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Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ヴィンタートゥール展

2010年09月29日 | 美術
 世田谷美術館で開かれている「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」展。ヴィンタートゥールはスイスのチューリヒ近郊の街だ。私も列車で通ったことがあるが、下車したことはない。そこの美術館は有名で、機会があれば訪れたいと思っていた。今は改修工事中なので、日本で巡回展が開かれている。

 本展は8月から始まっていて、私もその初日に出かけた。暑い盛りの土曜日だった。小中学生は無料だったので、多くの子供たちが来ていた。それから1か月以上たち、会期も終わりに近づいてきたので、もう一度出かけてみた。日曜日の夕方。どんよりと曇った空からはいつ雨が降り出してもおかしくない様子だった。肌寒い風が吹いていて、8月の暑さが嘘のようだった。

 この展覧会の目玉は、ゴッホの「郵便配達人ジョゼフ・ルーラン」(チラシに使われている↑)とアンリ・ルソーの「赤ん坊のお祝い」だ。前者では鮮やかな青と黄の対比や、彫刻を思わせるごつごつした輪郭線が圧倒的だ。後者では前面の赤ん坊と背景の樹木とのアンバランス感、そして赤ん坊にもかかわらず大人びた顔をしているアンバランス感がたまらない。

 ところで今回足を運んだ目的は、ドイツの画家ロヴィス・コリントの「モデルと一緒の自画像」と、スイスの画家フェルディナント・ホードラーの「自画像」をもう一度みるためだった。

 コリントの「モデルと一緒の自画像」は、骨太の荒々しいタッチが強烈だ。自信にみちた壮年期の画家とそれに寄り添う若いモデル。画家のいかにも得意そうな表情には、自身にたいするユーモアのある視線が感じられる。一方、若いモデルのやさしい表情には、画家の深い愛情が感じられる。モデルは画家が2年後に結婚した22歳年下の弟子シャルロット・ベーレントではないかといわれている。

 ホードラーの「自画像」は死の2年前に描かれた20点ほどの自画像の一つ。薄笑いを浮かべてまっすぐ正面――おそらく自分自身――を見据える表情が、私たちには計り知れない心境を語っている。幼いころに父と2人の弟を亡くし、さらには母も亡くしたホードラーは、以後、死につきまとわれた人生を送った。本作を描く前年には20歳も年下の愛人を亡くしたホードラーは、もう死を恐れなくなったのだろうか。

 コリントもホードラーも、ドイツ表現主義の先駆けといわれている。ドイツ表現主義そのものの作品も展示されている。本展はさまざまなストーリーで観賞することが可能だが、私はドイツ表現主義というストーリーで楽しんだ。
(2010.9.26.世田谷美術館)
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シューマン生誕200年

2010年09月27日 | 音楽
 N響の9月定期(Aプロ)はネヴィル・マリナーの指揮でシューマン生誕200年プログラムだった。
(1)シューマン:序曲、スケルツォとフィナーレ
(2)シューマン:ピアノ協奏曲(ピアノ:アンティ・シーララ)
(3)シューマン:交響曲第3番「ライン」

 マリナーは現在86歳。高齢の指揮者は多いが、マリナーもその一人だ。穏やかで角のとれた音楽。はったりは一切ない。こういう指揮者がバロックから古典派、ロマン派をへて近代現代の作品まで幅広く演奏するのは納得できる気がする。

 「序曲、スケルツォとフィナーレ」は1841年、いわゆる「交響曲の年」の作品だ。堂々とした交響曲第1番「春」の直後にかかれた小規模な曲。この曲は1845年に改訂されている。佐藤英(さとう・すぐる)さん執筆のプログラム・ノートによれば、改訂はおもにフィナーレを中心におこなわれたらしい。たしかにフィナーレは先行2楽章にくらべて音が厚い。

 ピアノ協奏曲も、その原型となる「幻想曲」がかかれたのは1841年。時期的にも「序曲…」と一部重なっている。「幻想曲」がピアノ協奏曲に拡大されたのが1845年。つまりこの曲は「序曲…」と同じ歩みをたどっているわけだ。独奏者のシーララは今年31歳だが、もっと若いころは内向的な演奏だった記憶がある。今は過度期のようだ。

 「ライン」はシューマンの交響曲のなかでもオーケストレイションに手を加えられることが多い曲のようだ。私は昔クレンペラーのレコードを愛聴していた。あれもそうとう手が加えられていたらしい。この日の演奏はどうだったのだろう。全体的にもやもやした音だったので、シューマンのスコアどおりだったかもしれない。ほんとうはそのことをプログラムに明記してくれると助かるのだが。

 閑話休題。月刊誌「フィルハーモニー」に上記の佐藤英さんのエッセイ「オペラ作曲家としてのシューマン」が載っていた。シューマンはオペラの作曲に意欲をもっていて、候補に選ばれた題材も多数あったそうだ。そのなかには「トリスタンとイゾルデ」、「ニーベルングの歌」、「ワルトブルクの戦い」(タンホイザー)、「アルトゥス王」(ローエングリン)も含まれていたというから驚く。

 考えてみると、シューマンは1810年生まれ、ワーグナーは1813年生まれなので、同じ文化的環境にあったわけだ。しかも2人のドレスデン時代はダブっていた。事実、交流があったらしい。上記のエッセイには交流のエピソードや、シューマン版の「トリスタンとイゾルデ」(全5幕)のあらすじが紹介されていて興味深かった。
(2010.9.25.NHKホール)
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都響の9月定期(Bシリーズ)

2010年09月25日 | 音楽
 都響の9月定期(Bシリーズ)はアレクサンドル・ドミトリエフの客演指揮で次のプログラムが組まれた。
(1)シチェドリン:管弦楽のための協奏曲第1番「お茶目なチャストゥーシュカ」
(2)ハチャトゥリャン:ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:セルゲイ・ハチャトゥリャン)
(3)ショスタコーヴィチ:交響曲第1番

 いずれも才気あふれる曲が並んでいる。20世紀のロシア音楽にどっぷり浸った指揮者でないと組めないプログラムだ。

 ドミトリエフは今年75歳のベテラン指揮者。今までも日本のいくつかのオーケストラを振るのをきいたことがある。地味だがオーケストラを整える手腕にはたしかなものがある。

 1曲目の「お茶目なチャストゥーシュカ」は、アンティークシンバルと小太鼓がジャズのドラムスを模倣し、コントラバスがベースを模倣するなかで、機知にとんだ楽想が飛び交う曲だ。こういう曲ではもっとノリのよい演奏も可能だろうが、ドミトリエフの指揮はじっくり構えて、けれんのない演奏をした。これがほんらいの姿かもしれない。

 斎藤弘美さん執筆のプログラム・ノートによれば、「スコアのおしまいには「エピローグ」が付いている。これは拍手に応じてのオプションで、演奏するかどうかは任意となっている」とのこと。この日は演奏されなかったと思う。どういうエピローグなのだろう。

 2曲目のヴァイオリン協奏曲は、作曲者と同名(ただし血縁はないらしい。アルメニア人にはこの名前が多いのだろうか)のヴァイオリン奏者が見事だった。プロフィールによれば1985年生まれで、2000年のシベリウス・コンクール、2005年のエリザベート王妃コンクールでそれぞれ優勝しているとのこと。若者だけあって、ベテラン奏者が弾くと物々しくなるこの曲を、ひきしまった造形できかせてくれた。なかでも第2楽章のほりの深い表現には、オーケストラともども、きき応えがあった。

 3曲目のショスタコーヴィチの交響曲第1番は、いうまでもなくレニングラード音楽院の卒業制作だ。堂々としたこの交響曲が卒業制作ということに、作曲者の天才ぶりがうかがわれる。その天才に相応しい苦難の人生がショスタコーヴィチには用意されていた。これは斎藤弘美さんも触れている交響曲第13番「バービイ・ヤール」、第14番「死者の歌」、第15番の3曲をかかせるためだったのかと、今の私たちには思える。演奏は第4楽章になって、それまでの軽い音が、なぜか重くなったように感じられた。
(2010.9.24.サントリーホール)
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ドガ展

2010年09月24日 | 美術
 横浜美術館の「ドガ展」に行ってきた。あいにくの雨だったが、祝日の午後だけあって、かなりの盛況だった。

 この展覧会は、ドガの画業を俯瞰するという意味で、今年前半の「マネ展」(三菱一号館美術館)と並ぶ規模と内容だ。

 ドガというと踊り子が思い浮かぶが、あの踊り子とはなんなのか――たんに可愛い少女というだけなのか、それともなにか意味があるのか――。私にはそれを考えさせてくれる展覧会だった。

 よくいわれることだが、当時の踊り子は労働者階級出身の娘たちだった。踊り子は若いうちにパトロンを見つけて裕福な生活を送ることを目指した。親たちもそれを願っていた。今の感覚とはそうとうちがうのだ。

 ドガの描く踊り子は、ほとんど例外なく群像だ。その一人ひとりは無個性といってよい。私はこれを今回展示の肖像画との対比で思い知らされた。ドガは依頼されて肖像画を描いたことがなかったそうだ。身近にいて共感をおぼえる人たちだけを描いた。入念にデッサンや下絵を積み重ねて準備したそうだ。今回展示されている「エドモンド・モルビッリ夫妻」は、そのもっとも見事な成果だ。

 踊り子の場合はそうではなかった。稽古場などで何枚ものスケッチをして、アトリエに戻って再構成した。今回展示の名画「バレエの授業」も一種の虚構なのだ。

 今回、肖像画をみて、次に踊り子の絵をみたとき、私はドガの階級意識を感じた。ドガの視線は、オペラ座に通い、稽古場をのぞき、踊り子に目を走らせるブルジョワジーのものだ。一方、肖像画においては、同じ階級に属するもの同士の尊敬が感じられた。

 ドガというと、1894年に起きたドレフュス事件が思い出される。フランス軍の軍人であったユダヤ人のドレフュスにたいする冤罪事件だ。軍はドレフュスをスパイ容疑で有罪とした。証拠品の偽造・改ざんもした。今の日本で起きている事件はそのミニチュア版だ。

 軍にたいして公然と異を唱えたのがドガの友人で作家のゾラだった。フランスの世論は大きく二分された。ユダヤ人嫌いのドガは有罪を主張して、ゾラとたもとを分かった。

 もちろん、誤解されることはないと思うが、私はドガを貶しめているのではない。かりに時代的な偏見があったとするなら、それを承知したうえで高い画業に触れたいと思うだけだ。理想主義を排してリアリズムに徹したドガのこと、それはむしろ望むところだと思う。
(2010.9.23.横浜美術館)
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下野竜也&読売日響

2010年09月19日 | 音楽
 読売日響の9月定期は正指揮者の下野竜也さんの指揮で次のプログラムだった。
(1)ヒンデミット:歌劇「本日のニュース」序曲
(2)R.シュトラウス:メタモルフォーゼン
(3)R.シュトラウス:ホルン協奏曲第2番(ホルン:ラデク・バボラーク)
(4)ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容

 ナチスによって難しい人生を強いられたヒンデミットとシュトラウス。ヒンデミットは歌劇「本日のニュース」でナチスに嫌われ、やがて交響曲「画家マチス」をめぐるいわゆるヒンデミット事件が起きて国外に去った。シュトラウスは歌劇「無口な女」の台本作者でユダヤ系のシュテファン・ツヴァイクを擁護したために公職を追われて隠遁生活に入った。

 歌劇「本日のニュース」序曲をきくのは初めてだった。明るく乾いた音。いかにも新即物主義の音楽だ。木管と金管は2管編成(ただしホルンは1本でアルト・サックスが1本入る)。弦楽器はヴァイオリン6(4+2)、ヴィオラ4、チェロ4、コントラバス4。相対的にヴァイオリンが薄いのが特徴だ。演奏はきびきびしていて好調。

 「メタモルフォーゼン」はシュトラウスが例外的に自己の内面を表現した音楽だ。暗く憂鬱な心情が吐露される。副題は「23の独奏弦楽器のための習作」。譜面は23段に分かれているそうだ。シュトラウスのいつもの大らかな音ではなく、繊細で神経質な音がする。この曲を演奏するとき奮い立たない指揮者はいないだろう。下野さんも明らかに力が入っていた。細部まできっちり振るので、私はもう少し自由がほしくなった。演奏終了後は23人の奏者一人ひとりを立たせていた。それはこの曲に相応しかった。

 ホルン協奏曲第2番は歌劇「カプリッチョ」の直後にかかれた曲。「メタモルフォーゼン」の後にきくと、シュトラウスのいつものサービス精神に舞い戻ったように感じられる。名手バボラークの演奏は自由そのもの。第1楽章の後半からテンポを落として、そのままゆっくりとした第2楽章に入る。この部分はアルプスの残照をみる想いがした。どこからか「カプリッチョ」の幕切れの「月光の音楽」のこだまがきこえてくるようだ。満場の拍手に応えてバボラークはアンコール2曲のサービスぶり。

 「ウェーバーの主題による交響的変容」はヒンデミットがアメリカに渡った時期にかかれた曲。バルトークの「オーケストラのための協奏曲」と似たような位置を占める曲だ。演奏は張りのある鮮やかな音とスケール感、そして完璧な設計によって、ヴィルトゥオーゾ・オーケストラという言葉が思い浮かぶもの。オーケストラをドライブする下野さんも頼もしかった。
(2010.9.18.サントリーホール)
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ヘッダ・ガーブレル

2010年09月18日 | 演劇
 イプセンの「ヘッダ・ガーブレル」をみた。新国立劇場の演劇部門芸術監督に就任した宮田慶子さんの「JAPAN MEETS…」シリーズの第1弾だ。

 120年前のノルウェーを舞台にした作品だが、少しも古さを感じさせない。さすがにイプセンだ。加えて演出の宮田慶子さん以下のスタッフ、主演の大地真央さん以下の出演者の熱意の成果でもある。

 大地真央さんのヘッダは、立ち姿が美しい。ほとんど出ずっぱりの長丁場だが、終始観客の目をひきつけて離さなかった。狂おしい葛藤を抱えたヘッダというよりも、現代的にクールなヘッダだった。

 ヘッダのキャラクターについては、すでに多くのことが語られているが、私は大地さんのヘッダをみながら、復讐という言葉が思い浮かんだ。ヘッダは昔の恋人にも、女学校時代の友人にも、凡庸な夫にも、復讐をしていたのではないか。復讐される相手には身に覚えのないことだ。だがヘッダには、もしかすると自分にたいするものかもしれないが、得体のしれない不満があり、そのはけ口が相手に向かったのではないか。

 この作品は社会的な規範に収まるメッセージ性を欠くので、反発をふくめたさまざまな反応があり得る。私は現代の日本の状況をかんがみて、ヘッダ的なキャラクターはいそうに思った。

 宮田慶子さんの演出は、ヘッダの傲慢さが周囲に引き起こすリアクションのコミカルな側面を拾ったもの。客席にはクスクスという笑いが絶えなかった。それがこの上演の現代性を支えると同時に、ヘッダのキャラクターを相対化する効果をもっていた。

 今回新たに訳出された台本は、ひじょうに自然な会話体だった。多少大げさな言い方かもしれないが、翻訳劇の一般的なレベルを引き上げるものと感じられた。訳者は日本語が堪能なノルウェー人のアンネ・ランデ・ペータスさんと、ドラマトゥルクとしての役割も負った長島確(ながしま・かく)さんのコンビ。演出の宮田慶子さんも深く関わったようだ。プログラム誌に載っている鼎談が面白かった。

 ペータスさんのエッセイも興味深かった。61歳のイプセンが恋をした、ヘッダのモデルといわれるエミーリエ・バルダッハは、当時10代後半だったといわれてきたが、実は27歳だったらしい。また当時、ある嫉妬深い妻が作曲家の夫(スヴェンセンらしい)の新作の譜面を燃やしてしまう事件が起きたそうだ。これが、ヘッダが原稿を燃やす場面のヒントになった可能性があるとのことだった。
(2010.9.17.新国立劇場小劇場)
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プロコフィエフ

2010年09月13日 | 音楽
 日本フィルが首席指揮者ラザレフのもとで取り組んでいるプロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトも残すところあと1回となった。曲は交響曲第6番。プロコフィエフには珍しく暗い心象を盛り込んだ曲だ。先日の第5番は今までの成果の一応のまとめという感があった。第6番ではさらに先へ一歩踏み出す挑戦を期待したいところだ。

 私は同プロジェクトがなければプロコフィエフの交響曲全曲に向き合うことはなかったかもしれない。その意味では貴重な機会を与えてもらった。こうして第1番から順番にたどってみると、プロコフィエフという作曲家の全体像がみえてくる気がする。

 第1番でいきなりハイドンやモーツァルトのパロディーをかいた恐いもの知らずの若い才能は、第2番では第一次世界大戦後のアヴァンギャルドの風潮に接近して、「鉄と鋼(はがね)でできた」挑発的な音楽をかいた。第3番では自らの資質に深く根ざす悪魔的なオペラ「炎の天使」の音楽を交響曲の世界で再現した。第4番(改訂版)では、これもプロコフィエフの本質の一端であるバレエ音楽で交響曲をかいた。第5番では交響曲という様式の枠内で完成度の高さを目指した。ひとつ飛んで第7番では、失意のうちに迎えた晩年の、人生の苦さを甘いオブラートで包んだ音楽をかいた。

