Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン

2015年07月29日 | 音楽
 鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンのバッハの「ミサ曲ロ短調」。これはもう聴く前からハイレベルの演奏が期待されるわけだが、その期待がきちんとクリアーされる、その光景を見守るような演奏会だった。

 冒頭、キリエの合唱は、音が軋むような、硬く緊張したハーモニーで開始された。その後、大河のように続く対位法の流れは沈痛だが、淀みがない。クリステ・エレイソンに入ると、ソプラノ2重唱の第2ソプラノが引っこみ気味に聴こえた。キリエ・エレイソンに戻ると、合唱が一段と確信をもったハーモニーを響かせた。

 と、そんな具合に、演奏の流れに乗って、この演奏の――そしてこの音楽の――すべてを受け止めようと耳を傾けた。もちろん‘すべてを受け止める’ことなどできないが、あたうかぎり虚心に耳を傾けた。

 グロリアに入って、第7曲グラティアスの合唱――全曲の最後に再び登場する音楽だ――、そのハーモニーの透明さ、静けさ、‘塵一つない’清澄さに胸をうたれた。合唱の各声部がどこまでも果てしなく広がっていくようだった。

 グロリアを締めくくる第12曲クム・サンクト・スピリトの華やかさに胸がおどった。3本のトランペットが鳴り響き、喜びがあふれた。すべてが解き放たれ、なんの束縛もない。音楽にのみ可能な解放感だ。

 休憩後、ニケーア信経(クレド)が始まると、ダイナミックレンジが一段と広がり、音にはかっちりした芯を感じるようになった。第16曲エト・インカルナトスでの暗いハーモニーへの転換、続く第17曲クルチフィクスでの悲痛なハーモニー、ともに適確な表現だった。

 最後の一連の流れ――サンクトゥス、オザンナ、ベネディクトゥス、オザンナ、アニュス・デイ、ドナ・ノビス・パーチェムと続く部分――は、わたしの大好きなところだ。どこをとっても申し分のない演奏で、深く満たされた。

 全体に透明な、そして繊細な演奏だった。絹のような感触の演奏。わたしたちはその音の空間で楽々と呼吸できる。快い微風が吹いているようだ。どこかに日本的な感性が感じられた。世界的に通用し、高い評価を受けている団体だが、それとは矛盾せずに、日本的なホスピタリティが同居している。今回とくにそれを感じた。

 独唱陣ではカウンターテナーのロビン・ブレイズの美しい高音と、テノールの櫻田亮のしっかりした歌唱が印象に残った。
(2015.7.28.サントリーホール)
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エリック・サティとその時代展

2015年07月28日 | 美術
 エリック・サティ(1866‐1925)は――比喩的な言い方だが――どこから出てきたのだろう。風変わりな人柄。作曲家としても風変わりだ。拍節感のない音楽、辛辣なパロディ、意図されたチープさ等々。突然こんな作曲家が現れた。そういう風に見える。

 サティには友人が多かった。人を惹きつけるなにかを持っていた。変人だけれども――変人だからこそ――、多くの人を惹きつけた。でも、仲たがいすることも多かった。

 展覧会場を入ってすぐに、サティの肖像があった。キャバレー「シャ・ノワール(黒猫)」のメモ用紙に鉛筆で描いたもの。若いサティ。帽子をかぶり、メガネをかけ、髭を生やしている。2枚目だ。作者名を見て驚いた。ミゲル・ユトリロ。

 ミゲル・ユトリロはシュザンヌ・ヴァラドン(1865‐1938)が18歳のときに生んだ子を(父親がだれかは分かっていない)、後年、認知した画家だ。その子はモーリス・ユトリロと名乗った。画家ユトリロだ。

 デッサンというよりもスケッチだ。制作は1889年。その頃サティとミゲルには交際があったのだ‥。サティがヴァラドンに恋をしたのは1893年。わずか半年で破局を迎えた。でも、サティは夢中になった。生涯で唯一の恋だった。

 もっと驚いた絵がある。五線譜にインクで描いたイラスト。ヴァラドンの肖像だ。作者はサティ。斜め右を向いて、大きな目を開き、口元を閉じている。長い首。気の強そうな顔立ち。1893年の作だ。熱い恋の記録。同年にはヴァラドンもサティを描いている――本展には来ていないが――。いかにも芸術家風のサティだ。

