Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

トリスタン・ミュライユの音楽

2010年05月28日 | 音楽
 東京オペラシティの「コンポージアム2010」の招聘作曲家(武満徹作曲賞の審査員)はトリスタン・ミュライユ。私のような呑気な音楽愛好家でもその名前を知っているスペクトル楽派の代表的作曲家だ。盟友のジェラール・グリゼーの「音響空間」が2008年8月のサントリー音楽財団「サマーフェスティヴァル2008」で演奏され、私は強烈な印象を受けた。そのときから、次はミュライユの「ゴンドワナ」をきいてみたいと思っていた。その機会が意外に早く訪れた。

 当日のプログラムは次のとおり。
(1)2台のオンド・マルトノのための「マッハ2,5」(1971年)
(2)オンド・マルトノと小オーケストラのための「空間の流れ」(1979年)
(3)オーケストラのための「ゴンドワナ」(1980年)
(4)大オーケストラとエレクトロニクスのための「影の大地」(2003-04年)
 演奏は、野平一郎指揮の新日本フィル(2)~(4)、オンド・マルトノは原田節(1)~(2)およびトリスタン・ミュライユ(1)。

 会場に入って驚いたが、ほとんど満席。私の席は2階正面だったが、そこから見下ろすと、1階席はびっしり埋まっている。2階正面も満席。2階両サイドもほとんど満席。なお3階席は使われていなかった。
 こんなに入るものなのだろうか。おそらく作曲科の学生さんを含めて音楽関係者がこぞって来ているのだろう。大御所の湯浅譲二さんや池辺晋一郎さんの姿もおみかけした。若い人の活気にみちたこの雰囲気のなかでおみかけすると、「○○先生」とよばないと悪い気がした。

 1曲目の「マッハ2,5」は音響の面白さで一気にきいてしまった。
 ところが2曲目の「空間の流れ」は勝手がちがった。リング変調されたオンド・マルトノの音はともかく、絶えずテンポが伸縮する構造が、私に曲の把握を困難にさせた。
 3曲目の「ゴンドワナ」も常にテンポが伸縮していたが、こちらの場合は音量や音色の変化を伴うので、興味深くきいていられた。どうやらテンポの伸縮は本質的な方法論に由来しているようだった。
 4曲目の「影の大地」はライヴ・エレクトロニックも加わる曲だった。

 プログラム誌に載っていたジュリアン・アンダーソンという人の解説によると、「ゴンドワナ」のクライマックスにかけての部分は、シベリウスの交響詩「トゥオネラのレンミンカイネン」をモデルにし、「影の大地」は全体的にスクリャービンの交響曲第5番「プロメテウス―火の詩」をモデルにしているとのことだった。私には前者はまったくわからなかったが、後者は、いわれてみると、そうかもという気がした。
(2010.5.27.東京オペラシティ)
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小泉和裕&都響

2010年05月27日 | 音楽
 都響の5月定期Aシリーズは、レジデント・コンダクターの小泉和裕さんの指揮で、次のプログラム。
(1)ベルリオーズ:序曲「海賊」
(2)グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:ジェニファー・ギルバート)
(3)ニールセン:交響曲第4番「不滅」

 地味だけれども、興味をそそるプログラム。オーケストラとしても押さえておきたい曲のはずだ。こういうプログラムを振ってくれる指揮者がいることは、ありがたいことにちがいない。小泉さんは、ポストの名称はいろいろ変わったが、都響とは長い付き合いになる――固定的なポストに就いてからでも15年――。とくに最近は、自分のことよりもオーケストラのことを考える誠実な姿勢が、うかがえる気がする。

 3曲とも、見通しよく設計された演奏。オーケストラを過度に煽らず、充実した音が鳴っていた。真の自信がないと、こういう演奏は引き出せない。指揮者とオーケストラがぴったり噛み合って、稀に見るほどだ。ベルリオーズの奔放さ、ニールセンの劇的な表現にも欠けていないが、それらが全体の構築感を損ねることはなかった。

 ヴァイオリンのジェニファー・ギルバートはニューヨーク・フィル音楽監督のアラン・ギルバートの妹で、現在はフランスのリヨン管弦楽団のコンサート・ミストレスをしているとのこと。不安定さが感じられるところがあって、ソリストとしてはこれからか。

 私はいつの頃からかニールセンが好きになって、コペンハーゲンまでオペラ「仮面舞踏会」をみにいったことがある。あれは最高に楽しいオペラ経験の一つだった。

 先日、パリ管の副コンサート・マスターの千々岩英一さんのブログを読んでいたら、こういう文章に出会った。
 「なぜここまでニールセンに惹かれるのか自分でもよくわからないのだけれど、彼の作品を弾くとき、オオカミのように遠吠えしている自分がいる。まるで胎教でニールセンばかり聴かされて生まれてきたかのようだ。」
(「千々岩英一ウェブサイト」http://chijiiwa.exblog.jp/ 4月15日「ニールセン」)

 「不滅」は、たまたま今、新国立劇場で上演中のオペラ「影のない女」と同時期に作曲された曲。第一次世界大戦の暗雲の下で、シュトラウスは心の底にペシミズムを抱え込み、ニールセンは人間の尊厳を保とうとした――もっとも、大戦後に書かれた第5番では、ペシミズムの淵に立つのだけれど――。
(2010.5.26.東京文化会館)
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影のない女

2010年05月24日 | 音楽
 新国立劇場の新制作のオペラ「影のない女」は、23日(日)と29日(土)の2回分のチケットをとっておいた。このオペラは重層的な意味内容をもっているし、故意に曖昧にされている部分も多いので、1回では演出意図を把握できない可能性があると思ったから。昨日はその1回目に行った。結果的には、これは1回で十分だと思った。これはなにも語りかけてこない演出だった。

 演出だけでなく、美術、衣装、照明のすべてを担当したのはドニ・クリエフ。その人がプログラム誌で語っていることを引用すると、「さて、このオペラで私が最も重要視するのは、影の有無に関係なく、「女性」そのものです。ドラマの本質は、貧しい一市民の女が抱くフラストレーションと欲求不満です」とのこと。

 このオペラの中心人物はバラクの妻だというわけだが、それはこのオペラのとらえかたとして、単純化しすぎてはいないだろうか。
 私だって、一番身近に感じるのはバラクの妻だけれど、それは幾重にもわたって張り巡らされている線の一本にすぎず、そこだけに照明を当ててしまうと、物語の多層性が損なわれてしまうのではないか。奥深い層の一つとして存在することによって、はじめて光を放つ性質のものではないだろうか。

 結局この演出では、バラクの妻はともかくとして、皇后が描けていない脆弱さがあった。一言でいうなら、平板な舞台だった。

 もう一つ――こういっては悪いけれど――空間造形にセンスが感じられなかった。バラクの家の板壁と、カイコバートの居城を連想させる石壁が、終始あちこちを動き回るのだが、そこには造形性がまるで感じられない。朝日新聞など一部のメディアで酷評がでた4月の「愛の妙薬」では――書物や文字が動き回るが――きちんと空間が造形されていた。

 一方、声楽陣はよかった。皇帝、皇后、乳母、バラク、バラクの妻の外国勢は一級品だ。これならどの劇場にもひけをとらない。視覚的にはバラクが妻よりも年下にみえて、ちょっと珍しい現象だったが、まあたいしたことではない。
 エーリッヒ・ヴェヒター指揮の東京交響楽団も、アンサンブルとしてよくまとまっていた。もっと豊麗に鳴ってほしい場面もあったが、それはまあよい。

 最後に、これは演出家の意図か、指揮者の判断か、あるいはそれ以外の要因だったのかはわからないが、第2幕と第3幕に細かいカットが散見された。その結果、試練にあっている登場人物たちの焦燥感が弱くなってしまった。
(2010.5.23.新国立劇場)
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大野和士&都響

2010年05月21日 | 音楽
 都響の5月定期Bシリーズは大野和士さんの指揮。今ではどのオーケストラも大野さんの登場は特別のイベントになってきた。これはたいしたものだ。大野さんは若いころは都響の正指揮者をつとめていた。そのころから優秀な人材だったが、今では風格も備わってきて、昔を知る人間としては嬉しい。
 プログラムは次のとおりで、いかにも大野さんらしいテーマ性があった。
(1)シューマン:「マンフレッド」序曲
(2)細川俊夫:打楽器とオーケストラのための協奏曲「旅人」(打楽器:中村功)
(3)チャイコフスキー:交響曲「マンフレッド」

 1曲目のシューマンからして、まったく弛緩したところのない、緊張感みなぎる演奏。大野さんの精神の張りが並みのものではないことを感じた。

 2曲目の「旅人」は当日の白眉だった。寄せては返す波のように重層的な音を積み重ねるオーケストラをバックに、打楽器が劇的なソロを繰り広げる。その音楽的な充実度はたいへんなものだ。中村功(いさお)さんはヨーロッパ各地で活動している打楽器奏者とのこと。どんなに強烈に打ち込んでも、音が重くならずに、音楽ののりを越えない。それは手首の柔らかさといったフィジカルな面以上に、内なる音楽性のあらわれだと思った。

 3曲目の交響曲「マンフレッド」は、2009年10月にラザレフが日本フィルを指揮した名演奏が記憶に新しい。ラザレフや大野さんといったレベルになると、もうどちらがよいということではなくて、それぞれの個性に圧倒される思いだ。個性はまるでちがう。大野さんのほうは歯切れがよくて、シャープだ。

 大野さんのこのプログラムに刺激されて、バイロンの劇詩「マンフレッド」を読んでみた。その結末に驚いた。マンフレッドは苦悩の末に、たしかに死によって救われるが、チャイコフスキーのこの曲をきいて想像されるような、天国の門が開かれるという結末ではなかった。神への服従を拒否したマンフレッドにとっては、死による救いが最大の救いであって、天国に迎え入れるのは、あらずもがなのことかもしれない。

 では、なぜチャイコフスキーのこの曲では、オルガンが壮麗に鳴って、まるで天国の門が開かれるような結末になったのだろう。気になって調べてみたら、チャイコフスキーの原典版ではこのコーダはついていなかったが、元々チャイコフスキーにこの曲の作曲をすすめたバラキレフの提案にしたがって、コーダがついたとのことだった。
 これはバイロンの原作にたいする恣意的な解釈なのだろうか、それとも音楽上の実際的な処理なのだろうか。
(2010.5.20.サントリーホール)
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天城山

2010年05月18日 | 身辺雑記
 昨日は休暇がとれたので、日~月で伊豆に行ってきました。
 日曜日はJRの踊り子号で伊豆高原へ。そこからタクシーで天城高原ゴルフ場へ。目指すは天城山です。タクシーを降りる直前に、目の前に路線バスが見えました。これは私のリサーチ不足。伊東駅から路線バスが走っていました。

 タクシーを降りて、だらだらした山道を歩いていると、なんの苦もなく万二郎岳(ばんじろうだけ)の山頂へ(天城山は万二郎岳と万三郎岳(ばんざぶろうだけ)の総称です)。
 山頂はブナの樹林になっていて、私のホームグラウンドの丹沢と似た雰囲気でした。
 山頂からは稜線歩きになって万三郎岳へ。途中にアセビの高木がトンネル状態になっているところがあり、見事でした。丹沢にもアセビがありますが、こんなに高木になっているのは見たことがありません。万三郎岳の山頂近くではシャクナゲの薄桃色の花が咲いていて、思わず駆け寄ってしまいました。

 山頂からの下山路は、私のもっている古い地図(1989年版)とは変わっていて、稜線上をしばらく八丁池方面に行ったところにありました。そこから下ってのんびり歩いていると、ヒメシャラの樹林がありました。赤茶色の滑らかな幹がくねくねと曲がり、あるいは二股に分かれて伸びているさまは、シュールレアリスムの絵のようでした。

 ゴルフ場に戻ると、伊東駅行きのバスが待っていました。それに乗れば悠々と帰京できる時間でしたが、翌日は休暇がとれているので、伊豆高原の公共の宿で一泊。温泉に入って、刺身をつまんで地酒を飲んでいたら、いい気分になりました。

 翌日は、池田20世紀美術館へ。ここは一度来たいと思いながら、なかなかその機会がなかった美術館です。常設展も面白かったのですが、開館35周年を記念する特別展の第1弾の「稲垣考二展 表面描写からタブローへ」に圧倒されました。
 私はこの画家を知りませんでしたが、1952年生まれとのこと。私と同世代です。同世代ならではの問題の共有を感じました。絵のテーマはほとんどが女性、しかも裸体です。赤紫色を多用したどぎつい色彩によって執拗に描かれたそれらの絵を見ながら、オトコとは、本音のところでは、女性に囚われた生き物かもしれないと思いました。

 バスで伊東駅に出ました。昼は駅弁では味気ないので、食堂に入りました。金目鯛の煮付け定食を注文したら、「少々お時間がかかりますが、よろしいですか」とのこと。
 「どのくらいですか。」
 「10~15分くらいです。」
 「では、ビールを一本お願いします。」
 昼のビールがきいたのか、帰りの電車のなかでは睡魔に襲われました。
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ショスタコーヴィチ交響曲第7番

2010年05月12日 | 音楽
 読売日響の5月定期はテミルカーノフの指揮でショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。テミルカーノフは今回で4回目の客演になるとのこと。私も以前にきいたことがあり、そのときも好演だった。

 第1楽章冒頭の「人間の主題」は、レガート気味の伸びやかな歌い方。昔のような(たとえばトスカニーニの時代のような‥)切迫した歌い方が記憶に残っている身としては、時代の変わりようを感じざるを得ない。
 例の中間部を経て、再現部のファゴットのソロになると、演奏は深く沈潜し、息苦しくなるほど。その緊張感はコーダまで持続した。

 第4楽章に入って、不気味な序奏部を経て、急速なテンポで激しく追い上げる部分では、リズムが崩れず、音も混濁せず、見事な一体感だった。最後の輝かしいエンディングでは、絶叫にいたる一歩手前で踏みとどまっていた。

 終演後は割れるような拍手。オーケストラが比較的早めに引き上げたこともあって、テミルカーノフは舞台に呼び戻されて、拍手を浴びていた。

 あとは雑談になるが――
 この曲はショスタコーヴィチの交響曲のなかでは、今では第12番と並んで、一番の難物になっているのではないだろうか。それぞれちがう意味ではあるけれど、この2曲をどう理解すればよいのか。第12番は――言葉は悪いが――意図された駄作と考えることもできそうだが、この曲の場合はどうか。

 もちろんレニングラード包囲戦のさなかに書かれたという特殊事情があるわけで、それを忘れてはならないが、その意味するところは、同胞との連帯ということ以外に、スターリンの恐怖からの一時的な解放ということもあった――そのことは、この曲の気分に反映していると思われる。

 基本的には第5番の路線上にあって、第5番を疑いの余地なく楽天的に鋳直したむきがある。
 そうであるなら、第5番にヴェルディのオペラ「オテロ」の1節がはめ込まれているように、この曲にもなにか仕掛けがあるかもしれない、と思われてならない。

 一笑に付されるかもしれないが、私には第3楽章の冒頭、木管とホルンのコラール風の音型の後に出てくる弦のデクラメーションの音型が、フランツ・シュミットのオペラ「ノートル・ダム」の間奏曲に似ているように感じられるが、どうだろうか。もしもそうだとすると、例の「戦争の主題」がレハールの「メリー・ウィドウ」のパロディだという説ともども、ナチスに好まれた作曲家の暗示ということになるけれど。
(2010.5.11.サントリーホール)
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ボストン美術館展

2010年05月11日 | 美術
 森アーツセンターギャラリーでボストン美術館展が開かれている。ありがたいことに、会期中無休、夜8時まで開館になっている。これなら仕事が終わってから、しかも都合のつく日に行けるので、たいへん助かる。私は昨日、月曜日の夜に行ってきた。

 最近はブログが全盛で、しかも美術関係には優秀なブロガーが沢山いらっしゃるので、事前にあらかたのことはわかってしまう。その分、会場での発見が少なくなっているともいえるが、それは仕方がない。会場では自分なりの見方ができるかどうかが大事になる。

 ボストン美術館展は、ベラスケスからレンブラント、マネやモネ、そしてマティスに至るまで、時代も国も幅広い作品が集められている。会場に入ってまず一通りみて歩いたときには、あっさりした印象だったが、もう一度入り口に戻って、気になる作品をみていったら、やはり面白かった。

 一番面白かったのは、ベラスケスと同時代人のスペインの画家スルバランの一対の作品、「聖ペトルス・トマス」と「コンスタンティノープルの聖キュリロス」だった。元々は大きな祭壇画のプレデッラ(裾絵)の一部だったそうだが、そこに描かれている聖人像が浮かび上がってみえる。強烈な光、深い皺(聖ペトルス・トマス)と大きな本(聖キュリロス)のインパクト、堅固な存在感。いつまでみていても飽きなかった。

 コローの「花輪を積む娘」もよかった。この絵をよいと感じたのは、2008年のコロー展をみたからだ。それまではしっかりした認識をもっていなかったが、同展をみてコローのよさがつかめたと思った。「花輪を積む娘」は、抑えた渋い色調の画面に、慎ましい娘が立っていて、背景の樹木は風に吹かれたように騒いでいる。コロー特有の銀灰色が味わえる作品だ。

