平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

ゲゲゲの女房 人は気づいて生きていく

2010年06月26日 | ホームドラマ
 「はじめての里帰り」で布美枝(松下奈緒)は気づいた。
 自分の落ち着ける場所はもはや安来の実家ではなく、調布の家なのだと。
 布美枝は「ゲゲゲの女房」になったんですね。調布の地にしっかり根を下ろした。
 人はどこかに根を下ろして生きていく。

 茂(向井理)も気づいた。
 おならをしてもいっしょに品評してくれる人がいない生活の物足りなさ。
 くだらないことでも同じものを共有し、喜び、時に悲しむ。
 これも生きるということ。

 源兵衛(大杉漣)も気づいた。
 次男の反抗・独立。
 子供はやがて親の手を離れて生きていく。
 親の力を借りなくても、自分ひとりで歩き始める。
 さびしいけれど、これも受け入れなければならないこと。
 ヨチヨチ歩きの藍子。
 祖父が孫を可愛がるのは、再び愛情を注げる存在を見出したからなのかもしれない。

 里帰りとは関係ないが、冨田書房の冨田(うじきつよし)も気づいた。
 儲けの道具でしかないと思っていた漫画。
 でも本当は漫画が好きだった。
 戦後の闇市で買った漫画。飢えていて漫画本など買っている余裕はないのだが、買わずにはいられない気持ち。貪り読んで心にしみ通る感じ。
 人はパンのみに生きるものにあらず。
 
 この様に人は何かに気づいて生きていく。
 この日々の気づきを大事にしたい。
 <自分の落ち着ける場所がここであること>
 <いっしょに語り合える人間がいること>
 <子供はいずれひとりで歩いていくこと>
 これらのことに気づいていれば、かけがえのない一瞬一瞬を大事に生きていける。
 冨田の様に後になって気づいて後悔するのは結構つらい。

 今回のディティルでは源兵衛。
 布美枝が帰ってきて大喜びで出迎えたいのに、新聞を読んだフリをして威厳を保っている。
 その時の新聞は逆さま。
 こういうディティルの遊びは楽しい。

 せりふでは「ナンセンス!」
 末娘が古い考えの源兵衛に言うせりふ。
 なるほど、こういう使い方をしたのか。

 浦木(杉浦太陽)が冨田のことを「毒気が抜けた」と評したのも面白い。
 以前の冨田は金に追われ、金を追いかけ、毒気のかたまりだった。
 それが憑き物が落ちた様に茂に謝り、浦木を許す。
 「毒気が抜ける」「欲がなくなること」ことが人間にとって良いことか悪いことかは判断が難しい所だが、人間を語っていて面白い。


コメント
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