Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

怒りをこめてふり返れ

2017年07月29日 | 演劇
 ジョン・オズボーン(1929‐1994)の演劇「怒りをこめてふり返れ」(1956)は、わたしが大学生の頃は(1971~1975)すでに伝説的な作品だった。時代はその先を模索していた。わたしは「怒りをこめて…」を読みもせず、時代の荒波に流されていた。

 就職してからは、文学から遠ざかり、演劇を観る余裕もなく、音楽だけを続けていた。そんなわたしが、定年の3年前に早期退職し、第2・第3の職場で働く今、青春の記憶が宿るこの作品に出会うことに、一種の感慨があった。

 わたしは緊張した。どういうわけか、60歳代の半ばになって、この作品に出会うことに緊張した。いきなり舞台を観るのは恐かった。戯曲はすでに絶版になっているので、古本を買って読んでみた。

 わたしは圧倒された。主人公の若者ジミーが、妻のアリソンにむかって絶え間なく悪態をつくことに辟易した。今の感覚なら、アリソンはとっくのとうに家を出て行くだろうに、そうしないのはなぜだろうと思った。物語の展開はあるのだが、ジミーが(主にアリソンにむかって、やがて他の人にも)悪態をつくことに変わりはない。

 ジミーの怒りが、実の所、イギリスの根強い階級社会(今もそうだといわれている)にむけられていること、また戦後10年あまりたって、‘正義’を喪失した時代にむけられていることはよく分かったが、それが今の日本とどう関わるかは、見当がつかなかった。

 そんな状態で舞台を観た。第一印象は、意外に喧騒と静寂との対比があるということだった。ジミーがつく悪態の、嵐のような騒々しさと、それが一息つくときの静けさとが、鮮明な対比を成していた。それは音楽的でさえあった。

 感じたことの第二は、この作品は現代の日本社会に通じるかもしれないということ。ブラック企業に働く若者たちの多くは、わたしを含むリタイア世代に、「あの連中はいい思いをしている」と反感を持っているかもしれない。この作品は、図らずも、現代社会に潜在する‘怒り’に触れる可能性がある。

 だが、それにしては、最後が甘いと思った。ジミーとアリソンとの愛の蘇生の物語はよいのだが、あまりにも甘く、メロドラマ風に収斂しはしなかったろうか。2人の(心理的な)距離のとり方に、もう一工夫の余地はなかったかと思う。

 ジミー役の中村倫也とアリソン役の中村ゆりの演技には、繊細な感性が感じられた。
(2017.7.26.新国立劇場小劇場)
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フルシャ/都響

2017年07月27日 | 音楽
 毎年恒例のフェスタサマーミューザにはあまり出かけたことがないのだが(川崎まで行くのが億劫なため。行ってしまえばそんなに遠くないことは承知しているが‥)、フルシャ/都響の「我が祖国」はぜひ聴いておきたいので行ってきた。

 このようなコンサートの場合、オーケストラがどのくらいの練習日数を取るのかはよく知らないが、定期と同じ3日間ということはないと思う。ともかく少ない(だろう)練習にもかかわらず、フルシャ/都響は息の合った演奏を展開した。都響はフルシャのやりたいことがよく分かっており、またフルシャも都響がついてくることを信頼している、という演奏だった。

 弦が多彩な音色で雄弁に歌い上げ、木管が絶妙のバランスでハーモニーを添える。時には(第3曲「シャールカ」でのクラリネット・ソロや第6曲「ブラニーク」でのオーボエ・ソロのように)木管の名人芸が冴える。金管は安定し、またティンパニが要所で強打を打ち込む。それらすべてにフルシャの意図を汲んだ都響の心意気が感じられた。

 2台のハープは舞台の上手と下手に分散して配置され、第1曲「高い城」の冒頭でその掛け合いがステレオ効果を生んだ。

 フルシャは(どんな曲の場合でも)恩師ビエロフラーベク譲りの正統的な解釈をするが、一方で激しいテンペラメントの持ち主でもあり、そういう一面は第3曲「シャールカ」などの最後の激しい追い込みによく表れていた。

 「我が祖国」の演奏には、熱い演奏、叙情的な演奏、劇的な演奏などが考えられるが、フルシャの演奏は骨格がしっかりした‘楷書体’の演奏だった。わたしはそこからスメタナの人生が透けて見えると思ったとき胸が熱くなった。

 いうまでもなくスメタナは、第1曲「高い城」を書いているときに、聴力を完全に失った。そのときのショックは、「我が祖国」と同時期に書かれた弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」の第4楽章に描かれているわけだが、「我が祖国」にはその影が微塵も落ちていないことに、今更ながらではあるが驚嘆した。

 スメタナは当時‘失聴’以外にも、妻との関係が悪化し、また仕事では対立者との抗争に疲れ果てていたが、そんな最悪の時期にもかかわらず、「我が祖国」には明るい精神の輝きがある。それはスメタナの精神力という次元を超えて、神がスメタナのペンに降りてきた、ということのように感じられた。
(2017.7.26.ミューザ川崎)
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藤岡幸夫/東京シティ・フィル

2017年07月23日 | 音楽
 藤岡幸夫が客演指揮する東京シティ・フィルへ。わたしの友人は同じ時間に上岡敏之/新日本フィルへ行き、また別の会場ではヤクブ・フルシャ/都響もある。1時間遅れで川崎ではジョナサン・ノット/東響があるという盛況ぶり。

 藤岡幸夫/東京シティ・フィルの1曲目は、ヘンリー・パーセルの「シャコンヌ」。ベンジャミン・ブリテンが弦楽合奏用に編曲したもの。古風な美しい曲だ。原曲は4台のヴィオールのための曲(プログラム・ノートより)。ブリテンがどんな機会に編曲したのか、オールドバラ音楽祭で演奏するためだったのか‥と思いながら聴いた。

 2曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番。ヴァイオリン独奏は木嶋真優。木嶋真優はこの曲を弾いて2016年第1回上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝したとのこと。

 緩―急―緩―急の4楽章からなるその第1楽章が始まると、木嶋真優のじっくりと落着いた存在感のある演奏に惹きこまれた。第2楽章はもう少し凄味があってもよいような気がしたが、第3楽章でまたじっくりと音楽の内実を見つめるような演奏になり、後半の長大なカデンツァには息を飲んだ。第4楽章では第2楽章の不満を吹き飛ばすようなスリリングな演奏が展開した。

 木嶋真優は2012年にケルン音楽大学を首席で卒業し、2015年には同大学院を「満場一致の首席で卒業」した。清楚な感じのする好感度の高い人。今後本格的な演奏家に育ってほしいと思う。

 3曲目はエルガーの交響曲第1番。久しぶりに聴いたせいか、第1楽章では細部にいろいろなエピソードが出てくることが、思いがけない発見だった。ちょうど山道を歩いていて、お花畑に出会うような感じだった。

 久しぶりに聴いたせいか、と書いてしまったが、それよりも、藤岡幸夫がこの曲を熟知し、東京シティ・フィルとニュアンス豊かな演奏を展開したことの方が大事だった。それは第2楽章以下も続き、確信に満ちた名演となった。

 わたしはとくに第3楽章アダージョの最後の部分に溜息が出る想いがした。終わるようで終わらない、まるで終わるのを惜しむような、エルガー特有の終わり方。イギリスの田園に一人たたずみ、遠くの山並みに日が沈むのを最後まで見ているような音楽。ヴァイオリン協奏曲の第2楽章などもそうだが、エルガーにしか書けない音楽だ。演奏も緊張感が途切れなかった。
(2017.7.22.東京オペラシティ)
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ヒトラーへの285枚の手紙

2017年07月19日 | 映画
 ナチスに対する抵抗運動は、ドイツ国内にもあった。もっとも有名なものはミュンヘンの「白バラ」グループだろうが、映画「ヒトラーへの285枚の手紙」で描かれているのは、ベルリンの夫婦が二人だけで行った抵抗運動。

 夫婦の名前はオットー・ハンペル(1897‐1943)とエリーゼ・ハンペル(1903‐1943)。オットーは工場労働者。エリーゼは(当時の多くの女性がそうだったように)ナチスの婦人運動に参加していた。要するに当時の典型的な労働者夫婦だった。

 ある日二人のもとにエリーゼの兄弟の戦死の通知が届いた。そこから抵抗運動が始まった。二人は葉書にヒトラーへの抵抗を呼びかける文章を書き、ベルリン市内にそっと置くようになった。それは1940年9月から二人が逮捕される1942年秋まで続いた。

 今なら監視カメラで簡単に捕まってしまうだろうが、当時だって、監視カメラこそなかったものの、厳しい監視社会だった。よく2年間も捕まらなかったものだと思う。捕まったら最後、激しい拷問の末に処刑されることは、二人とも覚悟の上だったろう。それでも抵抗運動を続けたのはなぜか。映画が示唆するように、抵抗運動を通じて、自分がナチズムから解放されるように感じたからだろうか。

 二人は1943年4月にベルリン市内のプレッツェンゼー刑務所で処刑された。同所は今でも保存され、一般公開されている。わたしも行ったことがある。赤茶色のレンガ造りの建物の中に、同所で処刑されたレジスタンスの人々(ナチスが政権を取った1933年から敗戦の1945年までに2,891人が処刑された)の写真と略歴カードが何枚も貼ってあった。

 ドイツの敗戦後、二人に関する記録文書が作家のハンス・ファラダ(1893‐1947)に渡され、ファラダはそれに基づいて小説を書いた。小説では二人の名前はオットーとアンナのクヴァンゲル夫妻とされ、戦死したのは二人の息子とされた。

 2009年にその英語訳が出ると、ベストセラーになった(2014年には日本語訳も出た。赤根洋子訳「ベルリンに一人死す」みすず書房)。映画は2016年の製作。英語の映画である点がひっかかるが、クヴァンゲル夫妻を演じる二人の俳優は、寡黙で存在感のある演技を見せている。

 二人を追い詰める警部が登場する(創作上の人物だろう)。捜査の途中でナチスの非人間性に目覚め、自らの職務との葛藤に苦しむ。今のわたしたちも、当時ならそうなったかもしれないと慄然とする。
(2017.7.12.新宿武蔵野館)

(※)本作のHP
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残像

2017年07月16日 | 映画
 ポーランド映画界の巨匠、アンジェイ・ワイダ監督が2016年10月に亡くなった。享年90歳。わたしもいくつかの作品を観たが、一番記憶に残っているのは「コルチャック先生」だ。ワイダ監督の代表作というと、「地下水道」や「灰とダイヤモンド」などが挙げられることが多いと思うが、わたしは「コルチャック先生」のラストシーンが忘れられない。

 あのラストシーンはこうだった――。ナチス・ドイツ占領下のワルシャワで、子供たちがユダヤ人ゲットーから強制収容所に連行される。コルチャック先生は自分だけ助かることを拒み、子供たちと共に歩む。貨物列車に押し込まれる子供たちとコルチャック先生。史実では全員強制収容所に着いた直後に殺害されたが、映画では貨物列車は草原の真ん中で止まる。扉が開いて、まるで遠足に来たように、子供たちは歓声を上げて草原に飛び出す。夏空が広がる。そのシーンを想い出すと、今でも胸が熱くなる。

 ワイダ監督を悼んで、亡くなる年に制作された遺作「残像」を観た。ポーランドの戦中・戦後史を描き続けたワイダ監督にふさわしく、実在の画家ストゥシェミンスキ(1893‐1952)が晩年、スターリン主義のポーランドにあって迫害を受け、貧窮のうちに亡くなるまでを描いている。

 ‘社会主義リアリズム’を強要する当局によって、前衛的な作風のストゥシェミンスキは容赦なく追い詰められる。わたしはその経過に日本の戦前・戦中の‘国体’思想の強要を連想した。

 社会がなにか一色に染め上げられる恐ろしさ。ある特定の思想が錦の御旗のようになって、だれかれ構わず押し付けられる。その錦の御旗は限りなく肥大化する。そんな時代は戦後ポーランドだけではなく、戦前・戦中の日本にもあった。

 ワイダ監督はこう言う。「私たちはすでに知っている。そのことを忘れてはならない――」と。2016年、夏の言葉。本作に託されたメッセージだ。

 本作では、ピアノやヴァイオリンの軋むような不協和音が入り混じる、シンプルだが、現代的な感性が漂う音楽が、断片的に使われている。わたしは途中から注目した。エンドクレジットを見ていたら、パヌフニク(1914‐1991)の音楽だと分かった。

 パヌフニクは1954年にポーランドから逃れ、イギリスに亡命した。ワイダ監督も映画化した「カティンの森」事件の犠牲者を悼む「カティンの墓碑銘」を作曲している。
(2017.7.10.岩波ホール)

(※)本作のHP
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鈴木秀美/読響

2017年07月13日 | 音楽
 鈴木秀美が客演指揮した読響定期は、プログラム前半がハイドン4曲、後半がベートーヴェンの交響曲第7番だったが、わたしは急用ができて、前半だけ聴いて帰らなければならなくなった。結果的には急いで帰らなくてもよかったが、それは後の祭り。仕方がないと自分に言い聞かせた。

 1曲目はハイドンのオペラ「真の貞節」序曲。そんなオペラがあったのか、というのが正直なところ。序曲は3つの部分からなり、交響曲のミニチュア版のようなもの。演奏時間約7分の可愛らしい曲だ。

 演奏は、弦が8‐8‐4‐4‐2の編成で、ヴァイオリンの比重が高く、しかも対抗配置なので、ステージの前面をヴァイオリンが占めるため、弦全体が軽く、明るく鳴った。正直にいうと、先日聴いたミンコフスキ/都響のハイドンの交響曲第102番よりも好ましい音だった。

 鈴木秀美は最近、在京のオーケストラをよく振り、わたしも何度か聴いたが、粘らないリズムの心地よさ、風通しのよさという面では、今回が一番だった。

 2曲目はハイドンのホルン協奏曲第1番。ホルン独奏は1984年生まれのフランスの奏者ダヴィッド・ゲリエ。先回りしていうと、ゲリエはこの曲と4曲目のトランペット協奏曲との両方で独奏を務めた。ホルンとトランペットの二刀流の奏者!

 楽器のせいか(楽器そのものの特性というより、楽器の選択のためだろうが)、ホルンでは渋みのある素朴な音がし、トランペットでは甘く艶のある音がした。その対比はあえて意図されたものかもしれないが、ともかく演奏会の構成として効果的だった。

 プロフィールによると、ゲリエは19歳でミュンヘン国際音楽コンクールのトランペット部門で優勝したそうだ。しかも「同時期にホルンを学び始め、すぐにフランス国立管の首席奏者に抜擢された」。トランペットでコンクールを制覇した後、ホルンで名門オーケストラに入ったという、驚くほかない経歴の持ち主。ちなみにフランス国立管のホームページを見たところ、今は名前が載っていないので、すでに退団しているようだ。

 3曲目はハイドンのオラトリオ「トビアの帰還」序曲。これもわたしには未知の曲だったが、1曲目の「真の貞節」序曲と比べて、劇的な深みのある曲だった。次のトランペット協奏曲は有名曲だけあって、明るく輝かしい。アンコールに第2楽章がもう一度演奏された。滑らかな歌いまわしの名演。
(2017.7.12.東京芸術劇場)
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ミンコフスキ/都響

2017年07月11日 | 音楽
 2015年12月の都響の定期でブルックナーの交響曲第0番を振った演奏が名演だったミンコフスキが、今度は交響曲第3番を取り上げた。それも1873年初稿(ノヴァーク版)で。去る5月にロジェストヴェンスキが読響定期で振った交響曲第5番の‘シャルク版’とともに、今年前半のブルックナーの聴きものだ。

 交響曲第3番は、1889年第3稿だけではなく、1877年第2稿で演奏されることも多いが(5月の高関健/東京シティ・フィルもそうだった。ただし、第3楽章スケルツォのコーダはカットされた)、1873年初稿は珍しい。わたしは実演では初めて。

 第1楽章の出だしから、第2稿や第3稿で聴いている音の流れとは違う。次はこうなるという予測が、よい意味で裏切られる。予定調和的な聴き方ができない。それが新鮮でもあった。

 話の順序としては、ブルックナーはまず初稿を書いてから、第2稿、第3稿と書き改めたわけだが、第2稿や第3稿をすでに聴いている者としては、あちこちでつかえながら、頭の中で第2稿、第3稿を予感した。

 そして、なんといっても、第1楽章の展開部の最後(再現部の直前)に出てくる弦の最弱音の部分(ワーグナーの「ワルキューレ」から「眠りの動機」の引用の部分)には、やはりハッとした。しかもミンコフスキの共感のこもった指揮のためか、それはことさらに‘引用’という感じがせず、音楽の自然な流れの中に収まっていた。たとえていうなら、森の中を歩いていて、小さな池に出くわしたような感じだった。

 ブルックナーは第2稿、第3稿ではワーグナーからの引用をすべて消去した。それはなぜだろう、ということにも興味が向いた。素直に考えれば、ブルックナーが自己の様式を確立する過程で、様式的な齟齬が生じたから、ということになるだろうが、それで十分に説明がつくのかどうか。

 ミンコフスキ/都響の演奏は見事だった。リズムに弾力性があり、音色には艶があり、集中力が途切れず、全体として流動性豊かな演奏だった。わたしが今まで聴いたブルックナーの中でももっとも面白い演奏の一つだった。

 プログラムの1曲目にはハイドンの交響曲第102番が演奏された。弦の配置が1st Vn.‐Vla.‐Vc./Cb.‐2nd Vn.の順だったので(ブルックナーも同様)、第2ヴァイオリンの動きがよく分かり、ハイドンを聴く楽しさが増した。
(2017.7.10.東京文化会館)
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広上淳一/日本フィル

2017年07月09日 | 音楽
 広上淳一を初めて聴いてから、いったいどのくらい経つだろうと、過去の日記をめくってみたら、かれこれ30年ほど経っていた。デビュー当時のやんちゃ坊主さながらの様子が目に浮かぶが、今ではすっかり貫禄がつき、百戦錬磨の風貌を示すようになった。京響での成功が自信につながり、かつ地歩を固めたことが大きいだろう。

 広上淳一と日本フィルとの関係は、30年くらい続いているわけだが、そのプログラムは近年ますます自由度を増しているように思われる。両者の関係の成熟度の表れだとしたら嬉しい。

 今回、1曲目はモーツァルトの歌劇「魔笛」序曲。出だしの弦の音が透明で澄んでいた。広上淳一が日本フィルを振るときの特徴として、瑞々しい音と伸びやかな音楽性が挙げられるように思うが、その特徴がこの出だしに表れていた。ただ、後半になると音に翳りが出て、清澄さが失われたように感じるが、どうだろう。

 2曲目はラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」。ピアノ独奏はジャン=エフラム・バヴゼ BAVOUZET。シャンドス・レーベルの専属アーティストでドビュッシーのピアノ曲全集を録音し、またラヴェルのこの曲も録音しているので、まったく危なげのない演奏だった。広上/日本フィルのバックもよかった。とくにミュートを付けたトロンボーンのソロの切れ味のよさが印象的だった。

 アンコールにドビュッシーの「アラベスク第1番」が演奏された。甘くノスタルジックな音楽に心がほっこりした。土曜の午後にふさわしかった。

 3曲目はリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」。艶のある音で甘く歌う部分、テンポを上げて巻きあげる‘めくるめくような’部分、じっくりと沈潜する部分という具合に、どこを取っても焦点の合った演奏だった。それにしても、いつも思うことだが、最後のあの不協和な終わり方は面白い。シュトラウスはよく考え付いたものだ。

 広上淳一は以前リヒャルト・シュトラウスの組曲「町人貴族」で名演を聴かせたことがあるが(調べてみたら2011年10月の定期だった)、今回、それを想い出した。レパートリーの広い指揮者で、わたしはシューベルトの初期交響曲などが好きだが、案外シュトラウスへの適性もあるのかもしれない。

 午後3時半過ぎに終わったので、友人たちと「まだ早いかな」と言いながら飲みに行ったら、居酒屋は満員の盛況だった。
(2017.7.8.東京芸術劇場)
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埼玉県立近代美術館の常設展

2017年07月07日 | 美術
 さいたま新都心に行く用事があったので、ついでに埼玉県立近代美術館に寄った。実質1時間くらいしかいられなかったが、それでも日常から離れた静かな時間を過ごすことができた。

 わたしは地方都市の美術館巡りが好きなので、同館も一度訪れたことがある。今回は2度目。現在は常設展のみ開催中。

 同館の目玉、モネの「ジヴェルニーの積みわら、夕日」も展示されているが、わたしの今回の目的は斎藤豊作(さいとう・とよさく)という画家の作品を見ることだった。

 斎藤豊作は1880年(明治13年)に埼玉県の大相模村(現・越谷市)で生まれた。東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業後、1906年(明治39年)に渡仏。パリの美術学校で学び、さらにブルターニュ地方のポン=タヴェンに移り住んで修行を続けた。1912年(明治45年)に帰国。在野の美術団体「二科会」の創立メンバーの一人となった。1914年(大正3年)、来日中のフランス人画家カミーユ・サランソン(1883‐1969)と結婚。1920年(大正9年)に再渡仏。以後、日本には帰らなかった。1951年(昭和26年)没。

 斎藤豊作の生涯を要約すると、以上のようになるが、豊作がほんとうに自分の画風に目覚めたのは、渡仏してから、それもポン=タヴェンに移ってからのようだ。本展では当時描かれた「残れる光」(1910年頃)という風景画が展示されているが、そこに溢れる明るい陽光は、自分の画風を見出した瑞々しい喜びのように感じられた。

 帰国後、再渡仏する前年の1919年に描かれた「雨後の夕」と「雪後の夕」に、わたしは感銘を受けた。なにかを思い詰めた人の心象風景のように感じられた。両作品とも、雨が降った後、または雪が降った後の山岳風景。空は暮れなずんでいる。山麓には農家が数軒身を寄せ合っている。両作品を見ていると、豊作は再渡仏したら日本には戻らないと、当時すでに覚悟していたのではないかと思われた。

 さらにじっくり見ると、ニュアンスの違いも感じられた。「雨後の夕」は荘重な風景画で、当時の豊作の重々しい覚悟が感じられた。一方、「雪後の夕」にはむしろ透明な空気感があり、覚悟が決まった豊作の澄み切った心境が感じられた。当時の豊作には両面があり、その反映だったかもしれない。

 豊作は再渡仏後、1926年に古城を買った。フランスの古城に住んだ日本人画家だった。
(2017.7.6.埼玉県立近代美術館)

(※)同館のHP
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パーヴォ・ヤルヴィ/N響

2017年07月02日 | 音楽
 パーヴォ・ヤルヴィ/N響のCプロ。前半はシューマンが2曲で歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲とチェロ協奏曲。どちらも好きな曲だが、演奏会で聴くと意外に地味に感じるものだと思った。同時に、そういう地味な曲をやることもオーケストラには必要で、それをパーヴォはやっているとも思った。

 チェロ協奏曲のソリストはターニャ・テツラフ。ヴァイオリンのクリスティアン・テツラフの妹。なかなか優秀な人だ。ほとんど出ずっぱりのこの曲を、集中力豊かに弾ききった。テクニックが安定していることはいうまでもないが、加えて音楽の襞に分け入り、陰影濃やかな演奏を聴かせた。

 アンコールにバッハの無伴奏チェロ組曲第3番からサラバンドが演奏された。バッハの深遠な世界を見つめるというよりも、バッハの曲をつま弾くというか、バッハの曲で一人遊びをするような風情だった。