 変転めまぐるしい軌跡だ。そこには両次大戦のほかに、ロシア革命、スターリン時代のソ連社会という要素も反映されている。さらにはプロコフィエフの個人的な野心やその挫折という要素もある。

 では、こういうプロコフィエフの音楽を一言で定義するなら、どうなるか、と考えて私は戸惑いを感じた。ひどくつかみにくいからだ。第2番のときのブログでご紹介したが、20世紀フランスの作曲家プーランクの、シューベルトを引き合いに出した言葉は、プロコフィエフの美質を蒸留水のように濾過した言葉だ。私は最終的にはそれに尽きると思う。だが途中の過程をもう少し吟味したい。

 先日の演奏会での一柳富美子さん執筆のプログラム・ノートは、さすがに著名なロシア音楽研究者だけあって、興味深かった。一柳さんによると、プロコフィエフ研究はショスタコーヴィチやラフマニノフなどと比べて「若干遅れを取っている」そうだ。私はプロコフィエフが「表現の自由がないソ連社会に対してはショスタコーヴィチ以上に警戒心を」抱いていたというくだりに注目した。

 私は前から気になっているオペラ「真実の人間の物語」の評価や、妻をめぐるスキャンダルめいた逸話の真相も、この際知りたいと思った。ネガティヴ情報になるかもしれないが、それでもよいのではないか。
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プロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトvol.5

2010年09月12日 | 音楽
 首席指揮者ラザレフと日本フィルが取り組んでいるプロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトも5回目になった。今回のプログラムは次のとおりだった。
(1)チャイコフスキー:バレエ組曲「白鳥の湖」より
(2)プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:上原彩子)
(3)プロコフィエフ:交響曲第5番

 今まではモーツァルトとプロコフィエフの組み合わせだった。今回はプロコフィエフの人気曲2曲が中心。

 「白鳥の湖」は、ルーティンワークに流れがちなオーケストラを、ラザレフが必死に自分の音楽に引き寄せようとする演奏だった。ラザレフの「白鳥の湖」は、骨太で、ドラマティックな音楽。ムード的なものはどこにもない。そういうラザレフの音楽を実現するにはリハーサルの時間が足りなかったようだ。

 プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は上原彩子さんのピアノが注目の的だった。さすがに集中力は並外れている。静かに沈潜する第2楽章第4変奏と第3楽章中間部では、粒のそろった弱音の美しさに目をみはった。
 ただ、どういうわけか、以前デュトワ指揮N響と共演したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のときに感じた個性的な音楽性は、今回は感じられなかった。

 交響曲第5番はオーケストラのアンサンブルが格段によかった。第1楽章冒頭の木管による第1主題の提示からして、各楽器の音が溶け合い、この演奏は前2曲とはレベルがちがうことを予感させた。このペースは曲の最後まで維持された。

 ラザレフと日本フィルは今までの同プロジェクトのなかで、日常的なレベルをこえるアンサンブルを達成してきた。今回も否応なく期待が高まった。その期待に十分応える演奏が展開された。沈着かつ綿密なアンサンブルを志向した演奏だった。

 この曲はもちろん名曲だが、私は今まで第二次世界大戦の渦中でかかれたこの曲のどこに戦争の痕跡があるのか、よくわからなかった。けれども今回それがわかった。第3楽章中間部で亀裂が走るようにさす暗い影がそれだった。この曲の前後にかかれたショスタコーヴィチの交響曲第8番、第9番にくらべると、あまりにも控えめな痕跡だった。

  定期では珍しいことだが、アンコールが演奏された。プロコフィエフのオペラ「戦争と平和」からのワルツだった。交響曲第5番の余韻を損なうことのない好演だった。
(2010.9.10.サントリーホール)
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我が闘争/続・我が闘争

2010年09月08日 | 映画
 映画「我が闘争」と「続・我が闘争」をみた。前者は1960年にスウェーデンで製作されたドキュメンタリー映画。ヒトラーの生涯が描かれている。日本では1961年(昭和36年)に初公開された。後者はその続編で1961年製作。こちらはニュルンベルク裁判で告発されたナチスの戦争犯罪を描いている。日本での初公開は1963年(昭和38年)。どちらも戦時中のドイツのニュース映画などを編集して再構成したもの。

 前者で描かれたヒトラーの生涯にはあまり目新しい事実はなかった。1960年製作だから当時としてはこれでも十分にインパクトがあったのかもしれない。それから50年後の現在では、研究はもっと進んでいるだろう。それにしても、既知の事実とはいえ、生きたヒトラーやその周囲の人物が動き回る映像には生々しさがあった。

 素材となった映像は、戦時中のニュース映画やレニ・リーフェンシュタールの記録映画「意志の勝利」などから切り取ったものなので、ヒトラーは公式の顔をしている。その内面はうかがえない。また庶民の素顔あるいは迫害された人々の実相はみえてこない。そのなかにあって、ワルシャワのユダヤ人居住区(ゲットー)の悲惨な映像には目をみはった。

 「続・我が闘争」では、米、英、仏、ソの連合国側がナチスを裁いたニュルンベルク裁判に基づいて、アウシュヴィッツ強制収容所の実態など、ナチスの残虐行為が映像で描かれていた。山積みにされた死体、放置された病人、やせ衰えて骨と皮になった人々、生きる意欲を失って虚ろな目をした人々。

 法廷の被告席に居並ぶゲ―リンクなどのナチス幹部の映像も興味深かった。ある者はふてぶてしい態度だが、内心は神経質そうだ。ある者は眉間に深いしわを寄せている。ある者はおどおどした様子を隠せない。全員がヒトラーに罪をかぶせて、自らは無罪だと主張した。集団としてのナチスの姿がみえた気がする。

 法廷で告発されたナチスの罪業のうち、たとえば収容所の犠牲者の肉体から製造された人間石鹸は、今では疑問視されているようだ。入れ墨をした人間の皮をはいで作ったというブックカバーやランプシェードはどうなのだろう。また300万人とされたアウシュヴィッツの犠牲者数も揺れている。ニュルンベルク裁判が戦後の混乱のなかで開かれたことは留意すべきだろう。

 映画が終わって外に出たら夜11時だった。家に帰ってシャワーを浴び、ビールを飲んだら、すぐに眠れた。今朝は早く目が覚めてしまった。頭のなかでは残虐な映像がグルグル回っていた。
(2010.9.7.シアターN渋谷)
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フランチェスカ・ダ・リミニ

2010年09月06日 | 音楽
 首都オペラの公演をみた。この団体の存在は知っていたが、実演に接するのは初めてだった。演目はザンドナーイのオペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」。めったにみる機会のない演目だった。
 プログラム誌に会長の佐藤郁夫さんの「ごあいさつ」が載っていた。同団の課題として演奏水準の向上と財政基盤の確立をあげ、現状の苦渋を率直に語っておられた。私はチケットを買うくらいしかできないが、心を動かされた。

 ザンドナーイは1883年生まれのイタリアの作曲家で1944年に亡くなった。「フランチェスカ・ダ・リミニ」はその代表作だ。今シーズンのパリ・オペラ座では新制作の上演が予定されている。原作はダンテの「神曲」の地獄篇にもとづくダヌンツィオの戯曲。初演は1914年で、第一次世界大戦が勃発する直前だった。

 フランチェスカは13世紀に実在した女性。政略結婚でマラテスタ家のジョヴァンニに嫁ぐことになった。ジョヴァンニは醜い男だったので、周囲はその弟で美男のパオロをジョヴァンニだと偽った。騙されたフランチェスカ。運命のいたずらか、フランチェスカとパオロは恋に落ちた。結婚後、密会が発覚して、2人はジョヴァンニに殺された。

 いかにもイタリア・オペラ向きの筋立てだ。ザンドナーイの音楽もイタリア・オペラらしい甘美なメロディーと劇的な展開に欠けていない。その半面、19世紀的な血の気の多さをこえて、近代的な洗練も感じられる。考えてみれば、ザンドナーイはレスピーギと同時代人だ。もはや20世紀の空気を吸っていたのだ。

 主要なソリストはみな頑張った。フランチェスカ役の斉藤紀子さんは大健闘だった。ジョヴァンニ役の飯田裕之さんは第2幕の登場の一声で他を圧した。パオロ役の大間知覚さんはちょっと硬かったが、これは役柄からくるのかもしれない。

 第1幕には放浪楽士がトリスタンとイゾルデの物語をかたる場面があって、その関連だろうか、第3幕のフランチェスカとパオロの愛の二重唱では、昼を厭い夜に憧れる歌詞が出てきた。いかにもワーグナーのパロディーだ。これは原文にあるのだろうか。それとも演出の三浦安浩さんの意訳だろうか。

