨大なオレンジの花が飛び込んできた。
次の瞬間、また同じ爆発音が体を揺さぶった。
さっきよりも左よりの空高く、今度は緑の花が開く。無数の火の粉が色あせながらゆるゆると落ちかかると、それを待っていたかのように次の爆発音が鳴り響き、違う色の花が空に広がる。
その後は規則正しく音が空にこだまし、そのたびに大きさも色も異なる様々な花が空を焦がした。
花火だ。
花火はフランケンシュタイン公国でもお祭りの時によく打ち上げる。ただ私はまだ見たことがなく、音だけを楽しみ、その光景を想像していた。
でもこの花火の巨大さはどうであろう。
音一つとっても今まで聞いたことのない迫力で、赤青緑オレンジ黄色とめくるめく豊かな色彩や、空一面を覆い尽くすばかりな巨大さは、まさに言葉を失う迫力だ。
気が付くと、お姉さまが私の肩を支えてくれていた。
私は花火に圧倒されて足もとから崩れそうになっていたらしい。がくっと膝から力が抜けた瞬間を目ざとく見て取って、咄嗟に手を貸してくれたのだ。おかげで私は、安心してその夏の夜の夢の光景を、気絶することなく堪能することが出来た。
それがいつまで続いたか、私には記憶がない。
目の前の光景に呑み込まれた私には、時間なんてあっても無いのと同じだった。
そのうちに花火は、最後のクライマックスを迎えていた。
間髪を入れず続けざまに打ち上げられた花火が次々と炸裂する、絢爛豪華な狂乱の渦だった。
その最後の一発が今開き、無数の火炎が名残惜しげに散りながら、白煙が満ちる夜の空をちらちらと落ちてくる。周囲の人々も、ほうっと誰ともなしに同時に溜息をついてしばし音と光を失った空を見上げ、やがてめいめいが動き出した。
「終わりましたな」
「ええ」
私は、全てが完了した気怠い満足感を覚えつつ、円光さんのしみじみした声に答えた。
でも、私の考えは甘かったらしい。私の肩を抱いていたお姉さまは、いきなりくるっと私の体を半回転させると、元気良く宣言した。
「なーに言ってるの! お楽しみはこれからよ!」
ええーっ!