 プログラム後半はシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」。第1楽章冒頭のホルン2本のユニゾンが美しく、それに続く長い序奏の間、ずっとファゴットがくっきり聴こえてきた。主部に入ると、堅固に構築され、厳しく彫琢された演奏が続いた。それは第2楽章以降も同様で、全体を通して、揺るぎのない、堂々とした演奏になった。

 どこをとっても文句のつけようのない演奏。わたしはまるで大理石の彫刻を見るような想いがした。終演後、聴衆の拍手喝采は盛大だった。

 だから、これで十分なのだが、わたしは少し寂しかった。満たされない想いが残った、といったほうがいいかもしれない。わたしが好きなシューベルトが、急に立派な人になって、手の届かないところに行ってしまったような気がした。弊衣蓬髪で少しだらしのないところがあったシューベルトが、突然、一部の隙もない上等な服に身を包んで現れたような気がした。

 周知のように交響曲第8番「ザ・グレート」は、かつてはシューベルトが亡くなる1828年の作品と考えられていたが、その後、シューベルトが1825年にグムンデン~バート・ガスタインへ旅行した折に作曲され、その後失われた「グムンデン・ガスタイン交響曲」ではないかとされ、さらに同交響曲を基に書かれた曲ではないかと考えられるようになった。

 いずれにしても、シューベルトが生涯でもっとも楽しい日々を過ごした記憶が込められた曲。明るく、楽しく、乾いた演奏がふさわしいのでは。
(2017.7.1.NHKホール)
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大野和士/都響

2017年07月01日 | 音楽
 大野和士らしい問題意識が感じられるプログラム。1曲目はブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」から「パッサカリア」。弦の底光りするような透明感のある音が美しい。緊張感が漲るシャープな造形。弓がしなるような‘しなやかな’うねり。前プロの範疇を超えた本気度満点の演奏だ。

 2曲目は細川俊夫の「弦楽四重奏とオーケストラのためのフルス(河)―私はあなたに流れ込む河になる―」。2014年の作品で今回が日本初演。弦楽四重奏はアルディッティ弦楽四重奏団。オーケストラは2管編成で弦は12型。演奏時間は約18分。

 弦楽四重奏とオーケストラのための作品というと、サントリー芸術財団のサマーフェスティヴァル2014で演奏されたパスカル・デュサパンの弦楽四重奏曲第6番「ヒンターランド」を思い出す。弦楽四重奏曲と銘打ちながらも、実際はオーケストラを伴う曲で、ヒンターランド(後背地)という副題が示すように、オーケストラは弦楽四重奏の向こうに広がる空間のように感じた。

 一方、細川俊夫の本作は、もっと積極的に弦楽四重奏とオーケストラとの相互浸透が図られているようだ。弦楽四重奏がアンサンブルとして自己完結(または孤立)するのではなく、時には弦楽四重奏を4人の奏者に解体することも辞さずに、オーケストラの中に溶解する。

 わたしがもっとも印象的に感じた点は、曲の後半に弦楽四重奏のカデンツァが出てくるが、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンの順に激しい音型を弾くそのカデンツァが、弦楽四重奏団に任せられるのではなく、大野和士が指揮をしていたことだ。そのときの弦楽四重奏は、一つのまとまったアンサンブルというより、4人の奏者のように感じられた。

 ついでながら、N響が2018年1月に日本初演するジョン・アダムズの「アブソリュート・ジェスト」も弦楽四重奏とオーケストラのための作品だ。それもまた楽しみ。

 3曲目はスクリャービンの交響曲第3番「神聖な詩」。ブリテンとも細川俊夫とも違うスクリャービンの音の‘熱量’が放射される。わたしの頬は火照るようだった。複雑に入り組んだ音楽の進行が、迷走せずに、力強い起伏のあるドラマとして表現された。

 大野和士と、読響を振ったシモ―ネ・ヤングと、今日もまたN響を振るパーヴォ・ヤルヴィとは同世代だ。三者三様の個性がその充実のときを迎えている。
(2017.6.30.東京オペラシティ)
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