Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

帰国報告

2014年07月29日 | 身辺雑記
本日帰国しました。今回は山歩き中心の旅でした。ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ミュンヘンから電車で1時間半くらいのところです)に4泊して山歩き三昧の日々を過ごしました。帰りにミュンヘンに3泊してオペラを観ました。ガルミッシュ・パルテンキルヘンも涼しかったのですが、ミュンヘンも涼しくて気持ちよかったです。
今回観たオペラは次のとおりです。
7月25日(金)モンテヴェルディ「オルフェオ」
7月26日(土)リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」
7月27日(日)ドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」
感想は後日また報告します。
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旅行予定

2014年07月20日 | 身辺雑記
7月20日からドイツに行ってきます。今回は山の旅ですが、最後にミュンヘンでオペラを観る予定です。帰国は7月29日。帰ったらまた報告します。
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メッツマッハー/新日本フィル

2014年07月19日 | 音楽
 メッツマッハー指揮の新日本フィル。ツィンマーマンとベートーヴェンを組み合わせる発想がすごい。

 1曲目はベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。最初の音がガツンと鳴る。あぁ、メッツマッハーだなと思う。その後も骨太の音で進む。料理でいえば前菜どころではない。主菜に準じたもの。気合の入った演奏だ。

 2曲目はツィンマーマン最後の作品「わたしは改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た」。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」のなかの大審問官の場面を音楽にした曲だ。古今東西いったいだれが大審問官の場面を音楽にしようと考えただろうか。しかもこの場面は人間の自由を否定する‘悪’の存在という意味でツィンマーマンのオペラ「軍人たち」とも通底するテーマだ。

 さらに、驚くべきことに、ツィンマーマンは旧約聖書の「伝道の書」と組み合わせた。神を否定する大審問官と旧約聖書との組み合わせ!「伝道の書」には虚無的な側面があるとはいえ、それにしても、旧約聖書と組み合わせるとは‥。

 表題は「伝道の書」の一節。あぁ、あれかと思い当たる人もいるだろう。ブラームスの最晩年の作品「4つの厳粛な歌」の第2曲と同じ部分だ。ツィンマーマンはブラームスを意識しただろうか。むろん意識しただろう。でも、どう意識したのか‥。この点についてはプログラム・ノーツに触れられていないのでわからない。どういうわけか、CD(ホリガー指揮ケルンWDR響)のライナー・ノーツにも触れられていない。

 そのCDだが、これは新国立劇場の「軍人たち」を観た直後に購入した。あのオペラに衝撃を受けたわたしは、他の作品も聴いてみたくなった。CDを2枚購入した。1枚はこれ。もう1枚は「若い詩人のためのレクイエム」だった。「レクイエム」のほうは昨年フランクフルトで聴くことができた。そして今回は「わたしは改めて‥」。

 演奏はCDよりも上だった。指揮者の力量のちがいだ。メッツマッハーのほうが音の統制力が上だ。くわえて、多田羅迪夫の大審問官の語りがすばらしかった。冷たくニヒルな語りだった。ローマン・トレーケルの独唱もよかった。

 3曲目はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。1曲目と同様、これも骨太の音で豪快に進む。しかもすべての音が統御されている。統御された上で、音楽の肺腑をえぐるような意気込みがあった。
(2014.7.19.すみだトリフォニーホール)
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ヘンヒェン/読響

2014年07月16日 | 音楽
 ハルトムート・ヘンヒェン指揮の読響。プログラムがすごい。ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」とショスタコーヴィチの交響曲第8番。こういうプログラムを組むこと自体その実力と自信を物語っている。

 実際この指揮者の実力はそうとうなものだ。それがわかったのは新国立劇場の「ヴォツェック」の公演だ。ベルクの音楽が自然な呼吸感をもって、透明に演奏された。あんまりよかったので、もう一度聴きに行った。二度目にはもっと感動した。

