Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

METライブビューイング「チャンピオン」

2023年06月17日 | 音楽
 METライブビューイングでオペラ「チャンピオン」。作曲はジャズのトランペット奏者でもあるテレンス・ブランチャード。台本はミッチェル・クリストファー。セントルイス歌劇場とジャズ・セントルイスの共同委嘱作品。2013年にセントルイス歌劇場で初演された。

 実在のプロボクサー、エミール・グリフィス(1938‐2013)の栄光と苦悩を描く。ボクシングのチャンピオンまで昇りつめた裏側でゲイであることに悩むエミール。ブランチャードは開幕前のインタビューに答えて、「ゲイであるために差別される。そんな差別をいつまで続けるんだ、という気持ちで作曲した」(大意)という。折しもわたしが観た6月16日は、日本の国会で多くの問題を抱えるLGBPQ法案が成立した。保守派の圧力で骨抜きにされ、捻じ曲げられた法案。差別はアメリカだけではなく、日本にも現存する。

 エミールは黒人であり、(先述したように)ゲイでもある。2重のマイノリティだ。あるとき、試合前の計量で、相手はエミールを「ゲイ野郎」とののしった。試合でエミールは相手に7秒間で17発のパンチを打ち込んだ。相手は意識を失って倒れ、そのまま病院で亡くなった。エミールにはその出来事がトラウマになった。あのパンチは相手にたいするパンチではなく、自分の内なるゲイの性向にたいするパンチではなかったかと。

 年老いて体が不自由になり、認知症の兆候が始まるエミールは、亡くなった相手の息子と会うことを切望する。やっと対面がかなう。エミールは許しを請うが‥。

 幕間に(あるいは開幕前に)だれかがいっていた。「モーツァルトもプッチーニもいい。だが、どちらもヨーロッパの白人のオペラだ。世界には多様な人々がいる。多様な人々が自分の問題だと感じられるオペラを作りたい」と(大意)。「チャンピオン」はそういうオペラだ。

 舞台にはボクシングのリングが設置される。オペラ歌手がボクシングをする。演技だが真に迫っている。肉体もボクシング選手並みに引き締まっている。青年時代のエミールを演じ、かつ歌うのは、ライアン・スピード・グリーン。スター誕生だ。老年時代のエミールはお馴染みのエリック・オーウェンズ。じつに味がある。その他に少年時代のエミールをボーイソプラノ歌手が歌う。清純な声がひときわ異彩を放つ。

 演出はジェイムズ・ロビンソン。エミールの少年時代、青年時代、老年時代が重なるストーリーをわかりやすく見せる。指揮はヤニック・ネゼ=セガン。ボクシングのガウンを着ての指揮だ。カミール・A・ブラウン振付のダンスも見ものだ。現代の猥雑な息吹をいやがうえにも舞台に発散する。
(2023.6.16.109シネマズ二子玉川)
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