Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ホセ・マセダの音楽

2019年02月13日 | 音楽
 フィリピンのホセ・マセダ(1917‐2004)の「5台のピアノのための音楽」(1992)と「2台のピアノと4本の管楽器」(1996)を聴きにいった。TPAM 国際舞台芸術ミーティングin横浜2019の演奏会。

 両曲ともCDが出ているし、そのCDはナクソス・ミュージックライブラリーで聴けるのだが、実演だとどう聴こえるか、ぜひ経験してみたかった。

 実際に聴くと、イメージが少し違った。「5台のピアノ……」の場合は、もっと揺らぎのある、音の帯のようなテクスチュアを想像していたが、実際には薄い、痩せたテクスチュアしか感じなかった。あるいは、非西欧的な要素よりも、ミニマル・ミュージックからの影響を感じたことが不満だったといったほうがよいか。

 一方、「2台のピアノと4本の管楽器」の場合は、それがどういう音楽か、CDを聴くよりもよくわかった。4本の管楽器は、クラリネット、バスーン、ホルン、トロンボーンで、木管ではフルートとオーボエ、金管ではトランペットとチューバが使われていない。それらの高音域と低音域はピアノに委ねられる。その結果、中音域を行ったり来たりする管楽器に、2台のピアノが高音域の装飾や低音域のアクセントをつける。それはCDで聴くよりも美しかった。

 だが「2台のピアノと4本の管楽器」でも、演奏は大人しかった。それが不満だった。この曲を十分に味わえなかったという消化不良が残る。それは「5台のピアノ……」でも同じだ。

 両曲で第一ピアノを担当した高橋アキには、往年のみずみずしい感覚があったが、全体の演奏に不満が残ったのは、アンサンブルを練り上げる時間が不足したのか、それとも指揮者のせいか。わたしは(「5台のピアノ……」では第五ピアノを担当し、また「2台のピアノと4本の管楽器」では第二ピアノを担当した)高橋悠治が指揮してくれたら、と思った。

 なお、前日には同じ劇場のアトリウムを使って、マセダの「カセット100」が演奏された。100人の奏者(パフォーマー)がカセットを持って(MP3で代用)、事前に録音された音源を鳴らしながら、小グループに分かれて練り歩くもの。わたしは行かなかったが(N響の定期が終わってから、行こうと思えば行けたが、その根性がなかった)、行かなかったことを悔やんだ。「カセット100」はYoutubeで視聴できるが、実演での経験には代えられないだろう。
(2019.2.11.神奈川芸術劇場)
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