Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

2016年の回顧

2016年12月29日 | 音楽
 今年もそろそろ終わりだ。今年はなにを聴き、なにを見て、なにを学んだのだろうと、自分に問い掛けてみる。そのとき想い出すものはなんだろう。

 音楽では、なんといっても、山田和樹が日本フィル、東京混声合唱団そして武蔵野音楽大学合唱団を指揮して演奏した柴田南雄(1916‐1996)の「ゆく河の流れは絶えずして」のインパクトが強かった。柴田南雄が劇的によみがえった感がある。

 山田和樹は事前にこう語っていた。「今年没後20年を迎える武満徹と柴田南雄だが、武満徹は多くの方がやるだろう。でも、柴田南雄は今年自分がやらないと、しばらく演奏されないかもしれない。赤字が出た場合は私財を投げ打つ」(大意)と。

 その意気込みがいい。当日の演奏は立派なもので、この作品の真価を伝え、今も少しも古びていないことを感じさせた。むしろ東日本大震災を機に「方丈記」が見直されている現状にあって、柴田南雄のこの作品は新たな意味を持ったように感じられた。

 武満徹に関しては、武満徹が深く関与したサントリーホールと東京オペラシティで、それぞれ記念演奏会が開かれた。サントリーホールでは、特殊編成のために演奏機会が稀な2群のオーケストラのための「ジェモー」が演奏された。タン・ドゥンとともに指揮を務めた三ツ橋敬子が精彩を放った。

 一方、東京オペラシティでは、オリバー・ナッセンが指揮する演奏会が開かれた。そのプログラムは、1曲を除いてすべて初期作品、初期作品以外の1曲は亡くなる直前のもの。‘武満トーン’の作品は素通りなのが目を引いた。わたしには今の日本の武満受容に一石を投じたものと感じられた。

 毎年恒例のサントリー芸術財団のサマーフェスティヴァルでは、プロデューサー・シリーズに佐藤紀雄/アンサンブル・ノマドと板倉康明/東京シンフォニエッタが起用された。ともに地道に現代音楽の演奏を続けてきた団体。そこにスポットライトが当たってよかった。

 わたしは佐藤紀雄/アンサンブル・ノマドの2公演を聴いた。こういう機会でなければ取り上げることが難しそうな曲が含まれ、演奏水準も高かった。

 最後に海外での経験になるが、バイエルン州立歌劇場で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を観たときのキリル・ペトレンコの指揮が圧倒的だった。テンポを揺らす表現意欲に溢れた演奏。カラヤン以来の流れを変えるか‥と思われた。

 では、よいお年を。
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すぐそこにある遭難事故

2016年12月27日 | 身辺雑記
 「すぐそこにある遭難事故」(金邦夫(こん・くにお)著、東京新聞刊)を読んだ。著者は奥多摩の山々を所轄する青梅警察署の山岳救助隊副隊長を長年務めた人。都民にお馴染みの奥多摩だが、意外にも遭難事故が多発している。その救助の体験を書いた本。

 低山の多い奥多摩で遭難とは‥と、だれもがそう考えるだろう。それは自己責任だとか、初心者だからだとか‥。でも、実際に遭難の経験をしたわたしには、そういう批判的な考え方はできなかった。

 わたしが遭難したのは今年11月23日(翌24日は東京など各地で雪が降った)。場所は伊豆の天城山。わたしは何回も登っている。天城高原のゴルフ場から取り付き、天城峠まで縦走するコースだ。時間はかかるが、危険な箇所がなく、季節に応じて新緑や紅葉が楽しめる美しい山だ。

 わたしは以前、今回と同じ紅葉の季節に、道に迷ったことがある。落ち葉で登山道が隠れてしまうのだ。そのときは、しばらくして登山道から外れたことに気付き、元の地点に戻ることができた。その記憶があるので、今回も要注意だと思っていた。

 それなのに、またやってしまった。天城峠の上の八丁池まであとわずかという所で、落ち葉で登山道を見失い、元の地点に戻ろうとしているうちに、完全に方向感覚を失った。小1時間くらいウロウロした。午後3時になったので、日暮れまでの時間(あと1時間半くらい)と、夜からの降雪の天気予報を考慮して、やむを得ず110番した。圏外ではなかったのが幸いだった。

