平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

江~姫たちの戦国~ 第43回「淀、散る」

2011年11月07日 | 大河ドラマ・時代劇
 大坂城落城。
 その煙を京都の地から見つめる高台院(大竹しのぶ)。
 豊臣家の終わり。諸行無常。
 僕はこういうシーンに惹かれる。

 淀(宮沢りえ)のシーンもよかった。
 「私は母上のように逝きたい。誇りを持ってな」
 <誇り>のために死ぬというのは、僕はあまり好きではないのですが、淀はさらにこう付け加えた。
 「誇りではなく、意地で選んだ道やもしれぬな」
 <誇り>というと格好いいが、<意地>だと実に人間的だ。
 格好いい死などない。きれいな死などない。
 この<意地>のせりふを付け加えた脚本・田渕久美子さん、今まで田渕さんの批判ばかりしてきましたが、このせりふはお見事!

 「蔵に鉄砲を一斉に撃ち込め!」
 この秀忠(向井理)の変心は何だろう?
 秀忠はまず大坂城の天守閣を焼いた。
 大坂城は豊臣家の象徴。
 これを焼くことで、豊臣家が無くなったことを世に知らしめたかったのだろう。
 「この世を太平にするために避けて通れぬいくさがある」
 この高台院の言葉に触発されたのだろうが、<徳川と豊臣の二大権力が並び立つことは出来ない。それは源平や南北朝などの過去の歴史を見ても明らか。ならばいくさの元になる豊臣を滅ぼすしかない。火種は消しておかねばならない>、こう秀忠は考えたのだろう。
 
 では、淀と秀頼(大河)を死に追いやったのはなぜか?
 これは次回、詳細に語られるだろうが、おそらくふたりの気持ちを尊重したのだろう。
 淀の人となりを考えたら、死を望んでいるだろうし、前回の秀頼の「城を出れば、私は死ぬのです」という発言もある。
 淀は秀頼を生きながらえさせたかった様だが、秀頼は母親想い、とても母親だけをひとり死なせることなど出来ないはず。
 そんなことを秀忠は考えたのではないか。
 結果、淀と秀忠は母と子として、片時も離れることなく死ねたわけだし。

 いずれにしても<鬼>となった秀忠。
 <やさしさ>(見方を変えれば<甘さ>)だけでは、世の中を治めることなど出来ないと理解した様子。
 秀忠は権力者の顔になった。
 こうした<鬼>に徹する覚悟がなければ、権力者になどならない方がいい。
 やさしく、善良に、平穏に暮らしたいのなら、権力や世の中を捨てて生きるしかない。

 さて、江(上野樹里)。
 今回は写経しているだけの出番だったが、次回は福(富田靖子)との対決になりそう。
 おそらく、江は淀の死で<徳川、豊臣と分かれて争い、憎み合うことの愚かさ>を知り、豊臣憎しに囚われている福を諫めるのだろう。
 さて、どう描かれるか? 主人公としては最高の見せ場ではあるが。


※追記
 もうひとつ秀忠。
 家康が豊臣家を滅ぼしていく様を半ば批判しながら見ている今までの秀忠は、<歴史の流れに流されている>。
 一方、淀達の意思を尊重し、自らの意思で豊臣を滅ぼした秀忠は、<流されながらも歴史に流れに乗った>と言える。
 ここには生きる姿勢として大きな違いがある。


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする