Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

フェスタサマーミューザ:アラン・ギルバート/都響

2019年07月30日 | 音楽
 フェスタサマーミューザへ。もうすっかり夏の風物詩だ。当夜はアラン・ギルバート指揮の都響の演奏会。プログラムはサマーコンサートにふさわしく楽しいものだった。1曲目はヴォルフの「イタリア風セレナーデ」(管弦楽版)。原曲は弦楽四重奏だが、管弦楽版はマックス・レーガーが作ったものらしい。そんな版があったのかと思うが、ひょっとすると以前聴いたことがあるのに、忘れているのかも。ともかく、独奏ヴィオラを伴う小編成のオーケストラ用の版。独奏ヴィオラを弾いた都響首席奏者・鈴木学氏の美音がさすがだ。

 2曲目はレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲。弦楽合奏の曲だが、深く掘り下げて、振幅が大きく、堂々とした演奏で、聴きごたえ十分だった。

 休憩後、3曲目はレスピーギの交響詩「ローマの噴水」。冒頭、細かく分割された弦の、絹糸のような光沢のある音。そこに乗って出てくる木管の豊かな表情。ホルンのファンファーレと躍動する金管群。それを縫って噴出する弦のしぶき。すべてが沈静化して夜のとばりが下りるローマに漂う香り。それらすべてが的確に表現され、安心して楽しめた。

 4曲目は「ローマの松」。がっしりと構築されて、「リュートのための‥」と同様に深く掘り下げられ、「‥噴水」と同様に弦が美しく、木管が表情豊かで、それらすべての当夜の美点が総合された演奏だった。なかでも第3曲「ジャニコロの松」でのクラリネット・ソロ(サトーミチヨ氏だったと思う)の見事さは特筆ものだ。

 一方、意識的なのかどうなのか、「ジャニコロの松」でのナイチンゲールのさえずりは、音量を抑えて、オーケストラの薄いテクスチュアのなかから微かに聴こえてきた程度。あれっ、なにかが鳴いている、と。ホールの空間に響き渡る鳴き声ではない。これも一つの趣向か。

 プログラムに都響の芸術主幹・国塩哲紀氏が寄稿しているコラムによると、フェスタサマーミューザは都響にとって「1年に1度、世界的に著名なホールで、耳の肥えた聴衆によって、いくつものオーケストラと聴き比べられる」機会で、「しかも、主催者からは「本格的なシンフォニーコンサートを」というリクエストをいただいており、それならばと毎年、定期演奏会同様の指揮者とプログラムを提供させていただいているつもりです。」と。

 たしかにコンサートマスターに四方恭子氏、フォアシュピーラーに矢部達哉氏、その他各セクションに首席奏者を揃えて、万全の態勢で臨んでいた。手を抜かないその姿勢が気持ちよい。
(2019.7.29.ミューザ川崎)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

藤岡幸夫/東京シティ・フィル

2019年07月27日 | 音楽
 藤岡幸夫が東京シティ・フィルの首席客演指揮者に就任し、今回はそのお披露目の定期。1曲目はシベリウスの交響詩「大洋の女神」。交響曲第4番と第5番の間に作曲された曲なので、大変充実している。海の描写がシベリウスには珍しい。演奏は海がうねるような後半部分でパワー全開だった。

 2曲目はピアソラの「ブエノスアイレスの四季」。ヴァイオリン独奏は神尾真由子。これが当夜の白眉だった。いや、白眉なんてお上品なものではなく、度肝を抜かれたといったほうがいい。ブエノスアイレスの場末のバーかなにかの、猥雑な、酒と煙草と汗が匂う、倦怠と欲望が渦巻く場所で、身をよじらせ、魂をふり絞って奏でられる音楽。そんな異国の情景が目に浮かぶ。

 神尾真由子の切れ味鋭い、スリル満点の演奏は、息をのむほど。正直驚いた。藤岡幸夫のプレトークによれば、「ソリストはぜひ神尾さんにお願いしたいと思い、オファーしたら、引き受けてくださり、曲目にピアソラのこれが提案された」(要旨)とのこと。「素晴らしい演奏なので、指揮者なんかいらないから、私も客席で聴いていたい」(同)といって聴衆を笑わせた。

 もちろん指揮をしたのだが、その指揮が、ぐいぐいオーケストラを引っ張り、神尾真由子とバトルを繰り広げるようだった。プレトークで「指揮者なんかいらない」といっていたのはフェイントだった。それに応える東京シティ・フィルの弦楽パートも気合十分。オーケストラもそのバトルを楽しんでいるようだった。

 柴田克彦氏のプログラム・ノートによれば、「オリジナルの編成は、バンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン、エレキ・ギター、コントラバスの五重奏」だそうだ。それをヴィヴァルディの「四季」と同様、独奏ヴァイオリンと弦楽合奏用に編曲したのは、レオニード・デシャトニコフ(1955‐)というウクライナ生まれの作曲家。ギドン・クレーメルとピアソラ普及で協働している。おもしろいのは、弦楽合奏にヴィヴァルディの「四季」の断片を埋め込んでいること。ピアソラの陰からヴィヴァルディが聴こえてくる。

 今回は秋→冬→春→夏の順に演奏された。その演奏順は北半球の春→夏→秋→冬に相当するもので、ヴィヴァルディの引用との対応関係が興味深い。

 3曲目はウォルトンの交響曲第1番。全4楽章からなり、各楽章が少しずつ異なるベクトルを内包しているような曲だが、藤岡幸夫はそれをよくまとめていた。だが、その一方で、のべつ幕なしにまくしたてる面があり、アンサンブルが荒れがちだった。
(2019.7.26.東京オペラシティ)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アラン・ギルバート/都響

2019年07月26日 | 音楽
 アラン・ギルバート/都響のモーツァルトとブルックナーのプログラム。今までこのコンビでは聴いたことのないレパートリーなので、新味があった。

 まずモーツァルトの交響曲第38番「プラハ」。小宮正安氏がプログラム・ノートで「後年のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』における死の場面を彷彿させる不気味な曲想が徐々に立ち現れてくる序奏」と書いていたが、まさに「ドン・ジョヴァンニ」的な濃い演奏。この曲はプラハで初演されたので「プラハ」のニックネームを持つが、作曲の動機はプラハとは無関係らしい。だが、「プラハ」のニックネームを持つゆえに、後続の「ドン・ジョヴァンニ」と結びつく運命を背負った曲だ。

 序奏が終わって主部に入ってからは、がっしりした構えのなかに、強弱のコントラストがくっきりつけられ、快調なテンポで、無意識に流れることなく、つねにはっきりした意思が貫かれた演奏になった。大柄といえば大柄だが、大柄という言葉につきまとう空虚なイメージはなく、中身がギュッと詰まった演奏だ。

 次はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(ノヴァーク:1878/80年版。もっとも一般的に演奏される版)。冒頭の弦のトレモロが、ほとんど聴こえるか聴こえないかというくらいの弱音で始められ、そのトレモロに乗ってホルンが第1主題を吹くが、そのホルンに瑕疵があった。そうなると、当のホルン奏者も緊張するだろうが、聴衆も不安になり、さらに困ったことに、この曲ではホルンが裸で出てくる箇所が何か所もあるので、その都度ハラハラする結果になった。

 それを除くと、全体はいかにも大交響曲的な演奏になった。分厚い弦、太い音で鳴る木管、明るく輝かしい音の金管、それらが混然一体となって、強弱のコントラストが極端に大きく、しかも耳を聾するばかりの最強音でも、少しも荒くなく、高性能のオーケストラの醍醐味を味わえる演奏。それは(陳腐な譬えかもしれないが)ヨーロッパの石造りの教会ではなく、(けっして悪い意味ではなく、ポジティブな意味でいうのだが)近代的なガラス張りの鉄筋のビルを思わせた。

 部分的には、第4楽章コーダで音が最弱音から少しずつ積み上げられ、やがて巨大な音響となって第1楽章第1主題が壮麗に鳴り響く、その「持っていき方のうまさ」(東条先生の言い方の借用)が強く印象に残った。

 アラン・ギルバート/都響のコンビは、在京のオーケストラの中でも、際立って個性的な存在になってきた。
(2019.7.25.サントリーホール)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タンスマンへの感謝と抉別

2019年07月24日 | 音楽
 野平一郎指揮オーケストラ・ニッポニカの定期は「タンスマンへの感謝と抉別」と題して、アレクサンドル・タンスマン(1897‐1986)と松平頼則(まつだいら・よりつね)(1907‐2001)の出会いに焦点を当てた。

 タンスマンはポーランド人だが、1919年にパリに行き、ラヴェル、「フランス六人組」、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーその他多くの音楽家たちと交流を持った。だが、ナチス・ドイツの侵攻のため、パリを逃れてアメリカに渡り、第二次世界大戦が終わった1946年、フランスに帰国して、同地で亡くなった。

 タンスマンが来日したのは1933年3月。約2週間滞在して「3回の室内楽演奏会、生放送による『ピアノ協奏曲第2番』(1927)の新交響楽団(現・NHK交響楽団)との共演、自作歌曲のレコーディングや、作曲家たちとの交流を行って、来日はセンセーショナルな出来事となりました。」(奥平一氏のプログラム・ノート)。

 そのときのレセプションの記念写真がプログラムに載っていた。タンスマンを中心に、その周りを松平頼則、箕作秋吉、大田黒元雄、大木正夫、橋本國彦、古関裕而、清瀬保二らが囲んでいる。

 タンスマンの曲は、今ではあまり演奏されないが、2015年5月の都響の定期でオレグ・カエターニ指揮で「フレスコバルディの主題による変奏曲」(1937)が演奏されたことが記憶に新しい。わたしはその演奏会を楽しみにしていたが、体調が悪くなり、行けなかったので、かえってよく覚えている。そのときはタンスマン自身の編曲による弦楽合奏版が演奏された。今回のオーケストラ・ニッポニカではオリジナルの管弦楽版が日本初演された。

 今回タンスマンの曲はもう一曲、交響曲第2番(1926)が演奏された。この曲はタンスマンが来日した1933年の9月に新交響楽団(現・NHK交響楽団)の定期で、ニコライ・シフェルブラットの指揮により演奏されたそうだ。この曲にはオレグ・カエターニ指揮メルボルン交響楽団の音源があるので、わたしは事前に聴いていったが、今回のオーケストラ・ニッポニカの演奏の方が、この曲がどんな曲か、よくわかった。フランス六人組的な明るさと活気に東欧的な音調が絡む曲。今なお聴く価値のある曲だと思った。

 プログラム・ノートに「松平の『ピアノ・ソナタ』(1949)の第二楽章と第三楽章の楽想は、タンスマン『交響曲第二番』のそれぞれ第二楽章と第三楽章を連想させます。」とあったので、翌日その音源を聴いてみた。たしかにそうかもしれない。松平はその後「タンスマンへの感謝と抉別」を宣言して、雅楽の方向に進んでいく。
(2019.7.21.紀尾井ホール)

(追記)
 当日、松平頼則の曲は「パストラール」(1935)と「ピアノと管弦楽のための主題と変奏」(1951)(ピアノ独奏:秋山友貴)が演奏された。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トゥーランドット(2)

2019年07月21日 | 音楽
(承前)新国立劇場の新制作「トゥーランドット」をめぐって、前回はアレックス・オリエの演出について書いたが、今回はその他のことを書いてみたい。

 まず歌手だが、主要な歌手はすべて高水準だった。タイトルロールのイレーネ・テオリンは声のコントロールが抜群だ。ワーグナー(ブリュンヒルデやイゾルデ)を歌うときより余裕をもって歌っているように感じた。カラフはテオドール・イリンカイという歌手が歌ったが、声の強さは文句なし。リューは中村恵理が歌ったが、歌の切れの良さと情感の豊かさが十分で、かつ演技では一頭地を抜いていた。