 サティといえば、バレエ「パラード」(1917年)と劇作品「ソクラテス」(1920年)にとどめを刺す。そういってしまうと、反論が出るかもしれない。サティは、聴く人によって好きな作品が分かれるタイプの作曲家かもしれない。各人各様のこだわりがある。

 「パラード」は、台本を担当したコクトーのノートが展示されていた。黒い布張りの大判のノートにびっしり書き込まれている。「パラード」はコクトー主導で生まれた。それが実感できた。

 「ソクラテス」はオーケストラ版の初演のポスターとプログラムが展示されていた。真摯な音楽。透徹した様式感。サティに心酔していたプーランクの「カルメル派修道女の対話」は本作から生まれたと、わたしは思うのだが。
(2015.7.27.Bunkamura)

(※)本展のHP
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トロイラスとクレシダ

2015年07月23日 | 演劇
 世田谷パブリックシアターで「トロイラスとクレシダ」が公演中だ。シェイクスピアの中ではマイナーな芝居だ。どんな芝居なのか、この機会に観てみたいという興味もあったが、じつはもっと直截には、2009年の新国立劇場での「ヘンリー六世」3部作のときのスタッフとキャストが再結集することに惹かれた。

 初めて観るこの芝居、トロイ戦争の一時期を扱っている。長期にわたってダラダラと続く戦争の、中だるみして厭戦気分が漂った時期だ。トロイの王子パリスが、スパルタ王メネレーアスの妃ヘレンを誘拐したことで始まった戦争。そんなバカバカしい戦争に、なぜ多くの犠牲者を出さなければならないのか。両軍ともそう思っているのに、止めることができずに、いつまでも続く戦争。

 人心は荒廃する。トロイの王子で末っ子のトロイラスは、神官カルカスの娘クレシダと恋をする。若い2人は情熱の高まりを抑えきれずに、密かに結ばれる。

 「ロミオとジュリエット」と似た展開だ。でも、そこからが違う。神官カルカスはギリシャ側に寝返っている。娘かわいさの気持ちから、ギリシャ側の総大将アガメムノンに、捕虜と娘クレシダとの交換を願い出る。アガメムノンは認める。

 ギリシャ側に連れてこられたクレシダは、将軍ダイアミディーズに見初められる。最初は拒んでいたクレシダも、心を動かされ、唇を許す。ギリシャの陣営を訪れていたトロイラスは、物陰からそれを見て、自暴自棄になる。

 こんな展開は、悲劇というよりも、反・悲劇だ。グロテスクな現実。生きるためには仕方がない。皆そうやって生きている。笑ってしまう。いや、笑うしかない。

 終わらない戦争とこの展開。なんだか現代的だ。今もどこかで起きている気がする。不可解で不条理な現実。でも、それが現実だと皆知っている。

 英雄的な人物も登場する。トロイの王子で長男のヘクターだ。ギリシャ側に一騎打ちを申し込む。ギリシャ側は、他の思惑も絡んで、右往左往する。ヘクターはぶれない。自分の意思を貫く。だが、この英雄は、崩壊し、かつ荒廃した世界にあって、一人浮いている。ほとんどパロディーのようだ。

 トロイラスは浦井健治、クレシダはソニン、ダイアミディーズは岡本健一。皆さん「ヘンリー六世」のときのキャストだ。ヘクターは吉田栄作。好演だ。トロイ王プライアムには江守徹。さすがの存在感だ。
(2015.7.22.世田谷パブリックシアター)
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誰がためにたたかう?

2015年07月22日 | 美術
 東京国立近代美術館で「誰がためにたたかう?」という展覧会をやっている。同館の収蔵品の中から‘戦い’をキーワードに選択・構成したものだ。戦争画が多く含まれている。戦後70年の企画だ。

 戦争画というと、藤田嗣治がまず念頭に浮かぶ。作品は2点展示されていた。戦争画の代名詞のようになっている「アッツ島玉砕」(1943年)と――わたしは初見だったが――「哈爾哈河畔之戦闘」(1941年)。

 「アッツ島玉砕」は死屍累々たる死闘の図だが、中央で向き合っている敵兵のおびえた表情と、銃剣を突きつけている日本兵の雄姿とが、今の目から見ると、少々漫画チックに見える。一方、「哈爾哈河畔之戦闘」は、広々とした草原で敵の戦車に襲いかかる日本兵の活躍を描いたもの。気楽な戦闘図だ。

 もっとも、「哈爾哈河畔之戦闘」には別ヴァージョンが存在したという証言が、キャプションで紹介されていた。そこには夥しい兵士の死体が描かれていたそうだ。今その別ヴァージョンはどこにあるのか。失われたのか。そもそもその証言には信憑性があるのか。

 戦争画ではもう一つ、中村研一の「コタ・バル」(1942年)が印象的だった。夜の浜辺。月の光を頼りに上陸する日本兵。浜辺には鉄条網が張り巡らされている。這いつくばって切断する日本兵。中央で腕を振り上げている日本兵は、部隊を指揮しているのか、それとも手りゅう弾を投げようとしているのか。これも英雄的な絵だ。戦意高揚のための絵。

 正直なところ、「アッツ島玉砕」と「コタ・バル」を除くと、どの戦争画も驚くほど緊張感がない。戦争画とはそんなものかもしれない。「アッツ島玉砕」と「コタ・バル」は例外だが、でも、皮相なヒロイズムは否定できない。

 誤解されるといけないが、わたしは戦争画を――今の目から見て――断罪しているのではない。歴史的な事実として、あるいは歴史の証人として、それらの戦争画を受け止めている。わたしは戦後生まれだが、自分のルーツとして、あの戦争は避けて通れない。そういう気持ちで見ている。

 反戦の絵はあったのか。もちろん、あったはずがない。でも、動物に仮託して人間の醜さを描いた絵はあった。そういう絵が、あの時期、多く生まれたようだ。藤田嗣治の「猫」(1940年)や吉岡堅二の「馬」(1939年)には、多くの戦争画よりも、リアリティが感じられた。
(2015.7.20.東京国立近代美術館)

本展のHP
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ペール・ギュント

2015年07月17日 | 演劇
 イプセンの戯曲はいくつか読んだが、もっとも感銘を受けた作品は「ペール・ギュント」だ。グリークの音楽は子どもの頃から親しんでいる。でも、戯曲を読んだことはなかった。数年前に初めて読んだ。驚いた。幻想的で、かつ(喜劇ではあるのだが)人生の苦みがある作品だ。イプセンの中でも特異な位置を占めると思った。

 解説を読んで、この戯曲は読むために書かれたもので、舞台上演は予定されていなかったことを知った。納得だった。その後ベルリンでバレエ公演を観る機会があった。幻想的なバレエだった。そのときも、演劇としては難しいだろうと思った。

 この度、神奈川芸術劇場が演劇として制作した。これはぜひ観たいと思った。そして昨日、台風の影響が懸念されたが、無事に観ることができた。

 廃墟のようなガランとした舞台。遠くでなにか音がしている。だんだん大きくなる。銃声だ。ヘリコプターの音が聞こえる。窓ガラスが割れている。外は戦場だ。大勢の避難民が集まってくる。ここは病院の中。医療従事者が右往左往している。砲弾が炸裂する。耳を聾する大音響だ。

 驚いたことに、子どもが生まれる。未熟児だ。保育器に入れられる。心配そうに見守る看護師。これが芝居の始まりだ。

 イプセンの戯曲が簡潔に進む。スピーディーだ。音楽が貢献している。スガダイローのフリージャズ。ピアノ、ベース、ドラムス、ミキサーの4人の演奏だ。激しく尖った音楽が主体だが、時々ハッとするような抒情的な音楽になる。「ソールヴェイの歌」はグリークの音楽とは違って短いが、胸にしみる。

 半透明の大きなビニールシートが何枚も使われる。時には怪物になり、時には海になる。演出は白井晃。新国立劇場で演出したシェイクスピアの「テンペスト」では無数の段ボール箱を使った。シャープな劇場感覚の持ち主だ。

 ペール・ギュントの50年にわたる冒険と放浪の生活が終わり、ソールヴェイの膝の上で息を引き取る。冒頭の場面に戻る。廃墟と化した病院。保育器のなかの幼児は息絶える。悲しむ看護師。同僚が看護師を呼ぶ。ソールヴェイ!と。

 幼児はペール・ギュントだった。芝居が上演されている約3時間しか生きられなかった。でも、保育器の中で、ペールは50年の人生を生きた。命のいとおしさに胸を打たれた。

 ペールを演じた内博貴(うち・ひろき)は明るくピュアな感性があった。
(2015.7.16.神奈川芸術劇場)
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復活

2015年07月13日 | 音楽
 東京オペラ・プロデュースの第96回公演。松尾史子代表がいうように、第100回が目前だ。今回はアルファーノ(1875‐1954)の「復活」(1904)。日本初演だそうだ。

 アルファーノはプッチーニの遺作「トゥーランドット」の補昨者だ。でも、その補昨はあまり評判がよくない。リューの死の直後、まだ観客が悲しみに沈んでいるときに、明るく能天気なハッピーエンドに移る。いかにも唐突だ。でも、Wikipediaの記載によれば、初演の指揮者トスカニーニがアルファーノの「400小節弱の補昨中100小節以上をカット」したそうだ。そうだとすれば、アルファーノの評価には慎重でなければならない。

 東京オペラ・プロデュースは2010年12月にもアルファーノのオペラを上演した。作品は「シラノ・ド・ベルジュラック」(これも日本初演)。文学的香りのする作品だった。そして今度はトルストイ原作の「復活」。トルストイの原作は読んでいないので、どの程度まで原作の要素が残っているかは分からないが、結末は、オペラとしては、一風変わっていた。

 人生の辛酸をなめたヒロインのカチューシャと、トルストイの分身かもしれないディミトリとが、お互いの愛を理解した上で、別々の人生を選択する。カチューシャは政治犯シモンソンの愛を受け入れる。ディミトリはそんなカチューシャの選択を受け入れて去っていく。

 シモンソンは最終幕の第4幕で初めて登場する。穏やかで落ち着いた旋律だ。それまでの激情的な音楽とは一線を画す。物足りないと思う人がいるかもしれない。でも、わたしは感動した。カチューシャが苦難の人生の末に初めて出会った心の安らぎが伝わってきた。

 この幕はリヒャルト・シュトラウスのオペラ「ダナエの愛」の最終幕に似ていると思った。ユピテル(ジュピター)の愛よりも、牧人ミダスとの、貧しいながらも落ち着いた生活を選ぶダナエ。それとの共通項を感じた。

 カチューシャは垣岡敦子。ほとんど出ずっぱりの役だが、ペース配分よく歌った。ディミトリは古橋郷平(こはし・ごうへい)。華のある歌手だ。シモンソンは羽山晃生。以前はテノールだったが、バリトンに転向したそうだ。羽山晃生と羽山弘子の両ベテランが舞台を引き締めた。

 指揮は飯坂純。第2幕までは克明な表情付だが、慎重すぎる気がした。第3幕以降はオペラらしい弾みが出て好演になった。
(2015.7.12.新国立劇場中劇場)
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広上淳一/日本フィル

2015年07月11日 | 音楽
 広上淳一指揮の日本フィルの定期。プログラムはエルガーのヴァイオリン協奏曲とメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。地味なプログラムなので、お客さんの入りはどうかと思ったが、意外によく入っていた。

 まずエルガーのヴァイオリン協奏曲。チェロ協奏曲に比べて、ヴァイオリン協奏曲はあまり聴く機会がない。わたし自身いつ聴いたか、ちょっと想い出せない。でも、名曲だ。交響曲第1番と第2番のあいだに書かれた曲。エルガーの創作力がピークを迎えていた時期だ。枯淡の境地のチェロ協奏曲とは性格が異なる。

 ヴァイオリン独奏はダニエル・ホープ。さすがに名手だ。この曲をすっかり手のうちに収めている。とくに第3楽章後半の長大なカデンツァ――この曲の最大の聴きどころだ――での音楽への沈潜に息を呑んだ。

 オーケストラは――正直にいうと――聴いているうちに、単調さを感じるようになった。もう少し芸があってもよかった。思い返すと、四角四面のところがあったような気がする。

 演奏時間約50分の大曲だ。アンコールはないだろうと思ったら、アルペッジョの速いパッセージが続く曲が演奏された。面白い! 帰りがけに掲示板を見たら、ヴェストホフの「鐘の模倣」と書いてあった。??

 帰宅後調べてみたら、ヨハン・パウル・フォン・ヴェストホフJohann Paul von Westhoff(1656‐1705)という人のヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調の第3楽章「鐘の模倣」だった。未知の作曲家を教えてもらった。これも演奏会の楽しみの一つだ。なお、原曲では通奏低音が付くが、今回は無伴奏ヴァイオリンで演奏していた。

 プログラム後半はメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。前曲の淡々としたオーケストラ伴奏とは異なり、大小さまざまな仕掛けが仕込まれていた。まさに息つく暇もない演奏。広上淳一を聴く面白さがよく表れた演奏だった。

 広上淳一は1990年10月の日本フィル定期でもこの曲を振った。わたしも聴いた。細かいことは覚えていないが、でも、溌剌とした、瑞々しい感性の若者の登場だと思った。歓呼の拍手を送った。広上淳一はその2年前の1988年12月の日本フィル定期にも登場して、マーラーの交響曲第6番を振ったはずだが、仕事の都合で行けなかった。メンデルスゾーンのこの曲が広上淳一との初めての出会いだった。
(2015.7.10.サントリーホール)
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シャルフベック展

2015年07月10日 | 美術
 ヘレン・シャルフベック(1862‐1946)はフィンランドの国民的画家だ。もっとも、わたしはその名を知らなかった。外国にはあまり知られていないが、国内では多くの人々に親しまれている。そんな‘国民的画家’は、各国にいるのかもしれない。

 何年か前のことだが、アルベール・アンカー展が開かれた。アンカーもスイスの国民的画家と紹介された。素朴な人々を描いた穏やかな作品が多かった。国民的画家と呼ばれるゆえんが分かる気がした。

 では、シャルフベックは、どんな画家なのだろう。そんな興味があった。

 まず気に入ったのは「雪の中の負傷兵」(1880年)だ。見渡す限りの雪原。曲がりくねった大木の根元に一人の負傷兵が腰を下ろしている。放心したような眼差し。遠くに連隊が去っていく。取り残された負傷兵は、どうなるのだろう――。

 雪の描写が美しい。モネのような雪の描写だ。当時シャルフベックは18歳。本作が高く評価されて奨学金を得たシャルフベックは、パリへ旅立った。

 それから約10年間、シャルフベックは留学と旅の日々を送った。恋愛もした。失恋に終わったその恋の傷は深かった。その傷から立ち直る過程で描いた「恢復期」(1888年)がパリ万博で銅メダルを得た。国際的にも注目された。

 「恢復期」はわたしも本展で一番気に入った作品だ。ぼさぼさの髪の少女が、籐椅子に腰かけ、緑の新芽が芽吹いた小枝を見ている。窓から射しこむ明るい陽光。病気だった少女を包む白いシーツや籐椅子の描写も美しい。少女へのいたわりの感情が漂う作品だ。

 結局、上記の「雪の中の負傷兵」から「恢復期」に至るまでの作品群が、瑞々しさの点で、もっともよかった。同時期に属する「自画像」(1884~5年)、「少女の頭部」(1886年)そして「パン屋」(1887年)もよかった。中でも「パン屋」が気に入った。土間のような室内にパン焼き釜がある。窓際に焼きたてのパンが並べられている。明るい陽光がパンを照らしている。幸福な絵だ。

 母国フィンランドに戻ってからの作品には、‘青春の輝き’が急速に失せる。人生の長い歩みが始まったようだ。人間だれしも辿る地味な歩み。その歩みの等身大の表現がずっと続く。そして最晩年。死をまぢかに控えたシャルフベックは、自画像を描き続ける。死にゆく自己を見つめる強さと意識の澄明さに打たれた。
(2015.7.8.東京藝術大学美術館)

主な作品の画像(本展のHP)
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鴨居玲展

2015年07月05日 | 美術
 鴨居玲(1928‐1985)はずっと前から気になっていた画家だ。今年1月、金沢を訪れた際に石川県立美術館に寄った。そのとき、わたしにとっては唐突だったが、「1982年 私」が目に飛び込んできた。やっぱり衝撃だった。でも、十分には受け止めきれなかった。それが心残りだった。

 そんな折、東京で鴨居玲展が開かれることを知って、心中、小躍りした。なんというタイミングだろう。すぐにでも行きたかったが、ぐっと我慢して、自分の中で発酵するのを待った。そしてついに行ってきた。

 「1982年 私」はもちろんあった。本展の目玉の扱いだ。鴨居玲が生涯にわたって描いてきた酔っ払い、腕を失った廃兵、老婆、裸婦その他諸々のモデルに囲まれて、鴨居本人がいる。目の前には大きなキャンバス。でも、なにも描かれていない。真っ白だ。鴨居玲は放心したような虚ろな目をしている。「もうなにも描けない」と呆然自失している。