 なので、今回の読響も期待していた。まず「運命」。第1楽章冒頭の例のテーマが、意気込んで、ガッツをこめて演奏された。もっと淡々としているかと思った。1度目2度目のフェルマータは長くない。これは予想通りだ。あっさり切り上げて先に進む。テーマをどんどん積み上げていく。その緊密な構築に主眼があるようだ。

 細部でのこだわりもあるのだが、そこに過度に拘泥するのではなく、全体のなかに埋め込んでいく。終わってみると、レンガ造りの構築物のような全体像が現れてきた。楽章単位でもそうだったし、各楽章を束ねた曲全体でもそうだった。

 だが、ショスタコーヴィチでは、そうはいかないだろうと思った。直線的な構成ではない。長い曲線を描いたり、脇道に逸れたり、絶叫したと思ったらおどけてみたり、ともかく一筋縄ではいかない。

 第1楽章冒頭の低弦の序奏が、ガッツをこめて、踏み込むように演奏された。ベートーヴェンと同じ路線だ。長い旋律線を描く第1主題は、もちろん「運命」のテーマのようなわけにはいかないが、それでも質量の重い演奏だった。長大なこの楽章全体が、なにか一つの塊のように、あっという間に演奏された。

 第3楽章が一番凄まじい演奏だった。わたしが密かに考えているパロディ性など、どこかに吹っ飛んでしまった。こういう演奏だったので、第5楽章の最後の、消え入るような終わり方に、ハッとした。わかっているのにハッとした。美しく透明な音だった。

 では、この演奏に納得したかというと、それは微妙だ。この演奏には遊びがなかった。いや、それ以上に、もっと基本的な問題として、ピッチが甘く、もやもやしたところがあった。ピッチにかぎらず、緩さがあった。馬力でそれを押し切った観がある。そこに不満が残った。

 カンブルランが振るときには、こんなことは(絶対に)ないのだが‥。
(2014.7.15.サントリーホール)
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デュフィ展

2014年07月15日 | 美術
 デュフィ展。デュフィ(1877‐1953)の作品はどこかで見たことがある。きれいな絵だと思った。でも、デュフィがどういう画家であるかは、知らないままだった。

 そのデュフィの展覧会。デュフィのことを認識するよい機会だ。こういう機会に見ておかないと、デュフィを知らずに過ごしてしまう。

 デュフィの作品をどこで見たのか、はっきりしなかったが、会場で見覚えのある絵があった。そうだ、この絵だと思った。箱根のポーラ美術館だ。ポーラ美術館は、箱根の山を歩いたついでに、年1回くらいは行くので、そのとき見たのだろう。

 その作品は「パリ」。縦長の4連画の構成だ。エッフェル塔やモンマルトルの丘が描かれ、向かって左から右へ、朝、昼、夕暮れ、夜と推移する。明るく透明な空気感がある。いかにもデュフィらしい。画像を紹介したいのだが、ポーラ美術館のデータベースには載っていない。その代わりに他の2作品の画像が載っているので、ご参考までに(※1)。いずれもデュフィらしい作品だ。

 では、デュフィらしいとは、どういうことか。一言でいえば、線と色との分離だ。線で描かれた形態と、そこに塗られた色とが、少しずれている。具体的には、はみだしたり、線まで届かなかったりしている。塗り絵のようだと、本展を見るまでは思っていた。でも、本展を見たら、塗り絵という言葉は浮かんでこなかった。

 ものすごく自由な感覚だ。線は線で動き、色は色で動く。楽々とした、透明な世界だ。

 デュフィは音楽が好きだった。最晩年の作品に「ヴァイオリンのある静物:バッハへのオマージュ」と「クロード・ドビュッシーへのオマージュ」がある。事前に本展のホームページで見ていた(※2)。これがバッハで、あれがドビュッシーだと、それぞれ必然性があるのか、それとも気まぐれの命名か‥。

 実際には、「バッハ」は、ヴァイオリンの墨のような黒が異様だった。その黒とそれを囲む赤とのコントラスト、さらには青とのコントラスト。それぞれ画然と区別されている。対位法の音楽のようだと思った。一方、「ドビュッシー」は、緑、黄緑、黄へと滑らかに推移する。音色の変化のようだと思った。

