Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

高関健/東京シティ・フィル

2021年03月27日 | 音楽
 高関健が東京シティ・フィルの常任指揮者に就任してから6シーズンが経過した。コロナ禍で各オーケストラが不安定な活動を続けるなかにあって、東京シティ・フィルが比較的安定しているのは、高関健の存在が大きいにちがいない。当夜のプログラムは、当初はヴェルディの「レクイエム」が予定されていたが、さすがにこの状況では大規模な声楽を伴う曲は無理ということで、後述するプログラムに変更になったが、その場合でも手綱を緩めずに、オーケストラに緊張を強いる曲を選ぶのは、いかにも高関健らしい。それがこのオーケストラのモチベーションの維持につながっているのだろう。

 「オーケストラに緊張を強いる曲」とは、2曲目に演奏されたショスタコーヴィチの交響曲第8番のことだが、その前にモーツァルトの交響曲第31番「パリ」が演奏された(第2楽章は初稿)。高関健がプレトークでふれていたように、モーツァルトがパリでの成功を願って、音型もオーケストレーションも派手に書いた部分をあえて強調した演奏で、わたしは「この部分がそれかな」と思いながら楽しんだ。

 ショスタコーヴィチの交響曲第8番は、冒頭の低弦の深々として悲劇的な音色からして、「おおっ」と思わせた。高関健と東京シティ・フィルの並々ならぬ意欲はもちろんだが、それが先走らずに、響きの練度を上げていく演奏姿勢が伝わった。長大な第1楽章での多彩な音色を聴くと、オーケストラの音の抽斗が(高関健のもとで)ずいぶん豊富になったことを感じた。第2楽章と第3楽章での鋭い音も見事だった。また全体を通して、ファゴット、トランペット、ホルンなどのソロも安定していた。

 最終楽章(第5楽章)でちょっとしたアクシデントがあった。すでに多くの人がSNSで発信していることだが、チェロの首席奏者の弦が切れた。隣の席の奏者が首席奏者と楽器を交換して(そのとき高関健は休止を心持ち長めにとった)、その奏者が舞台裏に引きさがる一方、首席奏者は演奏を続けた。その直後に首席奏者のソロがあった。危機一髪だ。聴衆が固唾をのんで見守るなか、そのソロの艶やかな音色が響きわたった。

 盛大な拍手が起こった。アクシデントがあったにせよ、充実した演奏を展開した指揮者とオーケストラへの心のこもった拍手だった。楽員が解散してからも拍手が鳴りやまず、高関健がふたたび舞台に登場した。その拍手には高関健への東京シティ・フィルの聴衆のたしかな支持が感じられた。

 高関健は新国立劇場での新制作のストラヴィンスキーの「夜鳴きうぐいす」とチャイコフスキーの「イオランタ」の急な代役の仕事が舞い込み、そのリハーサルと並行してこの演奏会のリハーサルを進めた。ハードな状況だったろうが、見事な成果をおさめた。
(2021.3.26.サントリーホール)
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水戸芸術館「3.11とアーティスト:10年目の想像」~吉田秀和の遺志

2021年03月26日 | 美術
 水戸芸術館で「3.11とアーティスト:10年目の想像」展が開催中だ。亡き吉田秀和が館長として深くかかわり、また水戸室内管弦楽団が定期的に演奏会を開いているので、全国の音楽ファンにはなじみの同館だが、わたしは行ったことがなかった。そこで吉田秀和を偲ぶ意味もあって、同館を訪れた。

 東日本大震災のときには同館も大きな被害を受けた。また被災者の避難所にもなった(あまり語られることはないが、東日本大震災においては、岩手、宮城、福島の東北3県だけではなく、茨城県も被害が大きかった)。

 吉田秀和は4月1日に水戸に入り、職員全員を集めて話をした。その内容が「吉田秀和――音楽を心の友と」(音楽之友社、2012年12月発行)に抜粋して収められている。吉田秀和はまず「やっと今日、あなた方にお会いできて、私はうれしいです。もう少し早く来たかった」と切り出して、こう語っている。

