天照大神の御子神である、田心姫神(たごりひめのかみ)、
湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀る宗像大社。
この三神はそれぞれ、沖ノ島の沖津宮に田心姫神、大島の中津宮に湍津姫神、
ここ辺津宮に市杵島姫神が祀られ、この三宮を総称して宗像大社という。
参道を歩いて境内に向かう。
折しも、この日から菊花展が開催されており、参道も混みあっていた。
心字池に架かる太鼓橋。
大きな岩をくりぬいた手水に清水が溢れる。
神門から拝殿を望む。
七五三は少し先だが、わが子の成長ぶりをカメラに収める親子連れを多く見かけた。
境内をぐるりと囲む木柵。更にその周りには、鬱蒼とした大樹の森。
ここ辺津宮には沖津宮、中津宮の御分霊を祀る第二宮、第三宮のほか、
宗像神領の七五末社、百八神(やおよろずのかみ)も祀られる。
宗像大社の御神木である楢の木。樹齢は550年だとか。
横から見る本殿。
この社は、「道主貴(みちぬしのむち)」とも呼ばれるそうだが、
宗像大社のHPは、「貴(むち)」とは神に対する最も尊い呼び名とのことで、
宗像大神は最高の道の神であると日本書紀に記されていると紹介している。
檸檬の木。
玄界灘を望むこの宗像の地は、
中国大陸や朝鮮半島に極めて近いという地勢的な特性があります。
古くから、大陸との貿易や文化を受け入れる窓口であるとともに、
国の護りという観点からも、重要な位置づけがなされていたようです。
ここ辺津宮から、大島の中津宮、沖ノ島の沖津宮を結ぶ線は、
まっすぐに朝鮮半島に向けて伸びています。
九州と朝鮮半島とを結ぶ玄界灘のほぼ中央にある沖ノ島は、島全体が御神体で、
今でも女人禁制、男でも禊をしなければ島に立ち入ることができないなど、
古代からの風習をそのまま守り続けている神の島とされています。
湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀る宗像大社。
この三神はそれぞれ、沖ノ島の沖津宮に田心姫神、大島の中津宮に湍津姫神、
ここ辺津宮に市杵島姫神が祀られ、この三宮を総称して宗像大社という。
参道を歩いて境内に向かう。
折しも、この日から菊花展が開催されており、参道も混みあっていた。
心字池に架かる太鼓橋。
大きな岩をくりぬいた手水に清水が溢れる。
神門から拝殿を望む。
七五三は少し先だが、わが子の成長ぶりをカメラに収める親子連れを多く見かけた。
境内をぐるりと囲む木柵。更にその周りには、鬱蒼とした大樹の森。
ここ辺津宮には沖津宮、中津宮の御分霊を祀る第二宮、第三宮のほか、
宗像神領の七五末社、百八神(やおよろずのかみ)も祀られる。
宗像大社の御神木である楢の木。樹齢は550年だとか。
横から見る本殿。
この社は、「道主貴(みちぬしのむち)」とも呼ばれるそうだが、
宗像大社のHPは、「貴(むち)」とは神に対する最も尊い呼び名とのことで、
宗像大神は最高の道の神であると日本書紀に記されていると紹介している。
檸檬の木。
玄界灘を望むこの宗像の地は、
中国大陸や朝鮮半島に極めて近いという地勢的な特性があります。
古くから、大陸との貿易や文化を受け入れる窓口であるとともに、
国の護りという観点からも、重要な位置づけがなされていたようです。
ここ辺津宮から、大島の中津宮、沖ノ島の沖津宮を結ぶ線は、
まっすぐに朝鮮半島に向けて伸びています。
九州と朝鮮半島とを結ぶ玄界灘のほぼ中央にある沖ノ島は、島全体が御神体で、
今でも女人禁制、男でも禊をしなければ島に立ち入ることができないなど、
古代からの風習をそのまま守り続けている神の島とされています。