Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

日本管弦楽の名曲とその源流⑨

2010年01月22日 | 音楽
 都響の1月定期は恒例の「日本管弦楽の名曲とその源流」シリーズで、Aプロはその第9回になる。指揮は井上道義で、曲目は次のとおりだった。
(1)野田暉行:コラール交響曲
(2)野田暉行:ピアノ協奏曲(ピアノ:岡田博美)
(3)ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム
(4)ベルク:歌劇「ルル」からの交響的小品(ソプラノ:天羽明恵)

 私は「コラール交響曲」をきくのはこれが初めて。結果は、よくわからなかった、というのが正直なところだ。井上道義の気負った指揮が、私を置いて先に行ってしまい、取り残されたような感じだった。

 ピアノ協奏曲は、その初演当時に(1977年~1978年)、FM放送や生演奏で何度かきいた記憶がある。そのときは難解な印象をもったが、今こうしてきいてみると、音楽的な緻密さを感じさせる曲だ。しかもこの日の演奏では、岡田博美のピアノ独奏が、この曲には意外なくらいしっとりとした味をきかせてくれた。この曲は今後も生き残っていく可能性があると思った。

 実は昨日は朝から風邪気味で、途中の休憩になったら帰ろうかと思っていたが、いざ休憩になったら、やっぱり頑張るかという気になって、そのまま後半も。

 休憩後のブリテンでは、冒頭のティンパニーが朗々と響いて、おおっと思った。全体的に大きな構えの演奏。それもこの曲の一面の真実だと思った。
 あらためて見てみると、この曲は第1楽章がラクリモーサ(涙の日)、第2楽章がディエス・イレ(怒りの日)、第3楽章がレクイエム・エテルナム(永遠の安息)となっていて、レクイエムのダイジェスト版のような構成だ。これは当時のブリテンがほんとうに音楽化したい部分だけを音楽化したということか。ともかく、この曲にはブリテンの真情がこめられているように感じられた。当時、第2次世界大戦に突入した母国イギリスで、良心的兵役拒否を認められたブリテンの筋金入りの反戦・平和主義――そのことのほうが、この曲が日本の軍国主義を揶揄したというよりも、よほど大事なことだと思った。

 最後のベルクは平板な演奏。とくに第1曲のロンドがそうだった。その後もオーケストラの音が濃密にならずに推移した。天羽明恵のルルは、私は2003年の補筆完成版の演奏をきいて感心したが、昨日は残念ながら少々メカニカルな感じがした。
 なおこの日は、井上道義の意向で、最後のゲシュヴィッツ伯爵令嬢の絶命の部分にも歌が入っていた――が、やはりオーケストラだけのほうがよいと思った。
(2010.1.21.東京文化会館)
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