Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

グレの歌

2013年02月24日 | 音楽
 シェーンベルクの「グレの歌」、尾高忠明さん指揮、東京フィルの演奏。東日本大震災の影響で中止になった演奏会の一つだ。最近、同様に中止になった演奏会の復活公演が垣間見られるが、これはそのなかでも大物――大物も大物、超大物――だ。

 ステージにはオーケストラが所狭しと並んでいる。この曲を生で聴くのは初めてではないが、さて、こんなに溢れかえるようだったっけと思った。弦楽器は20-20-16-16(メンバー表では16人だが、実際には15人だった)-12の編成。フルートは8本、あとは推して知るべし。ハープも4台だ。

 これだけ巨大なオーケストラだと、どういう音が出るかが、まずもって興味の的だった。トゥッティでは風圧のような音が迫ってきたが、これは予想の範囲内。それ以外のところでは、幾層もの音の帯が絡まり合いながら流れていく、といった様相を呈していた。そこには濃厚なものがあった。

 これは尾高さんの指揮とも相俟っていた。この曲は第1部・第2部のオーケストレーションの時期と、第3部のオーケストレーションの時期に大きな隔たりがあり、それはまたシェーンベルクの作風が大きく変化する時期に当たっていたわけだが、尾高さんの指揮で聴くと、第1部・第2部のほうが面白かった。濃厚なロマン主義の極致のような音楽だった。以前聴いた他の指揮者では、第3部のほうが面白かった。これは指揮者の体質の現われだ。

 これだけ巨大な編成でありながら、重たさを感じさせないことに注目した。尾高さんもプログラムで述べているが、東京フィルという一つのオーケストラで演奏できる最大の利点だ。その意味でもこれは稀有な体験だった。

 もっとも、歌手とのバランスでは、当然ながら難しい問題があった。とくにヴァルデマル王を歌った望月哲也さんは埋もれがちだった。ヴァルデマル王の部分ではオーケストラが咆哮するので、これは気の毒だった。一方、感銘を受けたのは、山鳩を歌った加納悦子さんだ。深く彫琢された歌だった。あの部分はオーケストラが比較的薄いこともあった。同様に語り(シュプレッヒゲザング)の妻屋秀和さんも、オーケストラがとくに薄いこともあり、十分聴かせた。

 新国立劇場合唱団の壮麗さは、それこそ生で聴かないとわからない類のものだった。巨大な編成のオーケストラともども、大合唱の生み出す音の、今ここにしかない質量があった。
(2013.2.23.オーチャードホール)
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デプリーストの逝去

2013年02月21日 | 音楽
 都響の常任指揮者をつとめたジェイムズ・デプリーストが亡くなった。2月8日、心臓発作だった。享年76歳。

 新聞各紙で報道されたが、その扱いは必ずしも大きくはなかった。仕方がない。クラシック音楽の演奏家はそんなものだろう。都響のホームページを見たが、比較的簡単な告知が出ているだけだった。少し残念だった。でも、まあそんなものか、と思った。

 ところが、今日、都響のホームページを見たら、追悼の動画が載っていた。心のこもった動画だ。2月15日に公開されていた。没後一週間、なるほど、こういう動画を作っていたのかと思った。YouTubeでの配信なので、海外からの視聴を想定しているのだろう、英語の追悼文が流れていた。

http://www.youtube.com/watch?v=kuOmbnjc9oI

 デプリーストはガリー・ベルティーニの後任として、2005年のシーズンから都響の常任指揮者になった。巨匠といわれていたベルティーニだが、わたしには疑問があった。なによりもまず音の濁りが気になった。その後任のデプリーストになったら、この点が解消された。好ましい変化だった。

 デプリーストはフィラデルフィアで生まれた。フィラデルフィア管弦楽団を聴いて育った。1936年生まれだから、同団の黄金時代を聴いて育ったわけだ。デプリーストは、フィラデルフィア管弦楽団の音を理想とすると公言していた。気のせいか――そうではないと思うが――、デプリーストが振ると、都響の音が明るく、温かくなり、フィラデルフィア管弦楽団の音に近づいた。

 デプリーストの任期は長くはなかった。2008年に退任した。不完全燃焼ではないかと、傍目には見えた。事情はわからないが、ともかく、まだ十分な成果をあげたとはいえない時期の、中途半端な退任だった。

 後任はインバルだった。聴衆は歓呼の声で迎えた。わたしもその一人だった。当時のインバルはよかった。インバル人気の陰で、デプリーストは急速に忘れられていくような気がした。だが、ほんとうにそうだったのか。わたしのなかにその記憶が残っているように、多くの人々にも温かい記憶が残っていた――と、今はそう思う。

 デプリーストの訃報に接して、何枚かのCDを聴いてみた。でも、どれを聴いても、記憶にある音ではなかった。あの明るい、温かな、明晰な音ではなかった。もっと普通の音だった。デプリーストの音は記憶のなかにしか残っていない。そんなものだろう。それでいいのだろう。
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下野竜也/読響

2013年02月19日 | 音楽
 下野竜也さんの読響正指揮者としての最後の定期。4月からは首席客演指揮者に肩書きが変わり、読響への登場は今の約半分になるそうだ。

 下野さんにはお世話になった。正指揮者としての6年余り、読響のプログラムの多彩さを一身に担ってきた。ゲテモノ担当とか、珍曲ハンターとかの称号(?)が与えられたそうだが(ゲテモノ担当は下野さんご自身のトークから飛び出した)、我々はその恩恵に浴したわけだ。

 もっともわたしにはゲテモノ担当とかの感覚はなかった。意欲のある――そして能力のある――若手指揮者なら、レアな曲を引っ張り出すのは当たり前で、下野さんもその一人だと思っていた。その意味ではまっとうな青春時代を過ごしていると思っていた。それを楽しませてもらった。

 下野さんは1969年生まれ。40代の半ばにさしかかった今、“青春時代”を卒業するのも賢明だ。で、これからどうするのか。下野さんはプログラムに掲載されたインタビューのなかで「このところ国内での活動が主だったので、海外での演奏の場を増やしていこうと思います」と語っている。賛成だ。あまり遅くならないうちに、海外での拠点をもったほうがいいと思う。下野さんが、いつの日か、たとえばカンブルラン並みの指揮者に大成することを期待したい。

 今回の定期はブルックナーの交響曲第5番だった。いつもながら、句読点のはっきりした、曖昧なところのない演奏だった。先の先まで見通しのきいた演奏だ。こういう演奏で聴くと、この大曲が、実はひじょうに明確な――シンプルといってもいいくらいの――構造をもった曲であることが、よくわかった。

 なるほど、これは第5番なのだ、と思った――なんだかヘンな言い方だが――。つまり第7番以降とは少し異なる作品だ。あの宇宙的な世界に飛躍する前の、しかしその予感をはらんだ作品だ。そこを混同してはいけない。この作品を第7番以降と同じものにしてはいけない。それはこの作品を肥大化することだ。そういう意味での、この作品の等身大の姿を教えてもらった気がする。

 終演後、大きな拍手とブラボーが湧き起こった。オーケストラが引き下がった後も拍手が続き、下野さんが再登場した。鳴りやまない拍手とブラボー。深々と頭を下げる下野さん。頭を起こさない。泣いているようだった。下野さんと聴衆との熱い交流。下野さんはこの日を忘れないだろう。聴衆も同じだ。
(2013.2.18.サントリーホール)
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佐渡裕/シティ・フィル

2013年02月18日 | 音楽
 佐渡裕が客演した東京シティ・フィルの定期は完売だった。佐渡人気のゆえだろう。聴衆としても嬉しいことだ。

 佐渡さんの“本音”の音楽と、プロ・オーケストラのなかでは珍しいくらい熱い演奏をするシティ・フィルとは、相性がいいのではないかと思った。結果はそのとおりだった。予想以上といってもいいくらいだ。

 1曲目はハイドンの交響曲第44番「悲しみ」。ハイドン中期(という言葉があるかどうか、ともかく、一連のパリ交響曲が書かれる以前の時期)の作品としては比較的よく演奏される曲だが、この日のような演奏には出会ったことがない。今まで聴いた演奏はコンサートの前菜としてのあっさりしたものだったが、この日の演奏は全力投球、この曲のあらゆる要素を克明に描き出すものだった。

 佐渡さんと同フィルは、この日に先立って、同じプログラムで東北と関西のツァーを行ったので、そのなかで練られたものが表出された観があった。

 2曲目はモーツァルトのフルート協奏曲第1番。フルート独奏はペーター=ルーカス・グラーフ。懐かしい名前だなと思ったら、今84歳だそうだ。足を少し引きずっているが、かくしゃくたるものだ。年齢からくるのか、淡々とした演奏だったが、背筋を伸ばしたその演奏姿には高貴なものがあり、一夜明けた今でも目に焼き付いている。

 アンコールにドビュッシーの「シランクス」が演奏された。なるほど、プレトークで佐渡さんが、高校生のころ、ペーター=ルーカス・グラーフの楽屋に押し掛けて、この曲を聴いてもらった(当時佐渡さんはフルートをやっていた)というエピソードを話していたが、あれはアンコールの伏線だったのか。

 最後はベートーヴェンの交響曲第7番。佐渡さんとシティ・フィルとの組み合わせから想像できるように、熱い、熱い演奏だった。それは想像どおりなのだが、想像を超えた演奏が第4楽章で展開された。驚天動地の演奏、といったらいいか、目の前で起きていることがあまりにも破格なので、その意味がつかめない、という感じがした。今まで聴いた演奏のなかで、この演奏に匹敵するのは、ベルリンの壁が崩壊したときに、バレンボイムがベルリン・フィルを振って演奏したこの曲のこの楽章だけだ(ライヴCDが出ている。)。

 アンコールにモーツァルトのディヴェルティメントK.136の第1楽章が演奏された。甘く柔らかい音だった。
(2013.2.16.東京オペラシティ)
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ベルリン:ピーター・グライムズ

2013年02月16日 | 音楽
 最終日はブリテンの「ピーター・グライムズ」を観た。2009年にイングリッシュ・ナショナル・オペラで初演されたプロダクション。来年は当ベルリン・ドイツ・オペラ、イングリッシュ・ナショナル・オペラ、ボリショイ劇場で「ビリー・バッド」を共同制作するそうだ。

 演出はデイヴィッド・オールデン。新国立劇場でウィリー・デッカーの演出を観たが(あれはモネ劇場のプロダクションだ)、それとは正反対の演出だった。ウィリー・デッカーの場合は、余分なものを削ぎ落とし、本質のみを語る演出だった。一方、オールデンの演出は、猥雑なものを取り込み、ストーリーテラーとしての能力を前面に出した演出だ。

 登場人物の造形が面白い。退役船長のバルストロードは片腕の人物になっている。酒場の女将アーンティは足をひきずっている。姪の二人(売春婦だろう)はいつも人形を抱えている。その人形が二人にそっくりなので笑える。要するに、みんなどこかいかがわしい。そういうなかでピーター・グライムズと女教師オーフォードだけがまともに見える。

 そして、常にだれかが、なにかをやっている。それが音楽に合っているのだ。

 たとえば第2幕の幕切れ。ピーター・グライムズが少年をせき立てると、少年は崖から落ちてしまう。そこに村人が大挙して押しかける。しかしピーター・グライムズの小屋は空っぽなので帰って行く。音楽は静かになって幕が下りる――と思いきや、静かになったそのときに、ピーター・グライムズが少年を抱えて現れる。少年は頭から血を流している。放心したようなピーター・グライムズ。それをバルストロードが盗み見ている。バルストロードは次の幕でピーター・グライムズに引導を渡すわけだが、このときそれを決意したのではないか――と思わせた。

 総体的に、感銘の深さという点では、ウィリー・デッカーのほうに軍配が上がる。だが、観ていて面白いのはオールデンのほうだった。

 指揮はドナルド・ラニクルズ。昔ウィーンで「ビリー・バッド」を観たことがある。あのときと比べると、重い音はそのままに、柔らかい音、繊細な音が加わり、音色が多彩になった。見違えるようだった。

 ピーター・グライムズはクリストファー・ヴェントリス。パワーに加えて繊細さも併せ持っていた。オーフォードはミカエラ・カウネ。昔は娘役が多かったが、いつの間にか老け役もよくなった。
(2013.2.5.ベルリン・ドイツ・オペラ)
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ベルリン:ペール・ギュント

2013年02月15日 | 音楽
 4日目、この日はオペラやコンサートの選択肢もあったが、どうしてもバレエ「ペール・ギュント」を観たかった。イプセンの原作をどのようにバレエにしているか、興味をひかれたからだ。原作は、戯曲のかたちをとっているが、劇詩と銘打たれている。必ずしも演劇として上演されることを意図してはいない。むしろ想像力のなかで生きることを目指している。そういう作品はバレエに相応しいのではないかと思った。

 この推測は、半ばは当たり、半ばは外れた。まず当たった点は、想像どおり、話の展開が不自然ではないこと。北欧の想像上の生物(妖精)トロルが出てきたり、死に神が出てきたりしても、少しもおかしくない。バレエという器は、なんのこだわりもなく、それらを許す自由さがある。

