Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

高関健/東京シティ・フィル

2025年01月18日 | 音楽
 新年初めての演奏会。約1か月のブランクだ。年末年始をはさんだ約1か月の間、思いがけず忙しい日々を過ごした。昨年11月から住民運動にかかわり、濃密な日々が続く。相手は行政だ。不誠実な対応にイライラが募る。

 約1か月ぶりの演奏会は東京シティ・フィルの定期演奏会。指揮は高関健。1曲目はサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番。ピアノ独奏は奥井紫麻(しお)。初めて聴くピアニストだ。2004年5月生まれ。今二十歳だが、すでに立派なコンサート・ピアニストだ。サン=サーンスのこの曲を堂々と造形した。

 印象的だったのは、中高音の美しさだ。キラキラした音ではなく、澄んだぬくもりのある音が鳴る。一方、低音は深みに欠けるかもしれない。ともかく全体としてはヒューマンな音だ。帰宅後、SNSを見ると、会場のロビーに飾ってあった花が写っていた。よく見ると、FAZIOLIから贈られた花だった。もしかすると奥井紫麻が弾いたピアノは、スタインウエイではなく、FAZIOLIだったのかもしれない。

 アンコールにラフマニノフの前奏曲集作品23から第2番が演奏された。豪快な演奏だった。奥井紫麻はロシアで学んだ(今はジュネーヴ高等音楽院で学んでいる)。ロシア音楽もレパートリーに入っているのだろう。

 2曲目はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。最近は演奏機会が増えている曲だ。指揮者によってアプローチが異なる曲でもある。高関健のアプローチは音を克明に追うもの。覚醒した意識ですべての音を鳴らす。ムードに訴える演奏でもなければ、音色の美しさに惑溺する演奏でもない。高関健のそのアプローチは、この曲にかぎったことではなく、今まで聴いたマーラーの演奏に共通するものだ。とくに第7番は一筋縄ではいかない曲なので、余計におもしろいし、手ごたえがあった。

 印象的だったのは、第5楽章が全体の構成の中にきっちり収まったことだ。少しも唐突ではなく、また突出してもいなかった。昔、セーゲルスタムが読響を指揮してこの曲を演奏したときに、第5楽章が異様に突出したので、ショックを受けたことがある。そんな話はもう昔語りになったのだろうか。

 「夜曲」と名付けられた第2楽章は行進曲だ。夜の行進とは、いったいだれの行進なのだろう。兵士たちの行進か、それとも森の動物たちの行進か。同じく「夜曲」と名付けられた第4楽章は、ギターとマンドリンが入る恋人たちのセレナードだが、それにしては途中で忍び寄る不気味な影はなんなのか。そんな想像を楽しんだ。
(2025.1.17.東京オペラシティ)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする