Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

信時潔「海道東征」

2015年11月29日 | 音楽
 信時潔(のぶとき・きよし)(1887‐1965)の交聲曲(カンタータ)「海道東征(かいどうとうせい)」(1940)の演奏会があった。信時潔の没後50周年記念演奏会だが、わたしの中では戦後70年の音楽面での最大の企画のような位置付けだった。

 戦後生まれのわたしには、戦時中の出来事は‘歴史’でしかないが、そんなわたしでも信時潔の名前は「海ゆかば」と切っても切り離せない。

 わたしはローム・ミュージック・ファンデーションから出ている「日本SP名盤復刻選集」を持っているが、そこに収録されている倉田高のチェロ、高木東六のピアノによる「海ゆかば」を聴くと、これは名曲だし、大変な名演だと思う。1942年の録音だ。当時の緊張した状況がないと生まれない演奏だと思う。

 だが、「海ゆかば」は辛すぎて聴けないと言っている人もいる。そういう証言(ないしは発言の断片)はあちこちに残っている。やがては歴史の堆積の中に埋もれていく庶民の心情だ。それを想うと単純に‘名曲’と言って済ますわけにもいかない。「海ゆかば」は一人歩きし過ぎた。

 信時潔の代表作が「海道東征」だ。1940年の「皇紀二千六百年」奉祝曲。信時潔としても渾身の作だろう。北原白秋の詩への作曲。全8章からなり、神武天皇の東征を描いている。フル編成のオーケストラに加えて、ソプラノ2、アルト2、テノール1、バリトン2、混声合唱および児童合唱を要する。演奏時間は約1時間。

 「海道東征」も前述の「日本SP名盤復刻選集」に収められている。初演後の1941年1月にスタジオ録音されたものだ。それを聴くと、やはり当時の状況を映してか、異様な熱気に気圧される。わたしにとってはずっと「海道東征」も当時の状況と切り離せない曲だった。

 だが、今回の演奏を聴いて「あァ、いい曲だな」と思った。自分でも不思議なくらい素直に聴いていた。平明な音楽だ。北原白秋の擬似‘やまとことば’は、聴いているだけでは理解できないが、それは問題にならなかった。

 演奏がよかったことも一因だ。指揮の湯浅卓雄はこの曲を大きく的確に把握していた。SP録音の演奏のぎこちなさがまったくなかった。東京藝大シンフォニーオーケストラはよくその指揮に応えていた。特筆すべきは合唱だ。藝大音楽学部声楽科の学生による合唱は、澄んだハーモニーで、しかも力強かった。独唱陣は、とくに男声3人がよかった。
(2015.11.28.奏楽堂)
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トスカ

2015年11月28日 | 音楽
 新国立劇場の「トスカ」を観た。カヴァラドッシ役のホルヘ・デ・レオンという歌手がすばらしい。張りのある声がまっすぐ伸びる。世界的に見てもトップレベルだろう。スペインの生まれ。年齢は記載なし。スペリングはJorge de Leon。覚えておこうと思う。

 トスカ役のマリア・ホセ・シーリという歌手は、11月23日の公演では第1幕が終わった後で降板したそうだが(カヴァーの横山恵子が代役を務めた)、この日は無事に歌ってくれた。第1幕では抑え気味だったように思うが、第2幕では細かい感情の揺れを聴かせてくれた。

 そもそもこのオペは、トスカのパートには感情の動きを細かく描く音楽が付けられている一方、カヴァラドッシとスカルピアの男声パートには、直情的な、ぶれない音楽が付けられている。今回その対比に今更ながら感心した次第だ。プッチーニの職人芸だ。

 職人芸といえば、オーケストラがけっして声を覆ってしまわず、いつも声のラインが明瞭に聴き取れることにも感心した。これもプッチーニの職人芸だ。その秘密はどこにあるのだろうと聴き耳を立てることも、プッチーニを聴く楽しみの一つだ。

 指揮はエイヴィン・グルベルグ・イェンセン。本年5月には読響を振ったが(曲目はショスタコーヴィチの交響曲第7番他)、正直いってあまり記憶に残っていない。今回は、イタリア・オペラ的な激情や甘さはなかったが、プッチーニがオーケストラ・パートに細かく織りこんだ諸々のモチーフを逐一辿ることができたので、悪くなかったと思う。

 演出のアントネッロ・マダウ=ディアツは去る8月に亡くなった。カーテンコールでは遺影を持った方が登場した。追悼公演の意味もあったのだろう。

 この演出でいつも感心するのは、第2幕のスカルピアの居室が、舞台前面の広い空間とその奥の狭い空間とに分かれていて、スカルピアが通行証を書く場面では、スカルピアは奥の空間で書き、激しく動揺するトスカは、前面の空間を行ったり来たりするところだ。トスカの一人芝居のような趣向になって、ひじょうに効果的だ。

 スカルピア役はロベルト・フロンターリ。ぎらぎらした欲望とか男の色気とかは乏しかったが、しっかりした歌唱で安心して聴けた。

 余談だが、第3幕の「星は光りぬ」のところで、オーケストラの後奏が終わる前にブラヴォーが出てしまい、余韻を楽しむことができなかった。
(2015.11.26.新国立劇場)
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藤田嗣治、全所蔵作品展示

2015年11月26日 | 美術
 昨日は東京にも冷たい雨が降り、寒い一日となった。午後になって、仕事の都合がついたので、休暇を取った。貴重な休暇だ。見ておきたい展覧会が2つあったが、どちらに行くか思案の末、東京国立近代美術館で開催中の「藤田嗣治、全所蔵作品展示」に行った。

 本展は常設展として開催されている。同館所蔵の25点と京都国立近代美術館からの特別出品1点の計26点。その内14点が戦争画だ。藤田嗣治の戦争画と向き合う機会がついに訪れたと、微かな緊張感を抱いて出かけた。

 14点の戦争画は、今まで見たことのある作品が多かったが、初めて見る作品も数点あった。これが同館所蔵の藤田嗣治の戦争画の全貌かと――。

 あれはいつだったろう。初めて同館で藤田嗣治の戦争画のいくつかを見たとき、画面から漂う空虚な感じに驚いた。これは厭戦的な作品ではないかと思った。でも、それはまちがっていた。その後何度か見るうちに、少しずつ気付いてきた。軽薄で皮相なヒロイズムを含んだ時局に迎合的な作品であることは否めないと思った。

 先走って言ってしまうと、この画家を断罪する気はない。時局に流された多くの人々の一人にすぎないと思う。たまたま圧倒的な画力があり、しかも困ったことに、人一倍目立ちたがり屋だったので、時局に深く組み込まれた。そういう画家だと思う。

 本展のキャプションの一つに「今でいうメディアミックス」の一部だったという趣旨の記述があった。本展に展示されている当時の雑誌を見ると、それが実感される。政治、経済、軍事だけではなく、美術、音楽その他あらゆる文化を含めた‘国家総動員’に組み込まれた画家だ。

 妙に心が動かないまま歩を進めた。次の部屋に入ったら、靉光(あい・みつ)の「眼のある風景」(1938年)と「自画像」(1944年)が目に飛び込んできた。ともに何度か見たことのある作品だが、意外なほど衝撃を受けた。藤田嗣治にはなかった真摯さがある。藤田嗣治を見た後だけに、余計そう感じたのかもしれない。

 靉光(1907‐1946)は藤田嗣治(1886‐1968)とは親子ほども世代が違う。靉光は徴兵され、戦線に送られた。一方、藤田嗣治は戦争遂行の‘指導層’の一員だった。戦争にたいするリアリティの差はそこから来るのだろう。

 靉光は中国で終戦を迎えた。復員することもかなわず、1946年1月に病死した。
(2015.11.25.東京国立近代美術館)

本展のHP
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フェドセーエフ/N響

2015年11月24日 | 音楽
 フェドセーエフが振ったN響のCプロ。先月開かれたショパン・コンクールの優勝者チョ・ソンジンが出演するとあってか、チケットは完売だった。

 チョ・ソンジンは1994年生まれの韓国人。N響とはすでに2度共演しているそうだが、わたしは初めて。曲目はショパン・コンクールで弾いたピアノ協奏曲第1番。もうすっかり完成の域に達した演奏だ。 すっかり‘でき上がった’演奏。まるでCDを聴いているみたいだ。乗り心地のいい高級乗用車に乗っているような、あるいは座り心地のいいソファーに座っているような、そんな感覚で聴いていられる。

 当年とって21歳のこのピアニストが、今後どうやって人生を過ごすのか、いや、どういう演奏家としての軌跡をたどるのかと、そんなことを考えてしまった。

 アンコールに「英雄ポロネーズ」が演奏された。オーケストラが沈黙する中、ピアノ1台でこの巨大なホールを満たさなければならないという気負いが感じられて、じつのところ、この演奏の方が興味深かった。

 わたしは、演奏前は、フェドセーエフがリスク要因だと思っていた。というのは、4月のN響への客演ではテンポが異常に遅かったからだ。今回のプロフィールで当時は大病を患った後だったことを知ったが、ともかく普通の状態ではなかった。今回はどうかと心配していたのだが、体調はよさそうだった。テンポも普通だった。

 でも、ソリストがいるコンチェルトと、プログラム後半のオーケストラ曲とでは条件が異なるので、予断は許されないと思ったが、幸いにも好調さが持続した。

 曲目は、グラズノフのバレエ音楽「四季」から「秋」、ハチャトゥリヤンのバレエ組曲「ガイーヌ」からの抜粋(4曲)そしてチャイコフスキーの祝典序曲「1812年」。ロシア音楽のポピュラー・コンサートのような趣向だ。最近はこういうコンサートを聴く機会がなかったので、どの曲も楽しんだ。

 「ガイーヌ」の中の「レズギンカ舞曲」は、小太鼓がリムショット(小太鼓の金属製の縁をバチで叩く奏法)を盛んに繰り出していた。また「1812年」では大砲の代わりの大太鼓が、文字通り大砲を撃つように轟いた。

 プログラム・ノートを読んで知ったのだが、「ガイーヌ」の中の「剣の舞」はクルド人の出陣の踊りだそうだ。今もなお苦難の渦中にいるクルド人だが、そのクルド人がこのバレエに出てくるとは知らなかった。
(2015.11.21.NHKホール)
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安富歩「満洲暴走 隠された構造」

2015年11月23日 | 身辺雑記
 角川新書の「満洲暴走 隠された構造」を読んだ。満洲国はなぜ成立したか。なぜ暴走したか。その過程が分かりやすく辿られている。日本の近現代史に漠然としたイメージしか持っていないわたしは、ひじょうに勉強になった。

 著者は安富歩(やすとみ・あゆむ)氏。1963年生まれの東大教授だ。最近女装を始めたので、一部のマスコミで取り上げられたが、そんなことは些末なこと。いや、本質に触れる部分があるのかもしれないが、わたしがここでいいたいのは、もしも興味本位で見る人がいたとすると、それは大変失礼なことだし、安富氏の思想に触れることも、学ぶことも、できないだろうということだ。

 本書は4章からなっている。第1章から第3章までは、「満洲国」の成立から暴走への過程が丁寧に辿られている。第4章は、少し書き方が変わって、「満洲国」の崩壊を辿りつつも、そのとき活躍した人々の紹介と、安富氏の思想のキーワードが登場する。

 どの章もひじょうに興味深く読んだ。前述のとおり、わたしは日本の近現代史に疎く、問題意識も鮮明には持っていない人間だが、日本の近現代史を学ばなければならないとは思っているので、本書はまさにうってつけだった。

 満洲は、かつては、鬱蒼とした森林に覆われ、虎やヒョウが出没する一帯だった。そんなに昔の話ではなく、日露戦争(1904‐05年)の頃はそうだった。だが、日本からの開拓団が入った頃から森林が伐採され、見渡すかぎりの大豆畑に変貌した。「満鉄」の大活躍、そして満洲事変の勃発(1931年)、満洲国の成立(1932年)。あっという間の出来事だった。

 「満洲国」は日中戦争に直結し、さらに太平洋戦争につながった。そして東京など各都市への空襲、沖縄戦、広島と長崎への原爆投下へ。

 なぜこんなことになったのか。そこには日本人特有の思考パターン、行動パターンが窺える。その思考パターン、行動パターンは、今も変わらず残っている。これが本書の肝だ。

 そこを理解すると、今の日本がよく分かる。いや、今の日本などと大上段に構えずとも、身近にいくらでも思い当たる節がある。たとえば職場がそうだ。職場では、うんざりするほど、そのような思考パターン、行動パターンに遭遇する。わたしが辟易しているのはこれだったのかと――。

 いや、他人事ではない。わたし自身もそんな思考・行動パターンに染まっている。本書で問われているのはわたし自身だ。

※「満洲暴走 隠された構造」
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桜の園

2015年11月21日 | 演劇
 新国立劇場で公演中のチェーホフの「桜の園」を観た。ロシア革命前夜のロシア。多額の負債を抱えて領地を競売にかけられる領主ラネーフスカヤに田中裕子。父も祖父もその領地の小作人だったが、時代の流れに乗って事業家として成功し、資産を蓄えたロパーヒンに柄本佑というキャスト。

 田中裕子は20代の頃と変わらない若さだ。容姿もそうだが、感性が老けていない。華やぎのあるラネーフスカヤ。桜の園の‘桜’の象徴のようだ。一方、柄本佑はそんな田中裕子に遠慮がちのように感じられた。元小作人の息子ではあるが、子どもの頃にラネーフスカヤに思慕の念を抱き、今でも慕っているロパーヒン。でも、時代が変わり、今では立場が逆転した。もっと颯爽としていてもよかった。

 いうまでもなく「桜の園」はこの二人を軸に進むわけではなく、登場人物のすべてに人生があり、等しく重みがあるわけだが、一々その名前は挙げないまでも、どの役者も各々の人生を体現していた。

 だが、全体として、観終わった後に「桜の園」に触れたという実感があまり湧かなかった。なぜだろう。なにが不満だったのだろう。

 総体的にいうと、演出に一種の‘緩さ’を感じた。鵜山仁の演出には時々それを感じることがあるのだが、今回も感じた。シェイクスピアの「ヘンリー六世」三部作のような叙事的な作品ならばよいが、「桜の園」のように、一見散漫ではあるが、じつは凝縮した作品の場合には具合が悪い。観劇後に一編の詩、あるいは一幅の絵のようなイメージが残らなかった。

 もう少し具体的にいうと、「桜の園」は‘喜劇’なわけだが、喜劇にこだわるあまり、喜劇が日常的なレベルに止まり、もっと高度な次元へと上昇することができなかった。端的にいって、透明感が生まれなかった。

 個別の場面では、幕切れでプロセニアム・アーチ(舞台前面の額縁)が崩壊する演出には興ざめだった。ラネーフスカヤの屋敷の崩壊を意味するわけだが、そこまでやってくれなくても、という感じがした。同様に、最後に一人残った老僕フィールズの絶命も、片手を挙げて、いかにも絶命という演出にがっかりした。

 そうはいっても、さすがにチェーホフだ。現実を見ようともしない、不完全で愚かな(わたしたちはみんなそうだ)登場人物たちへの眼差しが暖かい。そんなチェーホフの眼差しはこの公演からも感じられた。
(2015.11.20.新国立劇場小劇場)
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マテウス/N響

2015年11月16日 | 音楽
 N響のA定期を振ったディエゴ・マテウスという指揮者は、わたしには初めての指揮者だ。1984年、ベネズエラ生まれ。今年31歳の若手だ。今をときめくドゥダメル(1981‐)を生んだエル・システマの出身。現在ヴェネチア・フェニーチェ歌劇場の首席指揮者を務めている。日本でもすでにサイトウ・キネン・オーケストラとN響を振っているので、ご存じの方も多いだろう。

 プログラムも興味深い。1曲目はマーラーの交響曲第5番からアダージェット。2曲目の「リュッケルトによる5つの歌」の伏線だ。細い1本の線を描くように旋律を描く。まるで甘く陶酔することを避けるような演奏だ。オーケストラがルーティンに流れることを抑えているようでもある。

 この演奏がどうかよりも、交響曲からこの楽章を取り出して単独で演奏するとき、聴く方はそれをどう聴いたらよいか、そんなぎこちなさを感じた。前後の流れから切り離された楽章は、すわりの悪いものだと思った。

 2曲目は「リュッケルトによる5つの歌」。ステージを見てあらためて気付いたが、この曲のオーケストラ編成は2管編成を基本としたフル編成だ。でも、そういう視覚情報と耳から入ってくる音とが一致しない。音は薄い。極限的に薄い。これほど堂々としたオーケストラを使っておきながら、よくこんなに薄い音を書けたものだと思う。

 ソプラノ独唱はケイト・ロイヤル。イギリス出身の若手だ。細かなビブラートがわたしには気になった。声も細くて、巨大なホールを満たすには力不足だった。

 上記2曲の組み合わせは、音楽的なつながりがあるので、納得できるのだが、マテウスの指揮には硬さが否めなかった。

 ところが休憩後のチャイコフスキーの交響曲第5番になったら、熱い血が通う演奏になった。一瞬たりとも弛緩することがなく、雄弁なドラマが展開した。N響のアンサンブルも見事なものだ。マテウスの情熱的な音楽を受け入れる包容力がある。惜しむらくは第4楽章になって緩みが感じられたが、でも、まあ、これも生だから仕方がない。

 N響は長老指揮者が振ることが多いが(それをまたN響の聴衆も支持しているのだろうが)、マテウスのような若い指揮者が振ると、張りのある明るい音が出る。今回はゲスト・コンサートマスターにベルンハルト・ハルトークが入っていたので、その影響も大きかったにちがいない。
(2015.11.15.NHKホール)
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風景画の誕生展

2015年11月13日 | 美術
 Bunkamuraのザ・ミュージアムで開催中の「風景画の誕生」展に行ってきた。この会場は、ありがたいことに、会期中は無休、しかも平日は夜7時まで(金曜日と土曜日は9時まで)やっているので、仕事の都合を見ながら行くことができる。

 本展は風景画の誕生をいくつかの出発点――たとえば‘宗教画’の背景として描かれた風景、1月から12月までの各月の情景を描いた‘月歴画’の中の風景、王侯貴族の日々の祈りのための‘時祷書’に描かれた風景――に遡って捉えた内容。研究者にとっては興味深い内容だろうし、わたしのような素人も気楽に楽しめる。

 会場に入ってすぐの作品は「二人の天使のいる聖母子」(バスティアーノ(またはセバスティアーノ)・マイナルディに帰属)。ボッティチェリ風の作品だ。普通の展覧会なら幼子イエスに授乳する聖母マリアの作例として見るだろうが、‘風景画’が切り口の展覧会なので、窓外の風景にも目が行く。この辺の意識の変化が(自分でも)可笑しい。

 以下、知っている画家は少なかったが、未知の画家との出会いが、こういう展覧会の醍醐味ではないだろうか。わたしはルーカス・ファン・ファルケンボルフ(1535‐1597)という画家が‘発見’だった。

 ファルケンボルフという画家は、マルテン・ファン・ファルケンボルフと、上述のルーカスと、2人来ていた。わたしが惹かれたのはルーカスのほうだ。その作品は2点あった。一つはチラシ(↑)に使われている「夏の風景(7月または8月)」。ブリューゲル風の作品だ。画像だと分かりづらいが、会場で間近に見ると、前景の農民たちの表情が漫画的でユーモラスだ。

 もう一つは「盗賊の奇襲が描かれた高炉のある山岳風景」。題名どおり、山道で盗賊に襲われて、必死の形相で逃げる男が描かれている。これも漫画的でユーモラスだ。男には気の毒だが、思わず吹き出してしまう。

 ファルケンボルフはピーテル・ブリューゲル(1525/30‐1569)の後輩の世代だろう。どのような人生を送った人か、また(画家として)だれとどういう繋がりを持った人か、まったく知らないのだが、ブリューゲルとの共通点が感じられる。加えてブリューゲルにはない‘やんちゃな’個性がありそうだ。

 ウィーン美術史美術館に行って見たら、並みいる巨匠たちの中に埋もれてしまうだろう。日本にいればこその発見だ。
(2015.11.12.ザ・ミュージアム)

主な作品(本展のHP)
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インキネン/日本フィル

2015年11月08日 | 音楽
 インキネン/日本フィルが続けているシベリウス&マーラー・シリーズも今回で6回目となった。今回もシベリウスはレア物が選曲されている。

 1曲目の「歴史的情景第1番」は「フィンランディア」と同時期の作品。全3曲からなり、第1曲と第2曲はバラード風の曲だ。いかにも初期のシベリウス。そう思って聴いていると、第3曲になってカスタネットが出てきた。これはショックだった。シベリウスとカスタネットとが結び付かなかった。

 2曲目の組曲「ベルシャザールの饗宴」は1906年に作曲された劇音楽。組曲への編曲は1907年。交響曲でいえば、第3番の直前の作品だ。劇音楽とはいえ、民族主義的ロマン主義からの脱皮が感じられる。全4曲からなるが、中でも第2曲と第3曲の内向的な音楽に強い印象を受けた。

 演奏は、その第2曲と第3曲で、弱音への集中力がすごかった。すべての雑念を捨てて音楽に沈潜していく演奏。このような集中力がインキネンの美質の一つだ。

 組曲「ベルシャザールの饗宴」は当初発表の交響詩「ルオンノタール」から変更になったものだ。「ルオンノタール」に出演予定だったヘレナ・ユントゥネンという歌手(「ルオンノタール」は声楽を伴う交響詩だ)が、出産のため来日できなくなったから。

 ユントゥネンはプログラム後半のマーラーの「大地の歌」にも出演予定だったが、こちらはバリトンの河野克典に変更になった。「大地の歌」は、通常はアルトとテノールで歌われるが、アルトがバリトンに替わることもあるので、あぁ、そうかと思っていた。

 ところが、プレトークだったか、アフタートークだったか、いずれかでユントゥネンはソプラノであることを知った。えっ、ソプラノ?と思った。わたしの知識不足のせいだろうが、「大地の歌」をソプラノで歌うケースがあるとは知らなかった。

 代役の河野克典は、いうまでもなくドイツ歌曲の世界をしっかり持った歌手だが、今回はオーケストラに埋もれ気味だった。それは仕方ないかもしれないが、もっと気になったことは、ドイツ語の発音がこもり気味だったことだ。一方、テノールの西村悟は若いパワーが炸裂した。

 インキネン指揮の日本フィルは、過去のマーラー演奏と同様、肌理の細かいテクスチュアを織る演奏。さらに一段と磨きがかかってきた。第6楽章「告別」でのオーボエが見事だった。
(2015.11.7.サントリーホール)
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藤岡幸夫/東京シティ・フィル

2015年11月07日 | 音楽
 藤岡幸夫が指揮した東京シティ・フィルの定期。ベートーヴェンとヴォーン・ウィリアムズの2曲の「田園交響曲」という粋なプログラムだ。

 まずベートーヴェンから。多くのかたの興味はヴォーン・ウィリアムズの方にあるのだろうが(もちろんわたしもそうだったが)、ベートーヴェンもよかった。第1楽章から快適なテンポで進んだ。遅くもなく、早くもない。しかもリズムに弾みがある。オーケストラがよく鳴る。嬉しい驚きだった。

 第2楽章は平板だったかもしれない。でも、第3楽章になったら、快適なテンポが戻ってきた。第4楽章の‘嵐’の表現は迫真的だった。黒雲が渦巻き、雷が光る。硬めのマレットで叩くティンパニがすばらしい。第5楽章は喜びを全身で表現する演奏。喜びの奔流に呑まれているうちに、あっという間に終わった。

 自然に感謝するベートーヴェン。その感謝の気持ちがこちらにも乗り移ったのかもしれない。この曲を残してくれたベートーヴェンへの感謝の気持ちが湧いてきた。

 さて、休憩後はヴォーン・ウィリアムズの交響曲第3番「田園交響曲」。第1次世界大戦で亡くなった人々への追悼のための音楽だ。激しい怒りとか、慟哭とか、そんなものは抑えて、美しい自然への静かな観照に追悼の想いをこめた作品だ。

 藤岡幸夫がプレトークで語っていたが、穏やかな音楽だからこそ、穏やかなだけでは、眠りを誘ってしまう。そこが難しい、と。本場イギリスで経験した聴衆の様子に触れながら、飾らないトーク。藤岡幸夫の人柄がうかがえた。

 で、たしかに、大きな抑揚をつけながら、たっぷり鳴らした演奏だった。細かい動きにもよく目配りがされていたと思う。端的にいって、退屈することがなかった。わたしは眠りませんでしたと、藤岡幸夫に伝えたい。そんな冗談をいいたい気持ちになった。

 第4楽章(最終楽章)でソプラノ独唱のヴォカリーズが入る。どこで歌うのだろうと思っていたら、3階の右側の席だった。わたしの席は2階の右側なので、ちょうど頭上から美しい声が降りてきた。使い古された表現だが、ビロードのような声だった。ソプラノ独唱は半田美和子。

 藤岡幸夫は2014年6月の東京シティ・フィルへの客演でもヴォーン・ウィリアムズを取り上げた。そのときは交響曲第5番だった。第5番は比較的聴く機会に恵まれているが、第3番は珍しい。得難い経験になった。
(2015.11.6.東京オペラシティ)
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パッション

2015年11月06日 | 音楽
 新国立劇場のミュージカル公演「パッション」。スティーヴン・ソンドハイム(1930‐)の作詞・作曲だ。ミュージカルにはまったく疎いので、この作品は名前さえ知らなかった。ソンドハイム作品を観るのも初めて。そもそもミュージカルを観たことがほとんどないのだが、さて、これはどんな作品か。

 時は19世紀、場所はイタリア。若い兵士ジョルジオは美しい人妻クララとの不倫に夢中だ。そんなとき、上官の従姉妹で病身のフォスカと出会う。フォスカはジョルジオに一目ぼれする。ジョルジオはフォスカを邪険に扱う。でも、フォスカは諦めない。どんな屈辱を受けても慕い続ける。フォスカの惨めさが頂点に達したとき、ジョルジオの心が動く。フォスカの愛を理解する。その3日後にフォスカは息を引き取る。

 これは愛の伝説だ。観終わってから一夜明けた今、わたしの心の中には固い結晶のようなものが残っている。いつまでも残っていそうな結晶だ。

 わたしの数少ないミュージカル経験と、この作品とでは、基本的な性格がまるで違う。波乱万丈のストーリー展開とか、スペクタクル的な見せ場とか、そんなものはまったくない。これは濃密な心理劇だ。ジョルジオとフォスカとクララの心理の綾に焦点が絞られる。それが大写しされる。

 オペラでも類似の作品は思いつかない。この作品はそれほどユニークな作品ではないだろうか。

 念のためにいうと、幕開き早々のジョルジオとクララとのベッド・シーンは「ばらの騎士」の幕開きを連想させる。またジョルジオと上官(クララの叔父)との決闘シーンは「エフゲニー・オネーギン」を連想させる。幕切れの放心したジョルジオの姿は「ホフマン物語」の幕切れの雰囲気に似ている。でも、そんなことは些細なことだ。この作品の本質には触れていない。

 初演は1994年。ソンドハイムの代表作とされる作品はすでにすべて書き上げられている時期だ。だからだろうか、本作にはソンドハイムの高度に芸術的で繊細な手つきが感じられる。

 上記の主要登場人物を歌った3人の役者は、歌、演技ともにすばらしかったが、中でもフォスカを演じたシルヴィア・グラブに感銘を受けた。グラブの迫真の演技がこの作品を一種の‘伝説’にしたと思う。名前も容姿も外人風だが、自然な日本語だ。どういう人だろうと思って調べてみたら、スイス人と日本人とのハーフだった。
(2015.11.5.新国立劇場中劇場)
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大野和士/都響

2015年11月03日 | 音楽
 大野和士が都響のヨーロッパ・ツァー(11月13日~23日)に持っていくプログラム。1曲目はラヴェルの「スペイン狂詩曲」。第1曲「夜への前奏曲」の冒頭で弦が奏でる弱音に絹のような光沢があった。大野/都響の美質の一つかもしれない。

 全体に入念な演奏だった。音づくり、表情付け、普段は埋もれて聴こえない音の動きの掘り起こし、どれをとっても入念だった。びっしりと中身の詰まった演奏。この曲でこれほど聴き応えのある演奏はあまり経験がないと思った。

 2曲目はプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。ヴァイオリン独奏はレーピン。第3楽章の最後の追い上げはさすがにスリル満点だった。

 でも、実をいうと、オーケストラの方が面白かった。大野和士の音楽の感じ方がよく分かった。大野和士は音楽に具体的なドラマを感じているようだ。息つく暇もない活発なドラマ。意外性があり、どう展開するか分からないドラマ。コミカルだったり、シリアスだったりするドラマ。そんな音楽の感じ方が、音色やテンポの多様な変化に表れ、また思いがけない音の動きに表れているように感じた。

 3曲目は細川俊夫の新作「嵐のあとに」。演奏時間18分ほどの曲で、前半はオーケストラが‘嵐’を表現し、後半は2人のソプラノがヘルマン・ヘッセの詩「嵐のあとの花」を歌う。東日本大震災が強く意識された曲だ。

 前半の音楽は、風の音や波の音の模倣を挟みながら、膨張と収縮を繰り返す。細川俊夫の得意な音楽だ。後半の音楽は、ソプラノ2人が2本の糸をより合わせるように歌う。全体に分かりやすい曲だ。オーケストラの演奏会に普通に収まる曲。細川俊夫に委嘱が絶えない所以だろう。

 ソプラノ二重唱はスザンヌ・エルマークとイルゼ・エーレンス。前者の明るく華やかな声にたいして、後者の陰影のある細い声が(そう作曲されているからかもしれないが)、絶妙なバランスを保っていた。

 4曲目はドビュッシーの「海」。前3曲でかなり疲れてしまったが、もう1曲あると気合を入れて聴いた。音が瑞々しい。第2楽章「波の戯れ」の後半では、めくるめくような激しい演奏に息を呑んだ。思い返せば、前3曲でも感得されたことだが、大野和士の動的な音楽性の総仕上げというか、そのピークに触れるような気がした。第3楽章「風と海の対話」でのトランペットのファンファーレ音型はなかった。
(2015.11.2.サントリーホール)
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原田敬子の作品

2015年11月01日 | 音楽
 サントリー芸術財団の「作曲家の個展2015」で取り上げられた原田敬子の作品。中でもピアノ協奏曲が忘れられない。その後もずっと想い返している。

 当日配布されたプログラムに原田敬子の作品リストが載っていた。それを眺めていてハッとしたのだが、2006年に「アザー・サイドⅡ」というオーケストラ曲があり、アルブレヒト指揮の読響が初演している。ひょっとするとこれは聴いているかもしれないと、日記をひっぱりだしてみたら、やっぱり聴いていた。

 聴いたことすら忘れているのだから、頼りない話ではあるのだが、日記には「原田敬子の作品は構造的な骨格をもつもので、女性的な感性を感じさせない。」と書いてあった。当日はバートウィッスル、グバイドゥーリナ等、計4曲が演奏された。グバイドゥーリナは大好きな作曲家なのだが、感想は原田敬子のこの曲についてだけ記してあった。余程感じるところがあったのだろう。

 原田敬子をはっきり意識したのは2014年に都響の定期で再演された「エコー・モンタージュ」(2008)を聴いたときだ。指揮は秋山和慶で驚くほどアグレッシヴな演奏だった。わたしは日記に「鮮烈かつ大胆な曲。すごい才能だ。」と書いている。

 今回の作曲家の個展では計4曲が演奏されたが、中でも前記のように「ピアノ協奏曲」(2013‐15)に感銘を受けた。どんな曲だったかをなぞって記述する力はないが、なにか特別な曲だと感じた。また演奏も特別な、感動的なまでに献身的な演奏だった。

 この曲のなにがどう特別かは説明できないが、音の新鮮さと緊張感が桁外れだ――こんな一般的な言葉でしか表現できないのが情けないが――。他の3曲に比べてもそうだが、同時代の他の作曲家に比べてもそうだと感じた。約25分という比較的長い演奏時間中、気をそらすことがなかった。その音のイメージが今でも記憶に残っている。

 以上、一人の作曲家に3度も感銘を受けた。これはそんなにあることではない。この作曲家の才能に惹かれる所以だ。

 もっとも、正直にいっておくと、作曲家の個展で演奏された最新作の「変風」(2015)には特別なものを感じなかった。前へ前へと行っていたものが、急に後戻りしたような、歩みを止めてしまったような、そんな印象を受けた。

 実をいうと、小さな刺が刺さったような危惧を抱いた。‘尖った’個性が尖ったまま創作活動を続けるよう願っている。
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