Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

秋山和慶を偲ぶ

2025年01月29日 | 音楽
 秋山和慶が亡くなった。本年1月1日に自宅で転倒して、重度の頚椎損傷を負った。1月23日に家族の名前で引退が表明された。そのときの発表文によれば、引退は「意識がはっきりしている本人と家族によって十分に話し合われた結果決めたこと」であり、「秋山和慶は、これから厳しいリハビリとの戦いになります」とあった。それから3日後の1月26日に肺炎を起こして亡くなった。享年84歳。

 わたしは秋山和慶の生き方に共感していた。秋山和慶は1964年2月に東京交響楽団を指揮してデビューした。当時23歳だった。ところがその翌月に(同年3月26日に)東京交響楽団は解散した。TBSの専属契約が打ち切られたためだ。同年4月9日には当時の楽団長の橋本鑒三郎(げんざぶろう)が入水自殺するという悲劇が起きた。

 秋山和慶は苦境にあった東京交響楽団をひとりで支えた。斎藤秀雄門下の兄弟子の小澤征爾が世界を目指していたころだ(N響事件が起きたのは1962年12月だ)。秋山和慶は小澤征爾とは対照的な生き方をした。

 秋山和慶はその後、東京交響楽団の音楽監督・常任指揮者を退任する2004年まで、40年間にわたり同楽団の指揮者を務めた。退任後も同楽団と緊密な関係を保った。

 最後に聴いたのは2024年9月21日の東京交響楽団の定期演奏会だ(チラシ↑)。1曲目のベルクのヴァイオリン協奏曲では、竹澤恭子のヴァイオリンもさることながら、繊細に組み立てられたオーケストラのテクスチュアにヴァイオリン独奏も織り込まれ、ベルク独特の音楽が現出した。2曲目のブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」では、ゆったりした音楽の流れに豊かなニュアンスが施され、至高のブルックナーの音楽が鳴った。その演奏は白銀色に輝いていた。

 もうひとつ、想い出深い演奏をあげると、2003年3月29日のジョン・アダムズの「エル・ニーニョ」だ。エル・ニーニョとはいまでは海洋現象に使われる言葉だが、元は幼子イエスを意味するスペイン語だ。ジョン・アダムズのこの曲は、イエスの誕生をマリアの視点で描く物語だ。受胎告知の怖れ、出産の痛み、幼子イエスにそそぐ母性愛が描かれる。

 ピーター・セラーズの演出は、マリアをヒスパニック系の少女に設定した。マリアは父親のない子(=イエス)を産み、警官(=ヘロデ王)に追われて、現代のアメリカ西海岸をさまよう。たき火のそばにたたずむマリア。ヒッピー風の3人(=東方の三博士)が幼子を訪れる。ステージ後方に投影された映像が忘れられない。アメリカはもちろん、中東にも、日本にもいるかもしれない現代のマリアだ。秋山和慶が指揮する東京交響楽団の精緻な演奏がマリアに寄り添った。
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