 ヘリコプターが来てくれた。必死になって手を振ったが、発見されなかったようだ。やがて日が暮れた。山からガス(霧)が降りてきた。急速に寒くなった。下着もシャツもセーターもジャンパーも、持っているものは何枚も重ねて着た。降雪に備えて雨具も着た。それでも少し震え始めた。食料と水は持っていた。寒さが一番心配だった。

 結局、午後8時くらいにレスキュー隊に救助された。わたしは「申し訳ありません」の一言だった。レスキュー隊には頭からどやしつけられてもおかしくないところ、「怪我はありませんか」「歩けますか」と優しく接してもらい、自分のふがいなさを恥じた。

 その晩はホテルに泊まった。翌朝、山々が白く冠雪し、雪がなおも降り続いているのを見て、「もし救助されなかったら、低体温症で一晩もたなかったかもしれない」と思った。生きていることの現実感が妙になかった。
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福岡県立美術館の高島野十郎

2016年12月24日 | 美術
 今の職場は、本来は出張などない職場だが、たまたま12月は2度出張があった。2度目の出張は福岡へ。仕事は午後からだったので、午前中は知人と会うつもりだったが、事前の連絡をしなかったので、会えないことが分かった。時間が空いたので、福岡県立美術館に行ってみた。

 同美術館に行くのは2度目だ。1度目はもう10年位前になる。元の職場の友人が福岡に転勤になり、うまくいっていないと聞いていたので、休暇をとって飲みに行った。そのとき、友人と会う前の時間を使って、同美術館に行った。

 目的ははっきりしていた。‘孤高の画家’高島野十郎(たかしま・やじゅうろう)(1890‐1975)の作品を見るためだ。なにかの機会にその画家のことを知った。その作品に惹かれたので、一度実際に見てみたかった。

 念願かなって見た作品に、わたしは釘付けになった。その後、何冊かの関連図書を読んで、野十郎の生涯への理解を深めた。また今年は没後40年の記念企画として、回顧展が東京の目黒区美術館にも巡回したので、野十郎の作品をまとめて見ることができた。

 そして今回、その作品との再会の機会が、思いがけず訪れた。常設展に4点展示されていた。だれもいない館内で(平日の午前中だったので、ほんとうにだれもいなかった)、野十郎の作品と向き合っていると、心が静かになった。

 今回は「山の夕月」(1940)に惹かれた。山村の夕景。遠くの山並みに満月が昇ったところ。明るく澄みきった満月。点在する農家。谷間に広がる畑。静かな夕暮れ。これが太平洋戦争突入前夜の、喧騒を極めた世相の中で描かれたことに、時流に流されずに生きる野十郎の精神が感じられる。

 もう1点、「こぶしとリンゴ」(1966頃)にも惹かれた。こちらは戦後の作品。花瓶に活けたこぶしの花と、数個のリンゴが、出窓の前に並んでいる。花瓶の丸い形とリンゴの形とが、快く調和している。ガラス窓からは早春の陽光が射している。そのぬくもりを捉えた繊細な作品だ。

 これらの2作品を心ゆくまで見ることができた。今回はこれで十分だった。次回はまた別の作品に心を動かされるだろう。それはまたそれでよい。昼食の時間が近づいていた。ほんとうは博多ラーメンを食べようと思っていたが、雑踏の中に出る気がしなくなった。美術館内の静かなレストランで食事をした。
(2016.12.16.福岡県立美術館)

(※)上記の2作品をふくむ野十郎の作品(福岡県立美術館のHP)
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フルシャ/都響

2016年12月20日 | 音楽
 フルシャ/都響のAシリーズ。20世紀の苦難の歴史を生きた2人の作曲家マルティヌー(1890‐1959)とショスタコーヴィチ(1906‐1975)のプログラム。

 まずはマルティヌーの交響曲第5番(1946)から。フルシャは師匠のビェロフラーヴェク譲りなのか、マルティヌーの演奏に使命感を持っているので、フルシャならではの選曲。演奏機会がまれなこの曲を聴く得がたい機会だ。

 精妙なリズムの絡み合い、浮遊する半音階など、いかにもマルティヌーらしく、マルティヌーでなければ書けない(書かない)曲だ。苦渋に満ちた第3番(1944)、喜びにあふれた第4番(1945)は、いずれも第2次世界大戦と関連する曲だが、第5番はそこから脱して、一種の抽象化の進行が感じられる。

 最後に悲劇的なトーンが忍び込むのはなぜだろう。うっかりすると聴き落としかねない暗い影。外的な条件としては、チェコスロヴァキアに共産党政権ができるのは初演の後だし、ましてやプラハの春への弾圧はもっと後だ。マルティヌーはなにを感じていたのだろう。芸術家らしい予感か。

 演奏は正確に音をとったものだが、惜しむらくは推進力に欠けた。もっと闊達な演奏であってほしかった。少し慎重過ぎたか。

 プログラム後半はショスタコーヴィチの交響曲第10番(1953)。本年9月にはロジェストヴェンスキー/読響の名演があったが、フルシャ/都響も別の意味で名演だった。

 冒頭の低弦の音にふくらみがあり、さらに他の弦が順次入ってくると、豊かな音が(まるで絨毯のように)織り上げられていく。主部に入ると、クラリネット、フルートのソロが意味深く演奏され、音が激しく炸裂する箇所では、音が混濁しない。第2楽章の猛スピードも、アンサンブルの乱れがないことは当然として、音の汚れがない。

 第3楽章はロジェストヴェンスキー/読響に分があるような気がした(あれはロジェストヴェンスキーならではの、テンポを落した、空前絶後の演奏だったと思う)。第4楽章の自暴自棄の闘いとアイロニカルな‘勝利’の狂騒は、フルシャ/都響も負けてはいなかった。

 ロジェストヴェンスキーとかラザレフとか、生きているショスタコーヴィチを敬愛してきた世代とは違って、フルシャの世代はスコアがすべてだ。今回はその高水準の演奏例だったと思う。
(2016.12.19.サントリーホール)
コメント (2)
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デュトワ/N響

2016年12月18日 | 音楽
 デュトワ/N響のCプロはヴァラィティに富んだカラフルな曲目が並んだ。1曲目はブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」から「4つの海の間奏曲」。デュトワがブリテンをどう振るかと期待が膨らんだが、きれいに整った演奏ではあったものの、それ以上のもの(たとえば高いモチベーション)は感じられなかった。

 2曲目はレーピンを独奏者に迎えたプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番。レーピンの独奏は、安定した、まったく危なげのない演奏だったが、どこか醒めたようなところがあり、一言でいって、感興に乏しい演奏だった。

 レーピンの演奏でそう感じたことは、じつはこれが初めてではない。若いころのレーピンとは違って、最近のレーピンは、音楽に興味を失ってしまったというと言い過ぎになるが、音楽との距離が広がってきたような、あるいは音楽との関係が冷えてきたような感じを受ける。

 3曲目はラヴェルの「チガーヌ」。技巧だけで弾ける曲なので、この曲の方がのん気に聴いていられたが、それでもレーピンの醒めたような雰囲気は拭えなかった。

 以上が前半。休憩時には気分が沈みがちだったが、後半に入ってオネゲルの交響曲第2番で気合が入った。16型の分厚い弦が、アタック、音色、その他のあらゆるニュアンスを解き明かすような演奏を繰り広げた。多層的な弦の構造から思いがけないディテールが聴こえてくる瞬間もあり、この曲のすべてが聴けたような手応えが残った。

 最後はラヴェルの「ラ・ヴァルス」。デュトワは完全にこの曲を手中に収めている‥と、そんな感じのする演奏だった。鮮やかな音色。隙のない構成。デュトワの最良の面が発揮された演奏だった。

 余談になるが、N響では恒例の「最も心に残ったN響コンサート&ソリスト2016」の投票を募集中だ。それもよいのだが、‘最も残念だったコンサート’とかも募集したらどうだろうと、ふと思った。周知のようにドイツのオペラ専門誌「オペルンヴェルト」ではそのような設問があるので(もっと強烈な表現だ)、そのパクリだが。

 「オペルンヴェルト」ではその設問の投票結果も公表しているが、N響の場合は、もし差支えがあるなら、公表しなくてもよいけれど、聴衆の本音はどうかという点は、参考にならないだろうか。少なくともわたしは、もしそのような設問があったら、意見を表明したいが‥。
(2016.12.17.NHKホール)
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フルシャ/都響

2016年12月15日 | 音楽
 フルシャ/都響のBシリーズ。ドヴォルザーク、マーラーのボヘミア・プロだ。ちなみにAシリーズはマルティヌー、ショスタコーヴィチという20世紀の歴史に深く関わった作曲家のプログラムを組んでいる。どちらも興味深い。