 「今度の災害で、僕が思ったのは、あんなに巨大な地震が来て、あんなに大きな津波が来るというのは、想定外だと言っているけれど、でも日本にも何人か学者もいるでしょうし、あれだけの危険なエネルギーの源泉を日本のこの狭い国土のあちこちに建てるについては、やっぱり国民の生命と財産の安全に責任を持った上でした仕事だろうに、想定外と言うことで間に合わせるような気風を見ていると、その人たちを責めるというよりも、やっぱり僕たち、日本人全体として、イマジネーション、貧弱だったのかな」と。

 吉田秀和はそこから話を進めて、想像力をつちかい、自分を豊かにする大切さを説いている。吉田秀和は翌年5月22日に亡くなった。その前年の話だ。当時、吉田秀和は97歳。高齢だが、クリアーな話に感銘を受ける。

 現在開催中の「3.11とアーティスト:10年目の想像」展の「想像」は、その吉田秀和の話に端を発しているのではないかと感じる。そうだとすると、吉田秀和の遺志がいまも同館の職員に受け継がれていることになる。本展は東日本大震災から10年目の、アーティストから被災者への応答であるとともに、同館職員から吉田秀和への応答でもあるだろう。

 本展は5人と2組のアーティストの作品からなる。どれもなんの予備知識もなく、ふらっとその場に行って、なにかを感じればよい作品だ。わたしは小森はるか+瀬尾夏美の映像作品「二重のまち」をじっくり見た。若者4人が被災地を訪れて、被災者の話を聞きながら、物語「二重のまち」を内面化する過程を追った作品だ。記憶の継承の困難さと、それにもかかわらず手間暇かけて継承する尊さを考えさせられた。
(2021.3.24.水戸芸術館)

(※)水戸芸術館のHP
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ポール・オースター「オラクル・ナイト」

2021年03月23日 | 読書
 友人と隔月で開いている読書会は、コロナ禍のために、昨年3月からはメールで済ませているが、それでも続いている。テーマ作品は交互に決めている。今月は友人の番でポール・オースターの「オラクル・ナイト」(柴田元幸訳、新潮社刊)になった。わたしは著者も作品名も知らなかった。そこでこれも一興と、なにも調べずに、いきなり読み始めた。未知の作品との出会いも読書会の楽しみのひとつだ。

 読み始めてまずわかったことは、舞台がニューヨークということ。主人公の「私」はマンハッタンから川を一本隔てたブルックリン地区に住んでいる。名前はシドニー・オア。若手の作家だ。シドニー(愛称:シド)には妻がいる。名前はグレース。出版社のデザイナーをしている。シドは小説「架空の弟との自画像」の出版のために、その出版社を訪れ、グレースに出会った。やがて二人は結婚して幸せに暮らしている。

 ――というのが物語の前提だ。なんの変哲もない設定だが、ひとつだけ奇妙な点があるとすると、それは「架空の弟との自画像」という題名だ。「私」と架空の弟との二重肖像画だが、なぜ架空の弟を加えるのか。その架空の弟とはどんな存在なのか。「私」の内面のなにかを表象するのだろうが、それはなにか。じつは「架空の弟との自画像」という題名は第二次世界大戦後のアメリカで起きた抽象表現主義の画家のひとり、ウィレム・デ・クーニングの鉛筆ドローイングの題名にあるらしいが、それはどんな作品か。

 その「私」と架空の弟との二重性は本作の特異な構造を象徴する。本作は大小さまざまな二重構造からなっている。言い換えると、イメージや出来事が繰り返される。本作の前半では「私」はリアルな生活を送る一方で、ノートに小説の構想を書き進む。そのリアルな生活と小説の構想とが奇妙な相似形をなす。読者はいま読んでいる部分が「私」のリアルな生活か、ノートに書き進められている小説の構想か、混乱する仕掛けになっている。

 後半は一気に進む。正直にいうと、わたしはリアルな生活と小説の構想とが迷路に入って行き詰り、閉塞状態で終わることを期待した面がある。だが、作者はそれを明快に否定し、決着をつける。プロの作家(ポール・オースターは人気作家らしい)とはそういうものかもしれない。

 で、物語は終わるが、その終わり方にも二重構造が秘められている。物語は1982年9月18日に始まり、それから数日間の出来事を追う。何月何日、何時何分と明確に書かれている(それは場所がニューヨークの何地区の何通りと明確に書かれていることとパラレルだ)。ところが「私」が物語を書いているのは、約20年後の「今」だ。約20年の間になにが起きたか。それはなにも書かれていない。「私」も妻も物語の前と後とで同じであるはずはない。では、二人はその後どうなったか。読者の思いは空をさまよう。
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ジェームズ・レヴァインの想い出

2021年03月20日 | 音楽
 指揮者のジェームズ・レヴァインが3月9日に亡くなった。享年77歳。まだ若かったんだなと思う。ジェームズ・レヴァインを聴いたことは2度ある。たった2度だが、いずれも自分史のなかでは忘れがたい想い出になっている。

 1度目は1983年にザルツブルク音楽祭に行ったとき。それはわたしの初めてのザルツブルク音楽祭体験だった。当時の同音楽祭はカラヤンが君臨していた。わたしはカラヤンの指揮と演出で「ばらの騎士」を観た。その他にマゼールの指揮で「フィデリオ」、ムーティの指揮で「コジ・ファン・トゥッテ」そしてレヴァインの指揮で「魔笛」を観た。ウィーン・フィルの演奏会は2回、サヴァリッシュの指揮とムーティの指揮で聴いた。

 当時のザルツブルク音楽祭は指揮者・歌手ともにスター路線の最後の輝きのなかにあった。「魔笛」の歌手はタミーノがペーター・シュライアー、パミーナがイレアナ・コトルバシュ、パパゲーノがクリスチャン・ベッシュ、ザラストロがクルト・モル、夜の女王がエディタ・グルベローヴァだった。ビッグネームが並んでいた。

 演出はジャン=ピエール・ポネル。歌手たちのあいだでなにか混乱が生じ(もちろんそれは演出だ)、オペラが止まってしまうと、レヴァインがマイクを取ってなにかを叫び、それでオペラが再開する場面があった。わたしはそれと同じ手法を後年ペーター・コンヴィチュニー演出の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(ハンブルク歌劇場)で観た。

 ともかくレヴァインは当時、並みいる若手指揮者のなかでも、頭一つ抜けた大物のように見えた。

 2度目は2004年にニューヨークのメトロポリタン歌劇場に行ったとき。それはわたしの最初で最後の(いまのところ最後の)ニューヨーク体験だった。ニューヨークに行った目的は同歌劇場でワーグナーの「ニーベルンクの指輪」四部作を観ることだった。指揮はレヴァイン。その指揮は重心が低く、たっぷりためを作り、雄大にオーケストラをドライブするものだった。わたしはレヴァインの実力に開眼した。当時のレヴァインは脂の乗り切ったころだったのだろう。演出はオットー・シェンク。同歌劇場で長年使われている演出だったが、細かいところも十分作り込まれていて、ルーティン的な印象は受けなかった。歌手では「ワルキューレ」でジークムントを歌ったプラシド・ドミンゴに圧倒された。

 ニューヨークでは日中は美術館巡りを楽しんだ。オペラのない夜には老舗のジャズ・クラブ「ヴィレッジ・バンガード」に行ってみた。ニューヨーク・フィルの定期演奏会にも行った。指揮はシャルル・デュトワだった。そのデュトワも、レヴァインも、ドミンゴも、近年セクハラ問題が浮上した。クラシック音楽界の闇の部分を垣間見た思いがする。
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B→C 山根一仁 ヴァイオリン・リサイタル

2021年03月17日 | 音楽
 東京オペラシティの「B→C」(ビートゥシー)リサイタル・シリーズに山根一仁(やまね・かずひと)が登場して、無伴奏ヴァイオリン曲のみによるプログラムを組んだ。そのプログラムも演奏もきわめて充実していた。

 当夜、会場に着くと、曲順が変更になっていた。当初の発表ではプログラムの前半はバッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」で締めて、後半はバルトークの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」で締める予定だったが、前半と後半で曲が入れ替えになった。それに伴ってその他の曲も少し入れ替わった。なぜ入れ替えたのか。想像すると興味深かった。

 さて、1曲目はベリオ(1925‐2003)の「セクエンツァⅧ」。音の強弱、音価、その他あらゆる要素がくっきりとコントラストをつけて書かれた曲――と、山根一仁の演奏を聴いて思った。ベリオのセクエンツァ・シリーズはいま聴いても色褪せていないと感じた。

 2曲目はビーバー(1644洗礼‐1704)の「ロザリオのソナタ」から最終曲「パッサカリア」。いまにも壊れそうな感じのする繊細な演奏だった。ベリオの激しい演奏とは対極にあるその演奏にじっと息をひそめた。

 3曲目はバルトーク(1881‐1945)の「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」。すさまじい集中力で作品に喰らいつくような演奏だった。まさに入魂の演奏。わたしにとっては当夜の白眉だった。この曲をプログラムの後半から前半に移したのは、もしかするとスタミナ配分への考慮だったか、と思われた。少なくともわたしはその演奏に打ちのめされた。

 石川亮子氏のプログラム・ノーツに「バルトークのアメリカ時代の作品が以前よりも分かりやすいものになったと説明されるが、技巧的にも内容的にも大変な難曲とされる本作品が、バルトークにとって生涯最後の完成作品となりました」とあった。まさに同感で、この曲はバルトークの創作活動の集大成だ――と、そんな感慨を覚えた。

 4曲目はヴィトマン(1973‐)の「エチュードⅢ」。2018年のサントリーホール・サマーフェスティバルでこの曲の初演者、カロリン・ヴィトマン(作曲者の妹)の演奏で聴いた曲だが、そのときよりも当夜の演奏のほうがインパクトがあった。

 5曲目はバッハ(1685‐1750)の「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」。この曲になると、会場の空気が一変した。清澄な空気のなかにバッハの充足した音楽が流れた。例の「シャコンヌ」さえも過度な思い入れを感じさせず、全体の様式感のなかに収まった。若いにもかかわらず(1995年生まれ。現在はミュンヘン国立音楽演劇大学に在籍中)少しも精神的な未熟さを感じさせない山根一仁は、恐るべき才能だ。
(2021.3.16.東京オペラシティ・リサイタルホール)
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岡田温司「虹の西洋美術史」

2021年03月14日 | 読書
 先ごろ岡田温司の「西洋美術とレイシズム」(ちくまプリマー新書)を読んだ後で、同じ著者の「虹の西洋美術史」(同)を読んだ。虹を描いた絵画の歴史をたどったもの。虹という比較的小さなテーマでこれだけ豊富な作例を引きながら西洋美術史を語る著者の語り口は、もはや名人芸だ。200頁足らずの本文を15の章に分け、著者が「あとがき」でいう「紙芝居」のように話を展開する。

 本書が刊行されたのは2012年12月だ。東日本大震災から1年余り。虹は希望や慰めの象徴だ。著者の意図に被災者の慰霊や復興の願いがなかったかどうか。著者は「あとがき」で「「虹」を切り口にして西洋美術2500年の歴史をたどること、いつかそれをやってみたいと考えてきた」という。本書の執筆意図と東日本大震災とを必ずしも結びつけてはいないが、本文中で東日本大震災を示唆する箇所が2か所ある。以下に引用しよう。

 「今でこそ予測や予防の手段が発達したとはいえ、それでも自然は人為をはるかに超えている。そのことをわたしたちはつい先ごろ、改めて思い知らされたところだ。」(20頁)
 「二十一世紀の現代でさえ、天変地異を科学的に予測することは困難を極めるのだ。わたしたちはここ数年、ますますそのことを実感しつつある。」(115頁)

 そんな自然を前にして、無力を認めざるを得ないわたしたちは、嵐の去った後の虹に、また一雨来た後の虹に、さまざまな思いを投影する。多くの人が口ずさむ「虹の彼方に」はこう歌う。「空高くかかる虹の彼方に、かつて子守歌できいた土地がある」(大意)と。

 去る2月15日に都内では大きな虹が出た。わたしも家から出て、その虹に見とれた。くっきり弧を描く虹の色を数えてみた。外側から順に、赤、黄、青がみとめられた。では、虹は3色か。でも、3色のあいだに判然としないゾーンがあり、3色とは言い切れなかった。ところで虹は7色ではないのか。だが、いくら数えても、7色は確認できなかった。

 本書によると、3色説はアリストテレスに由来し、7色説はニュートンに由来する。もっとも、アリストテレスもニュートンも、それぞれ留保条件をつけているのだが、いつの間にか留保条件は忘れられ、3色説、7色説が一人歩きしたようだ。

 各時代の画家たちは、虹を3色で描いたのか、それとも7色で描いたのか。このテーマは本書のいくつかの章にまたがって追跡される。興味深いことには、大半の画家は(たとえニュートン以後であっても)3色で描き、7色の作例は例外的だ。その他、4色とか1色とかの作例もある。そんな曖昧さが意外に虹の本質かもしれないと思った。だからこそ人々は虹にさまざまな思いを投影できたのではないか。その結果が、本書が取り上げたような多種多彩な絵画に結実したのだろう。
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コンスタブル展

2021年03月10日 | 美術
 三菱一号館美術館でコンスタブル展が開かれている。展示作品の大半はロンドンのテート美術館の所蔵品。コロナ禍のため、海外から作品を借りてくる大型企画展はしばらく無理かと思っていたが、本展は無事開催された。

 ジョン・コンスタブル(1776‐1837)はイギリスの風景画家。ターナー(1775‐1851)と同世代だ。二人はライバル同士だった。作風がまったくちがう。ターナーの色彩豊かで華やかな作風とは対照的に、コンスタブルの色彩は抑制的で穏やかだ。刺激的な点ではもちろんターナーだが、じっくり見れば、コンスタブルもいい。同時代の詩人ワーズワース(1770‐1850)の詩と通じるのはコンスタブルのほうだろう。

 上掲のバナー(↑)に使われている作品は「フラットフォードの製粉所(航行可能な川の情景)」(1816‐17)。コンスタブルの代表作のひとつだ。手持ちの画集で見たことがあるが、実際に見ると、意外に重心が低いと感じた。なぜそう感じたのか。それはたぶん大樹の影が画面下部の右から左に大きく伸びているからだろう。実際に見ると、その存在感が圧倒的だ。

 川の縁にかがんでロープを手繰る少年は、その影のなかにいる。一方、手前で馬に乗っている少年は影から出て、明るい日差しのなかにいる。本作で一番目立つ人物だ。でも、なぜ少年なのだろう。その人物は労働者のはずだ。馬は艀(はしけ)を引くためのもの。動力をもたない艀は、川べりの道を歩む馬に引かれて川を進む。その艀が(画面左下にわずかに描かれている)橋の手前に来たので、労働者たちは馬からロープをはずして、艀を橋の下に通そうとしているのだ。

 馬に乗った労働者が少年に描かれている理由は、本作のキャプションでわかった。「馬に乗る少年は、この土地で過ごした画家の少年時代そのものと見なすことができる」と。なるほど、そうだとすると、本作の明るい幸福感も理解できる気がする。馬の前に転がっている黒い帽子も、少年時代の思い出か、あるいは画家のいたずらだろう。画像ではわからないが、実際に見ると、その帽子の手前の地面に(落書きのように)コンスタブルの署名がある。思わず微笑んだ。

 展示作品からもう一点あげると、「虹が立つハムステッド・ヒース」(1836)という作品がある。最晩年の作品だ。わたしはこれを岡田温司の「虹の西洋美術史」(ちくまプリマー新書、2012年)で見たことがあるが、実際に見ると、心が洗われるように美しい。「フラットフォードの製粉所」が、わたしもその絵のなかの一員であるかのような感覚になるのにたいして、「虹が立つハムステッド・ヒース」は澄んだ心象風景に感動する作品だ。
(2021.3.9.三菱一号館美術館)

(※)本展のHP(上記の2作品の画像が掲載されています)
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カーチュン・ウォン/日本フィル

2021年03月06日 | 音楽
 インキネンの代役に立ったカーチュン・ウォンKahchun WONGは、何かの機会にその名前を耳にしていたので、期待が大きかったが、実際に聴いてみると、期待以上の才能だ。その登場に接した喜びが、一夜明けたいまも余韻として残っている。

 カーチュン・ウォンはシンガポール出身の若手指揮者。クルト・マズアの愛弟子だったらしい。2016年のグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールに優勝し、2018/19年のシーズンからニュルンベルク交響楽団の首席指揮者をしている。ちなみにグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールはバンベルク交響楽団が主催するコンクールで、2004年の第1回コンクールの優勝者はグスタヴォ・ドゥダメルだ。

 今回カーチュン・ウォンは基本的にはインキネンのプログラムを引き継いだが、1曲だけ変更した。インキネンはリヒャルト・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を予定していたが、これをショスタコーヴィチ(ルドルフ・バルシャイ編曲)の「室内交響曲」に変更した。結果、プログラム全体の印象がガラッと変わった。その効果は驚くべきものだ。カーチュン・ウォンは4月にはカンブルランの代役で読響の定期を振るが、そこでもプログラムを一部変更している。その効果も絶大だ。

 前置きが長くなったが、昨夜の演奏会の話に入ると、1曲目は上記のショスタコーヴィチ(ルドルフ・バルシャイ編曲)の「室内交響曲」。原曲は弦楽四重奏曲第8番だ。ショスタコーヴィチ音型のDSCHが出てきたり、チェロ協奏曲第1番のテーマが引用されたり、ワーグナーの「リング」のライトモチーフが引用されたりと、交響曲第15番との関連がうかがえる曲。それをバルシャイは弦楽合奏用に編曲した。

 カーチュン・ウォンの指揮は、音楽への没入がすごく、その集中力と、しかし主観的にはならずに、揺るぎない構築力を示すもので、これは大した才能だと思わせた。一方、日本フィルから出てくる音は、ラザレフの薫陶を思わせる音で、ラザレフ効果が脈々と息づいていることを感じさせた。

 2曲目はリヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲。オーボエ独奏は首席奏者の杉原由希子。この奏者特有のはっきりした発音が際立った。オーケストラは前曲とは打って変わって、みずみずしい音色で表情豊か。オーボエ独奏に絡むクラリネットも洒脱だった。

 3曲目はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。淀みない流れで、そこに細かいドラマが生起する。けっして一本調子にはならない。初めて振るオーケストラでこれだけそのオーケストラと一体化した演奏をするカーチュン・ウォンは、並みの才能ではないだろう。
(2021.3.5.サントリーホール)
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山田和樹/読響

2021年03月05日 | 音楽
 満を持してという感のある山田和樹の登場だ。満を持してなどと、なにを大袈裟なと叱られそうだが、演奏会を聴いた後では、そう感じた。それほど山田和樹はオーラを放っていた。とくにメインのグラズノフの交響曲第5番ではそうだった。

 1曲目はウェーベルンの「パッサカリア」。弦の音の透明感と、衝動的な曲想の変化がよく出た演奏だった。山田和樹は以前に日本フィルでシェーンベルクの「浄められた夜」の圧倒的な演奏を聴かせたことがある。それを思い出した。曲にたいする肉薄が尋常ではない。山田和樹のこの種の音楽には要注目だ。

 2曲目は別宮貞雄(1922‐2012)の「ヴィオラ協奏曲」(1971)。尾高賞受賞作品なので、評価の高い作品だろうが、わたしが実演で聴くのは初めてだと思う。実演で聴いてみると、ヴィオラの音域をいかした名曲だ。別宮貞雄には「ヴァイオリン協奏曲」(1969)があり、それも名曲だと思うが、こうして「ヴィオラ協奏曲」を聴くと、両曲それぞれにヴァイオリン、ヴィオラでなければならない必然性を感じる。

 ついでにいうと、別宮貞雄にはチェロ協奏曲「秋」(1997)がある。わたしは未聴だが、どういう曲だろう。いずれ聴く機会があるのかどうか。別宮貞雄は、以前は時々演奏会で姿を見かけたが、いつしか見かけなくなり、ひっそり亡くなった印象がある。来年は没後10年、生誕100年なので、それなりに蘇演の機会に恵まれるかもしれない。

 なお「ヴィオラ協奏曲」の独奏は読響の首席の鈴木康浩だった。ヴィオラ特有の美音が発揮され、輪郭がはっきりした演奏だった。モチベーションの高さというか、この曲を弾く目的意識が明確な演奏だった。演奏会場には在京オーケストラのヴィオラ奏者の姿を見かけた。同業者からも注目される演奏だったろう。

 3曲目は(前述の通り)グラズノフの交響曲第5番。第1楽章の伸びやかな旋律は、指揮者、オーケストラとも意識的に演奏している感じがしたが、第2楽章の妖精の踊りのような音楽は、指揮者とオーケストラが一体となり、水も漏らさぬ緊密な演奏だった。第3楽章の抒情的な音楽にもその緊密さは引き継がれ、第4楽章の躍動的な音楽では、緊密さはそのままに、目の覚めるようなダイナミックな演奏が展開された。

 その第4楽章で、わたしは山田和樹の背中にオーラを感じた。山田和樹は前からスター指揮者だったが、今回はスター指揮者の風格が出てきたことを感じた。読響の指揮者陣のなかでは、常任指揮者のヴァイグレが丸みのある音楽づくりなので、首席客演指揮者の山田和樹がダイナミックな音楽づくりなことが好対照に感じられた。
(2021.3.4.サントリーホール)
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岡田温司「西洋美術とレイシズム」

2021年03月02日 | 読書
 西洋美術の伝統的なテーマの一つに「東方三博士」がある。新約聖書の「マタイによる福音書」によればイエスが生まれたときに、「東の国の博士たち」(岩波文庫「福音書」、塚本虎二訳)が幼子イエスを訪ね、黄金、乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)を捧げたとある。その場面を描いた作品だ。

 そのテーマの作品は、国内の美術館ではあまり見かけないが、欧米の美術館には必ずといっていいほどある。それほどポピュラーなテーマだが、わたしはいままで三博士のうちの一人が黒人に描かれている作品に出合うごとに、なぜ?と思っていた。

 その理由が岡田温司(おかだ・あつし)の「西洋美術とレイシズム」(ちくまプリマー新書、2020年12月刊)を読んでわかった。

 そもそも一般的に「東方三博士」といわれるが、上記のとおり「マタイによる福音書」には「博士たち」と書かれているだけで、三人とは明記されていない。それが三人となったのは幼子イエスへの贈り物が、黄金、乳香、没薬の三つだったからだ。やがて三人は、青年、壮年、老年の三世代に割り振られた。さらに時代が下って8世紀ころには、三人は世界の三大陸、すなわちヨーロッパ、アジア(イスラム圏)、アフリカに結びつけられた(当時アメリカは未発見)。14世紀に入ると、三博士の従者に黒人が描かれるようになった。そして15世紀になると、三博士の一人(青年)が黒人として描かれるようになった。その際三博士と聖母子(聖母マリアと幼子イエス)との位置関係は、聖母子にもっとも近い位置に老年(ヨーロッパ)が、そこから少し距離を置いて壮年(アジア)が、そして後方に控えるように青年(アフリカ)が描かれた。そこにはアジア・アフリカを「「他者」として差異化し階層化しようとする」(本書152頁)ヨーロッパ目線がうかがえる。

 それらのことは「近代的ないわゆる科学的レイシズムとは区別されなければならない」(同頁)が、現代社会とはちがって視角的な情報に乏しい中世・ルネサンスの時代にあっては、人々に与えた影響は測り知れないと本書は指摘する。さらに時代をくだり、大西洋奴隷貿易(いわゆる三角貿易)の時代から帝国主義の時代まで、夥しい絵画がその時代の差別意識を反映して描かれた。

 本書で扱われる主要なテーマは、旧約聖書の「創世記」に現れるノア(ノアの洪水のノア)の呪われた息子ハムの物語と、父祖アブラハムが追放した女奴隷ハガルと(アブラハムがハガルに産ませた)イシュマエルの物語だ。聖書の記述とは関係なくそれらのエピソードは、黒人、ユダヤ人、ムスリム、ロマと重ねて絵画化された。そのことが豊富な作例によってあとづけられる。一方、そのような時代性をこえて、黒人やロマに人間的な尊厳を見出したデューラー、レンブラント、ベラスケス、ミレーなどの作品も紹介され、感動を呼ぶ。
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