 デュフィは指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891‐1968)と親交があって、そのリハーサルに通ったそうだ。たんなる音楽好きの域を超えた人だったのかもしれない。
(2014.7.14.Bunkamura)

(※1)ポーラ美術館のホームページ
http://www.polamuseum.or.jp/collection/artist/%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%95%E3%82%A3/

(※2)本展のホームページ
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/14_dufy/exhibition.html
コメント (4)
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マゼール逝去

2014年07月14日 | 音楽
 マゼールが亡くなった。84歳だった。もっと長生きするような気がしていた。あっけなく亡くなったのが意外だった。

 マゼールを初めて聴いたのは1983年のザルブルグ音楽祭のときだった。「フィデリオ」を聴いた。あのときの序曲「レオノーレ」第3番がスリリングな演奏だった。鳥肌立つような思いがした。ブラヴォーといった記憶がある。わたしにはそういう習慣がなかったので、自分でも驚いた。カラヤンの「ばらの騎士」やレヴァインの「魔笛」も聴いたが、一番興奮したのはあの演奏だった。

 それから何度か聴いたが、なんといっても、わたしにとって意味があったのは、2012年10月のN響定期だ。チャイコフスキー、グラズノフ、スクリャービンのプログラムだった。N響がまるでちがう音を出した。ほんとうの一流指揮者、超一流の指揮者だと思った。

 だが、マゼールの音楽的な能力は、もういうまでもないだろう。それはだれもがわかっている。もしかすると、本人が一番わかっていたのかもしれない。

 今になってみると、一番印象に残っているのは、ベルリン・フィルでカラヤンの後任になれなかったときの切れ方だ。猛烈な切れ方だった。ぶち切れた。それはものすごく俗っぽかった。会社勤めの我が身に置き換えても、ひじょうに興味深かった。

 同じくベルリン・フィルでフルトヴェングラーの後任になれなかったチェリビダッケの場合は、世捨て人のようになって、ローカルなオーケストラを振り続けた。自分のやりたいことをやれるオーケストラを転々とした。晩年になったら大ブレークした。でも、そんな時代が来るとは、本人自身思っていなかったのではないだろうか。

 一方、マゼールはメジャーなオーケストラを振り続けた。いつも脚光を浴びる場所にいた。ギャラが高いという噂もあった。

 ニューヨーク・フィルの音楽監督になった関係で、ジョン・アダムズ(1947‐)の「魂の転生」On the Transmigration of Soulsの初演を振った。2001年9月の同時多発テロの犠牲者を悼む作品だ。そのCDを聴いたときの感動は忘れられない。

 人生どこでどう転ぶかわからないものだ。マゼールの名はこの曲の初演者としても(たぶん永遠に)残ることになった。この曲の初演者ということが、大方の音楽ファンにはどれほどの意味をもつか‥。でも、わたしをふくめた少数派には感慨深い記憶だ。
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広上淳一/日本フィル

2014年07月13日 | 音楽
 広上淳一/日本フィルの東京定期1日目。ヴァラエティ豊かなプログラム。こういうプログラムは大好きだが、お客さんの入りはよくなかった。

 1曲目はモンテヴェルディの「オルフェオ」からトッカータ。演奏後プログラム・ノートを見たら、オーケストレーションは「アメリカの指揮者/教育者、モーリス・ペレス」の版とのこと。執筆は小沼純一氏。氏の「……かもしれない」という語句の多用にはどうもひっかかるのだが、さすがに押さえるべきポイントは押さえている。

 2曲目はデュティユーの「コレスポンダンス」。ソプラノ独唱は谷村由美子。2011年6月にバーバラ・ハンニガンの独唱、パブロ・ヘラス・カサド指揮N響が演奏した。あのときは「すごい歌手だ」と思った。その記憶が鮮明なため(か、どうか)、谷村由美子の独唱はおとなしく感じられた。

 オーケストラは面白かった。こんなに雄弁だったのかと再認識した。しかも聴きやすい音楽だ。2度目なのでよくわかった。この曲は2003年9月の初演。ということはデュティユー(1916‐2013)が87歳のときだ。驚くべき瑞々しさ。デュティユーの数多くの名作のなかにこれも含まれる、そういう曲だ。

 3曲目(前半最後の曲)はベルリオーズの序曲「海賊」。ベルリオーズの伸びやかな歌心とトリッキーなリズム処理が見事に表現された演奏。ステージは一瞬のうちにベルリオーズの世界に変身した。なお、音楽外のことだが、演奏が始まる前に、チェロ奏者が一人遅れてステージに入ってきた。

 休憩後の4曲目はプッチーニの「交響的奇想曲」。どういうわけか、件のチェロ奏者が登場しなかった。10人編成のチェロパートは9人で演奏。そのチェロ奏者は次の5曲目では登場した。どういうことか‥。

 「交響的奇想曲」という曲は知らなかった。ナクソスに収録されているので、事前に聴いてみた。腰が抜けるほど驚いた。初めて聴く人のために、種明かしは控えておくので、お楽しみに。この曲と次の同じくプッチーニの「マノン・レスコー」の第3幕への間奏曲では、広上淳一のプッチーニへの適性を感じた。

 最後の6曲目ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」組曲では、2011年10月に広上淳一/日本フィルが演奏したリヒャルト・シュトラウスの「町人貴族」組曲を思い出した。演奏の仕上がりは「町人貴族」のほうが上だったような気がするが‥。
(2014.7.11.サントリーホール)
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永遠の一瞬

2014年07月09日 | 演劇
 新国立劇場の「永遠の一瞬 ‐TIME STANDS STILL‐」。ドナルド・マーグリーズというアメリカの劇作家の芝居。2009年にロサンジェルスで初演され、2010年にはニューヨークのブロードウェイでも上演された。今が旬の芝居だ。

 主人公は戦場カメラマンのサラという女性。サラがイラク戦争を取材中に路上爆弾で負傷し、ニューヨークのアパートに戻ってくるところから話が始まる。パートナーのジェームズは結婚を望むが、サラは仕事を捨てられない。そこにもう一組のカップル、中年男の編集者リチャードと年若い(親子ほども離れた)恋人マンディが絡む。結婚とは‥、仕事とは‥、幸せとは‥。

 4人それぞれの人生の選択の物語。その道筋が予定調和的に収斂しない点がいい。ホームドラマにはならないのだ。ニューヨークから遠く離れたイラクでの戦闘が影を落とし、どういう人生を選択するかを問いかける。

 2年前に上演された「負傷者16人 ‐SIXTEEN WOUNDED‐」も似ていた。あれはイスラム過激派のテロリストの物語。その日常(我々と変わらない日常)が丁寧に描かれていた。今度はイラク戦争。日本にいると遠い出来事のように感じられて、切迫感が希薄になりがちだが、この芝居では生々しい現実感をもっている。

 でも、あえていうなら、日本の今の現実を反映して、ホームドラマ的な要素もあったような気がする。今の日本の身の丈だろうか。ロサンジェルスやニューヨークでの上演はどうだったのだろう。

 サラを演じた中越典子は、突っ張った(世の中に妥協しない)ヒロインを頑張って造形していた。パートナーのジェームズを演じた瀬川亮は、サラほどは強くなれない人物を繊細に表現していた。さて、2人はどういう人生を選択するのか‥。

 一方、中年男リチャードはすでに人生を選択した人だ。それを演じる大河内浩は、若くて不安定な他の3人にたいして、錘のような重心の役割を果たした。その恋人マンディは今の日本にもいそうな‘天然’のキャラクター。森田彩華が好演した。

 演出は宮田慶子。いつもながら肌理の細かい演出だ。心理の襞が何層にも織られている。どの作品でも一定の品質を保証する手腕はたいしたものだ。翻訳は常田景子。わかりやすい翻訳だった。聞き取りにくい言葉はほとんどなかった。上田好生の音響が気に入った。繊細な効果音だった。
(2014.7.8.新国立劇場小劇場)
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日本フィル山の会コンサート

2014年07月08日 | 音楽
 日本フィルの会員の自主組織「日本フィル山の会」のミニコンサートがあった。山の会は毎年秋に一般向けの「ふれあいコンサート」を開いているが、今回は山の会の会員とその周辺の人たち向けのコンサートだ。出演は日本フィルのクラリネット副首席奏者の芳賀史徳さんと新入団のクラリネット奏者楠木慶さん。

 クラリネット・デュオという編成自体面白いが、曲目も面白かった。C.P.E.バッハ、三善晃、モーツァルト、プーランクの作品。なかでも三善晃とプーランクが面白かった。

 山の会のコンサートでは、プログラムを演奏者に任せている。「わかりやすい曲をやってくれ」とかなんとか、余計なことは一切いわない。それがいいのだ。だから、三善晃やプーランクも入ってくる。演奏者も意欲的になる。それを聴衆も享受できる。

 コンサートが終わった後に懇親会があった。演奏者も参加した。ワインとビール、フランスパンの懇親会。演奏者もスピーチした。山の会の会員や、山の会担当の日本フィルの楽員さん、事務局の方、日本フィルのOB、OGも各々スピーチした。

 これが楽しかった。演奏者2人が一番若くて、ほかの人たちは2人が生まれる前から日本フィルを聴いていた聴衆とか、日本フィルで演奏していた楽員、事務局員だ。そういう古株というか、筋金入りの聴衆と、古参のOB、OGが、ときには‘教育的指導’をふくめながら熱く語った。

 演奏者2人と現役の楽員、事務局員はどう感じたか。「昔と今とでは時代がちがう」と思ったか‥。でも、神妙に聞いてくれた。それでいいのだ。語る方も、時代がちがうことはわかっている。それでも伝えたいことがあるのだ。

 先日、日本フィルの演奏会からの帰りに、電車のなかでプログラムのメンバー表を見ていたら、同行者から「その『団友』って全部わかる?」と訊かれた。メンバー表の下に載っている永年勤続者のことだ。じっくり見たら、全員の顔とパート(あるいは事務局員)がわかった。数えてみたら41人いた。我ながら、ちょっとすごいと思った。

 定期会員になったのは1974年4月。まだ大学生だった。一番安い席だったが、アルバイトの身には思い切った出費だった。それから今まで40年間聴き続けた。

 山の会のコンサートには、わたしよりも古い聴衆が何人も来ていた。そういう古い聴衆がカミングアウトしたような、そんな楽しさがあった。
(2014.7.7.アコスタジオ)
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フォートリエ展

2014年07月05日 | 美術
 ジャン・フォートリエ展。今年前半の注目展の一つだが、なかなか行けずに、ここまできてしまった。東京展は7月13日で終了する。7月20日からは豊田市美術館に巡回し、9月27日からは大阪の国立国際美術館に巡回する。

 ジャン・フォートリエJean Fautrier(1898‐1964)。昔(あれはいつだったか‥)、大原美術館で「人質」(1944年)という作品を見たときに、衝撃を受けた。息苦しい思いがした。名作の数々が並ぶ館内で、それは明らかに異彩を放っていた。

 図録その他で、その作品はフォートリエが1943年にドイツ軍占領下のパリで、ゲシュタポに捕えられた経験にもとづくことを知った。なるほど、そういう極限状態の表現かと思った。それ以来、この作品はいつも頭の隅にあった。でも、フォートリエの生涯を調べることもなく過ごしていた。

 今回のフォートリエ没後50年の回顧展は、千載一遇のチャンスだった。今まで知らなかったフォートリエの生涯をたどることができた。

 今その作風の変遷を説明しても、まだるっこしくて、要領を得ないと思う。なので、感じたことだけを書くと、フォートリエは生涯のなかで、輝く時期が何度かあったと、そんな気がした。あるとき、突如として輝くのだ。

 もっとも顕著な例が、上述の「人質」だ。「人質」は連作のなかの1点。本展では大原美術館のこの作品をふくめて、絵画10点と彫刻2点が展示されている。なかでも、大原美術館の作品は傑出している。緊張感と、そして透明感。深い悲しみにもかかわらず、透明感を感じる。美しいと感じる。そんな自分にうろたえる。

 第二次世界大戦が終わってからも、同じ技法の制作が続く。今度は静物だ。でも、気の抜けたような、緊張感のない作品に感じられた。これで終わるのかと思うと、生涯の最後に「雨」(1959年)のような瑞々しい作品が生まれる。この作品も大原美術館の収蔵だ。もっとも、残念ながら、大原美術館のホームページには「雨」も「人質」も画像が登録されていないので、ご紹介できないが。

 その代わりといってはなんだが、「人質」の類似作品の「人質の頭部」(国立国際美術館)と、「雨」の類似作品の「黒の青」(個人蔵)が本展のホームページに載っているので、ご参考までにリンクを張っておく(※)。どちらの場合も負けず劣らずインパクトの強い作品だ。
(2014.7.4.東京ステーションギャラリー)

(※)↓本展のホームページ
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201405_JEAN_FAUTRIER.html
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ロルカとアンダルシア

2014年07月01日 | 音楽
 オペラ「アイナダマール(涙の泉)」のプレコンサート「ロルカとアンダルシア」。伊礼彼方(新国立劇場が上演したシェイクスピアの「テンペスト」でファーディナントを演じた役者)が、スペインの詩人ガルシア・ロルカ(1898‐1936)に扮し、その生涯を語る。多数のフラメンコが歌われ、かつ踊られる。舞台装置はアンダルシアの酒場。

 フラメンコを歌った歌手がすばらしかった。石塚隆充という人。素人の感想ではあるが、その節回しとスペイン語には本物の味があった。その歌を聴いていると、アンダルシアの哀歓が感じられた。強い酒を飲みたくなった。すべてを投げ出して酔いたくなった。そんな危険な誘惑があった。

 石塚隆充はオペラ「アイナダマール」にも出演予定だ。悪役のルイス・アロンソ役。またあの歌が聴けるのが楽しみだ。

 オペラ「アイナダマール」はロルカの生涯を扱っている。ロルカは1936年にファシスト党に銃殺された。政治的な人間ではなかったにもかかわらず――。オペラはそんなロルカを盟友のマルガリータ・シルグが回想するかたちで進む。呼びかけても答えてくれない死者に、生者が呼びかけるとは、どういうことか。そんな辛さがある。

 「アイナダマール」は2011年に別団体が上演を予定していた。けれども、諸事情により取りやめになった。あのときはがっかりした。今回それを日生劇場が引き継ぐかたちで上演する。これは嬉しい。今回プレコンサートが開かれたのもそのお蔭だろう。

 「アイナダマール」の作曲はオズバルド・ゴリホフOsvaldo Golijov(1960‐)。アルゼンチン生まれの作曲家だが、両親は1920年代にルーマニアとウクライナから渡ってきたユダヤ系の人たちだ。そのゴリホフがプレコンサート後のアフタートークに登場した。穏やかで笑みを絶やさない紳士だった。

 ゴリホフの代表作に「マルコ受難曲」がある。CDが出ている。ナクソス・ミュージックライブラリーにも登録されているので(※)、アクセス可能な方には一聴をお奨めしたい。ともかく、びっくりすること請け合いだ。わたしは感動した。そして何度も聴いた。

 この曲は2000年のバッハ・イヤーに国際バッハ・アカデミーが委嘱した4人の作曲家の受難曲のうちの一つだ。ゴリホフの他には、グバイドゥーリナがヨハネ受難曲、リームがルカ受難曲、タン・ドゥンがマタイ受難曲を書いた。
(2014.6.29.日生劇場)

(※)↓「マルコ受難曲」
http://ml.naxos.jp/album/CD98.404
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