Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

一柳慧の音楽

2016年05月27日 | 音楽
 コンポージアム2016の「一柳慧の音楽」を聴いた。会場を出る時、なんとも重い気分になった。そのことを書くのは気が進まないが、書かずにいると、いつのまにか忘れてしまうかもしれないので、記録しておきたい。

 1曲目は「ビトゥイーン・スペース・アンド・タイム」(2001)。室内オーケストラのための曲で、CDも出ているが、さすがに当夜は都響の演奏だったので、切れ味のいい演奏だった。一応これには満足。

 2曲目は新作の「ピアノ協奏曲第6番〈禅―ZEN〉」(2016)。ピアノ独奏は作曲者自身が努めた。80歳を超えて今も尚お元気な作曲者のピアノ演奏を聴けることは、ありがたいことではあるのだが、ピアノ演奏のメカニックな点はさておき、一音一音をじっくり聴こうという姿勢が、老境に入った心象風景を見るようで、少し辛かった。

 文章を読むかぎりでは年齢は感じないし、時たま演奏会場でお見かけする姿も若々しいのだが、でも、心象風景は意外に沈んでいて、また閉ざされているのかと、一種の敬意を払いながらも感じた。

 本作は「曲の途中の進行や、終り方も不定形を包含する自由で変換可能な構成による内容になっている」そうだ(作曲者自身のプログラムノーツによる)。そのような曲の場合、演奏者間の丁々発止のやり取りが、曲の面白さを保証するはずだが、当夜の演奏では、作曲者にたいする敬意の表れか、オーケストラ側に遠慮が感じられた。

 本作を当夜の演奏だけで判断することはできないだろうと思う。枯れた作品ではあるが、演奏者が違えばまた違った緊張が生まれるかもしれない、と思いたい。

 3曲目は「交響曲《ベルリン連詩》」(1988)。作曲者の代表作の一つだ。一柳慧も若かったんだなあと思う。格好いい曲。才気あふれる時代の寵児の相貌が刻印されている。

 第2楽章のひたひたと押し寄せる異界の生き物の蠢きのような部分が、なんといってもインパクトが強いが、でも、本当に聴くべきところは別のところだったかもしれないと、終演後、思った。なにか大事なものを聴き損ねたような気分になった。

 そう思ったのは、秋山和慶の指揮のためか、異界の蠢き(?)が、不確定性の音楽というよりも、予めプログラミングされた音楽のように聴こえたからかもしれない。また2人の独唱者が歌う言葉(とくに日本語)がよく聴き取れなかったことも、一因かもしれない。
(2016.5.25.東京オペラシティ)
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カラビッツ/読響

2016年05月25日 | 音楽
 キリル・カラビッツという新進指揮者が振った読響の定期は、全席完売。皆さんのお目当てはハチャトゥリアンのフルート協奏曲で独奏を務めるエマニュエル・パユだったようだ。

 演奏順は2曲目だったが、まずはその感想から。オーケストラの激しい導入の後、パユがせわしなく動き回るテーマを吹く。ノイズが混じり、ブレスも大きい。激しいという形容詞を通り越して、野性的といいたいくらいだ。そのテーマが回帰する都度、この吹き方だったので、意図したものだったと思う。

 ものすごく高いテンションで演奏された。フルート一本でオーケストラ全体を引っ張っていく観があった。激しい意気込みで先へ先へと進んでいく。1拍、2拍といった拍節感がまだるっこいのではないかと思われるほどの演奏だ。

 一方、オーケストラもたんなる伴奏に終わってはいなかった。激しさにおいては負けていない。しっかりパユに絡んでいた。パユに煽られて、読響はもちろん、指揮者カラビッツにも火が付き、三者一体となってまれに見る本気の演奏となった。

 ハチャトゥリアン特有の民族的な音調のこの曲が、たんに民族的というだけでなく、もっと根源的な生命力というか、人間本来の野生というか、そんなレベルまでいった演奏だ。

 終演後は大いに盛り上がった。指揮者そっちのけで、クラリネット奏者など、各パートを立たせようとするパユ。戸惑う奏者。パユが指揮者に言って(指示して)立たせる。指揮者との格の違いが見える。

 アンコールが演奏された。武満徹の遺作の一つとされる「エア」。武満徹が求めた究極の旋律かもしれないこの曲を、パユで聴ける。わたしは思わず身構えた。パユの音が虚空を舞う。今まで聴いたこの曲の演奏とは次元が違う。音のあらゆるニュアンスが表現されているのではないかと思った。音楽が構築する空間が巨大だ。この演奏を聴けただけでも行った甲斐があるというものだ。

 休憩後にプロコフィエフの交響曲第5番が演奏された。プロコフィエフを得意としている指揮者というだけあって、よい演奏だったと思うが、ハチャトゥリアンの余韻さめやらぬわたしには、純音楽的な収まりがよいため、少々物足りなくもあった。

 最後になったが、1曲目にプロコフィエフ19歳のときの作品、交響的絵画「夢」という珍しい曲が演奏された。茫漠とした叙情性のある曲だった。
(2016.5.24.サントリーホール)
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N.ヤルヴィ/N響

2016年05月23日 | 音楽
 ネーメ・ヤルヴィが客演したN響の定期。息子(パーヴォ)のオーケストラを振る父親の気持ちってどんなものだろうと、そんな興味を持って聴いていたが、これはもしかすると日本人的な発想かもしれない。

 1曲目はカリンニコフの交響曲第1番。自然体というか、オーケストラを、ゆったりと、たっぷりと歌わせた演奏。より実感に即した言い方をするなら、スコアをあるがままに鳴らした演奏。それはいつものネーメ・ヤルヴィなのだが、以前と比べて変化もあった。指揮の身振りが小さくなっている。ほんのわずかな動作でオーケストラを制御している。ネーメ・ヤルヴィ、晩年の様式に入ったということだろうか。それともN響のアンサンブルへの信頼の強まりだろうか。

 N響は長老格の指揮者が好きだし、N響の聴衆もそういう指揮者が好きなようなので、ネーメ・ヤルヴィがその座の一角を占める気配も漂っていた。

 カリンニコフのこの曲は、昔(あれはいつだったか、今は調べる余裕がないが)スヴェトラーノフがN響を振った演奏が忘れられない。そのとき初めてこの曲を聴いた。なんていい曲だろうと、うっとりした。

 それから何人かの指揮者で聴いたが、今回、この曲のよさは、第1楽章の第1主題と第2主題のよさに尽きるのではないかと思った。民謡風なそれらの主題の伸びやかさ。それが曲全体の叙情的な性格を決定していると思う。

 2曲目はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。カリンニコフとベートーヴェンのこの曲とは相性がよさそうだ。なので、このプログラムが組まれたのだろうと、浅はかにも考えていたが、演奏が始まると、そんなものではなかった。

 第1楽章の第1主題が極端に抑えた音で始まった。「田舎に着いたときの愉快な気分」というような演奏ではない。スコアを隅々まで見つめ、隠れたフレーズやリズムに目を配った演奏。総じて弱音中心だが、ホルンの動きがはっきり出ることがあった。意図的なものと思う。オーケストラ全体はコーダのところで一瞬轟然と鳴った。でも、また元に戻った。

 第2楽章以下もこういう演奏が続いた。新鮮な体験だった。ネーメ・ヤルヴィは日本フィルを振っていた頃、当時のマエストロ・サロンに出演して、ハイドンをやりたがっていたことがある。ハイドンとかベートーヴェンには(マエストロとしても)まだまだ発見があるのかもしれない。
(2016.5.21.NHKホール)
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ラザレフ/日本フィル

2016年05月21日 | 音楽
 ラザレフが組んだ今回のプログラムは、チャイコフスキーの「組曲第1番」とショスタコーヴィチの交響曲第6番。4曲あるチャイコフスキーの組曲は、第4番の「モーツァルティアーナ」を除いて、いずれも演奏機会がまれだし、ショスタコーヴィチの交響曲第6番も、ショスタコーヴィチの交響曲の中では地味な存在。そういうプログラムにもかかわらず、客席はけっこう埋まっていた。ラザレフ/日本フィルへの評価が高まっている表れだろうか。

 チャイコフスキーの「組曲第1番」は、全6曲からなる演奏時間約31分(プログラム表記による。以下同じ)の曲。第1曲の「序奏とフーガ」のフーガの部分が、激しい勢いで猛然と演奏された。ラザレフがスコアから読んでいるスケール感は、並みの指揮者の比ではないと、わたしはドキドキして聴いていた。

 第3曲の「間奏曲」はバレエ音楽のような曲だ。指揮をしながら、「このメロディーを聴いてくれ」と言わんばかりに客席の方を振り返るラザレフ。すると、わたしなどはハッとして、集中力が高まる。ラザレフは、終演後のパフォーマンスを含めて、聴衆とのコミュニケーションをとるのがうまい人だと思う。

 チャイコフスキーの組曲では、マゼ―ルがN響の定期を振ったときの第3番を、今でも鮮明に記憶しているが、今回の第1番も、それと同じレベルで、いつまでも記憶に残るだろうと思った。

 ショスタコーヴィチの交響曲第6番は、全3楽章からなる演奏時間約51分の曲。第1楽章が沈鬱な緩徐楽章(ラルゴ)、第2楽章がスケルツォ(アレグロ)、第3楽章がショスタコーヴィチに時々見られる躁状態の馬鹿騒ぎ(プレスト)という構成。渡辺和氏執筆のプログラムノーツで紹介されたラザレフの話によると、「当時つけられたあだ名が、「頭のないシンフォニー」でした。」。

 第1楽章の今にも消え入りそうなピアニッシモから、第2楽章の目にも止まらないスピード感、そして第3楽章の手がつけられない狂騒まで、この曲の真価を明らかにしようとする意欲みなぎる演奏が繰り広げられた。ラザレフのこの曲にたいする確信と、日本フィルの楽員の燃える演奏家魂が感じられた。

 ラザレフ/日本フィルのショスタコーヴィチ・シリーズは、前回の第9番といい今回の第6番といい、驚くべき成果をあげている。日本フィルの歴史の中でも特筆すべき頁が続いていると思う。
(2016.5.20.サントリーホール)
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K.ヤルヴィ/都響

2016年05月19日 | 音楽
 クリスチャン・ヤルヴィ指揮の都響の定期。アルヴォ・ペルト(1935~)2曲とスティーヴ・ライヒ(1936~)2曲というプログラムは斬新だが、2人とも大衆的な人気のある作曲家だし、今や80歳前後の長老格でもあるので、あまり尖った感じはしない。

 1曲目はペルトの「フラトレス」。弦楽オーケストラと打楽器版。弦は16型。出だしは薄く繊細な音で始まったが、9回繰り返される(谷口昭弘氏のプログラムノーツによる)その繰り返しを重ねるごとに、音に厚みが出て、最後はけっこう厚い音に達した。CDや実演で何度か聴いたことがあるが、今までそういう記憶はなかった。

 それにしてもこの曲、初めて聴いたときには、現代にこんなシンプルな曲が作られるのかと衝撃を受けたが、慣れというのは恐ろしいもので、今回はそのシンプルさが物足りなくもあった。曲としてはよいのだが、演奏会場で聴くには、という意味だが。

 2曲目は交響曲第3番。全3楽章からなる演奏時間約24分の大曲だが、ペルトの作風の変化の過度的な作品というだけあって、各パーツがあちこち向いているような、取りとめない感じがした。

 休憩をはさんで3曲目はライヒの「デュエット」。2つのヴァイオリンと弦楽オーケストラのための曲。朝の光がさんさんと射すような明るい曲だ。照度の高さが桁外れ。2つのヴァイオリンが光の粒子のように動き回る。小節ごとに拍子記号が変わるそうだが、一定のビート感が生まれてくるので、のりのよさがある。ヴァイオリンは山本重友と双紙正哉。見事な演奏だった。

 4曲目は「フォー・セクションズ」。フル・オーケストラに2台のピアノと多数の打楽器が加わる大編成で、演奏時間は約25分の大曲だ。委嘱者のマイケル・ティルソン・トーマスには‘管弦楽のための協奏曲’の発想があったそうだ。たしかにその痕跡が感じられる。

 だが、正直な感想を言わせてもらうと、反復音型に魅力の不足を感じた。いつものライヒなら、もっと情感豊かな音型を創造するのではないだろうか。もっともフィナーレにむけての高揚感には、いつものライヒらしさがあって溜飲を下げたが。

 以上2曲のライヒ作品では、クリスチャン・ヤルヴィの指揮に精彩があった。ほんとうにこれらの曲が好きなんだなという感じが伝わってきた。都響の演奏も優秀だった。我が国のメジャー・オーケストラの貫禄だ。
(2016.5.18.サントリーホール)
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尾高忠明/N響

2016年05月16日 | 音楽
 ジャズ・ピアニストのチック・コリアが出演するN響定期。演奏曲は小曽根真との共演でモーツァルトの「2台のピアノのための協奏曲」。さて、どうなるかと、前から楽しみにしていた。

 演奏順は2曲目だったが、まずその感想から。ラフな格好で現れたチック・コリア。お辞儀もそこそこに、ポケットからスマホを取り出して、満員の客席を撮りだした。場内爆笑。続けて共演者の小曽根真にもスマホを向ける。空手のようなポーズをとる小曽根真。ついでに尾高忠明にも。照れる尾高忠明。

 ようやく演奏が始まった。オーケストラによる主題の提示が終わり、第1ピアノの小曽根真、第2ピアノのチック・コリアが入ってくる。ちょっとつっかえるようなリズム処理。あちこち面白い。カデンツァになると、これはもう予想通りというか、ジャズのイディオムが入り混じって奔放そのもの。即興演奏が延々と続く。

 第1楽章が終わったところで拍手が起きた。わたしも拍手に加わった。こういう演奏の場合、澄まして第2楽章を待つよりも、拍手をするほうがふさわしいと思った。

 第3楽章のカデンツァが、これまた聴きものだった。第1楽章よりも流麗に決まっていたような気がする。「お~い、どこまで行っちゃうの?」と呼びかけたいような、「もう好きなだけやってくれ」と笑いたいような、そんな気分で聴いた。

 終演後、大拍手。またスマホを取り出して記念写真を撮りだすチック・コリア。場内爆笑。アンコールに2人の即興演奏があった。のりにのった演奏。ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」の第2楽章のテーマが顔を出す。チック・コリアの「スペイン」という曲だそうだ。

 わたしの前に座っていた若者2人は、休憩後は姿を見せなかった。チック・コリアだけをお目当てに来たのかもしれない。そういうお客さんも結構いたのだろう。

 さて、前後の曲についても感想を記すと、1曲目は武満徹の「波の盆」だった。1983年に放映されたテレビ・ドラマのための曲。当時のハワイと日本を舞台に、戦争とは何かを問いかけるドラマだったそうだ。武満徹のノスタルジックなメロディーが胸にしみた。

 3曲目はエルガーの「変奏曲『謎』」。尾高忠明の十八番だ。第13変奏(イニシャルが付されていない唯一の変奏。エルガーの若き日の恋人の想い出という説も‥)の徹底した弱音のコントロールが見事だった。
(2016.5.15.NHKホール)
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ラザレフ/日本フィル

2016年05月15日 | 音楽
 ラザレフ/日本フィルは、東京定期ではプロコフィエフから始まって今のショスタコーヴィチまで、ロシア音楽を一貫して取り上げているが、横浜定期ではブラームスのようなドイツ音楽やラヴェルのようなフランス音楽など、いろいろと自由にプログラムを組んでいる。今回はベルリオーズの「幻想交響曲」がメイン・プロ。

 1曲目はモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲。16型の大編成だが、音が全然重くない。張りがあって、勢いがある。えっ、なにが始まったんだろうと、思わず目が覚めるような演奏だった。

 2曲目はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。ヴァイオリン独奏は渡辺玲子。いつもながらシャープでクリアーな演奏。第3楽章のロンド形式による繰り返しも、もったりしない。楽器がよく鳴る。使用楽器はグァルネリだそうだ。

 余談だが、1曲目の「フィガロの結婚」序曲が終わった後、ラザレフは舞台袖に引っ込まず、指揮台にそのまま残っていた。次の曲はヴァイオリン協奏曲だから、椅子の配置替えをしなければならない。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの各奏者は舞台袖に引っ込み、ステージマネージャーたちが椅子の配置を変えている間、ラザレフは指揮台で待っていた。リハーサル風景を見るようでクスクス笑ってしまった。

 休憩後はベルリオーズの「幻想交響曲」。冒頭、木管楽器が弱音で入ってきて、弦が小声で囁くような音型を奏する時、羽毛でなにかをそっと撫でるような最弱音で奏された。デリケートな音。名演の予感がした。そして、その予感どおりの演奏が続いた。音色への配慮に怠りない。安定したテンポでアンサンブルの崩れがない。何度聴いたか分からないこの曲が、ものすごく新鮮に聴こえた。ラザレフが日本フィルで成し遂げた成果を垣間見る思いがした。

 第2楽章はコルネット付きの版で演奏された。首席奏者オッタビアーノ・クリストーフォリの明るく甘い音色が、蝶が舞うように、オーケストラ全体の上を舞った。わたしはその音を追い続けた。

 アンコールにビゼーの「カルメン」の第3幕への間奏曲が演奏された。ハープのアルペッジョに乗ってフルートの吹く旋律が、「幻想交響曲」の死のドラマの鎮魂歌のように聴こえた。

 終演後、ロビーでは熊本地震の募金が行われた。楽員たちに交じって渡辺玲子も姿を見せていた。
(2016.5.14.横浜みなとみらいホール)
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ルノワール展

2016年05月13日 | 美術
 先日、日経新聞に衝撃的な記事が載った。ルノワールに隠し子がいたという。ルノワールの幸福感あふれるイメージとは似合わない事実。ルノワールの既成のイメージから脱する契機になるかもしれないと思った。

 相手はリーズ・トレオ。ルノワールの若き日の恋人だ。2人は1865年に出会った。ルノワール24歳、リーズ17歳。リーズは1870年に女の子を産んだ。でも、2人は1872年に別れた。リーズはその年に別の男性と結婚した。ルノワールの子は連れ子として迎えられたのだろうか。その記事では触れられていなかったが。

 ルノワールは遺言でその子にも遺産を分けるように書いた。その子の存在はルノワール家では公然の秘密だったのかもしれない。ルノワールが亡くなったのは1919年。妻はその4年前に亡くなっている。妻も3人の息子も、その子の存在は知っていたが、世間には隠していたのだろうか。

 リーズはどんな人生を歩んだのだろう。ジャンヌと名付けられたその女の子は、どんな人生を歩んだのだろう。少なくとも遺産を分けるのだから、音信不通ということはなかったと思う。ルノワールはどう関わっていたのだろう。

 リーズは、東京の国立西洋美術館所蔵の「アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」のモデルになった女性だ。1872年の作。2人が別れた年だ。2年前には女の子が生まれていた――。あの絵にはそんなエピソードが隠されていたのかと思った。

 本展にもリーズがモデルと考えられる作品が来ている。「横たわる半裸の女性」。これも1872年の作だ。縦29.5cm×横25㎝と小ぶりな絵。若い女性がベッドに横になっている。下着がはだけ、胸が露わになっている。官能的だが、両目はしっかり見開き、斜め上を見つめている。なにを考えているのだろう。ルノワールとの愛の終焉か。

 ルノワールの人生はそれほど平穏というわけでもなかった。労働者階級の生まれ。普仏戦争に従軍した。その後のパリ・コミューンへの弾圧は暗澹たる想いで眺めた。第一次世界大戦の勃発時には「この愚かな戦争」と嘆いている。息子たちは従軍して負傷した。さらに加えて、私生活では隠し子がいた。もっとも、この場合‘隠し子’という言葉が適当かどうかは分からないが。

 でも、そんな影は微塵も見せずに、幸福感あふれる明るい絵を一貫して描いた。ルノワールという人は強い人だったんだろうと思う。
(2016.5.12.国立新美術館)

(※)本展のHP
   日経新聞の記事(「横たわる半裸の女性」)
   国立西洋美術館の「アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」
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ひとりの記憶

2016年05月09日 | 身辺雑記
 新聞の書評で橋口譲二の「ひとりの記憶」が紹介されていた。第二次世界大戦の終結後も日本に帰らず外地に留まった日本人たちを訪ね歩き、その話を記録したもの。興味を惹かれて読んでみた。

 登場する人物は10人。居住地はインドネシア2人、台湾2人、韓国1人、中国1人、サイパン1人、ポナペ(ミクロネシアの島)1人、ロシア1人、キューバ1人。性別では男性6人、女性4人。皆さんそれぞれ事情があって現地に留まった。1人か2人、その人生を紹介したほうがよいのかもしれないが、今は一人ひとりのかけがえのない人生に打たれて、そのうちのだれかを選ぶ気になれない。

 概ね皆さん、自分の意志というよりも、生きるためには選択の余地などなく、目の前の生を生き延びてきたという面が強いようだ。過酷な人生には違いない。でも、皆さん、少なくとも表面的には淡々とその人生を語っている。内面的にはどうかは分からないが。一瞬、寂しさとか孤独、あるいは悔いのようなものが顔を覗かせることがあるが、でも、すぐ元に戻る。

 わたしは戦後生まれで、高度経済成長期に育った。あの頃、海の向こうにはこれらの人々が、日本の繁栄とはまったく無関係に生きていることに、想いを馳せることはなかった。愚かなものだ。今にしてやっと、中国残留孤児や、未帰還兵や、その他の戦争の影というか、戦争が今の時代にもつながっている事実を知ることになった。

 本書の取材は1995年頃に行われた。それから約20年たつ。地下水が湧き水となって地表に現れるように、今、本書が著された。約20年という歳月によって蒸留された記録には、一点の曇りもない。清流のように澄みきっている。実感としては、静けさがある。

 どの人の場合もそうだが、最初のうちは、話のとっかかりを求めて、手探りの状態が続くが、次第にその人の人生や人間性がくっきりした輪郭をもって浮かび上がってくる。その過程が生き生きとしている。

 橋口氏は1949年生まれの写真家。なので、上記の10人の写真がついている。どれも印象深い。それぞれの人生が、動かし難い事実として、わたしの心の中に残る。

 巻末には上記10人以外の人々の写真もついている(取材した人は86人にのぼるそうだ)。本文に登場する人もいるが、登場しない人もいる。本文には登場せずに写真だけの人にも、それぞれの人生があったはずだが、それはどんな人生だったのだろうと想像した。(注)


(注)写真だけの人の中に藤田松吉氏がいた。未帰還兵を扱ったドキュメンタリー映画「無法松故郷へ帰る」や「花と兵隊」に登場した人物。わたしは「花と兵隊」を観たが、その強烈な個性に圧倒された。橋口氏の取材対象にはこの人も入っていた。
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ラ・フォル・ジュルネ2016(5月5日)