 その他の歌手では、アルトゥム皇帝を歌った歌手のイタリア語の発音に癖があるのが気になった。ピン、パン、ポンを歌った3人の歌手は、アンサンブルはいいのだが、弾けるようなコミカルさに欠けた。3人の出番は意外に多いので、その部分でドラマの流れが停滞するきらいがあった。

 指揮の大野和士は、オーケストラの掌握、歌手との一体感、ドラマの構築、安定感、そのどれをとっても一流のオペラ指揮だった。オーケストラは大野和士が音楽監督を務めるバルセロナ交響楽団が務めたが、弦の音色に独特の艶があり、また木管のソロも光った。

 特筆すべきは合唱かもしれない。新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブルの混成チームだが、幕開き早々、圧倒的な合唱を聴かせた。「『トゥーランドット』って合唱オペラだったっけ」と蒙を啓かれる思いがした。

 舞台装置は、高い壁が三方をふさぐ巨大な地下牢のようだった。その威圧感は息苦しくなるほどで、わたしはその晩、夜中に目が覚めて、眠れなくなった。地下牢の中にすっぽり入ったような感覚だった。その地下牢はトゥーランドットの専制支配の暗示だが、それは同時に、第一次世界大戦を経験したプッチーニが、やがて訪れる全体主義を予言するようでもあり、また(プッチーニの文脈から離れて)近未来に訪れる危険のある全体主義への警告のようでもあった。

 地下牢なので、舞台は暗いのだが、随所に差し込む光の美しさが印象的だった。照明はウルス・シェーネバウムという人だが、センスの良さを感じた。

 演出について細かい点を補足すると、ピン、パン、ポンは3大臣ではなく、飲んだくれの労働者になっていた。地下牢の住民の退廃の表現だ。また首切り役人のプーティンパオが6人もいて、視覚的な迫力があった。(了)
(2019.7.18.新国立劇場)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トゥーランドット(1)

2019年07月20日 | 音楽
 「トゥーランドット」は問題作だろう。(1)まず未完の作品であること、(2)アルファーノの補筆に否定的な評価があること、(3)リューの死後トゥーランドットとカラフが結ばれるハッピーエンドに疑問の声があること、以上の3点が主な理由だ。

 リューの存在はたしかに扱いが難しい。女奴隷たるリューが、ひそかに愛するカラフのために命を捧げる。その時点で、観客の同情を一身に集める。では、その後のドラマ展開はどうすればいいのか。

 そもそもリューはプッチーニと2人の台本作者が作り出した登場人物だ。原作のカルロ・ゴッツィの戯曲には登場しない(正確にいえば、ゴッツィの戯曲に基づくシラーの翻案、そしてそれをイタリア語に訳したものが原作ということになるが)。さらに遡ると、ゴッツィの戯曲はペティ・ド・ラ・クロワの「千一日物語」の中の話が素材になっている(題名からわかるように、「千一日物語」は「千一夜物語」に倣った作品)。

 では、「千一日物語」の中ではどういう話になっているのか。幸いなことに、その翻訳が出ている。最上英明氏の「《トゥーランドット》と《妖精》」(アルファベータ社)の第5章がそれだ。それを読むと、リューの原型のアデルミュルク(他国の王女だが、今は捕らわれの身となり、トゥーランドットの侍女になっている)という登場人物がいて、その人物がどんな動機で、どんな行動をとるかがわかる。最後は自害するのだが、読者の同情はアデルミュルクには向かわず、トゥーランドットとカラフが結ばれることを素直に喜べる。

 だが、アデルミュルクをリュー(女奴隷で、カラフに叶わぬ愛を捧げる)に置き換えたとき、その破壊力は大きく、ドラマトゥルギーを根本的に変えた。しかもリューの最後のアリア「氷に包まれた貴女様」の歌詞は、台本作者ではなく、プッチーニが自ら書く念の入れようだ。当然その音楽にはプッチーニの想いが込められている。

 リューはそういう厄介な存在でもある。それを今回の新国立劇場での演出家アレックス・オリエは見事に解決した。第1幕の幕開き以来、女奴隷として地にひれ伏していたリューが、「氷に包まれた貴女様」で立ち上がり、トゥーランドットと対等に向き合い、愛の意味を説く。トゥーランドットは(そして周りのすべての人物も)、その事態に息をのむ。トゥーランドットはリューの言葉を理解し、その帰結としての結末を迎える(その間の心理の推移がアルファーノの補筆部分に重なる)。

 これがアレックス・オリエの読み解いたドラマトゥルギーで、わたしにはたいへん説得力があると思われた。(続く)
(2019.7.18.新国立劇場)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新聞記者

2019年07月17日 | 映画
 映画「新聞記者」がヒットしているそうだ。わたしが観にいった平日午後の上映でも客席はほとんど埋まっていた。

 本作は東京新聞の望月衣塑子記者の手記「新聞記者」を原案とするフィクション映画。ストーリーに安倍政権のもとで起きたさまざまな出来事が織り込まれている。プログラムに掲載された「現代社会にリンクする社会派エンタテインメント」というキャッチフレーズが本作の性格を的確に言い表している。

 エンタテインメントなので、本作は事実に基づく映画ではなく、観るほうも、それは百も承知なのだが、そこに散りばめられた「現代社会にリンクする」ディテールがリアルでおもしろい。わたしたちは、安倍政権のもとで何が起きたか、ほぼ正確にわかっている。それを打ち消そうと躍起になっている安倍政権をまざまざと見てきた。そんな過去の数年間の一部が本作に投影されている。

 ストーリーをざっと紹介すると、「東都新聞」社会部記者の吉岡エリカが、ある日匿名で送られてきた「医療系大学の新設」(獣医学部とはしていない点がミソだ)に関する極秘文書のファックスについて取材を始める。その過程で内閣情報調査室(内閣官房の実在の組織)の杉原拓海と出会う。二人は対立する立場だが、それぞれの人生の重荷を背負いながら、接点を持つに至る。

 吉岡エリカを演じるのは「韓国の若手トップ女優」のシム・ウンギョン(スチール写真↑左)。「父は日本人、母は韓国人、育ちはアメリカ」という設定で、どこにでもいそうな、むしろ地味なキャラクター。そんな若手記者がひたむきに真実を追う。

 杉原拓海を演じるのは松坂桃李(同↑右)。エリート官僚ではあるが、情報操作(世論誘導といってもいい)に明け暮れる仕事に疑問を持つ。そんな「仕事の顔」と、出産を間近に控えた妻のいる「家庭の顔」と、その相克が痛々しい。

 松岡桃李は劇場公開直後の6月29日の舞台挨拶で「『新聞記者』のホームページがきのうパンクしたらしくて、みなさんの感想が多くて。それくらい熱量のある作品なんだなと」(7月6日付の日刊ゲンダイ)と明るく語ったそうだが、実際にはそんな生易しい話ではなかったようだ。配給関係者が言うには、「サーバー業者の説明によると、特定のIPアドレスから集中的なアクセスを受けた可能性が高いと。トップ画面の動画データに対し、同一のIPアドレスから人力ではあり得ない数のアクセスを受けているというんです」(同)。映画を地で行く事象が起きているわけだ。
(2019.7.16.新宿ピカデリー)
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

広上淳一/日本フィル

2019年07月13日 | 音楽
 ラター→バッハ→フィンジ→ハイドン→バターワースと、イギリス音楽、しかも比較的マイナーな作曲家の小品3曲でドイツ音楽の神髄、バッハとハイドンをはさむという、だれも考えなかったようなプログラム。いったいどんな演奏会になるのか。

 1曲目はジョン・ラター(1945‐)の「弦楽のための組曲」。わたしはこの作曲家の名前を知らなかったが、合唱作品で有名な人らしい。本作は4曲の小品からなる。どれも楽しい曲。どこかで聴いたことがあるような曲も出てくる。当日は中国(?)の小学生くらいの子どもたちが大勢来ていたが、2階席のわたしの後方の子どもたちが、曲が進むにつれて、どんどん惹き込まれていく気配が伝わってきた。

 演奏も雰囲気十分。フワッと柔らかい音で、丁寧な仕上がりだった。粗いところは皆無だった。

 2曲目はバッハのピアノ協奏曲第3番。原曲はヴァイオリン協奏曲第2番だが(バッハの名作の中でもとくに有名な曲の一つだ)、それをバッハがチェンバロ用に編曲したもの。それをピアノで弾くのが今回の試み。ピアノ独奏は小山実稚恵。チェンバロと同様に弦楽5部のオーケストラに浮き沈みしながら進む。だが、さすがにピアノだけあって、音のつながりが滑らかで、豊かな流れが生まれる。

 演奏終了後、指揮者とピアニストが客席の拍手に応え、しかし舞台のそでには引っ込まず、すぐに3曲目のジェラルド・フィンジ(1901‐56)の「エクローグ」が始まった。楽器編成が同じなのでできたことだが、もう一つの理由は、バッハからフィンジへの流れの自然さを重視したからでもあるだろう。事実、冒頭のピアノ・ソロのパッセージはバッハのように聴こえた。

 小山実稚恵の演奏には集中力があり、この知られざる曲の魅力を十分に伝えた。小山実稚恵は現代の日本でもっとも信頼に足るピアニストの一人だ。

 休憩後の4曲目はハイドンの交響曲第104番「ロンドン」。第1楽章から第3楽章までは柔らかい音で、ゆったりした演奏だったが、第4楽章ではギアを入れ替えて、エッジの立った音で音楽を追い込んだ。随所にもっとウィットがあったらよかったが。

 5曲目はジョージ・バターワース(1885‐1916)の「2つのイギリス田園詩曲」。バターワースはヴォーン=ウィリアムズ(1872‐1958)と親交があったそうだが、本作はヴォーン=ウィリアムズの「イギリス民謡組曲」に通じるところがあった。
(2019.7.12.サントリーホール)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ナナシ/読響

2019年07月12日 | 音楽
 ヘンリク・ナナシは1975年ハンガリー生まれ。ベルリン・コーミッシェ・オーパーの音楽監督を務めていたので、その名前は目にしていたが、演奏を聴くのは初めてだ。1曲目はコダーイの「ガランタ舞曲」。名刺代わりの曲目かもしれないが、演奏は肩に力が入っていた。

 2曲目はサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」。ピアノ独奏はリュカ・ドゥバルグLucas Debargueという1990年生まれのフランス人。第3楽章が「あれッ、この曲ってこんなにヴィルトゥオーソ的な曲だっけ」と驚くような猛烈な演奏。勢いがすさまじいが、音楽は荒れない。若くて才能あるピアニストの、その若さと技量、そして音楽性が楽しめた。

 アンコールにサティの「グノシエンヌ」第1番が弾かれた。明瞭な音像で曖昧さは一切なく、微妙な揺れをつけたフレージングが、なかなか個性的だった。

 3曲目はバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。「ガランタ舞曲」で感じた力みはこの曲では消え、静かに沈潜する音から、張りのある輝かしい音まで、多彩な音色が繰り広げられた。それはナナシの力量だろうが、それと併せて、ニュアンス豊かなその音には、カンブルランが読響に残した遺産が感じられた。

 ナナシの演奏には、たとえばハープの音とか、管楽器の埋もれがちな音とか、そんな音の動きがはっきり聴こえることがあり、それがおもしろかった。意図的にそうしているわけではなく、すべての音をナナシが聴きとって、それをそのまま提示している、そんな趣があった。第2楽章はもちろんだが、それ以外の楽章でも、木管や金管の2番奏者、3番奏者の音がはっきり聴こえたのも同種の例だ。

 全体としてはオーソドックスだ。デフォルメとか、極端なテンポ設定とか、そういったレベルで個性を打ち出すタイプではない。急速な部分ではスリル満点だが、それも全体のがっしりした構成の中に納まっている。民族的とか、近代的とか、そんな色で塗り立てずに、自然体でスコアと向き合い、自分(ナナシ)という濾過器を通して滲み出た音楽を提示した感がある。

 ナナシは2018年3月に読響初登場の予定だったが、急病でキャンセルになったので、そのリベンジが今回の定期だ。今回はお国もののコダーイとバルトークを振ったが、2018年3月にはブゾーニやリヒャルト・シュトラウスをプログラムに組んでいた。そういう濃いプログラムもよさそうだ。
(2019.7.11.サントリーホール)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

主戦場

2019年07月09日 | 映画
 4月下旬から公開されているドキュメンタリー映画「主戦場」が、異例なロングランを続けている。従軍慰安婦をめぐる「慰安婦」否定論者(歴史修正主義者)の主張と擁護派の主張を対置させた作品。「慰安婦」否定論者が上映禁止を求めて提訴するなど、激しい抗議活動を展開しているので、余計に世間の注目を集め、わたしも重い腰を上げて観にいった。

 本作に登場する主な「慰安婦」否定論者は、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝氏(↑上掲スチール写真の一番左の人物。以下、順に右へ)、衆議院議員(自由民主党)の杉田水脈氏、アメリカ・カリフォルニア州の弁護士・日本のテレビタレントのケント・ギルバート氏、「テキサス親父」のマネージャーの藤木俊一氏、「テキサス親父」のトニー・マラーノ氏の面々。もっとも、わたしは「テキサス親父」を知らなかったが(当然そのマネージャーも知らなかった)、動画サイトでは有名な人らしい。

 それらの人々に、本作の監督・脚本・撮影・編集・ナレーションを務めるミキ・デザキ氏(1983年生まれの日系アメリカ人2世)がインタビューをする。皆さん自説を述べる。他方、ミキ・デザキ氏は、歴史学者の吉見義明氏、同じく歴史学者の林博史氏、弁護士の戸塚悦朗氏、政治学者の中野晃一氏などにもインタビューする。それらのインタビューを編集して、論点ごとに対置すると、「慰安婦」否定論者の主張がどれほど事実を歪曲したものであるか、明らかになる仕組みだ。

 たとえば杉田水脈氏が「当時の新聞記事を見ると悪徳業者を逆に取り締まっているんですね、日本政府や軍が。」という。すると林博史氏が「あの、朝鮮半島の新聞記事だと思うんですけど。これ、慰安婦とは全然関係ないです。」という具合だ。

 もう一つ例を挙げると、藤岡正勝氏は「国家は謝罪しちゃいけないんですよ。国家は謝罪しないって、基本命題ですから。是非覚えておいてください。」という。その化石的な国家観に愕然とする。たとえば2001年に小泉純一郎首相(当時)が、熊本地裁の判決を受けて、ハンセン病患者・元患者に謝罪した。それをどう考えるのだろう。

 驚くのは、「慰安婦」否定論者が、なんの警戒心もなく、嬉々として自説を述べている点だ。そのため、本作は「慰安婦」否定論者(歴史修正主義者)の素顔が見える貴重な映像になっている。底が浅く、思い込みが激しい。そして嫌中・嫌韓の言説をまき散らしている。
(2019.7.3.イメージフォーラム)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

渡邉暁雄生誕100年

2019年07月06日 | 音楽
 渡邉暁雄(1919‐1990)は、亡くなる年の1990年1月の日本フィル定期で、ブルックナーの交響曲第7番を振った。長年シベリウスやマーラーを振ってきた渡邉暁雄がブルックナーを振るのは珍しく、どんな演奏になるか、注目した。テンポをあまり動かさず、すっきりした造形感があったが、そのときのわたしには、それ以上のことはわからなかった。後日CD化されたとき(Canyon classics PCCL-00118)、そのCDを聴いて、その演奏を初めて聴くような気がした。

 同年5月の定期ではシベリウスの交響曲第4番と第5番を振る予定だったので、わたしは大いに期待していたが、渡邉暁雄は体調不良でキャンセルした。当時まだ無名だったオスモ・ヴァンスカが代演したが、「静」の渡邉に対して「動」のヴァンスカと対照的だったので、戸惑っているうちに演奏が終わった。