 同展のチラシにも使われているゴッホの「オーヴェールの家々」は、実際にみて、これはすごいと感じた。1890年、ゴッホが亡くなる年の作品。いまさらいうまでもないけれど、この年には異常なまでに生命の燃焼を感じさせる作品が生まれていて、この作品もその一つ。藁葺き屋根の多彩な色彩が圧倒的だ。中景の橙色ののっぺりした屋根も妙に気になる。

 以上、なんの脈絡もない3人の画家をあげたが、要するにこの展覧会は、自分の好きな画家を好きなように鑑賞するタイプのものだ。一枚一枚の作品は比較的地味だが、それなりに一定の水準を維持しているので、気に入る作品が必ずみつかるはず。私は最初の印象とは異なり、ずいぶん面白い時間を過ごした。
(2010.5.10.森アーツセンターギャラリー)
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夢の泪

2010年05月07日 | 演劇
 先月から井上ひさしの東京裁判三部作の連続上演が始まっていて、第1部の「夢の裂け目」の初日が開いた翌日、本人が亡くなった――その報道に接したときには胸が痛んだ。私はたまたま初日をみて感動し、まだ余韻に浸っていた。報道によれば、初日の翌朝に病院から自宅に戻り、そのときは元気だったが、夕方になって急変したとのこと。家族に看取られて亡くなったことが、せめてもの救いだ。

 そして昨日、第2部の「夢の泪(なみだ)」が始まった。思いがけず追悼公演になった今回の連続上演。役者さんたちのテンションも否応なく高まるが、観客の私としても、故人の遺志にふれる思いがした。

 もちろん、湿っぽいところは微塵もない。あくまで明るく、素直で、前向きな芝居。東京裁判という大きなテーマに挑み、その意味を問う芝居なので、見方によっては生硬と感じられる部分もあるが、それを優しい感性でくるんでいる。むしろ、文献のなかでは生硬になりがちな議論を、生きた言葉として芝居のなかに残した、といったほうがよい。

 ストーリーは、東京裁判の意味を問うことを主軸にして、在日朝鮮人の問題や米国在住日系人の問題が絡んでくる。そこにフィクションとして、ある唄の誕生の秘密をめぐるサブストーリーが展開する。さらに若い二人の恋や中年夫婦の危機も描かれる。このような盛り沢山の素材が、すっきりと喜劇の枠内に収められている。

 これは音楽劇だが、音楽劇にした意図はよくわかる。東京裁判の意味をめぐる台詞が続くと、理屈っぽくなりがちだが、台詞を最小限にとどめて、あとは音楽に移行することによって、芝居の進行を登場人物の心情に転換できるからだ。この手法によって、議論は生き生きとした感情の網の目のなかに収まっていく。

 もちろん役者さんによっては、歌が得意な人もいれば、そうではない人もいるが、そのことはあまり苦にならなかった。得意でない人も一生懸命に歌おうとしているその姿に意味があると感じた。

 初日だったせいか、意欲が先行して多少前のめりの感じがしたが、それはすぐに微調整されるだろう。また、電話番号に絡むギャグの箇所で、二つ目のギャグがよくわからなかったが、あれは落ちを飛ばしてしまったのではないだろうか。そのような瑕疵はほかにもあったかもしれないが、たとえあったにしても許容範囲だ。

 栗山民也さんの演出は、たとえば一つの台詞が発せられた瞬間に、舞台の空気がガラッと変わる、そういう内的なインパクトを丁寧に描いていて、見事だった。
(2010.5.6.新国立劇場小劇場)
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ラ・フォル・ジュルネ

2010年05月05日 | 音楽
 ラ・フォル・ジュルネの最終日。当初は曲目未定だった時間帯にリストの「十字架への道」が入ってきたときには、ほんとうに驚いた。リストの晩年は、私がいつも気になりながら、まともに向き合ってはこなかった領域。その中でも秘曲のようなイメージだったこの曲が演奏されるとは――。

 この曲は、イエスが死を宣告されて、ゴルゴタの丘まで歩み、処刑され、埋葬されるまでを14の場面で描いたもの。カトリック教会では各場面を描いた壁画などを順にめぐる儀式があるそうだ。聖職者でもあったリストは各場面を音楽化した――それがこの曲。混声合唱とピアノという編成。各場面はきわめて短い。
 生できいてよくわかったが、この曲はコラージュ音楽だ。ピアノはすでに無調の世界に入っていて(といっても、第2次ウィーン楽派のそれよりは、メシアンの音楽に近い)、そこに合唱がグレゴリア聖歌的な音楽、あるいはバッハのコラール的な音楽を並置する。どこか時代を突き抜けたところのある曲。
 演奏はピアノがブリジット・エンゲラー、合唱がジャン=クロード・ファゼル指揮ローザンヌ声楽アンサンブル。がっちり構築された演奏で申し分ない。