 1曲目はドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏はヨゼフ・シュパチェク。チェコ・フィルのコンサートマスターを4年努めたそうだ。ドヴォルザークの民族色豊かなこの曲を、いかにも‘お国もの’といった節回しで歌いあげた。もっとも、のどかな田園風景からは遠く、むしろアグレッシヴに弾いていた。

 アンコールにイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番の第4楽章が演奏された。その演奏でシュパチェクの個性がより一層明らかになった。鋭角的な演奏。それはイザイのこの曲にマッチしていた。見事な演奏だった。

 2曲目はマーラーの交響曲第1番「巨人」。フルシャは正統的な解釈と正確な演奏を身上とすると、わたしは思っていたが、この「巨人」を聴くと、けっしてそこに止まる指揮者ではなく、激しく音楽を追い上げる面があることに気付いた。テンペラメントの激しさを持った指揮者でもあるようだ。

 都響の演奏も見事だった。フルシャのその指揮にぴったり付けて、アンサンブルが乱れない。さまざまな指揮者とマーラー演奏の経験を積んできたオーケストラだが、それだけでなく、オーケストラの基礎的な体力を感じた。

 フルシャの「巨人」を聴けたのは、大野和士のお陰かもしれないと思った。大野和士は音楽監督として、都響のマーラー・オーケストラとしての伝統を守りつつ、これまでのように一人の指揮者が全部振るのではなく、いろいろな指揮者に振らせる方針と聞く。音楽監督としてよい仕事をしていると思う。

 話題をフルシャに戻すと、プログラムに掲載されたインタビューの「チェコ・フィルやバンベルク響、都響でポストに就かれていますが、それぞれのオーケストラの特徴を教えてください」という質問に対して、フルシャはこう答えている。チェコ・フィルは「直感/歌(線)」、バンベルク響は「洞察/色(深さ)」、都響は「献身/精度(構造)」と。

 味のある答えだと思う。その答えは東条先生が11月28日の「コンサート日記」でお書きになった日本のオーケストラの個性と海外の楽壇への発信の問題とも関連する可能性があるものと思った。
(2016.12.14.サントリーホール)
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カエターニ/読響

2016年12月14日 | 音楽
 オレグ・カエターニの指揮は都響で2度聴いたことがあり、2度ともよい演奏だったという記憶がある。今回は読響に登場。それにも興味を惹かれるが、ソリストにイーヴォ・ポゴレリッチが登場するとあっては、どうしてもそちらのほうに興味が向く。

 でも、さすがに聴衆はよく知っていると思った。カエターニにたいする興味も大きいようだ。プログラム前半は、ムソルグスキーの歌劇「ホヴァンシチナ」(ショスタコーヴィチ編曲)から「ペルシャの女奴隷たちの踊り」とボロディンの交響曲第2番。どちらもオーケストラがよく鳴り、明快至極で、スリルにも欠けない演奏が続いた。

 都響のときもそう思ったが、長身痩躯のカエターニの後姿を見ていると、フルトヴェングラーに似ていなくもないと思った。フルトヴェングラーのように熱い指揮ぶりではなく、むしろ淡々としているが、長い首がそう思わせるのかもしれない。

 演奏後の聴衆の反応は良好で、またオーケストラからも拍手を送られていた。前半2曲は一つのまとまりをもったショート・プログラムで、演奏会はひとまず完結し、後半は別の演奏会というか、ポゴレリッチのリサイタルのような観を呈した。

 ポゴレリッチが登場してラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ポゴレリッチ・ファンの方も多くいたのだろうが、わたしはポゴレリッチ初体験。正直言って、恐いもの見たさの興味があったことは否めない。

 第1楽章冒頭、ピアノ・ソロが始まる。たしかに遅いかもしれないが、そんなに極端ではない。クレシェンドの過程に細かい抑揚がついている。やがてオーケストラによる第1主題の提示。快適な普通のテンポだ。プログラム前半と同様、よく鳴り、弦の音が美しい。

 ピアノがオーケストラを引き継ぐと、テンポが遅くなるが、またオーケストラにバトンを渡すとテンポが戻る。それが何度か繰り返される。結果、音楽の形は崩れそうで崩れない。端的に言って、デフォルメされた演奏という感じはあまりしなかった。

 第2楽章以下もそのような演奏が続いた。テンポが遅くなる部分には、ネチッとした独特の感触があり、それがポゴレリッチらしさかと思った。ポゴレリッチのコアなファンにとっては、噴飯ものの感想かもしれないが。

