Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

2017年の回顧

2017年12月31日 | 音楽
 2017年もいよいよ終わる。さて、今年はどんな年だったろうと振り返ってみると、真っ先に思い浮かぶ演奏会が二つある。

 一つはカンブルラン指揮読響のメシアンの「アッシジの聖フランチェスコ」。わたしを含めて多くの人々が注目し、また期待した演奏会だったと思うが、驚くべきことに、期待をはるかに上回る演奏だった。メシアンの超大作が、想像しうる限り、これ以上ないほど完璧に演奏された。

 わたしは以前、このオペラを一度観てみたいと思っていた。そこで、2011年にバイエルン国立歌劇場が上演したときに観にいった。その上演では、ヘルマン・ニッチュという美術家が一種グロテスクな受難劇を繰り広げた。大方には不評だった。ニッチュはウィーンの美術家で、わたしはレオポルド美術館で類似のパフォーマンスのヴィデオを見たことがあるので、高名な美術家だろうが。

 ニッチュのその演出はともかく、当時の音楽監督ケント・ナガノが指揮する演奏は、今回の演奏ほど完璧ではなかった。今回は演奏会形式という利点に加えて、カンブルランの能力と経験、そして読響の能力とが相俟って稀に見る名演となった。

 今回の演奏は今後のメルクマールになると思う。読響はもとより、他のオーケストラも、今回の演奏を超える演奏を目指さなければならない。わたしは「ヴァルキューレ」でヴォータンがブリュンヒルデを岩山に眠らせ、炎で取り囲み、地面に突き刺した槍を思い出す。「わが槍の穂先を恐れる者は、この炎を越えることなかれ」と。

 今年のもう一つの収穫は、サントリー芸術財団サマーフェスティヴァルで片山杜秀がプロデュースした「日本再発見」シリーズの中の「戦中日本のリアリズム」。下野竜也指揮東京フィルが目の覚めるような演奏を展開した。

 その演奏もさることながら、作品そのものが、本当に「再発見」だった。煩瑣になるかもしれないが、以下列挙すると、尾高尚忠の「交響的幻想曲《草原》」、山田一雄の「おほむたから(大みたから)」、伊福部昭の「ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲」そして諸井三郎の「交響曲第3番」。

 いずれも戦中に書かれた作品。軍国主義一色に塗り固められた(と想像される)当時の日本にあって、音楽などの芸術は不毛の時代をすごしたと考えがちだが、おっとどっこい、人間の精神の営みは休止しなかった。むしろ、そんな時代だからこそ、一層研ぎ澄まされた。そのことが感動的だった。
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高関健/東京シティ・フィル「第九」

2017年12月30日 | 音楽
 もう何年も前から、わざわざチケットを買って「第九」を聴きに行くことはなくなったが、今年は、定期会員になっている某オーケストラが、12月の定期で演奏した「第九」にがっかりしたので、これでは年を越せないと、高関健指揮東京シティ・フィルのチケットを買って聴きに行った。

 行ってよかった。口直しというと、某オーケストラに失礼だが、真面目で真摯な演奏に出会って、やっとすっきりした。某オーケストラ(というより、そのとき指揮した某指揮者の問題だが)を云々する気はないので、高関健/東京シティ・フィルの記録を。

 1曲目はジャン・フランセ(1912‐1997)のクラリネット協奏曲(1968)。クラリネット独奏は中館壮志(なかだて・そうし)。第33回日本管打楽器コンクール第1位。そのとき東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団特別賞を受賞。今は新日本フィルの副主席奏者。若手の優秀な奏者だ。

 ジャン・フランセのこの曲は初めて聴くが、いかにもフランセらしく、明るく、洒脱で、楽しい曲だ。全4楽章で、演奏時間は約20分。全編にわたり、独奏クラリネットと各木管奏者との掛け合いが出てくる。繊細かつ軽妙な掛け合い。独奏クラリネットだけが目立つのではなく、全体が木管楽器の饗宴のような趣だ。

 2曲目はベートーヴェンの「第九」。冒頭のタターン、タターン、タターンのテーマが、タタッ、タタッ、タタッと短く切って演奏される。テンポは速め。弦のヴィブラートは最小限。アクセントの付け方や抑揚に新鮮なアイディアが盛り込まれている。それは第2楽章以下でも同様。

