Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

日本管弦楽の名曲とその源流⑩

2010年01月27日 | 音楽
 都響1月定期のBプロは「日本管弦楽の名曲とその源流」シリーズの第10回。指揮はレジデント・コンダクターの小泉和裕で、プログラムは次のとおりだった。
(1)松平頼則:「ダンス・サクレとダンス・フィナル」よりダンス・サクレ
(2)廣瀬量平:尺八と管弦楽のための協奏曲(尺八:坂田誠山)
(3)三木稔:管弦楽のための「春秋の譜」
(4)ドナルド・ウォマック:After――尺八と二十絃箏のための協奏曲(尺八:坂田誠山、二十絃箏:木村玲子)

 1曲目の「ダンス・サクレ」はピッコロなどの木管楽器と大太鼓などの打楽器で演奏される短い曲。日本古来の舞楽を模倣した音楽だが、それゆえに、どこまでが舞楽で、どこまでが作曲者の音楽なのか、かえって気になった。

 2曲目の尺八協奏曲は昔きいたことがあり、名曲だと思ったが、この日の演奏は物足りなかった。尺八独奏はよかったが、オーケストラが未消化だったのではないか(冒頭と末尾の打楽器アンサンブルはよかったが)。

 3曲目の「春秋の譜」は、明るい音色と歯切れのよいリズムによる、いかにも三木稔らしい曲。日本的な素材を使っているが、印象的には新古典主義だ。三木稔は欧米で広く受け入れられているが、それは西洋人にも理解しやすいからだろう(2曲目の廣瀬量平はその逆だ)。

 ここで休憩。以上の3曲が、前奏曲、協奏曲、交響曲という流れになっていたので、演奏会が終わったような感じがした。ちょっと変わった不思議な感覚。この演奏会は、前半は前半で完結し、後半はまた別と考えたほうがよさそうだと思った。

 後半の「After」は2001年にハワイで起きた「えひめ丸事件」を扱った作品。9名の犠牲者を追悼するとともに、家族や友人たちの怒り、悲しみ、受容といった心の遍歴に思いをはせた曲。
 形式的には尺八と二十絃箏の独奏のための二重協奏曲で、これは武満徹の琵琶と尺八のための「ノヴェンバー・ステップス」を参照しているように感じられた。武満徹のまいた種子がこうして新たな変種を生んだとしたら感慨深い。しかもそれが、外国人の作曲家による、邦楽器のための曲という点で。
 それにしても、ウォマックという作曲家は、どこで邦楽器を学んだのだろう。

 都響の演奏は「春秋の譜」と「After」で精彩に富んでいた。小泉和裕はもう都響とは長い付き合いになる。その積み重ねの成果があらわれていると感じた。
(2010.1.26.サントリーホール)
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ボルゲーゼ美術館展

2010年01月25日 | 美術
 東京都美術館で開催中の「ボルゲーゼ美術館展」。ルネッサンスからバロック初期までの絵画を中心に48点。多過ぎず、少な過ぎずという作品数で、じっくりとイタリア美術を堪能できる。

 ラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」に代表されるルネッサンス絵画がメイン。私などは名前も知らない画家の作品が並ぶ。その中で自分のお気に入りの作品を探すのがこの展覧会の楽しみ方だろう。
 私はリドルフォ・デル・ギルランダイオという画家の「若者の肖像」にひかれた。小品ながら明瞭な輪郭をもった肖像画で、今にも生き始めそう。

 また、音楽が好きなので、ヴェロネーゼの「魚に説教する聖アントニオ」にも注目した。向かって左側に海と空が大きく広がり、右側から突き出た崖の上に聖アントニオが立っている。この主題はマーラーの歌曲集「子どもの魔法の角笛」で馴染みだが(後に交響曲第2番「復活」にも転用)、同曲は民謡詩集にもとづくため、アイロニーに満ちている。が、実はヒロイックな話だったのだ。

 いちばん楽しみにしていたのはカラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」。この画家の最後の作品の一つ。向かって右上から左下にかけての対角線上に裸体の青年が描かれ、左上からの強い光に照らされている。腹部のしわがリアルだ。放心したような大きな眼と厚い唇。どことなく少年愛を感じさせる。力が漲っていた時期の劇的なものとはちがって、厭世的な気分が感じられる作品。

 異色だったのは、ジュゼッペ・デ・リベーラ(母国スペイン語ではホセ・デ・リベーラ)の「物乞い」。ボロボロの服をきた汚い男が、おどおどした眼で物乞いの帽子をこちらに向けている。身なりのよい美男美女のオンパレードだったルネッサンス絵画をみた後ではかなりのショック。これはもう別の時代のものだと感じた。

 なんとなくボルゲーゼという名前はきいたことがあるなと思っていたら、はっと気が付いた。レスピーギの交響詩「ローマの松」の第1曲が「ボルゲーゼ荘の松」だった。手元のLP(CDではない)を調べてみたら、原語ではVilla Borghese。ボルゲーゼ美術館のあるボルゲーゼ公園もVilla Borghese。つまりかつての大貴族の邸宅が今では公園として開放され、名前がそのまま残っているわけだ。

 日曜日に久しぶりにそのLPをきいてみた。オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏(1973年録音のもの)。暖かくて透明な色彩感にあふれた音色。このコンビはたいしたものだったのだ。
(2010.1.21.東京都美術館)
コメント (5)
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日本管弦楽の名曲とその源流⑨

2010年01月22日 | 音楽
 都響の1月定期は恒例の「日本管弦楽の名曲とその源流」シリーズで、Aプロはその第9回になる。指揮は井上道義で、曲目は次のとおりだった。
(1)野田暉行:コラール交響曲
(2)野田暉行:ピアノ協奏曲(ピアノ:岡田博美)
(3)ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム
(4)ベルク:歌劇「ルル」からの交響的小品(ソプラノ:天羽明恵)

 私は「コラール交響曲」をきくのはこれが初めて。結果は、よくわからなかった、というのが正直なところだ。井上道義の気負った指揮が、私を置いて先に行ってしまい、取り残されたような感じだった。

 ピアノ協奏曲は、その初演当時に(1977年~1978年)、FM放送や生演奏で何度かきいた記憶がある。そのときは難解な印象をもったが、今こうしてきいてみると、音楽的な緻密さを感じさせる曲だ。しかもこの日の演奏では、岡田博美のピアノ独奏が、この曲には意外なくらいしっとりとした味をきかせてくれた。この曲は今後も生き残っていく可能性があると思った。

 実は昨日は朝から風邪気味で、途中の休憩になったら帰ろうかと思っていたが、いざ休憩になったら、やっぱり頑張るかという気になって、そのまま後半も。

 休憩後のブリテンでは、冒頭のティンパニーが朗々と響いて、おおっと思った。全体的に大きな構えの演奏。それもこの曲の一面の真実だと思った。
 あらためて見てみると、この曲は第1楽章がラクリモーサ(涙の日)、第2楽章がディエス・イレ(怒りの日)、第3楽章がレクイエム・エテルナム(永遠の安息)となっていて、レクイエムのダイジェスト版のような構成だ。これは当時のブリテンがほんとうに音楽化したい部分だけを音楽化したということか。ともかく、この曲にはブリテンの真情がこめられているように感じられた。当時、第2次世界大戦に突入した母国イギリスで、良心的兵役拒否を認められたブリテンの筋金入りの反戦・平和主義――そのことのほうが、この曲が日本の軍国主義を揶揄したというよりも、よほど大事なことだと思った。

 最後のベルクは平板な演奏。とくに第1曲のロンドがそうだった。その後もオーケストラの音が濃密にならずに推移した。天羽明恵のルルは、私は2003年の補筆完成版の演奏をきいて感心したが、昨日は残念ながら少々メカニカルな感じがした。
 なおこの日は、井上道義の意向で、最後のゲシュヴィッツ伯爵令嬢の絶命の部分にも歌が入っていた――が、やはりオーケストラだけのほうがよいと思った。
(2010.1.21.東京文化会館)
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マダム サン・ジェーヌ

2010年01月19日 | 音楽
 おそらく限られた予算だろうが、その中で頑張って埋もれたオペラの発掘・上演を続けている東京オペラ・プロデュースの第85回公演、ジョルダーノ作曲の「マダム サン・ジェーヌ」。