 本作は、石川県立美術館の白いキュービックな空間で見るよりも、東京ステーションギャラリーの赤レンガ剥き出しの空間で見る方が相応しい感じがした。

 本作と真っ直ぐつながっていると思われる作品に、「勲章」(1985)と「肖像」(1985)があった。中でも「勲章」に惹かれた。酔っぱらったような呆けた表情の男。鴨居本人だ。胸には勲章が4個付いている。勲章といっても、ビンの王冠だ。昔よく王冠のコルクを剥がして、服の裏側から留めた。その王冠だ。なんとも自虐的だが、ちょっぴり誇らしい感じが漂う。

 「肖像」の方は、顔の表面(仮面)をはずしたら、そこは‘のっぺらぼう’だったという作品。内面の空虚さを描いた作品だが、新鮮味に欠ける感じがしないでもない。

 以上の3点は芝居っ気のある作品だ。それらも面白かったが、もっとハッと惹き込まれた作品は、「教会」(1976)と「出を待つ(道化師)」(1984)だ。

 「教会」は青のモノトーン。まるで水中のようだ。そこに幾何学的な立体の教会が浮かんでいる。美しいことこの上ない。本作から鴨居玲の教会への屈折した想いを読みとる向きもあるようだが、わたしはむしろ初期のシュールレアリスムへの傾倒の頃の余韻を感じた。

 一方、「出を待つ(道化師)」は赤のモノトーン。チラシ↑に使われている作品だ。これも一種の自画像だが、芝居っ気を突き抜けた透明感があった。
(2015.7.3.東京ステーションギャラリー)

主な作品の画像(本展のHP)
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ロト/読響

2015年07月03日 | 音楽
 フランソワ=グザヴィエ・ロトの指揮する読響定期。ロトは1971年、フランス生まれ。今年44歳になる働き盛りだ。今年9月からはドイツのケルン市の音楽総監督(ケルン歌劇場の音楽総監督)に就任する。同歌劇場のホームページを見たら、ベルリオーズの「ベンヴェヌート・チェッリーニ」とモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のそれぞれ新制作を振る予定が載っていた。

 読響定期で組んだプログラムは一筋縄ではいかないもの。先に曲目を書くと、ブーレーズの「ノタシオン」、ベルクのヴァイオリン協奏曲、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」。

 時代は次第に過去へと遡り、演奏時間はだんだん長くなり、また、編成はだんだん小さくなる――そんな3本のベクトルが交錯するプログラムだ。

 まずブーレーズの「ノタシオン」。演奏は第1、7、4、3、2番の順。今まで聴いたこの曲の演奏はすべてこの順番だ。ロト/読響の演奏は今まで聴いたものとは位相がちがう高次元のもの。高音が明るくきらめき、この曲に特有の浮遊感が生きた演奏。例えていえば、ガラスが粉々に砕け散って、大気に舞うようなイメージだ。

 ステージいっぱいに並んだ巨大なオーケストラから、繊細きわまりない音のテクスチュアが広がる。弦は細かく分割され、木管、金管も各人独立した動きをする。打楽器の多彩な音色はいうまでもない。この曲がもつ音の鮮度のよさを改めて感じた。

 次はベルクのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏は郷古廉(ごうこ・すなお)。1993年生まれの若手だ。今はウィーンに留学中。数年前のラ・フォル・ジュルネで某若手ピアニストが同じくベルクのピアノ・ソナタを演奏した。あのときはガチガチに肩に力の入った演奏だった。今回の郷古廉は、そんなことはない。でも、まだ優等生的だ。

 最後はハイドンの「十字架上の……」。序奏から堂々とメリハリの利いた演奏が展開する。思わず目をみはった。以下7曲の各「ソナタ」は、緩徐楽章のサンプル集のようなものだが、1曲1曲のニュアンスが明瞭だ。

 第5のソナタは、キリストの言葉「わたしは、かわく」に対応する曲だ。水滴を想わせる弦のピツィカートが続く。その音が、聴こえるか、聴こえないかというくらいの最弱音で演奏された。全身が耳になった。小さな音の絶え間ない連続が忘れられない。晦冥の底から聴こえてくる雨粒のようだった。
(2015.7.1.サントリーホール)
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