 翌月、渡邉暁雄は亡くなった。享年71歳。指揮者としては若すぎた。

 先日、渡邉暁雄の生誕100年に当たり、久しぶりに上述のブルックナーのCDを聴いてみた。あらためて感じたことは、渡邉暁雄が自己を開放していることだ。渡邉暁雄は昔から基本的にはインテンポで、バランス、音程、その他の基本に忠実な指揮者だったが、その反面、感情に身を委ねることはなく、自己に対して抑制的だった。でも、亡くなる数年前から、変化が起きていた。

 その変化に気がついたのは、1988年4月の定期でのハイドンのオラトリオ「四季」だった。堂々として恰幅がよく、農民の喜びを腹の底から歌い上げる演奏に、わたしは目をみはった。昔の渡邉暁雄とは一味違っていた。

 翌1989年10月の定期ではヘンデルのオラトリオ「メサイア」がプログラムに組まれていた。わたしは期待したが、残念ながら出張とぶつかった。そんな矢先に聴いたのが前記のブルックナーの交響曲第7番だ。今回そのCDを聴き直して、ハイドンの「四季」で受けた印象が蘇ってきた。

 渡邉暁雄は、指揮者としては短すぎた生涯の晩年に、ほんとうの大家になったと思う。大きく楽に呼吸して、自己の内面を解き放った。

 シベリウスについても触れておきたい。渡邉暁雄のシベリウスは、その後日本フィルでシベリウス・チクルスをやったネーメ・ヤルヴィともピエタリ・インキネンとも違っていた。何かに耐えるような静かに燃えるシベリウス。それは日本人とフィンランド人の血の混淆からくる唯一無二の様式だったのではないか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

棟方志功展

2019年07月02日 | 美術
 府中市美術館で開催中の「棟方志功展」は、連作と大作に焦点を絞っている。

 なんといっても、「二菩薩釈迦十大弟子」(1939年)に惹かれる。棟方志功の代表作だが、全12点が並ぶと、思わず身が引き締まる。会場がすいていたので、一柵一柵(周知のように、棟方志功は「作」というところを「柵」といった)をゆっくり見ることができた。そのため、紙に飛び散った墨の滴や紙のしわが、リアルに目に飛び込んできた。

 会場には版木が2枚展示されている。墨がしみ込んだそれらの版木は、異様なほどの凄みがあった。墨そのものと化したような黒光りする表面を見ながら、各々の版木が目の前に並ぶ12柵の板画(棟方志功は「版画」というところを「板画」といった)のどれに当たるか、それを特定しようとして、しばらく時間がかかった。

 版木いっぱいに造形された二菩薩と十大弟子の、版木の型に沿って90度に傾げられた首や、窮屈そうに曲げられた腕など、それぞれのポーズから、逞しい生命感とユーモアが漂った。

 美しさの点でいうと、これも代表作の一つだが、「華狩頌」(はなかりしょう)(1954年)に惹かれた。右から左への流れと、左から右への流れとが、多層的に交錯し(それはまるでバレエのようだ)、しかも全体は三角形の安定的な構図に収まっている。繊細で華やかな作品だ。

 さらに作品を見ていくと、「群生の柵」(ぐんじょうのさく)(1957年)に惹かれた。「華狩頌」で感じた舞踊性と装飾性が、本作ではさらに徹底されている。古事記から想を得たという誕生の神々が、八曲一双の屏風に踊っている。それらの神々の中には、異形の神も混じる。木の葉の形が、ハート形とダイヤ形をしているのは、意図的か。

 驚いたのは、「大世界の柵 坤 人類から神々へ」(1963年)。縦2メートル弱、横13メートル弱という超大作だ。キャプションを読むと、多少の画面構成はあるようだが、むしろすべてが混然一体となっているように感じた。線が太いのは、その大画面に合わせたためだろうが、もう一つは、極度な近視だった棟方志功が、1960年には左目の視力をほとんど失ったので、その影響もあったかもしれない。

 わたしにとっての問題作は、「運命頌」(1951年)だった。ベートーヴェンが好きで、自宅にグランドピアノを置くほどだった棟方志功の、「運命」交響曲をモチーフにした連作だが、そこに彫り込まれたニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」の世界観は、ベートーヴェンの音楽とどう馴染むのか。
(2019.6.27.府中市美術館)

(※)本展のHP
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする