Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

吉田秀和さんの音楽展望

2009年03月27日 | 音楽
 3月26日の朝日新聞の朝刊に吉田秀和さんの「音楽展望」がのっていた。今回はシェークスピアの喜劇について。最近の吉田さんの文章と同様、今回も、透明で、夢のように優しく、読むものを幸せな気分にしてくれる文章だ。

 話の展開は、いつものとおり、自由な曲線を描いていく。まず、シェークスピアでは「夏の夜の夢」や「じゃじゃ馬ならし」などの喜劇が好きなことを述べ、かつてみた外来公演の「夏の夜の夢」の舞台を思い返し、喜劇における歌の重要性に話がおよび、「お気に召すまま」に登場する歌が例示され、その歌につけたコルンゴルトの音楽にふれ、さらにシューベルトの歌曲「シルヴィアに寄せて」にいたる。
 そして最後の段落はこうなる。
 「こういうシェークスピアの喜劇の数々――心から笑え、楽しめ、優しい気持ちになって家に帰れる芝居。それをまた見たいな。」
 私は、これを読んだとき、思わず微笑んでしまった。これは、もう、批評なんてものではなく、好きなものと戯れる文章だ。こういう文章を書くところまで吉田さんは来たのだと思うと、なんだか、感慨ひとしおだった。

 吉田さんの文章は、今、何ものにもとらわれない自由な境地になっている。これは、おそらく、古今東西、唯一とはいわないまでも、きわめて稀なことだ。こういう文章を同時代に生きるものとして読むことのできる私たちは、なんと幸せなことだろう。

 私は、昨秋、鎌倉文学館でひらかれた吉田秀和展でみた、ピアニストの故フリードリッヒ・グルダの奥様から吉田さんにあてた手紙(2000年3月)を思い出した。その手紙は、吉田さんがグルダの訃報に接して書いた文章にたいする謝意をあらわしたもので、夫のことをこれほど理解してくれた文章はないという趣旨だったと記憶する。私はそこに大人同士の繊細な交流の美しさを感じた。

 今、思い起こしてみると、あの手紙は吉田さんの文章の本質を言い当てていたように思う。吉田さんの羽毛のような神経が、対象の襞の奥深くまでふれて、優しく包んでいく文章といったらよいか。
 そのような文章の一つとして、私が今もなお大切に保存している文章がある。2008年3月の「音楽展望」にのった中原中也の思い出を語る文章だ。それは吉田さんが生涯にわたって書いてきた中也の思い出の美しいピリオドだと思う。

 吉田さんの今の文章を音楽にたとえたら、何になるだろうと考えていたら、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番が浮かんできた。明るく、澄み切って、自らを解き放った音楽、常人にはおよびもつかない境地の音楽、そういう音楽こそ共振する。
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都響の3月定期(Bシリーズ)

2009年03月24日 | 音楽
 昨年4月に都響のプリンシパル・コンダクターに就任したインバルが、1年ぶりに都響に戻ってきて、3月定期のBシリーズを振った。
(1)ラヴェル:ピアノ協奏曲(ピアノ:横山幸雄)
(2)ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(合唱:晋友会合唱団)
 Aシリーズは別の指揮者が振った。これはインバルのスケジュールの都合だろうか。

 ピアノ協奏曲の第1楽章は、どことなく焦点の定まらない演奏。第2楽章は、冒頭のピアノの長いモノローグ、後半のイングリッシュホルンのソロ、いずれもわるくはないのだが、各パートの絡み合いの中から生まれるはずのファンタジーの広がりに欠ける。第3楽章になってエンジンがかかってきたが、それまでのダメージが大きすぎた。
 終演後、あまり肯定的に感じられなかったのはなぜだろうと考えた。多分、この曲のディヴェルティメント的な軽い性格がとらえられていなかったからだ。この曲は、同時期につくられた左手のためのピアノ協奏曲がある絶対的な悲劇性を帯びているのと対照的に、ノンシャランな喜遊的性格をもっているが、そこの部分が出てこなかった。

 「ダフニスとクロエ」では、音に重さを感じた。とくに第1部は、とりとめのない曲想が続くため、色彩の変化が生命線のはずだが、それがどうも重い。第3部になると、もともと曲がよくできているので、だれが演奏してもそれなりのものになるが、そこをこえた音の官能性が出てこない。ギリシャの理想郷を舞台にした若い二人の愛の目覚めを描くこのバレエは、音からにじみだす官能性が本質のはずだが。
 記憶を頼りに、帰宅後、調べてみたら、1998年に都響の音楽監督に就任したベルティーニも、就任直後に「ダフニスとクロエ」を演奏している。私は、そのときも、重さを感じたことを思い出した。ベルティーニやインバルのような重量級の指揮者と都響のコンビにとっては、この曲は意外に手ごわいのだろうか。

 インバル&都響では、2007年12月のマーラーの交響曲第6番が、今でも鮮明な印象になって残っている。透明で豊かな色彩感のある音は、都響のイメージを一新するもので、驚異的だった。今回は、残念ながら、その水準の成果をあげることはできなかった。
 なお、私は仕事の都合できけなかったが、2008年4月にはマーラーの交響曲第8番を演奏している。そのときはどうだったのだろう。

 都響は、矢部達哉さんと山本友重さんの二人のコンサートマスターを揃えるなど、万全の体制で臨んだ。私としては不本意な感想をもったが、インバル&都響が大きな可能性を秘めていることは十分に承知している。今後も期待する意味で、あえて感想を述べた。
(2009.03.23.サントリーホール)
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クルト・アッテルベリ

2009年03月20日 | 音楽
 すみだトリフォニーホールが毎年この時期にひらいている「地方都市オーケストラ・フェスティヴァル」。今年は2団体の参加のみで、やや寂しい結果となった。これも経済不況のせいかと心を痛めたが、来年は5団体参加とのことで、関係者の心意気が感じられる。

 私は児玉宏指揮の大阪シンフォニカー交響楽団をきいた。プログラムは次のとおり。
(1)エルガー:セレナーデ ホ短調
(2)リヒャルト・シュトラウス:4つの最後の歌(ソプラノ:佐々木典子)
(3)アッテルベリ:交響曲第6番 ハ長調(日本初演)
 私の興味は、アッテルベリにあった。日頃、在京オーケストラのプログラミングに既視感をおぼえることがある中で、未知の作曲家に出会えるのは嬉しい。
 いったいどういう作曲家だろうと、手元の音楽辞典をひらいてみたが、ほんの数行の解説しかなく、よくわからなかった。インターネットで検索すると、いくつかの記載があって参考になった。便利な時代になったものだ。
 要約すると、1887年に生まれたスウェーデンの作曲家で、電気工学を学び、特許局で働きながら、作曲活動もすすめ、9曲の交響曲、5曲のオペラなどを残し、1974年に没した。
 交響曲第6番は、1928年のシューベルト没後100年を記念した国際コンクールの優勝作品であり、当時はそうとう評判になったとのこと。

 きいてみて、なかなかいい曲だと思った。第1楽章はモデラートで、民俗的なラプソディー風の曲想。第2楽章はアダージョで、北欧情緒たっぷりの音楽。シベリウスに近いが、旋律のラインはもっと長い。第3楽章はヴィヴァーチェで、お祭り騒ぎがだんだん高まる。あとでプログラムの解説を読んだら、シューベルトの弦楽五重奏曲の終楽章の主題のパロディーとのことだったが、そこまではわからなかった。
 演奏は、堂々とした構成で、オーケストラを無理なく鳴らしていた。第3楽章にパロディー性を感じなかったのは、演奏の真面目さゆえだったかもしれない。それはそれでよい。私は、北欧の人たちが、白夜の夏至祭で一晩中歌って踊る姿を目に浮かべた。もっとも、最後はちょっと羽目をはずすが。

 そのほかの曲について記すと、1曲目のエルガーは、意外なほど繊細な神経が通った演奏で感心した。2曲目のシュトラウスは、声がオーケストラに溶け込んだ演奏で、あるいはそれは意図したことだったかもしれないが、私としてはもう少しくっきりと浮き上がってきてほしかった。

 私は、大阪シンフォニカーは2月13日の定期演奏会もきいたが、そのときと比べると、みちがえるような出来だった。今回の指揮が音楽監督・首席指揮者の児玉宏さんだったからか。
(2009.03.20.すみだトリフォニーホール)
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昔の女

2009年03月18日 | 演劇
 新国立劇場の演劇部門が「シリーズ・同時代【海外編】」という企画をスタートさせた。その第1回は1967年生まれのドイツの劇作家シンメルプフェニヒの「昔の女」。私には未知の作家で、どういうものか見当もつかずに出かけた。

 公演のチラシには「異なる時間軸や台詞の反復でシーンをカットバックしていくような映像的手法」とあった。興味をひかれるが、正直にいって、筋がゴチャゴチャになって分からなくなるのではないかという不安があった。
 はじまってみると、ワンシーンがあって、アナウンスで「3分前」などと放送されて、その前のシーンが続くという具合で、これなら分かると安心した。

 時間の錯綜によるドラマ構成が面白くて、私はすぐに舞台に引き込まれた。最初のシーンで何かが問題になっていて、その直後に「3分前」のシーンが続くことによって、最初のシーンのシークエンスが分かってくる。やがて最初のシーンに追いつくわけだが、奇妙なことに、どこかが微妙にちがう。そして話はさらに少し先にすすむ。
 これを繰り返しているうちに、だんだん大胆になり、「25分前」も登場するようになって、話はダイナミックに振幅する。私は、たとえていえば、砕けたガラスの断面をみるような印象をもった。

 話は、引越し準備中の夫と妻と息子の3人家族のもとに、夫の24年前に別れた女が現れ、愛の誓いの履行を迫るというもの。喜劇的なタッチのうちに不気味さが忍び込み、恐怖が生まれる。息子には恋人がいて、その存在が次第に前面に出てきて、恐怖が重層化する。

 公演プログラムに翻訳の大塚直さんと演出の倉持裕さんの対談がのっていて、それによると、稽古場での役者さんとの議論の中で、この話は息子の恋人の妄想だとか、実は夫は24年前に殺されているのではないかとか、いろいろな意見が出たそうだ。なるほど、この戯曲は、多様な解釈を生む余地があると思う。

 新国立劇場は、2007年4月に鵜山仁さんが演劇部門の芸術監督に就任して、その1年目に現代の日本の作家によるギリシャ悲劇の翻案3作を上演した。私もみたが、いずれも皮相なもので、空振りだと思った。そこで、今回のシリーズも半信半疑だったが、少なくとも第1回をみたかぎりでは好調だ。鵜山さんは、劇場に現代戯曲研究会を立ち上げて、月1回のペースで会合を続けているとのことだから、その成果が現れてきたのだろう。
 鵜山さんはあと1年で退任する。まだやり残していること、心残りのことも多いのではないだろうか。
(2009.03.17.新国立劇場小劇場)
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ミサ・ソレムニス

2009年03月17日 | 音楽
 スクロヴァチェフスキ&読響がベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」を演奏した。私は期待の高まりを感じながら出かけた。

 第1曲「キリエ」が始まる。比較的淡々とした出だしは、曲想のせいか。中間部で4人の独唱者が入ってくる。私はソプラノのインドラ・トーマスに注目した。厚いビロードのような声で、同じ黒人歌手のバーバラ・ヘンドリックスの声を思い出した。
 第2曲「グローリア」では、突然の歓喜の爆発のように合唱(新国立劇場合唱団)が飛び込んでくる。もともとそういう曲だが、それにしてもこの勢いはすごい。私はそのすべてを受け止めようとして眼を閉じた。眼を閉じてきく演奏は、すさまじかった。
 第3曲「クレド」。中間部でイエスの生誕と受難を静かに歌った後の復活の音楽は、宗教的な信仰心よりも、現世的な戦いの勝利のようだ。この音楽はいかにもベートーヴェン的だと、あらためて思った。
 第4曲「サンクトゥス」。後半部分に入ってからのコンサートマスター(藤原浜雄さん)の長大なオブリガート。私は今までこのソロに、これほどの慰めを感じたことがない。終わった後、心の中で最大級の拍手を送った。
 あらためていうまでもないが、この部分は、Benedictus qui venit in nomine Domini(主の御名によりて来たれるものは祝せられたまえ)という1行の歌詞に音楽をつけたものだが、わずか1行にこんなに息の長い音楽をつけた作曲家は、ベートーヴェンを措いて他にはいないわけで、やはり並外れた人だ。
 第5曲「アニュス・デイ」。中間部での戦争の暗示。ミサ曲でありながら戦争を暗示するとは、これもまたいかにもベートーヴェンらしい。最後の1行、dona nobis pacem(われらに安らぎを与えたまえ)は、彼岸の安らぎに現世の平和が重なり、二重の祈りになる。

 演奏は終始きわめて高いテンションに貫かれていた。スクロヴァチェフスキは1923年10月3日生まれで今は85歳だが、その年齢を考えるまでもなく、このテンションの高さは驚異的だ。引き締まった造形は、一瞬の弛緩の余地もない。私は往年の大指揮者オットー・クレンペラーが残した1963年のライヴ録音を思い出した。その録音くらいしか、今きいているこの演奏に匹敵するものはないと思った。
 読響の演奏能力もすばらしい。これは、読響、新国立劇場合唱団、スクロヴァチェフスキの三者が揃ってはじめて可能になった演奏だ。そして4人の若手独唱者たちも、大いに貢献した。

 いつもは、重く、長く、もてあまし気味になるこの曲が、なんだか短く感じられた。それは速めのテンポ設定のためだろうか。
 なお、終演後、ブーを叫んでいる人が一人いたが、その真意は測りかねた。
(2009.03.16.サントリーホール)
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ラインの黄金

2009年03月16日 | 音楽
 新国立劇場がワーグナーの「ラインの黄金」を再演した。初演は2001年3月だったというから、8年ぶりの再演になる。長い空白期間となったが、久しぶりの再演をみて、ひじょうに面白かった。

 この楽劇は、ライン川の川底の第1場、山上の第2場、地下の第3場、ふたたび山上の第4場からなっている。これらの場面設定を忠実になぞる演出もあるが、大胆に読み替える演出もある。新国立劇場におけるキース・ウォーナーの演出は、その中間というか、第1場は映画館の客席、第2場以降はスクリーンの中という設定。ただし最後のエンディングは、スクリーンを引き裂いて、物語の中に入っていく。
 場面設定のアイディア以外にも、演出家の独自の解釈あるいは深読みは、いたるところに詰め込まれている。とくに第4場はそれが凝縮されていて、第3場までは比較的明るいポップ調ですすんでいた舞台に、血にまみれたディテールが点在するようになる。一転して、最後のエンディングでは、人を喰った場面になる。まだご覧になっていないかたのために、詳述は避けるが、アッといわせる場面転換だ。
 今回、久しぶりにみて、この演出、装置、衣装、照明は、いまだに古びてなく、世界の第一線に並びえると思った。

 歌手は、わずかの例外を除いて、8年前とほとんど変わっている。
 外人勢は皆よい。欧米の主要劇場クラスの水準といえる。脇を固める日本勢も、堂々と渡り合っている。とくに、8年前にはドイツ語の発音に問題を感じる歌手がいたが、今回はいなかった。日本人の歌手の層はずいぶん厚くなったものだ。
 問題はむしろオーケストラ(東京フィル)に感じた。こまかなミスは気にしないにしても、フォルテの音にもっと輝きがほしい。現状の水準に甘んじることのないように。
 指揮のダン・エッティンガーは、スケール感のある音楽をもっている。前から感じていることだが、この人には将来大成する素質がある。

 もしも秤にかけることができるなら、演出・装置・衣装・照明は歌手と均衡し、オーケストラはバランスを失うだろう。
 それでも、今回のプロダクションは、欧米の主要劇場に比べてひけをとらない。この再演を、まずは喜びたい。再演にあたって、演出家のキース・ウォーナーが来日して、演出に手をいれ、あるいは歌手を指導したかどうか、私は知らないが、もしそうでないとしたら、新国立劇場のスタッフの努力に心から拍手を送る。

 この水準のオペラ上演が今後も続けば、新国立劇場も世界から注目される劇場になるだろう。早くそういう日が訪れてほしい。
(2009.03.15.新国立劇場)
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カルメル会修道女の対話

2009年03月13日 | 音楽
 新国立劇場オペラ研修所公演の「カルメル会修道女の対話」をみた。これは20世紀のフランスの作曲家プーランクのオペラ。20世紀には意外に多くの優れたオペラが生み出されているが、これもそのひとつだ。

 フランス革命の真っただ中のパリ。内気で怖がり屋のブランシュは、魂の平安を求めて、あるいは、自らの臆病さを克服するために、カルメル会修道院に入る決心をする。パリから離れたコンピエーニュの修道院。しかし革命の嵐はここにも押し寄せ、破壊と略奪の末、修道女たちは捕らえられ、パリで処刑される。

 このオペラは革命に翻弄される修道女たちの群像劇だ。人並みはずれて繊細なブランシュ、その親友で神への信頼を失わないコンスタンス、病床にあって錯乱する前修道院長クロワッシー、修道女たちを守ろうとする新修道院長リドワーヌ、殉教を主張するが最後になって逃げるマリー、苛酷な運命を受け入れる年老いたジャンヌ。
 死を前にしたこれらのさまざまな反応は、死とは何か、信仰とは何か、人間とは何か、革命とは何かを問いかける。

 オペラ研修所の公演なので、歌手の皆さんは音楽大学を出て、今は第一線に立つための研修を重ねている方々だ。声は出るし、音程も正確だ。フランス語の発音も不自然さがない。あえていえば、もっとパワーがほしいが、それは今後の課題だ。その代わりに、アンサンブルの緊張感があった。これは時間をかけて準備した成果だろう。
 オーケストラは東京ニューシティ管弦楽団。プーランクの音楽としては、さらなる透明感がほしいが、それは今の時点では、ないものねだりかもしれない。

 私は、演出、美術、照明にも感心した。ロベール・フォルチューヌの演出は登場人物の性格を描き分けていたし、クリストフ・ヴァローの美術は、舞台をひとつの様式美にまで高めていたし、八木麻紀の照明はそのための重要な役割を担っていた。
 指揮はジェローム・カルタンバック。フランス語の発音を音楽に乗せるうえで、この人の指導力は大きかったにちがいない。

 この公演では、筋を追うにしたがって悲劇性を帯びてくるこのオペラの、その悲劇性への収斂が実現されていた。実力のあるプロの歌手が集まって、短期間で作り上げてしまう舞台では、かならずしもこれと同じくらいの緊張感があるとはかぎらない。
 私は、オペラ研修所公演では、2007年3月のブリテン作曲のオペラ「アルバート・ヘリング」もみたが、そのとき、これはブリテンの世界になっていると思った。それと同じように、今回の公演は、プーランクの世界になっていた。
(2009.03.12.新国立劇場中劇場)
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スクロヴァチェフスキ&読響

2009年03月10日 | 音楽
 スクロヴァチェフスキ&読響の演奏会。スクロヴァチェフスキは2年前に読響の常任指揮者に就任して以来、ブルックナーの初期交響曲を連続してとりあげていて、すでに第2番、第0番をふっている。今回は第1番。ほかに習作の交響曲があるが、これは対象外のようだ。
 この日のプログラムは次のとおりだった。
(1)ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
(2)モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番(ピアノ独奏:アンヌ・ケフェレック)
(3)ブルックナー:交響曲第1番

 ブラームスは、各変奏のテクスチュアーのちがいに神経が行き届いた演奏。途中のトゥッティで音がやや重く感じられる瞬間があったが、すぐに持ち直した。終曲では低弦のテーマが終始くっきりと保持され、パッサカリアの形式感が明瞭に浮かび上がってきた。

 モーツァルトは、一点の曇りもない澄み切った演奏。私は現世の苦しみから解放された魂を垣間見るような気がした。
 オーケストラは第1ヴァイオリンから順に8-6-4-2-1という小編成だが、張りのある音がでていて、小編成であることを感じさせない。第1楽章の提示部の終わり、展開部に移る前では、何かを問いかけるようなフレージングがきかれ、これはもう絶妙というしかない。
 ピアノのケフェレックも、音の明るさ、打鍵の軽さ、リズムの均質性、どれをとっても申し分なく、無垢な世界に遊ぶような演奏。第3楽章の展開部にでてくる長めのソロのパッセージに大きなアゴーギクをつけ、モーツァルトの心情の一瞬の動揺を感じさせた。私はハッとして、今までこういう演奏をしたピアニストがいただろうかと思った。

 ブルックナーは、引き締まった筋肉質の演奏で、そこから、質朴で、かつ剛毅な精神が立ち上がってきた。ときどきブルックナーの演奏では、極限まで拡大した‘巨匠’風の演奏があるが、真のブルックナーの精神は、案外、このようなものかもしれないと思った。
 なお、あらためていうまでもないだろうが、この曲にはリンツ版とウィーン版の2種類の版があり、その大きなちがいは第4楽章コーダの部分で、リンツ版はインテンポで押していくが、ウィーン版はどんどんテンポを落としていく。この日の演奏はリンツ版を基本としていたが、プログラムの解説によれば、「今まで読売日響と共演したいくつものブルックナー演奏同様、作曲家でもある指揮者スクロヴァチェフスキが自身で加筆したスコアが使われると思います」とのことだった。

 私はこれでスクロヴァチェフスキ&読響によるブルックナーの初期交響曲をすべてきくことができた。私にとっては貴重な財産になった。
(2009.03.09.サントリーホール)
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ディファイアンス

2009年03月07日 | 映画
 今、公開中の映画「ディファイアンス」をみた。ディファイアンスとは抵抗という意味。第二次世界大戦中の実話をあつかった映画だ。

 (ストーリー)
 1941年8月、ドイツ軍がソ連(現ベラルーシ)に侵攻し、ユダヤ人狩りがはじまる。間一髪のところで逃げ出したビエルスキ3兄弟は森に隠れる。やがてほかのユダヤ人たちも合流し、森で共同生活をはじめる。ドイツ軍との戦い、飢えと寒さとの戦い、味方であるはずのソ連軍のユダヤ人蔑視との戦い、内部の不満分子との戦い、その他のもろもろの戦いに耐えながら、かれらは森で生活し、ついに1944年7月の解放を迎える。そのとき1,200人の人たちが生き残っていた。

 原作はアメリカのコネチカット大学教授のネハマ・テックの著書「ディファイアンス ヒトラーと闘った3兄弟」で、1993年に出版されたそうだ。歴史の中に埋もれているエピソードを記録する作業が今も続いていることは尊いと思う。また映像にして広く普及させようとする人がいることも尊い。この映画には多くの人々のこころざしが結晶している。

 映画は、路線をめぐる長男トゥヴィアと次男ズシュの葛藤を軸にしてすすむが、終わり近くになって、リーダーとしての重圧に疲れきったトゥヴィアに代わって、それまで影の薄かった三男アザエルが人々を鼓舞する。
 その場面を思い返すと・・・ドイツ軍の追跡を逃れて森の端まできたユダヤ人たちの前に、大きな川が立ちふさがる。呆然とするユダヤ人たち。
 アザエル「川を渡ろう。モーゼがエジプト軍に追われたとき、神は奇跡を起こして紅海をひらいた。だが、今、奇跡は起きない。ならば自分たちで奇跡を起こそう。」
 人々「けれども、老人や病人はどうするのだ。」
 アザエル「強いものが助ける。一人も見放さない。」
 いつの間にかアザエルはたくましく成長していた。私は熱いものがこみ上げてきた。プログラムの記事によれば、この展開は脚本にはなかったもので、途中で監督が思いついたそうだ。そこには制作現場の熱気が感じられる。

 これはまったくの偶然だが、私は2月22日のブログでイタリアの作家プリーモ・レーヴィの小説「今でなければ いつ」の感想を書いた。映画にはこの小説を連想させるディテールがいくつもある。原作または脚本が参考にしていることはまちがいないと思う。
 一つだけ例示するなら、ある町のゲットーから多くのユダヤ人を救出して、森に迎え入れる場面がある。各人の職業をきくと、あるユダヤ人が時計修理工だと答える。そこで、故障した鉄砲の修理を頼むと、器用に直す。おそらくこの場面は、レーヴィの小説の主人公の時計修理工メンデルを示唆している。
 小説は1982年にイタリアで出版され、その後、アメリカ、フランス、ドイツ、日本で翻訳された。ユダヤ人のパルチザン部隊をえがいた偉大な先行作品。映画にはそのオマージュが感じられる。
(2009.03.05.TOHOシネマズシャンテ)
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「大工ヨセフ」再説

2009年03月02日 | 美術
 昨晩ルーヴル美術館展のブログをアップして、一夜明けた今朝、ふっと気がついたことがあるので、再度ラ・トゥールの「大工ヨセフ」について。

 ※作品は「ルーヴル美術館展」のホームページの中の「作品解説」↓でご覧になれます。
  http://www.ntv.co.jp/louvre/topics/cat380/

 まず、もう一度この絵を振り返ってみると、
 夜の仕事場で大工ヨセフが錐で角材に穴を穿っている。その手元を少年イエスのもつ蝋燭が照らす。角材は将来イエスがかけられる十字架を暗示する。額と額がくっつきそうになるほど近寄った2人、深い皺を刻んだヨセフは、無垢な少年イエスをみつめる。その眼には、悲しみをこらえて、少年の宿命をみつめる父性愛がにじむ。
 ざっというと、こういう絵であった。私は、ヨセフの仕事着に穴が一つあいていることに気がついて、発見の喜びをもった。

 今朝になって、ハッとした、あの穴は聖痕の暗喩だったのではないか・・・。聖痕、イエスが磔刑になったときについた、両手、両足、脇腹の傷のことで、きわめて信仰の篤い人には同じ傷が現われるという。アッシジの聖フランチェスコがもっとも有名な例で、図像も多い。ただ、私の知るかぎりでは、ヨセフに聖痕が現れるという話は聞いたことがなく、図像を見たこともない。むしろ、あの穴は、角材と同じように、イエスの受難を暗示するディテールの一部だと思ったほうがいい。でも、かなり特異な図像だ。

 別な面でも、この作品はかなり特異だ。ヨセフが登場する図像は、イエスの生誕、聖家族、エジプトへの逃避行などが主で、聖母マリアのいない父(養父)と息子の2人だけという図像は珍しい。
 また、父性愛をあつかった作例も、あまり思い出せない。ラ・トゥールの生きたころのロレーヌ地方はヨセフ信仰が盛んだったというから、この作品が生み出された背景はたしかにあったと想像できるのだが、当時の作品で父性愛と結びついた図像はあったのだろうか。

 2005年開催のラ・トゥール展に来ていたので、ご存知の方も多いだろうが、ラ・トゥールには「聖ヨセフの夢」という作品がある。夜、机の前でまどろんでいるヨセフのもとに天使が現れ、マリアの孕んでいる子は神の子であることを告げる。忘れがたい作品だが、これはイエスの誕生前であって、父性愛は感じられない。

 そのほかにも、もうひとつ、昨日のブログでふれた縦長のかまぼこ型の構図は、聖堂内の祭壇を暗示するのだろうと、これもまた今日になって気がついた。
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ルーヴル美術館展

2009年03月01日 | 美術
 国立西洋美術館で「ルーヴル美術館展」が始まった。副題は「17世紀ヨーロッパ絵画」。
 予習のために手元の美術全集の解説を読むと、17世紀を代表する画家として、ルーベンス、レンブラント、ベラスケスの3人をあげていた。今回の展覧会では3人とも来ていて、しかも作品の質が高い。

 ※なお、以下でとりあげる作品の図像は、著作権の問題を考慮して、貼付を控えます。作品はすべてルーヴル美術館展のホームページの「作品解説」↓でご覧いただけます。お手数をおかけして、申し訳ありません。
  http://www.ntv.co.jp/louvre/topics/cat380/


 17世紀を概括すれば、バロック時代ということになるが、ルーベンスはその代表にふさわしい。今回来ている「ユノに欺かれるイクシオン」は、裸体の明るい色と艶と、うねるような動きによって、ルーベンスの最良の部分を伝えている。
 レンブラントの「縁なし帽をかぶり、金の鎖をつけた自画像」は、画家がまだ人生の苦さを知らず、野心にみちていた20代のときの作品。その精神性と迫真性、バランスのとれた構図は、だれにも真似のできないレンブラントのものだ。
 ベラスケスの「王女マルガリータの肖像」は工房の手が入っているというが、顔の描き方は、紛れもないベラスケスの筆を感じさせる。ウィーン美術史美術館の名作「バラ色の衣装の王女マルガリータ」との共通性を感じたので、帰宅後調べてみたら、同時期の作品だった。

 これらの3人の巨星のほかにも、17世紀はフェルメールとジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールという比類のない個性を生み出した。
 フェルメールは「レースを編む女」が来ている。無心にレースを編んでいる女、それだけの絵なのに、じっとみていると、なぜか息詰まるような気がしてくる。濃密な空間がそこにはある。衣服の淡い黄色と編み物の布地の濃紺とのコントラストがその一因か。
 ラ・トゥールは「大工ヨセフ」。夜の仕事場で角材に錐で穴を穿っているヨセフ。その手元を少年イエスの蝋燭が照らす。角材は将来イエスがかけられる十字架だ。額と額がくっつきそうになるほど近寄って、無垢な少年イエスをみつめるヨセフの眼には、悲しみをこらえた父性愛がにじむ。縦長のかまぼこ型の構図が、どっしりとした安定感をもって、この主題に呼応する。ヨセフの粗末な仕事着に穴が一つあいているのを発見したことが、この日の私の喜びだ。

 そのほか、クロード・ロランの「クリュセイスを父親のもとに返すオデュッセウス」とル・ナン兄弟の「農民の家族」は、私の美術全集にものっている作品だ。実物をみて感じたこともあるが、煩瑣になるといけないので、詳述は控える。

 全体としては、17世紀というざっくりとしたテーマのもとで、そのダイジェストをみせる展示構成になっている。オランダ、フランドル、フランス、スペイン、イタリアにまたがっているが、ドイツはすっぽり抜けている。そういえば、当時のドイツは、国土と人心に荒廃をもたらした30年戦争の傷跡に苦しんでいた。
(2009.02.27(内覧会).国立西洋美術館)
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