2016年05月06日 | 音楽
 5月5日は4つの演奏会を聴いた。まず鈴木大介のギターと岩佐和弘のフルートから。曲目はすべて武満徹の作品。1曲目と2曲目はともに武満徹の遺作となった曲でギター独奏の「森の中で」とフルート独奏の「エア」。緊張しきった会場の空気が次の「小さな空」でほぐれた。郷愁を誘う歌。その次の「翼」もそうだが、これらの歌を残してくれた武満徹は、なんて優しい心根の持ち主だったんだろうと思う。

 一方、アルト・フルートとギターのための「海へ」は、壮年期の作品だけあって、音楽の密度が濃い。上記の遺作や歌と続けて聴くと、密度の濃さが際立った。

 2つ目の演奏会はピエール=ロラン・エマールのピアノ独奏でメシアンの「鳥のカタログ」から第6曲「モリヒバリ」、第5曲「モリフクロウ」、第7曲「ヨーロッパヨシキリ」の3曲。

 「鳥のカタログ」は全13曲からなり、演奏時間は約3時間を要するので、どの曲をやるのか興味があった。「ヨーロッパヨシキリ」が入ったことはいかにもエマールらしいと思った。全13曲がシンメトリーに構成されているこの作品の要の位置にあり、演奏時間は約30分と長大だ。手加減せずにいきなり核心をつく選曲。

 演奏はすばらしいの一言。明るく澄んだ音色とシャープなリズムが、多層的なこの音楽を余すところなく描いていく。今まで聴いたどの演奏よりも肩の力が抜けた演奏。わたしはまるで――それらの鳥たちが鳴き交わす――自然の中に身を置いているような感覚になった。

 各曲の前にはベルナール・フォールという人の「鳥のカタログへのプレリュード」が流された。各曲のテーマとなった鳥の鳴き声を録音・編集したもの。エマールの依頼で作成された。ひじょうに効果的だ。

 3つ目の演奏会はフランスの古樂アンサンブル、レ・パラダンによるシャルパンティエのモテット「四季」。興味深い点は、春、夏、秋、冬の各曲をさらに前半と後半に分け、その間にマラン・マレのヴィオールのための曲やダングルベールのクラヴサンのための曲を挟んだこと。繊細極まるシャルパンティエの音楽の間でちょうどよい息抜きになった。

 4つ目の演奏会はアフリカの打楽器集団、ドラマーズ・オブ・ブルンジの民俗音楽。リード・ドラム1個、そのリズムパターンを模倣するドラム5個、一定のリズムを繰り返すドラム3個の圧倒的な演奏は、わたしには今年のよいフィナーレになった。
(2016.5.5.東京国際フォーラム)
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ラ・フォル・ジュルネ2016(5月3日)

2016年05月04日 | 音楽
 ラ・フォル・ジュルネの2つのコンサートへ。まずア・カペラの合唱グループ、ヴォーチェス・エイトから。シュッツ(1585‐1672)の宗教曲から1960年代のヒット曲「夢のカリフォルニア」までというクロスオーバーのプログラム。

 お目当ては「夢のカリフォルニア」だった。子どもの頃に痺れた曲。レコードは持っていなかったが、ラジオで繰り返し、繰り返し聴いた。当時、夢中になっていた曲。その曲が今蘇るような気がした。途中のアルト・フルートのソロはどうやるのだろうと思った。

 演奏が始まる。まず前奏。ア・カペラなので、口先でリズムを刻む。マラカスを模したような音も交じっている。リズミカルな前奏。メロディーが入ってくる。ママス・アンド・パパスの歌声が蘇る。例のアルト・フルートのソロはソプラノのヴォカリーズでやっていた。なるほど、こうきたかと。

 プログラム全体では、ジョン・ベネットとトマス・ウイールクスというイギリス・ルネサンス期の作曲家のマドリガルがよかった。どちらの曲も生きいきとした表情を持っていた。わたしには未知の作曲家たち。ヘンリー・パーセルよりもずっと前の、ウィリアム・バードに代表されるこの時期は、イギリスには多くの作曲家が輩出し、一種の黄金時代を築いたようだ。

 ラ・フォル・ジュルネのいいところは(わたしにとっては)このような未知の音楽との出会いの可能性があることだ。自分の狭い殻に閉じこもらず、それを打ち破り、未知の音楽に触れる機会を与えてくれるラ・フォル・ジュルネは、ありがたい存在だ。

 もう一つのコンサートは、フィリップ・グラスのヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」の演奏会。ヴァイオリン独奏はドミトリ・マフチン、リュー・ジア指揮マカオ管弦楽団の演奏。

 ギドン・クレーメルのお気に入りの曲だ。日本でも演奏したことがあるかもしれない。今回の演奏は、とくにヴァイオリン独奏がよかったが、オーケストラが重いことが、この演奏にもう一つ乗りきれなかった原因かもしれない。

 それにしても生で聴くと、いろいろなことがよく分かって面白かった。4人のコントラバス奏者のうち、2人はピチカートで、2人はアルコ(弓)で弾くところなど、どのような効果を狙ったのか、わたしの耳では捉えきれなかったことが情けない。シンセサイザーは意外に控えめな音量だった。
(2016.5.3.東京国際フォーラムB5、C)
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福島県楢葉町を歩く

2016年05月01日 | 身辺雑記
 楢葉町は2015年9月に避難指示が解除された。でも、住民の帰還は進んでいない、という新聞記事を読んだ。3月中旬のこと。その記事を手元に保管して、時々読み返していた。帰還した人も、帰還せずに避難先に留まっている人も、その心中を察すると胸が痛む。せめて一人にしないで共にいようと思い、連休初日に出かけた。

 上野駅から特急列車でいわき駅へ。各駅列車に乗り換えて竜田駅へ。ここから先は不通。ただ、竜田駅から原ノ町駅まで代行バスが通っていることが分かった。一日2便。朝と夜に1便ずつ。一度乗ってみたいが、今回は無理のようだ。

 竜田駅に降りると、そこは楢葉町。駅前の案内図を見てから、町役場を目指した。見当をつけて歩き始めたが、よく分からない。家の修繕をしている職人さんがいたので、道を尋ねた。親切に教えてくれた。しばらく歩くと、畑の手入れをしている住民がいたので、また尋ねた。この方も親切に教えてくれた。

 町じゅうひっそり静まり返っている。でも、家や庭はよく手入れされている。修繕中の家もいくつかあった。ある家の中から子どもの声が聞こえてきた。連休を利用して家族で家の様子を見に来たのではないかと想像した。

 途中に楢葉中学校があった。正門からのアプローチがきれいに整地され、校舎も整備されているように見えた。後で知ったのだが、2017年4月に再開予定だそうだ。

 町役場の前に仮設の「ここなら商店街」があることは知っていた。行ってみると、なるほど、プレハブの仮設住宅のようなところに食堂2軒と雑貨屋1軒が入っていた。ちょうど昼時だったので食堂に入った。満席で順番待ちだったので驚いた。工事関係者が多かったが、家族連れもいた。活気がある店内にホッとした。肉炒め定食を食べた。カウンターには熊本地震の募金箱が置いてあった。

 少し離れた場所に「道の駅ならは」があるようなので、店の人に様子を聞いてみたら、今は警察が入っているとのこと。再開する予定はあるそうだ。今回は行かずに、駅に戻った。電車を待っていると、線量計があることに気が付いた。毎時0.149~0.151マイクロシーベルトの間を動いていた。国の除染目標の0.23マイクロシーベルトを下回ってはいるのだが、住民の帰還はこれから進むのだろうか。

 その日のうちに帰れる時間だったが、いわき市内で一泊した。人が多く、車が行き交う光景が眩しかった。
(2016.4.29~30)
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