 もうこれだけで十分に満足したが、夜までのつなぎにショパン研究家の小坂裕子さんの講演「ショパンが愛したサンドの魅力」へ。サンドには男装の麗人といったイメージしかなかったので、一歩踏み込んで理解するよい機会になった。

 次はアコ―ディオン三重奏のモーション・トリオ。これは驚くべき演奏だった。ショパンの前奏曲やノクターン、ワルツなどを編曲し、合間にオリジナル曲が挟まる。編曲はあるときは電子音楽風に変形され、それがいつの間にかノスタルジックな手風琴の調べになり、そこにまた電子音楽風の音が介入してくるといった具合。あるいはミニマル・ミュージック風の音楽が果てしなく続くかと思うと、いつの間にか劇的に変容したりする。エンターテイメントにはちがいないが、それだけでは収まらない現代性が感じられた。

 民俗音楽グループのゼスポール・ポルスキも素晴らしかった。ショパンのマズルカなどを編曲し、合間にポーランド民謡が挟まる。その民謡が、あるときは胸をかきむしるような哀感をたたえ、またあるときは熱い情熱を迸らせる。音楽祭にこのようなワールド・ミュージック的な視点が持ち込まれるのは嬉しい。アンコールにはチベットのホーミー的な唱法も出てきて驚いた。

 最後は6人のピアニストによるリスト、ツェルニー、ショパンなど6人の作曲家が編曲した「ヘクサメロン変奏曲」。舞台に6台のピアノが並ぶだけでも壮観だが、その6台がピタッと合ってパッセージを受け渡すさまは爽快だ。小曽根真さんがソロをとる部分ではジャズ風の即興も。聴衆はスタンディング・オベーション。
(2010.5.4.東京国際フォーラム)
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鍋割山

2010年05月01日 | 身辺雑記
 いよいよ連休入り。私はカレンダーどおりの生活ですが、皆さんはいかがですか。

 4月29日(今では「昭和の日」ですね)には、神奈川県の丹沢の鍋割山に行ってきました。標高は1,272メートル。私の主要な山のフィールドで、年に何度か登っています。

 まず小田急の渋沢駅で下車して、バスで大倉へ。そこから歩き始めます。最初は平坦な林道歩き。天気予報が外れて、雨がパラパラ降ってきました。傘をさして黙々と歩きました。雨に濡れた新緑が目にしみるようです。

 長い林道歩きが終わって、後沢乗越(うしろざわ・のっこし)という場所から稜線に出ます。途端にものすごい風。ゴーッ、ゴーッと音を立てて吹いてきます。幸いにも雨がやんでいたので助かりました。木々の水滴が吹き飛ばされてきますが、それくらいなら雨具がなくても大丈夫です。

 そのような荒天がなぜか気持ちよくて、なぜだろうと考えました。もしかすると、穏やかな好天のときは、人間はお客さま扱いされているけれど、荒天のときには、自然があるがままの姿を現すので、人間のDNAにひそむ野性が刺激されるからではないか、と思いました。もっとも、アウトドア派ではない私がこんなことを言うのは、とんだお笑い種かもしれませんが。

 頂上に着いて、いつものとおり鍋割山荘で鍋焼うどんを注文しました。これがこの山の楽しみの一つです。もう一つの楽しみは、小屋主の草野さんに会うこと。この日もしばしの歓談を楽しみました。草野さんは若いころは100キロ!!!を超える荷物を担ぎ上げるかたでしたが(その記録と写真がホームページ「鍋割ネット」に載っています↓)、そのころからシャイで、謙虚で、高潔な人柄でした。還暦をすぎた今でも、人柄に変わりはありません。
http://nabewari.net/

 下山路では、風はまだあるものの、雨の心配がなくなり、マメザクラの白く清楚な花や、ミツバツツジの赤紫色の花を楽しみました。林道に下りたころには、空はすっかり晴れあがり、新緑がシャワーのようにふりそそいできました。

 小田急で帰路につき、某駅でJRに乗り換えようとしたとき、目に「生ビール最初の一杯は10円」という看板が入ってきました。どうもこういう看板に弱くて・・・。そのお店は中華料理屋さん。あれこれ点心の小皿をお願いするうちに、一杯ですむはずもなく。結局何杯飲んだかは、ちょっとここでは・・・。
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