 ジョルダーノといえば、なんといってもまずは「アンドレア・シェニエ」。フランス革命を背景にして、革命思想にシンパシーをもつ詩人と没落した貴族の娘との悲劇的な愛を描く、流麗かつ雄弁な音楽。

 一方、「マダム サン・ジェーヌ」は、同じくフランス革命を背景にしているものの、革命の混乱の中で洗濯屋の女主人が貴族にまでのぼりつめる成功譚。柳の下の二匹目のドジョウを狙ったというよりも、180度方向を変えた、あっけらかんとした喜劇だ。

 このオペラはニューヨークのメトロポリタン歌劇場の委嘱によって作曲され、1915年に名指揮者トスカニーニの指揮で初演されたとのこと。このデータには妙に納得できるところがある。1915年というと、ヨーロッパはその前年に第1次世界大戦に突入しているが、アメリカは参戦せず、経済は大好況だった。そのようなときに旧大陸を笑い飛ばすこのオペラが市民の心をとらえたことは、十分に考えられる。

 音楽は、現世肯定的な明るい音楽を主体としつつ、コミカルな音楽、シリアスな音楽、陰鬱な音楽などが挟み込まれ、変化に富んでいる。全3幕から成り、第1幕と第3幕は明るいハッピーエンドで閉じられるが、そのときの音楽はイタリア・オペラ的であると同時に、ミュージカルの先駆けのようにも感じられる。

 歌手は、女主人公の夫役の内山信吾が張りのある声。この人は昨年の新国立劇場公演の「ムツェンスク郡のマクベス夫人」でも健闘していたが、さすがにこの日のキャストの中では目立った。
 女主人公の大隈智佳子も、持ち前の太い、やや暗めの声で、シリアスなアリアをじっくりときかせた。
 ナポレオン役(このオペラではナポレオンが出てきて、妻の不貞を疑ったり、女主人公を誘惑しようとしたりする。「アンドレア・シェニエ」ではロベスピエールが出てくるが、あちらは黙役。)の井上雅人も豊かな声で堂々としていた。
 総じてこの日の声楽陣はハイレベルだった。

 指揮は時任康文で、このオペラを過不足なくきかせてくれた。
 演出は彌勒忠史。オーソドックスなものだが、どこかに温かさが感じられた。
(2009.1.16.新国立劇場中劇場)
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フランス音楽の彩と翳Vol.16

2010年01月18日 | 音楽
 東京シティ・フィルの1月定期は首席客演指揮者の矢崎彦太郎さんが続けている「フランス音楽の彩(あや)と翳(かげ)」シリーズの第16回。今回のプログラムは次のとおりだった。
(1)マスネ:組曲第7番「アルザスの風景」
(2)ダンディ:フランス山人の歌による交響曲(ピアノ:相沢吏江子)
(3)マニャール:交響曲第4番

 1曲目の「アルザスの風景」は愛すべき小品だが、私は生できいた記憶がない。CDはたくさん出ているが、生できく機会は意外に少ない作品。
 全部で4曲からなるが、いずれも気合の入ったパワフルな演奏。小品をいかにもそれらしくロマンティックに演奏するのではなく、全力投球。こういう演奏は気持ちがよい。

 プログラム誌の解説によると、この曲はマスネがドーデの短編小説集「月曜物語」を読んで、その中の一作「アルザス!アルザス!」に触発されて書いたとのこと。私も週末に読んでみた。岩波文庫で6ページ足らずの小品。筋らしい筋はなく、散文詩のような作品で、若いころの徒歩旅行の楽しい想い出を書いているが、その背景には普仏戦争によって失われたアルザス地方への郷愁がある――それは「月曜物語」の冒頭に置かれた「最後の授業」と共通するもの。

 2曲目の「フランス山人の歌による交響曲」も生できく機会は少ない。私はこれが初めてではないが、では、いつきいたかというと、思い出せない。
 ピアノ独奏をともなう交響曲だが、こういう形式はどこから生まれたのかと思いながらきいていて、これはピアノ協奏曲のオーケストラ・パートが拡大したのだという気がしてきた。類似の曲では、ファリャの「スペインの庭の夜」が思い浮かぶ。先行する例としては、ダンディの師であるフランクの交響詩「鬼神(ジン)」あたりか。
 演奏はときどきオーケストラが野放図に鳴ることがあった。

 3曲目のマニャールという作曲家は、私は名前さえ知らなかった。解説によると、パリ音楽院でマスネについて学び、さらにダンディに学んだ人とのこと。第1次世界大戦の犠牲になって、悲劇的な最期をとげたそうだ。
 曲は全4楽章からなる本格的なもの。移ろい行く色彩感はショーソンの交響曲に通じるものがあり、循環主題の回帰はフランクの交響曲の流れの中にあることを感じさせる。
 第1楽章の序奏でトロンボーンが吹くテーマは、私にはワーグナーの「ニーベルンクの指輪」のジークフリートの動機の冒頭に似ているように感じられた――もっとも解説にはなにも書かれていなかったので、私だけの感覚かもしれない。
 シティ・フィルがこの曲を演奏するのは初めてだろうが、よく指揮についていった。
(2010.1.15.東京オペラ・シティ)
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日本の表現主義

2010年01月12日 | 美術
 松戸市立博物館で開催中の「躍動する魂のきらめき――日本の表現主義」展をみてきた。2009年に全国各地を巡回し、12月からは同館で開催されている。美術評論家の高階秀爾氏が朝日新聞紙上で2009年のベスト3にあげて話題になった展覧会。

 同展は1910年代から1920年代までの日本の「表現主義」的な動向を見定めようとするもの。大雑把にいって、明治維新以来、西洋の制度・文化を移入してきた日本が、やっと一応の達成を見たころに、いち早くそれを突き崩そうとする動きが起きた――ということらしい。当時の社会のダイナミズムが感じられる。

 それが内的な側面だったとすれば、外的な側面もあった。当時のヨーロッパ(とくにドイツ)では表現主義が流行し、それが流れ込んだということ。私はドイツの表現主義の絵画や彫刻が好きなので、当時、ほぼリアルタイムで日本に流れ込んでいたという事実に驚いた。

 概括的な感想を先にいうと、表現主義とはいっても、日本の場合はドイツのように一定の様式をもったものではなく、各人がそれぞれ勝手にやっていたもの――それは現実の混沌そのもの――だと思った。

 個別の作品でいうと、甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)という画家の「裸婦」に注目した。これは日本画だが、一瞬洋画かと思うような筆致で、画面いっぱいに豊かな肉体が描かれている。上気した頬と切羽詰ったような表情。官能的だが、それは男性の視線を意識したものではなく、内からの生命のほとばしりのように感じられた。

 完成度の高さでは、関根正二の「子供」が筆頭だと思われた。満20歳で亡くなった天才画家の、亡くなった年の作品。感性あふれる描線と高い精神性――背景の淡い青色は澄んだ諦観さえ感じさせる。

 萬鉄五郎(よろず・てつごろう)の「風船をもつ女」は、釘でひっかいたような何本もの斜線が乱雑に飛びかう構図。向かって右からは緑色、左からは黄色が押し寄せるその只中に、紫色の着物をきた女がいる。手には赤い風船、横には大きな電灯。展示作品の中でいちばん表現主義らしい作品はこれか――。

 国公立の美術館が動員数を重視するようになり、興行的な企画が増える現状にあって、問題提起型のこのような企画が実現したことは新鮮だ。高階秀爾氏も同展の関係者を励ます意味でこれをベスト3に選んだにちがいない。
(2009.1.10.松戸市立博物館)
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牛の鈴音

2010年01月08日 | 映画
 韓国のドキュメンタリー映画「牛の鈴音」(うしのすずおと)をみた。同国では2009年1月に公開され、約300万人の動員という大ヒットになったとのこと。日本でも12月から公開されている。

 この映画は韓国の農村に住むお爺さんとお婆さん、そして年老いた牛の生活を記録したもの。お爺さんはその牛を使って農作業をして暮らしている。子どもたちはみんな離れて住んでいて、お盆のときに集まるくらい。お爺さんもお婆さんも「肩身の狭い思いをしたくない」と言って、子どもたちと暮らすことを嫌がっている。

 牛はもう40年も生きている。普通、牛の寿命は15年くらいらしい。この牛は驚くべき高齢だ。今でも毎日、朝から晩までお爺さんと農作業をしている。

 そのような二人と一頭の淡々とした日常を追った映画。事件らしい事件が起きるわけでもなく、ナレーションやインタビューも入らない。音楽もない――あるのはただ牛の首につけられた鈴の音だけ。

 映像がひじょうに美しい。農村の四季折々の風景はもちろんだが、ときどきハッとするような劇的なものがある。たとえば、ある日、お爺さんはみんなに説得されて、年老いた牛を売りに行く。けれども、寄ってたかって「老いぼれ牛」とバカにされて、お爺さんは腹を立て、売るのを止める(ほんとうは売りたくなかったのだ)。
 その帰り道。牛の引く荷車に乗って帰るお爺さんを夕日が照らす。それをカメラが下からのアングルで写す。シルエットになって浮かび上がるお爺さんと牛。

 この映画はドキュメンタリーだが、ほんとうになんの演出もないのかどうかはわからない。あってもよいのかもしれない。ストーリーもあるような、ないようなものだが、首尾一貫していて無駄がない。ちゃんと結末もある。なので、あまりドキュメンタリーにこだわらずにみたほうが良いような気がした。

 結局この映画が描いたのはなんだろうか。
 第1に昔ながらのお爺さんとお婆さんの生活ぶり。それは時代遅れの不便なものだが、現代の合理的な生活からは失われた人間くささがある。
 第2にお爺さんと牛との情愛。牛がついに動けなくなり、寿命が尽きるとき、お爺さんはそばに付き添って、「天国に行けよ」と声をかける。お婆さんは言う、「病気の体でたくさんの薪を運んでくれた。自分が死んでも私たちが困らないように」と。
 第3に農村の風景。それは日本の農村にも似ていて懐かしい。
(2009.12.29.シネマライズ)
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年末年始

2010年01月04日 | 身辺雑記
 私は今日から通常勤務で、なんともあっけない年末年始でしたが、みなさんはいかがお過ごしでしたか。

 私は12月30日に箱根へ登山に行ってきました。明神ヶ岳~明星ヶ岳の縦走コースで、私の好きなコースです。道はぬかるんで歩きにくく、明神ヶ岳の頂上は強風で立っていられないほど。ほうほうの態で引き返して、風を避けて木陰でおにぎりを食べましたが、その寒かったこと! とても長居はできませんでした。
 それでも明星ヶ岳への稜線に出ると、風の直撃はなく、のんびり歩くことができました。落ち葉をふんで下山。その日のうちに東京に戻ることもできる時間でしたが、少し贅沢をして、いつもの宿で一泊。

 温泉に入って、夕食のときにはワインを1本空け、部屋に戻って、テレビで寅さんをみました。1978年制作のシリーズ第22作。全48作ある同シリーズの中でちょうど中間くらいの作品です。マドンナは大原麗子。缶ビールを飲みながら、泣き笑いしました。

 私は寅さんが好きで、当時は欠かさずみていました。今回、映画をみながら、寅さんって肝心なことはみんなわかっているんだなと思いました。今回の映画でいうと、大原麗子に恋したけれども、大原麗子は別の人が好きで、自分の居場所はないということ――。なので、旅に出る。もう、ぼくよりもよっぽど利口。だから泣けてくるんですね。

 さて元旦は恒例のウィーンフィルのニューイヤー・コンサート。普段は家ではテレビをみない私も、この日は押入れから引っ張り出してきました。
 今年の指揮者は2008年に引き続いてジョルジュ・プレートル。満85歳だそうですが、元気一杯。ときどきアゴーギクを大胆につけながら、濃厚な味つけをみせる一面もあって、こういう指揮者っていいですね。やんちゃ坊主がそのまま好々爺になったようで、このコンサートには最適だと思いました。

 個々の曲目では、オッフェンバックの「ラインの妖精」序曲にびっくりしました。始まってすぐに、あっ、これは「ホフマン物語」の舟歌だと――。そういえば、舟歌はほかの作品からの転用だということを、どこかで読んだ記憶があります。それがこの曲だったんですね。

 こういうひとひねりした選曲が、ヨーロッパのニューイヤー・コンサートの面白いところです。けっしてポピュラーな名曲を並べるだけではなく、知られざる名曲や作曲者の意外な面をみせる曲目を入れて、市民もそれを楽しんでいる――そういう土壌の中にこのコンサートもあるということが、よくわかる選曲でした。
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