 アンコールに第2楽章がもう一度演奏された。気が遠くなるほどテンポの落ちた終結部の美しさが格別だった。
(2016.12.13.サントリーホール)
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デュトワ/N響

2016年12月12日 | 音楽
 デュトワ/N響の演奏会形式上演で「カルメン」。オーケストラが正確無比だ。オペラハウスのピットの中のオーケストラとは次元を異にする。フランス音楽の香りはなぜかあまりしなかったが、これだけきちんとした演奏を聴かせてくれれば申し分ない。

 カルメンはケイト・アルドリッチというアメリカ人。前傾姿勢で体をくねくね動かしながら妖艶に歌う。欧米で「カルメン歌手として人気になっている」(プロフィールより)とのこと。そうだろうなと頷ける。

 ドン・ホセはマルセロ・プエンテ。アルゼンチンのコルドバの音楽院で学んだそうだ。張りのある強い声が出る。ドン・ホセの内省的な面は感じられなかったが、これだけ直情的な歌唱を聴かせてくれれば、まずは文句ない。

 エスカミーリョはスター歌手のイルデブランド・ダルカンジェロ。どんなに華やかなエスカミーリョになるかと思ったら、意外に地味で、存在感が薄い印象だ。そのことが興味深かった。衣装を着て、演出が付いた舞台ならともかく、音楽だけだと、この役は意外に存在感が希薄なのかもしれない。それはカルメンとドン・ホセの心理劇に焦点を絞るための作劇術ではないだろうか。

 ミカエラはシルヴィア・シュヴァルツというスペイン系の人(生まれはロンドン)。第1幕と第3幕のそれぞれのアリアを情感たっぷりに歌った。フランス語の発音はこの人が一番よかった。

 版は、台詞の部分をエルネスト・ギローがレチタティーヴォに編曲した「ギロー版に基づく」(プログラムノートより)とのこと。正確にいえば、フリッツ・エーザーによる校訂版の台詞の部分をレチタティーヴォに置き換えた版だったかもしれない。そうだとすれば、新国立劇場での上演版と同じことになるが。

 歌劇場で観るならともかく、演奏会形式だと、レチタティーヴォの部分が妙に気になった。ギローが書いたレチタティーヴォを取り除くと、このオペラはどう聴こえるのだろう、と。各曲の明暗の対比が、もっと鮮やかに出るだろうことは想像にかたくないが、レチタティーヴォが介在するため、明確なイメージを得るには至らなかった。

 デュトワはアリアの後の拍手を許さずに、先に進もうとしたが、何人かの聴衆が拍手をした。幕全体を通した音楽の形を崩すまいとするデュトワの意図が明らかだったので、それに従ってみればよいのにと、わたしなどは思ったが。
(2016.12.11.NHKホール)
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飯守泰次郎/日本フィル

2016年12月10日 | 音楽
 飯守泰次郎指揮の日本フィルで湯浅譲二の「始源への眼差Ⅲ――オーケストラのための」(2005年)が再演された。湯浅譲二の音と語法を十分理解した演奏だったと思う。

 飯守泰次郎は、ワーグナーをはじめとするドイツ音楽のイメージが強いが、湯浅譲二のこの曲の初演者は飯守泰次郎だった。オーケストラは日本フィル。2005年2月のことだ。そのときのプログラムはバッハの「パッサカリアとフーガ ハ短調」(ストコフスキー編曲)から始まり、湯浅譲二の曲が4曲というもの。その最後にこの曲が初演された。

 11年ぶりの再演だ。正直にいって、初演のときの記憶は薄れているが、今回の演奏は、前述のとおり、ほんとうによかったと思う。湯浅譲二の音の世界が再現された。

 湯浅譲二の音の世界――それはなんだろう。わたしのような素人がいうのも何だが、あえてわたしがどう聴いているかをいうと、音の美しさと語り口のうまさだ。オーケストラ曲にかぎらず、どんな曲を聴いても、それを感じる。透明で澄んだ音の多層的な構造と滑らかな語り口。その根底には電子音楽の発想があるような気がする‥。

 時々思うのだが、「クロノプラスティクⅡ」(1999)には「E・ヴァレーズ頌」という副題が付けられ、「クロノプラスティクⅢ」(2001)には「ヤニス・クセナキスの追悼に」という副題が付けられている。ヴァレーズとクセナキスという、音楽史から切り離された‘単独者’(佐藤紀雄氏の言葉の借用)が選ばれていることは、偶然ではないように感じる。