 一方、外れた点は、一癖も二癖もある登場人物たちが、バレエになると、品のいい、毒を抜かれた存在になってしまうことだ。そのもっとも典型的な例はペール・ギュントの母オーゼだ。イプセンの原作では強烈な印象を与える登場人物だが、バレエになると、上品で賢明な母、というキャラクターになる。

 土台、イプセンの灰汁の強い――そして晦渋な――世界をバレエに求めるのは無理かもしれない。むしろこの物語を美しく描いてくれたことでよしとすべきなのだろう。

 たしかに美しい舞台だった。とくにモロッコの場面(例の「朝」が演奏される場面)は、舞台一面に茶色い砂を敷きつめて、美しい砂浜を現出していた。

 前日にはヴラジーミル・マラーホフがペール・ギュントを踊ったが、当夜は別のダンサーだった。これはぜひともマラーホフで観たかった――と後悔した。マラーホフくらいの強い個性がないと、ペール・ギュントは無理だ。

 振付はハインツ・シュペルリ。この物語を要領よくまとめていたが、一つだけひっかかった点がある。年老いたペール・ギュントが故郷を目指して航海する場面を、映像であっさり処理してしまったことだ。グリーグの音楽も他の場面に転用されていた。

 音楽は、基本的にグリーグの音楽を使っていたが、それだけではつながらないので、ブレット・ディーンとマーク=アンソニー・タネジの音楽を補足的に使っていた。ともに物語が幻想性を帯びる場面で使われていて効果的だった。

 指揮はRobert Reimer。バレエ伴奏の範疇を超えて、音楽として聴いても面白い演奏だった。
(2013.2.4.ベルリン・ドイツ・オペラ)
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ベルリン:松風

2013年02月14日 | 音楽
 「プロイセンの宮廷音楽」は午後3時半に始まって、午後5時に終わった。午後6時からはオペラの予定があったので、移動時間を考えると、ちょうどいい時間に終わった――と思ったら、それもそのはず、演奏家たちも移動するのだった。オーケストラピットには「プロイセンの宮廷音楽」に出ていた演奏家の姿が見えた。

 オペラは細川俊夫の「松風」。2011年5月にブリュッセルで初演され、ワルシャワ、ルクセンブルクに巡演した後、同年7月にはベルリンでも上演された。今回はその再演。

 2011年といえば、2月にベルリン・フィルの定期でホルン協奏曲「開花の時」が初演された。サイモン・ラトルの指揮、シュテファン・ドールのホルン独奏だった。そのときたまたまベルリンに行く機会があったので、わたしも聴きに行った。細川さんには温かい拍手が送られていた。

 2月にベルリン・フィルで、そして7月にベルリン国立歌劇場で、それぞれ新作が初演されたのだから、細川さんが築いた地歩がいかに確固としたものか、想像がつくというものだ。

 「松風」は同名の能が原作、作者は世阿弥だ。それをハンナ・デュブゲンがドイツ語の台本にし、細川さんが作曲し、サシャ・ヴァルツが演出・振付をした(コンテンポラリー・ダンス)。

 前作のオペラ「班女」は、同じ能といっても、三島由紀夫の「近代能楽集」が原作で、ドナルド・キーンが英訳したものを、細川さんが台本化したものだ。そもそもの性格はドラマだった。けれども今回の「松風」は、制作にサシャ・ヴァルツが深く関与していることから、――少なくともこのプロダクションで観るかぎりは――基本的にはダンスだ。

 ダンスとしては成功作なのだろう。だが、ドラマを求めると――わたしの場合はそうだったが――、肩すかしを食うプロダクションだ。

 歌手は初演時のメンバーが再結集した。松風はバーバラ・ハンニガン、その妹の村雨はシャルロッテト・ヘレカント。この二人はダンサーとともに舞台を動き回る。難易度の高い歌唱パートをこなしながら、ダンサー並みに動き回るのだから、世の中、ここまで進歩したのかと驚いた。たしかにこの二人なくしては、このプロダクションは成り立たないだろうと思った。

 指揮は、初演時はパブロ・ヘラス=カサドだったが、今回はデイヴィッド・ロバート・コールマンという人に変わった。
(2013.2.3.シラー劇場)

↓舞台の映像
http://www.youtube.com/watch?v=8S6JaoOSRfc
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ベルリン:プロイセンの宮廷音楽

2013年02月13日 | 音楽
 ベルリン国立歌劇場のコンサート・シリーズ「プロイセンの宮廷音楽」(全4回)の第2回コンサートがあった。バッハのブランデンブルグ協奏曲第6番とカンタータ「天より雨と雪の降るごとく」BWV18をメインにしたプログラム。どちらもヴァイオリンを欠いた特殊な編成だ。なかなか聴けそうで聴けないプログラム。

 1曲目はブランデンブルグ協奏曲第6番。ヴィオラ2本、ヴィオラ・ダ・ガンバ2本、チェロとコントラバス各1本、そしてチェンバロという編成。ヴァイオリンがなくても、こんなに充実した音になるのか――というのが実感だ。CDでは昔から聴いていたが、CDで聴いていると、沈んだような、くすんだ音色に聴こえる。だが、生で聴くと、洗練された、ひじょうに上質な音色に聴こえた。そのなかに音楽的な感興――実感に即していうと、若きバッハの情念――が渦巻いているようだった。

 演奏もよかった。とくにヴィオラ奏者2人は優秀だった。第1奏者はベテランの男性奏者、第2奏者は若い女性奏者。この女性奏者が、切れ味のいい、アグレッシヴな演奏を聴かせた。二人ともベルリン国立歌劇場のオーケストラ(シュターツカペレ・ベルリン)のメンバー表に載っていた。

 2曲目はテレマンの4本のヴィオラのためのコンチェルトニ長調TWV40:204。コンチェルトといっても、4本のヴィオラだけで演奏される曲。短めの軽い曲だ。

 3曲目はマラン・マレの2本のヴィオールのための組曲ト長調。2本のヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロで演奏される曲。リハーサル不足だったのか、2本のヴィオラ・ダ・ガンバの入りが合わないことがあった。ご愛嬌だ。

 4曲目はバッハのカンタータ「天より雨と雪の降るごとく」。第1曲のシンフォニアが始まると、ブランデンブルグ協奏曲第6番と同様、洗練された音の世界が広がった。若きバッハの実験精神――バッハの尖った個性――を受け止めるべき曲だと思った。通奏低音の補強のためにファゴットが1本入っていた。声楽(ソプラノ、アルト、テノール、バス各1人)は若い歌手たち。

 演奏面のリーダーはチェンバロ奏者のマティアス・ヴィルケMatthias Wilke。

 このコンサートはベルリン市庁舎(通称「赤の市庁舎」Rotes Rathaus)の大広間で開かれた。アレクサンダー広場に面した赤レンガ(これが通称の由来だ)の重厚な建物だった。
(2013.2.3.赤の市庁舎)

↓赤の市庁舎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Berlin_Rotes_Rathaus_2.jpg
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ベルリン:アトランティスの皇帝

2013年02月12日 | 音楽
 ベルリンではまずヴィクトル・ウルマン(1898-1944)の「アトランティスの皇帝」を観た。テレジン(ドイツ語名:テレージエンシュタット)の強制収容所で書かれたオペラ。よくこのオペラが後世に残ったものだ。ウルマンは1943年にこのオペラを書き、1944年3月にはリハーサルまで行った。しかし上演は許されなかった。当局が、このオペラの主人公「皇帝」はヒトラーを戯画化したものだと気付いたため、と推測されている。ウルマンは同年10月にアウシュヴィッツに移送された。到着直後に殺されたと推測されている。

 ウルマンはこのオペラの譜面を収容所仲間に託した。その人は生き残った。こうしてこのオペラは後世に残った。

 何人かの手を経て、1975年にアムステルダムで初演された。その後、ヨーロッパ各地で上演された。楽譜の校訂も進んだ。今回はベルリン国立歌劇場(リンデン・オーパー)の制作。本年1月26日に初演された。場所はシラー劇場のヴェルクシュテッテ(工房)。

 仮設の舞台と仮設の客席。舞台といっても、木製のやぐらが組まれているだけ。客席は100人分くらい。自由席。オーケストラピットなどないから、オーケストラ(10人くらいの編成)は照明器具の隙間に、窮屈そうに座っている。このようにすべて仮設だ。それがテレジンの状況を想像させた。もしテレジンで上演されていたら、このような環境だったのではないか――と。

 「皇帝」は最後に死を受け容れる。そのときの穏やかな音楽が胸にしみた。そうあってほしい、というウルマンの願いが感じられた。横に座っていたドイツ人の男性は目がしらを押さえていた。

 だが、この演出では、死んだはずの「皇帝」が生き返り、不敵な笑いを浮かべて、もとの椅子(=権力の座)に戻った。ウルマンの願いは叶えられなかった。事実、1944年当時、ヒトラーは健在で、死に至ったのはウルマンのほうだった。その苛酷な現実が暗示されていたのではないかと思う。

 もう一つ、ぜひとも触れておきたい場面は、戦場で男兵士と女兵士が出会う場面だ。お互いに殺し合うことができず、そこに愛が芽生え、肩を抱き合って戦場を去る。その音楽も美しかった。そこにもウルマンの願いが感じられた。

 歌手は若い人たち。みな渾身の歌と演技だった。指揮はフェリックス・クリーガー、演出はマシャ・ペルツゲン、という人。
(2013.2.2.シラー劇場ヴェルクシュテッテ)
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愛の妙薬

2013年02月10日 | 音楽
 今回はドイツ旅行の記録を書くべきだが、新国立劇場の「愛の妙薬」を観て、これがひじょうによかったので、先にその感想を。

 なんといっても、ネモリーノを歌ったアントニーノ・シラグーザがすばらしい。以前よりも少し声が太くなった気がするが、ともかく相変わらずだ。ロッシーニやドニゼッティを歌ったら、今、世界でも指折りの歌手の一人だと思う。それにこの人には根っからの茶目っ気がある。それが舞台では楽しい。

 もう一人、感心したのは、指揮者のジュリアン・サレムクールだ。軽い音で、しかも痩せていない音、そして弾みのある音だ。オーケストラは東京交響楽団。先日の「タンホイザー」とはまるで別のオーケストラだ。外国に出かけてもベルカント・オペラでこれだけの音――あえていえば、これほど繊細な音――は、めったに聴けない。

 サレムクールは、その名はよく目にしていたが、聴くのは初めて。こんなにいい指揮者だったとは――。1969年生まれ、ダン・エッティンガーと同世代だ。ベルリン国立歌劇場(リンデン・オーパー)で「音楽総監督助手兼カペルマイスター」のポジションにある。音楽総監督とはバレンボイムのこと。バレンボイムの片腕なのだろう。

 以上の二人――シラグーザとサレムクール――は、この公演で、取り換えのきかない、絶対的な存在だった。

 もっとも、他の歌手が弱かったわけではない、むしろ高レベルだった――そのことが公演の水準を上げていた。アディーナを歌ったニコル・キャベルは第2幕最後のアリアで力量を発揮した。ドゥルカマーラのレナート・ジローラミは声も演技も十分。ベルコーレの成田博之は外人勢に交じっても立派な声。ジャンネッタの九嶋香奈枝も健闘した。

 そして、これは皆さんのいうとおりだが、合唱がすばらしい。たしかに、外国の合唱とくらべて、ソノリティのきめの細かさと透明感では、頭抜けている。

 このプロダクションは2010年の初演、今回は再演。わたしは初演のときも観たが、あのときは指揮者のテンポとリズムが重かった。今回初めてこのプロダクションの真価が現われたのではないだろうか。終始、途切れることなく、笑いが仕掛けられている。初演のときにはこの仕掛けが生きなかった。演出はチェーザレ・リエヴィ。演劇畑の人らしく細かな作りこみだ。明るくポップで、奇抜な舞台も楽しい。それも今回の演奏を得て初めて生きてきた。
(2013.2.9.新国立劇場)
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帰国報告

2013年02月07日 | 身辺雑記
本日、無事に帰国しました。
今回はベルリン5泊、やっぱり5泊もすると、ゆっくりできますね。
今回観た(聴いた)オペラとコンサート(そして今回はバレエも)は次のとおりです。
2月2日(土)ヴィクトル・ウルマン作曲オペラ「アトランティスの皇帝」
3日(日)コンサート・シリーズ「プロイセンの宮廷音楽」第2回
3日(日)細川俊夫作曲オペラ「松風」
4日(月)バレエ「ペール・ギュント」(音楽:グリーグ他)
5日(火)ベンジャミン・ブリテン作曲オペラ「ピーター・グライムズ」
後日また報告させてもらいます。
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旅行予定

2013年02月01日 | 身辺雑記
本日よりベルリンに行ってきます。ベルリン5泊、2月7日に帰ってきます。帰ってきたら、また報告します。
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