 全体的に、スコアを、なんの先入観もなく、まっさらな状態で読んで、それを音にしたという感があった。わたしは、めったにないことだが、この曲が初演されたときのウィーンの聴衆の驚きを追体験する思いがした。目の前で展開される音楽の、なんと破格で、驚異に満ちたものか、と。その経験は、あらかじめプログラミングされた感動に誘われる経験とは真逆のものだった。

 独唱陣では、バリトンの与那城敬の、強い表情で語りかけるような(まるでベートーヴェンその人のような)レシタティーヴォに注目した。

 また、ソプラノの小林沙羅を初めて聴けたこともよかった。じつはB→Cのリサイタルのチケットを買って、楽しみにしていたが、職場の忘年会が入ったので行けなかった。好感度抜群の人だ。
(2017.12.28.東京文化会館)
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わたしは、幸福(フェリシテ)

2017年12月28日 | 映画
 樋口裕一氏のブログに惹かれて、映画「わたしは、幸福(フェリシテ)」を観にいった。映画に行くのは久しぶり。観たい映画はいくつかあったが、ほとんど見逃した。出不精になっている。

 この映画を観にいったのは、アフリカが舞台だから。コンゴ民主共和国(旧ザイール)の首都キンシャサが舞台の物語。場末のバーの歌手フェリシテの息子が、交通事故に遭う。電話を受けて病院に駆け付けたフェリシテに、医師はいう。「金を払わなければ、手術はできない」と。

 フェリシテはキンシャサ中を奔走する。親戚はもちろん、前に金を貸したのに返してくれない男や女、さらには別れた夫、そして見ず知らずの金持ちの家まで訪問する(訪問するというよりは、押しかけるといったほうがよい)。なりふり構わず金を求めるフェリシテにたいして、人々は優しくない。だが、フェリシテも必死だ。けっしてめげない。

 その過程でフェリシテの人間性が浮かび上がる。膝を屈して懇願したりはしない。恵みを乞うようなこともしない。誇り高いというよりも、むしろ世間と妥協することを知らず、自分を押し通す、といったほうがよい。今の日本では生きていくのが難しいタイプ。わたしはそんなフェリシテに惹かれていった。

 フェリシテが生きていけるのは、キンシャサだから。貧しく、猥雑で、不正がまかり通るキンシャサ。だれもが他人のことなど忖度せず、自分流に生きている。そんな社会が生々しく描かれる。この映画の主人公は、フェリシテであるのと同等に、むしろそれ以上に、キンシャサかもしれない。

 前述したとおり、フェリシテはバーの歌手という設定だが、その音楽を担当しているのは、カサイ・オールスターズというバンド。著名なバンドのようで、日本にも何度か来たことがあるそうだ。汗と酒の匂いを発散する強烈な音楽。

 一方、ストーリーの展開とは無関係に、キンバンギスト交響楽団というアマチュア・オーケストラが、倉庫のような場所で、アルヴォ・ペルトの「フラトレス」その他を演奏する場面が挿入される。けっしてうまくはないが、カオスのようなキンシャサに、ペルトの静謐な音楽を演奏する人々がいるという意外性。

 フェリシテが夜の森の中を歩む幻想的な場面が挿入される。そこに突然現れるオカピという優しい目をした動物は、シャガールの絵の中の馬のように見えた。
(2017.12.26.ヒューマントラストシネマ有楽町)
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佐多稲子「私の長崎地図」

2017年12月26日 | 読書
 先月、わずか一泊だったが、長崎を訪れた。博多からの列車が遅れたため、長崎に着いたのはお昼近く。その日の午後から市内を回り、翌日の午後に飛行機で帰京した。長崎で過ごした時間は正味一日だったが、今まで訪れたことのなかった所を見て歩くことができた。

 そんな慌しい日程だったが、長崎県美術館に行って、ゆったりした時間を過ごすことができた。静かで贅沢な時間だった。企画展もやっていたが、初めての美術館だったので、常設展だけ見た。充実した展示内容で、わたしに触れてくるいくつかのポイントがあった。中でも池野清(1914‐1960)という未知の画家の「樹骨」(1960)と「木立」(同)に惹かれた。