 西洋と東洋とか、日本とか、そういった空間性を超えたグローバルな、もっといえば宇宙的な存在として、また20世紀音楽の流れとか、音楽上のイズムとか、そういった時間性を超えた絶対的な存在として、湯浅譲二は音楽を捉えているのではないだろうか。

 1929年の生まれなので、現在87歳のはずだが、とてもそういうお年には見えない。演奏会場でお見かけすることも多く、そういうときには、わたしは遠くから黙礼している。

 さて、当日の演奏に戻って、2曲目はブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」が演奏された(ヴァイオリンは千葉清加、チェロは辻本玲、ともに日本フィルのメンバー)。わたしは辻本玲の太い音が気に入った。

 3曲目はシューマンの交響曲第3番「ライン」。飯守さんらしい熱演だった。
(2016.12.9.サントリーホール)
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ゴッホとゴーギャン展

2016年12月09日 | 美術
 会期末が迫ってきた「ゴッホとゴーギャン展」へ。ゴッホもゴーギャンもいつでも見られるような気がしていたが、この2人の作品を(時期を区切りながら)交互に並べた展示を見ていると、2人の人生の軌跡が鮮やかに感じられて、予想外に感銘深かった。

 ゴッホ(1853‐1890)もゴーギャン(1848‐1903)も、画家としてのスタートは遅かった。そんな2人の初期の作品は、ゴッホでは「古い教会の塔、ニューネン(「農民の墓地」)」(1885)が印象に残った。半ば廃墟となった教会、陰鬱な暗い空、教会の上を飛ぶ数羽の黒い鳥、無数の墓標。

 一方、ゴーギャンでは「自画像」(1885)が印象に残った。狭い屋根裏部屋でパレットを手にして斜め左を向いた自画像。どこか不安そうな表情。暖色と寒色が入り混じった神経質な、全体的には暗い色調。

 偶然だが、これらの2点は同じ年の作品だ。ゴッホの作品はオランダで、ゴーギャンの作品はデンマークで描かれた。縁もゆかりもない2人の人生行路の、画家としてのスタートを切った時期のこれらの作品が、同じ年に描かれたことが、なんだか象徴的に感じられた。

 2人が南仏アルルで共同生活を送った1888年の約2ヶ月間を前にした頃、ゴッホの作品は一種の頂点を迎えたと思う。精神のバランスはまだ崩れず、緊張した画面構成と明るい色が傑作の数々を生み出す。本展ではその一例の「収穫」(1888)が展示されていた。

 一方、ゴーギャンもその頃に自己の目指す絵画に行き着いたようだ。「ブドウの収穫、人間の悲惨」(1888)はその一例だ。山積みになったブドウの赤は、泡立つ血のように見えないだろうか。その前に腰を下ろし、両手であごを支え、思い詰めたような表情で前を凝視する女の、圧倒的な存在感は、実物を見ないと分からない類のものだ。

 ゴッホの耳切り事件の真相はどうだったのか、いまだに新説が出る状況だが(興味のある方は2016年10月18日の東京新聞夕刊に掲載されたオランダ在住の画家、吉屋敬氏の「ゴッホ・耳切り事件の新事実」をご覧いただきたい)、ともかくその後2人はまたそれぞれの道を歩んで行く。

 最後にゴッホはあのゆらゆら揺れる筆触に辿り着き、ゴーギャンはタヒチの野生に辿り着く。もちろん本展ではそれらの作品も展示されていた。ともに他には類例のない、独自の、あえていうなら孤独な作品群だ。
(2016.12.8.東京都美術館)

(※)上記の作品の画像(本展のHP)
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没後100周年オディロン・ルドン展

2016年12月07日 | 美術
 岐阜県美術館はフランスの画家オディロン・ルドン(1840‐1916)のコレクションで知られている。その数253点。2012年に三菱一号館美術館で開かれた「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」展は、三菱一号館美術館の新規収蔵品「グラン・ブーケ(大きな花束)」のお披露目を兼ねた岐阜県美術館のコレクション展だった。

 ルドンは今年没後100年。それを記念して岐阜県美術館では2016年4月~2017年4月までの1年間、253点のすべてを展示するという壮大な展覧会を開催中だ(途中展示替えがある)。わたしはたまたま仕事で岐阜県を訪れる機会があったので、ぜひこの機会にと立ち寄ってみた。

 ルドンは1879年、39歳のときに初めて石版画集「夢の中で」を刊行した。遅いスタートだった。本展ではその中から代表作「幻視」が展示されている。聖堂のような空間の中に出現する黒い巨大な眼。それを見て驚く2人の人物。怪奇趣味といってもよいような作品だ。そういう作品が多数展示されている。

 ルドンの作品は、1889年、次男アリの誕生から、劇的に変化する。それまでの黒いモノトーンの作品から、色彩の渦巻く幻想的な作品へ。1890年代に入ってからの色彩豊かな作品群が、わたしたちには馴染みのルドンだ。

 もっとも、本展を見ていると、そんな明快な分岐点があったわけではないことに気付く。1890年代に入ってからも、黒いモノトーンの石版画は制作されていた。本展の中では1899年の石版画集「聖ヨハネの黙示録」がもっとも遅い作例だ。一方、彩色されたもっとも早い作例は1886年の「カインとアベル」だった。

 本展を見ていると、黒いモノトーンの石版画も面白いが、鮮やかな色彩の油彩画やパステル画の魅力はやはり格別だと思った。ルドンでなければ出せない色彩。それは黒の世界の住人(ルドン)が夢見た色彩の世界だと思った。色彩への憧憬、もっといえば焦燥感のようなものが感じられた。

 ルドンは、わたしのような音楽好きには、武満徹と結びつく画家だ。武満徹はルドンが好きだった。武満徹のピアノ曲「閉じた眼」と「閉じた眼Ⅱ」は、ルドンの「眼をとじて」に触発された曲だ。「眼をとじて」には油彩画と石版画との両ヴァージョンがあるが、本展では石版画3点が展示されていた。

 帰宅後、久しぶりにポール・クロスリー演奏のCDで両曲を聴いた。
(2016.12.6.岐阜県美術館)
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ヘンリー四世

2016年12月03日 | 演劇
 シェイクスピアの「ヘンリー四世」二部作の通し公演を観た。「ヘンリー六世」三部作の通し公演のときは、最後は疲れてフラフラになったが、今回はそんなこともなく、無事に観終えることができた。

 「ヘンリー六世」三部作は絶賛の声に包まれ、その余勢を駆って「リチャード三世」も上演されたが、それらの公演と比べても、今回の「ヘンリー四世」二部作は、けっして引けを取らないばかりか、むしろ先に行っているかもしれないと思った。

 演出の鵜山仁によると、「ヘンリー六世」三部作は「比較的スタンダードなやり方」でやり、「リチャード三世」は「やや捻れて」やったそうだ(プログラム誌より)。では、今回はどうか。鵜山仁は語っていないが、わたしの感覚では、適度な締まりがあって、ゆるすぎず、まるで水の入ったゴムボールのように、どこを押しても復元力があるような柔構造を感じた。どこを押すかは観客に任せられている。

 オペラ・ファンにとっては、「ヘンリー四世」はヴェルディのオペラ「ファルスタッフ」の原型フォールスタッフが登場する芝居だ(もっとも「ファルスタッフ」は「ヘンリー四世」ではなく「ウィンザーの陽気な女房たち」に基づくオペラだが)。

 さすがにフォールスタッフの存在感は圧倒的だった。うっかりすると、史劇を喜劇のほうに引っ張っていってしまう。そのフォールスタッフを佐藤B作が好演した。ことに第一部で生き生きとした息遣いを感じた。

 皇太子ヘンリー(通称「王子ハル」)を演じた浦井健治とヘンリー・パーシー(通称「ホットスパー」)を演じた岡本健一とは、「ヘンリー六世」三部作、「リチャード三世」以来、新国立劇場のシェイクスピア史劇には欠かせない存在になっていると実感した。

 女性の登場人物は少ない。オペラ「ファルスタッフ」でお馴染みのクィックリー夫人は(居酒屋の女将として)登場するが、その存在感が増すのは「ウィンザーの陽気な女房たち」になってからだ。それにもかかわらず、芝居としての華やぎに欠けていないのは、ひとえにフォールスタッフの存在ゆえだ。

 フォールスタッフは第二部の幕切れで、ヘンリー五世として即位した王子ハルによって追放される。それが可哀想だと感じる向きもあるようだが、わたしは当然の措置だと思った。統治者となった者(王子ハル)にとって、昔の仲間ほど邪魔な者はいないだろう。
(2016.12.1.新国立劇場中劇場)
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