平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

龍馬伝 第23回「池田屋に走れ」

2010年06月07日 | 大河ドラマ・時代劇
 人は過去を清算しないと前に進めない。
 今回の望月亀弥太(音尾琢真)がそうだった。
 半平太への想い。土佐勤王党で過ごした熱い日々。
 それを簡単に捨てられなかったのであろう。
 龍馬(福山雅治)はそんな亀弥太の気持ちはわかると言ったが、幼なじみの半平太への思いはあっても土佐勤王党への思いは亀弥太ほどではなかった。むしろ否定していたし。
 だから亀弥太を説得できなかった。
 人の気持ちを理解することは難しい。人の行動や主体性を変えることも難しい。
 死の間際、亀弥太は<後戻り>したことを後悔したようだが、後戻りすべきか海軍繰練所で未来に生きるかの葛藤はあまり描かれていない。
 だから亀弥太の最期があまり胸を打たない。亀弥太自身もそれまであまり描かれて来なかったし。

 今回のもうひとつのドラマは陸奥陽之助(平岡祐太)。
 紀州藩の重臣の息子で脱藩して繰練所にやって来た変わり者。少し斜に構えた所がある。
 そんな陸奥と龍馬の出会い。
 作家としては龍馬の「ここにはいなくても良いもんは1人もおらん。船は1人で動かす事はできんがじゃ」というせりふに感銘を受けて、陸奥が龍馬に心服するというドラマを作りたかったようだが、この龍馬の言葉が陸奥の心にどれだけ響いたかは疑問である。普通、陸奥のような斜に構えたキャラクターが、この龍馬のせりふを聞いたら、「何を言ってやがる」と言いそうである。

 響かない龍馬の言葉。
 「後戻りしてはいかん。未来に生きろ」「いなくても良いもんはひとりもあらん」という言葉は正論なのだろうが、響いて来ないのはなぜか?
 ひとつは亀弥太も陸奥も描き込みが足りず、龍馬と激しく格闘していないせい。(陸奥は初登場であるが)
 それとせりふがあまりにもストレート過ぎるせい。
 これだったら弥太郎(香川照之)の「幸運を貯め込んだら不幸が来る。(だからお富さんに親切にしている)」というせりふの方が響いてくる。
 というわけで今回の龍馬は少しイマイチ。
 正論を述べる<いい人>というのはあまり魅力的でないのだ。

 最後に今回のタイトルでもある「池田屋事件」。
 敢えて血なまぐさい殺戮シーンを描かなくても、という意見もあるだろうが、しっかり描いてほしかったな。階段落ちとか。
 何しろ忠臣蔵で言えば松の廊下、幕末名シーンのひとつなのだから。


コメント (6)
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