 それらの2作は池野清の遺作。池野清は当地の画家で、原爆投下直後に爆心地付近に入り、友人らの捜索に当たった。戦後は原爆の後遺症に悩まされ、1960年に亡くなった。池野清の友人だった作家の佐多稲子(1904‐1998)は、その死を知って、短編「色のない画」(1961)を書き、また長編「樹影」(1972)を書いた。

 わたしは佐多稲子の作品を読んだことがなかった。池野清の絵に付されたキャプションにその名を見たとき、初めて佐多稲子の作品を読むように、なにかの縁で導かれている気がした。

 帰京後、さっそく「色のない画」を読んだ。文庫本でわずか17頁の短編。そこには作者の心の動きが繊細に描かれていた。澄んだ、静かな余韻が残った。文庫本の表題作は「私の長崎地図」。それも読んでみた。長崎で過ごした幼年時代を回想したエッセイ。わたしは惹きこまれた。佐多稲子とはこういう人だったのか‥と。

 大変な苦労をして育った人だが、わたしは、その事実よりも、それを淡々と書く文体に惹かれた。苦労を嘆くでもなく、だれかを恨むでもなく、また自己を正当化するでもなく、淡々と書く。それは文体の魅力であるとともに、佐多稲子という人物の“品格”でもあった。

 わたしはその文庫本に収録されているすべての作品を読んでみた。同じ人物が何度か出てくる。その度にその人物の陰影が増し、わたしの中に染みとおってくる。その過程に引っ張られるようにして読んだ。

 佐多稲子は戦前、戦中、戦後と激動の社会を生きたが、その精神世界がこれほどまでに静かで、繊細で、何事にも動じないものだったとは思いもよらなかった。わたしは深い感銘を受けた。
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アンサンブル・ノマド

2017年12月23日 | 音楽
 アンサンブル・ノマドが結成20周年を迎えて、今年は全4回の演奏会をすべてメンバーまたはレギュラーゲストがソリストを務める曲で構成した。今回はその第4回。

 1曲目はジャック・イベール(1890‐1962)の「アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内協奏曲」(1935)。サクソフォン独奏は江川良子。オーケストラの定期では聴いたことがあるが、そのときは弦の各パートは複数の奏者で演奏されたように思う。今回は各1名。これがオリジナルかもしれないが、勝手が違った。

 2曲目はアレハンドロ・ビニャオ(1951‐)の「マリンバ協奏曲」(1993)。マリンバ独奏は宮本典子。ビニャオは、わたしは初めて聞く名前だが、1951年アルゼンチン生まれなので、わたしと同年齢。「1994年からイギリス市民としてロンドンに居を構える」(佐藤紀雄氏のプログラム・ノート)。

 「持続的に打ち続けるパルス」(同)が出没する。それはジョン・アダムズ(1947‐)に似ていなくもないが、それはさておき、楽しめる曲だ。とくに「5拍子のダンサブルなリズムをベースに進んでいく第三部」(同)はノリがよかった。

 ソリストの宮本典子を紹介する文章は、「世界中の作曲家が勝手に選んでくる、全貌が分かっていないほど種類の多い打楽器を文句一つ言わずにこなし、アンサンブルを後方から支えてきた」(同)と。仲間意識の温かさが感じられる。

 3曲目は藤倉大(1977‐)の「ダイヤモンド・ダスト―ピアノ協奏曲第2番」(2012)。ピアノ独奏はメイ・イー・フー。作品としては当夜の白眉。「ピアノの音から派生する豊かな倍音がアンサンブル全体に広がる効果を狙っており、ピアノの金属弦から発する音の倍音が他の楽器に響き合いながら散ってゆく」(同)。今まで聴いたことのない音が鳴っていた。

 メイ・イー・フーはこの曲の初演者。集中力の強い演奏だった。お腹に赤ちゃんがいるらしい。カーテンコールで元気よく駆け出てくる彼女を、ノマドの女性メンバーが慌てて制していたのが微笑ましい。

 4曲目はエベルト・バスケス(1963‐)の「デジャルダン/デ・プレ」(2013)。ヴィオラ独奏は甲斐史子。2016年のサントリー芸術財団サマーフェスティヴァルでも同メンバーで演奏された。今回はそのときより自由度が増したように思う。
(2017.12.22.東京オペラシティ・リサイタルホール)
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フルシャ/都響

2017年12月17日 | 音楽
 ヤクブ・フルシャの都響首席客演指揮者の退任演奏会となるBプロ定期。先日のAプロも退任演奏会だったが、Bプロで最後になるので感慨が増す。

 1曲目はマルティヌーの交響曲第1番。マルティヌーの全6曲ある交響曲の全曲演奏が達成された。きっちりした仕事ぶりがフルシャらしい。演奏も、第1楽章冒頭の、半音でせり上がっていく音型から、いかにもマルティヌーらしい音が鳴った。以下、曲想の急激な変化が板につき、またシンコペーションによる拍節のずれも自然だ。

 ビエロフラーヴェク亡きあと、今やフルシャは、マルティヌー演奏にもっとも使命感を持つ指揮者の一人だろう。その正統的な解釈が第1番で繰り広げられた。第1番に限らず、今まで聴いた他の5曲も同様だった。わたしはマルティヌーが好きなので、全6曲のすべての演奏を聴きに行った。第4番と第6番以外は初めて聴く実演だった。貴重な経験になった。

 2曲目はブラームスの交響曲第1番。熱気があふれ、しかも正統的な造形を崩さない名演となった。フルシャと都響との間に熱いものが流れ、それが聴衆にも共有された。わたしはブラームスのこの曲が、当夜のように特別な意味を持つ演奏会にふさわしい、記念碑的な曲だとは、うかつにも気付いていなかった。

 演奏は感動的に終わった。フルシャがオーケストラを立たせようとすると、楽員たちはそれを固辞し、フルシャを称えた。フルシャがコンサートマスターの矢部達哉とハグ。オーケストラが立ち上がり、何度かカーテンコールが続く中、舞台の袖から女性が花束を持って現れた。花束はまず矢部達哉に渡され、矢部からフルシャに贈られた。再びハグする二人。最後はフルシャのソロ・カーテンコール。

 プログラムにはフルシャと都響との全演奏記録が載っていた。2008年に初共演。2010年に首席客演指揮者に就任。共演回数は合計26回。わたしはそのうち13回を聴いた。

 マルティヌー以外で記憶に残っている演奏は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。フルシャは確かこのとき、初めて同曲を振るということだった。それは、正確きわまりない、鮮烈な演奏だった。若い、そして本当に優秀な指揮者が、初めてなにかの曲を振るということは、こういうことかと、わたしは目を見張った。

 フルシャがキャリアを築く過程で、やむを得ない出来事もあったが、有終の美を飾れてよかったと思う。
(2017.12.16.サントリーホール)
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オットー・ネーベル展

2017年12月16日 | 美術
 今年の秋には、見たい展覧会が3つあった。一つは「シャガール 三次元の世界」展(東京ステーションギャラリー)、もう一つは「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」展(パナソニック汐留ミュージアム)そして「オットー・ネーベル展」(Bunkamura ザ・ミュージアム)。会期末に追われながら、やっと3つとも見ることができた。

 結果、それらの展覧会が、相互に重なり合うことに気が付いた。「シャガール‥」展は、シャガールの立体作品を中心に、油彩などを集めたもの。「表現への情熱‥」展は、カンディンスキー、ルオーそしてクレーの油彩などを集めたもの。「オットー・ネーベル展」は、オットー・ネーベルという未知の画家を中心に、ネーベルと交友のあったクレーとカンディンスキー、そして若い頃に影響を受けたシャガールの油彩などを集めたもの。ネーベルを媒介にして、3つの展覧会がつながった。

 ネーベル(1892‐1973)はドイツの画家。ナチスに退廃芸術の烙印を押され、1933年にスイスのベルンに移住した。同時期にやはりベルンに移住したクレーとは、家族ぐるみの交友をした。

 本展のHPでも紹介されている「避難民」(1935)は、その時期の作品。父と母と、その間に隠れるように子どもがいる。3人はどこかに避難するところ。画面の上方に矢印があり、避難の方向を示している。伝統的な「聖家族のエジプトへの逃避」の図像の応用だろう。

 3人を描くリズミカルな線は、クレーの線描を感じさせる。矢印の使用もクレーを彷彿とさせる。だが、図版では分かりにくいが、本作は細かい点描でできている。キャプションでは「点描によるヴェールの手法」と説明されていた。わたしは織物の感触のようなものを感じた。

 ネーベルにはクレーからの影響が窺われるが、今いった点描のように、画面の感触、マチエールが、クレーとは異なるという点もある。「避難民」は紙にグアッシュとインクで描かれているが、その他、樹脂絵具を使ったり、砂と卵を混ぜた油彩を使ったり、また支持体に木質繊維板を使ったりと、手法の多様性が特徴のようだ。

 わたしは今後クレーの晩年の作品を見るときは、そこにネーベルの存在を感じると思う。また、クレーとの関係ほど濃くはないが、カンディンスキーの晩年の作品を見るときも、ネーベルを想い出すと思う。
(2017.12.15.Bunkamura ザ・ミュージアム)

(※)本展のHP
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「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」展

2017年12月15日 | 美術
 わたしは旅先で美術館に立ち寄るのが好きだ。出張の場合は難しいが、休暇で出かけたり、友人たちとの集まりのために出かけたりした場合は、観光名所に行くよりも、美術館を訪れる。

 個性豊かな美術館が各地に点在する。行く前にはできるだけ予備知識を持たないようにするので、行ったときの発見が楽しみだ。思いがけないコレクションがあったり、地元の未知の画家との出会いがあったりする。

 とくに印象に残った美術館の一つは、宮城県美術館だ。十年以上も前になるが、全国の職場の同僚たちとの集まりに参加するため、仙台に行った。宴会は夕方から始まるので、少し早めに行って同美術館を訪れた。まったく予期していなかったが、カンディンスキー(1879‐1940)の「商人たちの到着」(1905)という絵があった(チラシの絵↑)。当時のカンディンスキーはメルヘンチックな絵を描いていたが、その中でもこれは大作だ。わたしは度肝を抜かれた。

 美術館を出て、宴会場に向かうためにバスに乗った。同僚の一人も乗ってきた。かれも美術館に寄ったそうだ。二人で笑い合った。

 前置きが長くなったが、「商人たちの到着」をはじめとする宮城県美術館の所蔵品が、東京のパナソニック汐留ミュージアムに来ている。懐かしいので見に行った。

 「商人たちの到着」はやはり力作だ。商人たちの到着の情景。右下に壷などの陶器が山積みになっている。その上に帆船が見える。城門から人々が押し寄せてくる。商人たちの到着は人々の大きな楽しみだ。城門の中にはロシア的なネギ坊主型の尖塔が見える。左奥にはロシアの平原が広がる。

 宮城県美術館からはその他、カンディンスキーの抽象画の傑作や、クレーの美しい水彩画など、多数の作品が来ている。また同美術館以外にも、高知県立美術館、広島県立美術館、姫路市立美術館など、各地の美術館から作品が来ている。

 それらの(主にドイツ表現主義の)作品と、汐留ミュージアムが所蔵するルオー(1871‐1958)の作品群とを並置する試みが本展。結果的には、まったく齟齬を生じない。ギクシャクせず、違和感もない。お互いに打ち消し合わず、並存している。それは意外な光景だった。

 なぜそうなるのか。本展では「表現への情熱」を共有しているから、という視点を提示している。それをヒントに本展を楽しんだ。
(2017.12.12.パナソニック汐留ミュージアム)
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マイスター/読響

2017年12月13日 | 音楽
 読響の首席客演指揮者を務めているコルネリウス・マイスターが、マーラーの交響曲第3番を振ったが、わたしの感想はまとまらなかった。今回はブログを書くのは止めようかと思った。でも、皆さんの感想を見ると賛否両論のようなので、わたしも感想をメモしておこうと考え直した。

 読響は先月、カンブルランの指揮でメシアンの歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」の完璧な演奏を成し遂げたので、その反動が出るのではないかと懸念した。それは聴衆としては止むを得ない懸念だったと思う。

 結論からいうと、読響はよく踏ん張った。虚脱状態とか疲れとか、そんなものは感じられなかった。聴衆は、読響にかぎらず、何度か痛い目にあっているので、心配してしまうが、読響をはじめ一部のオーケストラは、もうそういうレベルは超えているのかもしれない。

 だが、金管の出だしが揃わなかったりするなど、小さな傷が散見されたことは、やはり聴く者を不安にした。「アッシジ‥」の完璧な演奏を一度聴いてしまったので、もう後戻りはできない。後戻りしたくない。読響には超一流のオーケストラになってほしい。そういう気持ちの裏返しでもあっただろう。

 マイスターの指揮を聴くのは、読響では2度目だが、前回と同じような印象を受けたことが、欲求不満の一因だ。たとえていうと、淡水の流れのように、濁りがなく、淀みもないのだが、後になにも残らない。言い換えるなら、ドラマトゥルギーに乏しいのだ。

 わたしは2012年2月にドレスデンでマイスターの指揮する「ルル」を聴いたが(シュテファン・ヘアハイムの新演出だった)、そのときの演奏には本当に感心した。やはり濁りも淀みもない演奏だったが、それが「ルル」の音楽を雄弁に語っていた。

 なので、読響を振ったときのマーラーで、結果が出ないことが、もう一つ腑に落ちないのだ。新感覚のマーラーが期待できそうなのに、なぜそうならないのかと。

 今回、声楽陣はすばらしかった。第4楽章で藤村実穂子が歌いだすと、その声はホールの空気を一変させた。どちらかといえば散漫だった空気が、ピリッと引き締まった。第5楽章で勢いよく立ち上がったTOKYO FM少年合唱団とフレーベル少年合唱団が、澄んだ声を響かせると、その声は藤村実穂子の声の世界とつながった。また新国立劇場合唱団の女声合唱も美しかった。
(2017.12.12.サントリーホール)
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井上道義/日本フィル

2017年12月10日 | 音楽
 一昨日は井上道義/日本フィルを聴き(「幻想交響曲」その他)、昨日はデュトワ/N響を聴いたが(「火の鳥」その他)、面白かったのは前者のほう。

 1曲目はラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」。曲の性格からも、心優しく、控えめで、静謐な演奏になるのだが、そこに濃やかなニュアンスが施されている。井上道義がスコアからどんなドラマを読み取っているかが窺える。

 2曲目は八村義夫(1938‐85)の「錯乱の論理」(1974~75作曲、79改訂)。ピアノ独奏を含む管弦楽曲。当時は評判になったが、作曲者が早世したこともあり、最近は忘れられている。八村義夫とはどんな作曲家だったかと、今この時期に問い直すことは、有意義なことかもしれない(八村義夫は情念の世界の作曲家だった。今の時代にあっては新鮮に感じられる)。

 ピアノ独奏は渡邉康雄。渡邉康雄は改訂版(1979)の初演(1980)で独奏を務めた。また1984年3月の日本フィル定期でも演奏した。当時の記録をひっくり返してみたら、わたしはその定期を聴いていた(指揮は尾高忠明)。「「錯乱」したような金管の強奏をどう聴いたらよいのか」と書いてあった。

 今回は、最後の絶望のパフォーマンス(わたしの勝手な命名だが)が、一時代前のアイディアに感じられたのがショックだ。画家の例で恐縮だが、わたしは鴨居玲(1928‐85)の「1982年 私」(画家=鴨居自身が白紙のキャンバスの前で呆然としている絵)(石川県立美術館所蔵)と同質のものを感じた。

 3曲目はベルリオーズの「幻想交響曲」。これは名演だった。じっくり腰を据えて、曲の隅々までそれぞれのニュアンスを抉り出した演奏。指揮者とオーケストラとがよく噛み合い、指揮者だけ一方的に走り出すような演奏ではなかった。

 終演後、井上道義がマイクで語り始めた。1971年、グィド・カンテルリ指揮者コンクールで優勝し、1976年に日本で初めて指揮したオーケストラが日本フィルで、曲は「幻想交響曲」だったと。そのとき演奏した楽員が何人かいた。井上道義の求めに応じて、ステージで起立した。そのとき聴いた聴衆も、客席に何人かいたはず。わたしもその一人。

 そのときのことはよく覚えている。長髪の若者の颯爽としたデビューだった。それから40年あまり経つ。指揮者と聴衆との付き合いは、意外に長くなるものだ。
(2017.12.8.サントリーホール)
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ピエール=ロラン・エマール「幼子イエスにそそぐ20のまなざし」

2017年12月07日 | 音楽
 ピエール=ロラン・エマールが弾くメシアンの「幼子イエスにそそぐ20のまなざし」は、わたしの期待の中では(わたしだけではなく、多くの方々にとっても、そうだったろうが)、11月のカンブルラン/読響の「アッシジの聖フランチェスコ」につながっていた。

 だからだろう。席に座り、エマールの登場を待つとき、「いよいよこの時が来た」と思った。期待と不安と、とにかくこれから起きることを、それがなんであれ、受け止めようとする覚悟とが入り混じった気持ちになった。

 エマールが登場し、第1曲「父のまなざし」が始まる。幽冥の世界から響いてくるような深々とした音。その演奏には少しの力みもない。一種の客観性さえ感じられる。その客観性は「父」=全能の神のまなざしであるからか、それともエマールの演奏スタイルからくるのか、その判断はまだつかない。

 結論からいうと、その客観性は、程度の差こそあれ、全20曲に一貫して感じられた。並外れた集中力をもって演奏されたが、その集中力と、肩の力を抜いた自在さとが両立し、主観的な気負いがまったくなかった。エマールが生涯をかけて、おそらくもっとも大事にしてきた作品の一つの解釈が、いかにこなれているか、それが感じられた。

 音色の多彩さはいうまでもない。光の粒子のように輝く音、羽毛で慰撫するような柔らかい音、人知を超えた恐ろしい音、そして最後の第20曲「愛の教会のまなざし」では鞭がしなるような強靭な打鍵。

 全曲聴き終えたとき、わたしの中では、たしかにカンブルラン/読響の「アッシジ」とつながった。そのことに安堵した。カンブルラン/読響の途方もない演奏の達成と、エマールの解釈の熟成とが、ともに比類ないものとして捉えられた。

 思えば、「アッシジ」の正味4時間半の演奏時間は、あっという間に過ぎたが、同じように「20のまなざし」の正味2時間も、あっという間だった。どちらも、完璧に把握された作品は、時間を超えてそこに在るように見えた。「20のまなざし」では、その凝縮された結晶体の中に、さまざまな音色が存在し、エマールはそれを掘り出す彫刻家のようだった。

 わたしの中のメシアン・サイクルは、まだ終わっていない。来年1月に大野和士/都響の「トゥーランガリラ交響曲」が控えているからだ。ハードルは高いが、「アッシジ」や「20のまなざし」につながってほしい。
(2017.12.6.東京オペラシティ)
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デュトワ/N響

2017年12月04日 | 音楽
 デュトワ/N響のラヴェル6曲というプログラム。先に曲目を書くと、「古風なメヌエット」、「クープランの墓」、「左手のためのピアノ協奏曲」(ピアノ:ピエール・ロラン・エマール)、「道化師の朝の歌」、「スペイン狂詩曲」そして「ボレロ」。

 デュトワもN響もお互いの手の内がすっかり分かっているという演奏。そうはいっても、6曲にはおのずから緊張感に差があるのが面白かった。

 もっとも緊張感があると感じたのは「古風なメヌエット」と「スペイン狂詩曲」。前者ではコントラストの強い演奏が印象的だった。結果、この曲が、尖がったところのある曲のように聴こえた。一方、後者では、とくに第1曲「夜への前奏曲」で、芳香が匂いたつような、繊細な音色が生まれていた。

 もう一つ面白かった点は、「ボレロ」で冒頭の小太鼓のリズムが、ほとんど聴こえないくらいの弱音で演奏されたこと。3階のわたしの席からは、リズムが聴き取れなかった。ファースト・フルートの旋律が終わり、セカンド・フルートがリズムを刻み始めると、そのリズムは明瞭に聴こえたが、小太鼓はまだ聴こえない。オーケストラの中にいると小太鼓のリズムは聴こえているはずなので、木管の各楽器に受け渡されるリズムを、小太鼓が支える演奏のように思った。

 「ボレロ」ではもう一つ、ピッコロ、ホルン、チェレスタが重ねられる箇所が、完璧なバランスで演奏された。オルガンを模倣したといわれる音色が、あれほど完璧に演奏された例は、わたしの経験では初めてかもしれない。

 「左手のためのピアノ協奏曲」は、エマールのピアノに期待したが、――たしかに最後のカデンツァは聴きものだったが――この顔ぶれなら日常的なレベルか、とも思った。わたしはアンコールを期待した。わたしの勝手な思いだが、できればメシアンかブーレーズをやってもらえないかと。だが、アンコールはなかった。

 休憩に入って、N響の公式ツイッターを見たら、なんと、前日にはブーレーズの「ノタシオン」から第1、4、5、2番が演奏されたようだ。これにはがっかりした。後半のプログラムを聴くための態勢の立て直しができなかった。

 エマールは2016年11月にも大野和士/都響と「左手のためのピアノ協奏曲」を演奏した。あのときはアンコールに「ノタシオン」から第8~12番が演奏された。集中力に富んだ壮絶な演奏だった。
(2017.12.3.NHKホール)
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プリーモ・レーヴィ「これが人間か アウシュヴィッツは終わらない」

2017年12月02日 | 読書
 イタリアの作家プリーモ・レーヴィ(1919-1987)の「これが人間か」を初めて読んだのは2008年のこと。当時の職場の役員にレーヴィの随筆集「溺れるものと救われるもの」を薦められ、それを読んで衝撃を受けた。そこで次に「これが人間か」(当時の題名は「アウシュヴィッツは終わらない」)を読んだ。

 レーヴィは第二次世界大戦中、レジスタンスに参加し、ドイツ軍に捕らえられた。ユダヤ人だったので、1944年2月にアウシュヴィッツに送られた。翌1945年1月にアウシュヴィッツが解放されるまで、同収容所で生き延びた。

 「これが人間か」はアウシュヴィッツでの体験を書いたもの。わたしはその過酷な体験に打ちのめされた。

 わたしは今年9月から大学時代の友人と読書会を始めたが、12月に予定されている第2回のテーマとして3つの作品を提案した。そのうちの一つが「これが人間か」。友人はそれを選んだ。わたしも再読した。

 2度目となる今回は、体験の過酷さはもちろんだが、それと同時に、文学的な厚みを感じた。記述の底に旧約聖書(とくに創世記)とダンテの「神曲」(とくに地獄篇)の世界観が横たわり、それをベースにしている点が印象的だった。

 その例は枚挙にいとまがない。むしろ全体を通してそうだといったほうがよいが、あえて例示するなら、レーヴィが強制労働に従事させられている化学工場の塔をバベルの塔に見立てた箇所。レーヴィは書く。「その塔が誇示している我らが主人たち(引用者注:ナチスドイツ)の誇大妄想の夢、神と人間に対する侮蔑、特に私たち人間に対する侮蔑を、私たちは憎む。」。

 再読する前は、本書を読書会のテーマとして提案したことに、少し引っかかっていた。本書は文学作品だろうか、それとも体験記だろうかと。だが、再読後、本書は文学作品だと確信した。たとえばドストエフスキーの「死の家の記録」がそうであるように、作者の体験を書いているが、深みのある文学作品だと。

 強制収容所とは何か。強制収容所の極限状態で、人間はどう行動するのか。それをどう考えるべきか。1946年の執筆当時はまだ知られていなかった強制収容所の実態を世に知らしめ、その意味を問う書。レーヴィは巻頭言で書いている。「暖かな家で/何ごともなく生きているきみたちよ/(略)/これが人間か、考えてほしい/(略)/考えてほしい、こうした事実があったことを。/これは命令だ。/(略)」。
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