 オーケストラは岩村力さん指揮の神奈川フィル。先月のバイロイトの蓋つきピットの音が残っている私の耳には、オーケストラから放出される原色の音に目がくらむ思いがした。これが通常のピットの音か。私のなかではバイロイトの音と通常のピットの音の双方が鋭く屹立した。
(2010.9.5.神奈川県民ホール)
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ジョナサン・ハーヴェイの音楽

2010年09月03日 | 音楽
 毎年恒例のサントリー芸術財団主催の「サマーフェスティヴァル2010」。今年のテーマ作曲家は1939年生まれのイギリスの作曲家ジョナサン・ハーヴェイだった。その最終日のオーケストラ・コンサートをきいた。指揮は沼尻竜典さん、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。プログラムは次のとおりだった。

(1)ジョナサン・ハーヴェイ:ボディ・マンダラ(2006年)
(2)リヒャルト・ワーグナー:聖金曜日の音楽 ~舞台神聖祝典劇「パルジファル」から
(3)エクトル・パラ:カルスト=クロマⅡ(2006年)
(4)ジョナサン・ハーヴェイ:80ブレス・フォー・トウキョウ(2010年)

 「ボディ・マンダラ」はチベット仏教の儀式が基礎になっているそうだ。チベットホルン(ドゥンチェンという名前らしい)の響きをトロンボーンが模して、粗野で威圧的なリズムを続ける。途中からヴァイオリンなどの高音の音型が繰り返され、その背後ではチベットシンバルが喧しく鳴らされる。オーケストラにはヴィオラが欠けている。そのためにどこか空洞感がある。

 プログラム構成はハーヴェイ自身による。ワーグナーもハーヴェイの選曲だ。向井大策さん執筆のプログラム・ノートに興味深いことが書いてあった。「ワーグナーは、インドを舞台に不可触の娘プラクリティがブッダに帰依するまでを描いた楽劇《勝利者たちDie Sieger》の構想を長年温めていた。この構想が実現することはなかったが、《パルジファル》の創作にも影響を与えたとされている。」
 ジョナサン・ハーヴェイは、「プラクリティの物語にワーグナー自身の私生活を織り込みながら展開する《ワーグナーの夢》」Wagner Dreamというオペラを作曲したそうだ(2006年)。どういうオペラなのだろう。

 次のエクトル・パラも、ハーヴェイと同様、私にとっては未知の作曲家だった。1976年生まれのスペインの作曲家で、ハーヴェイにも師事したとのこと。ただ作風は相当ちがう。ハーヴェイの作品は感覚的に洗練されているが、パラの作品は構築的な感じがした。短い曲。もっと展開してほしかった。

 「80ブレス」は今回の委嘱作。80はオーケストラの各奏者を意味しているようだ。ヴァイオリンやフルートの高音で始まり、デジタル的な美しい音響が続く。突然トロンボーンのソロが入ってきて破調をきたし、そのまま終わる。前半の呼吸のリズムは「聖金曜日の音楽」に遠くこだまするものがあった。沼尻竜典さん指揮の東京フィルの演奏もクリアーで美しかった。
(2010.8.30.サントリーホール)
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バイロイト音楽祭:神々の黄昏

2010年09月02日 | 音楽
 バイロイト最終日は「神々の黄昏」。まず演出からいうと、序幕の3人のノルンの場面は無数の骸骨の上。ジークフリートとブリュンヒルデの場面は例の石切り場。第1幕のギービヒ家は成功した実業家の自社ビルのようだ。ブリュンヒルデとヴァルトラウテ、ブリュンヒルデとジークフリートの場面は再び石切り場。第2幕は第1幕と同じギービヒ家の自社ビル。

 興味深かったのはギービヒ家の場面の処理だ。この場面ではグンターとグートルーネをはじめ多くの人々が出てくるが、要するに全員現代人だ。それまでは現代社会の片隅に異次元の世界があり、神々が昔と変わらず奔放に生きているという設定だった。ギービヒ家では現代人が前面に出てくる。で、どうなるか。人々のあいだに金粉を塗られて羊の頭をかぶった男がいた。これはフリッカのパロディーか。また金色のドレスを着た3人の女がいた。ラインの娘たちが紛れ込んだのか。要するに主客が逆転した設定だった。

 第3幕前半は「ラインの黄金」と同じコンクリートの堤防の上。後半はギービヒ家の自社ビル。前半ではジークフリート殺害などまったく知らずに愛にひたっている現代人のカップルが、後半では炎上するビルのあいだを呑気に通っていく。

 ティーレマンの指揮では第1幕冒頭のハーゲン、グンターそしてグートルーネが語り合う場面に感心した。ドラマらしいドラマが起きない地味な場面だが、各々の発する言葉のニュアンスが克明にたどられていて、少しも飽きない。微妙な陰影の変化が連続する。
 第3幕の幕切れの「ブリュンヒルデの自己犠牲」では透明なハーモニーがしなやかに流れて、その美しさはたとえようもなかった。豪快に鳴るときは鳴るが、少しも力まず、大きなパースペクティヴのなかに収まっている。

 ブリュンヒルデ役のリンダ・ワトソンもよかった。けっして絶叫せず、ティーレマンの作る流れのなかに収まっている。だから起用されているのだろう。
 配役表をみていて気がついたが、ヴァルトラウテを歌った歌手は、前作まではエルダを歌っていた歌手だった。ヴァルトラウテではとくに問題はなかった。そもそもヴァルトラウテを歌う歌手にエルダを兼務させることに無理があったのではないか。

 カーテンコールでは演出家のドルストに猛烈なブーイングが飛んだ。私はそれには同調しなかったが、現代人の扱いが消極的だったのはたしかだ。

 バイロイトの音の特性がつかめた。一言でいうと、蓋を閉めたピアノの音だ。蓋を開けたときの生々しい音色は失われるが、声との相性がよい。オーケストラでいうなら、各楽器の音が溶け合って、生の音の角がとれ、均質化された音色になる。ワーグナーがこれをきいてある種の啓示をうけ、「パルジファル」の音楽を構想したプロセスがわかる気がした。
(2010.8.25.バイロイト祝祭劇場)
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バイロイト音楽祭:ジークフリート

2010年09月01日 | 音楽
 1日置いて「ジークフリート」。ティーレマンの指揮は乗りに乗って、もうどうにも止まらない勢いだ。

 第1幕は、速いところはだれよりも速く、テンポを上げる箇所では目もくらむような勢いで、また遅いところはだれよりも遅く演奏された。ジークフリートが名剣ノートゥングを鋳造する場面での「ノートゥング!ノートゥング!羨むべき剣よ!Notung! Notung! Neidliches Schwert!」は、今まできいたこともない遅いテンポで演奏された。まるで巨艦が荒波にもまれて揺れているようだった。

 緩急自在で大胆な演奏だ。ドラマはティーレマンの指揮棒に存在するといったらよいだろうか。聴衆はティーレマンに首根っこをつかまれて、右に左に翻弄される。

 ジークフリート役のランス・ライアンが素晴らしかった。硬めで、強く、まっすぐ出る声。舞台姿が若々しい。コミカルな演技がつけられていたが、この人がやると品を失わない。

 舞台は乱雑に散らかった実験室のような室内。幕切れに現代人の少年が窓からのぞきこんで、ジークフリートをまねて木の棒を振り回す。

 第2幕は自動車道路の橋げたの下。木々がうっそうと生えている。上の道路では2人の男がテントを張っていて、その明りがもれている。下ではヴォータン、ファフナー、ミーメ、ジークフリートなどの闘いが展開する。幕切れでは何人もの子供たちが駆け込んできて、一人の少年をいじめて去る。その少年はファフナーの死骸を見つけてギョッとする。

 第3幕冒頭のさすらい人とエルダ、さすらい人とジークフリートの場面では、紗幕が下りて、青い照明が当てられていた。エルダ役の歌手は、「ラインの黄金」でもそうだったが、さすらい人(つまりヴォータン)と拮抗するには非力だった。

 ジークフリートが魔の炎を乗り越える場面では、緞帳が下りてしまった。これにはガッカリした。緞帳が上がると「ヴァルキューレ」第3幕と同じ石切り場。リンダ・ワトソンのブリュンヒルデは、今度はよかった。まだ神性を備えていたころのブリュンヒルデとしては初々しさに欠けていたが、神性を奪われた今となっては、包み込むような声や重めの歌唱がイメージを壊すことはなかった。

 ジークフリートがブリュンヒルデの気をひこうとして、まず黒い羽根を取りだしてヒラヒラさせる。これはカラスか。そうだとするとヴォータンにたいする揶揄だ。次に青いリンゴを差し出す。禁断の木の実、アダムとイヴの暗示か。最後はパチンコ。これは?

 「ジークフリート牧歌」では真綿のように柔らかい音が流れてきた。これにはこの劇場の特殊な構造も与っているのだろう。独特な音だった。
(2010.8.23.バイロイト祝祭劇場)
コメント (2)
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