平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

民主党代表選~小沢一郎を信じるか?

2010年09月08日 | バラエティ・報道
 菅直人VS小沢一郎の民主党代表選。
 新聞などの世論調査では菅さん支持が高く、ネットでは小沢さん支持が高い様である。

 菅さんのことを<無為無策>と評したのは石原慎太郎都知事だが、まさにそう。
 就任三ヶ月で評価してしまうのもどうかと思うが、おそらく菅さんは大きな改革などなし得ない。
 予算は一律10%削減、普天間問題はそのまま、年金、円高、雇用、財政再建など山積みの諸問題もなんとなく中途半端にやるだけで、おそらくは現状維持、もしくは現状プラスアルファのまま。
 これはおそらく巷で言われている様に<霞ヶ関の官僚に取り込まれている>からだ。
 官僚は大胆な発想で行動が出来ない。失敗が怖いし、自分の持っている既得権を手放したくないから。だから現状に沿って少しずつ改革していく。
 平穏な時代ならこれでいいかもしれないが、今は大変な時代。
 過剰すぎる手を打っておかないと、どんどん激流にのみ込まれる。

 菅さんの言葉が軽く、ズレているのも気になる。
 「代表選で当選したら、命がけで総理の仕事を行う」?
 ということは今までは<命がけ>でなかったのか?
 記者クラブでの討論会では「一に雇用、二に雇用、三に雇用」
 確かに雇用問題は大切かもしれないが、われわれの様な現実の仕事で苦労している人間もいる。今にも会社が潰れそうな経営者がいる。
 また色紙に書いた言葉は『初志貫徹』。
 『初』という字が間違っていたという指摘もあったが、『初志貫徹』というのは具体性がまったくない。
 仮に菅さんの言う『初志』が<国民の生活を守る><最低不幸社会>というのなら、それを書くべきだ。
 菅さんの言葉については他にもある。
 参議院選挙時の<消費税発言>、<小沢さんにはおとなしくしていてほしい発言>。
 後者は国民に拍手喝采を浴びたが、この発言の後に「これが日本のため」とつけ加えたのはいただけない。
 <日本のためにおとなしくしてほしい>と言われて小沢さんは怒ったらしいが、確かに言わなくてもいいことを言って波風をたてている。結果、先日の菅・小沢会談では謝ったらしいし。

 ということで菅さんが総理になった所で、現在の情況は何も変わらず悪くなるばかりだと思うのだが、次の問題は小沢さんである。
 小沢さんの政策の根本は<昨年のマニュフェストを徹底してやること>。
 昨年の政権交代で我々はこの国の行政システムを根本的に変える大手術を期待した。
 それで行政の無駄が省け、もっと有効なことに予算が使えると思った。
 ところが菅さんは大手術ではなく、薬でこの国を治そうとしている。
 一方、小沢さんは大手術をしようとしている。
 これについては僕も小沢さんに賛成なのだが、問題は信憑性があるかということである。
 昨年、鳩山さんも大手術をしようとしたが、結果は挫折。それが現在の菅政権に引き継がれている。
 では大手術を小沢さんが出来るのか?
 出来なくて昨年からのこの一年と同じことをされたのでは、またムダな一年を過ごすことになる。

 ということで、代表選のテーマは<小沢一郎を信じるか?>ということ。
 信じて小沢さんに大手術をやってほしいという気持ちはあるのだが……。


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押尾容疑者と沢尻エリカ様

2010年09月07日 | 監督・俳優・歌手・芸人
 押尾学容疑者の公判が始まった。
 元マネージャーらなど検察側の証人に拠れば、押尾容疑者はマネージャーに「自分の代わりに罪をかぶれ、自分が一生面倒をみるから」と強要し、別のマネージャーには「ベッドでの行為をした後、自分は仕事で外に出かけ、被害者の女性が勝手に合成麻薬を飲んで死んだことに出来ないか」と相談したそうである。
 これが真実だとすれば、何とも<最低の男>である。
 押尾容疑者は自らのことを<押尾ブランド>と称し、あくまで<カッコイイ男>であることにこだわっている様だが、メチャクチャ<カッコ悪い男>になってしまった。
 <カッコイイ男>とは、自分のしたことに責任をとれる男。罪を認めて潔い男。
 同じ麻薬事件だが、清水健太郎氏の方がまだ潔い。
 何度も同じことを繰り返してしまう弱さや業みたいなものも感じる。
 そんな清水健太郎氏が演技で表現するものを見てみたい気もする。
 小室哲哉さんも今は心穏やかだろう。音楽活動も再開されている。
 罪を認めて償えば、次の舞台に行けるのである。

 一方、何かとお騒がせな沢尻エリカ様。
 僕などは彼女の言動にまゆをひそめる人間だが、もし彼女の言動が心からのものであれば興味がある。
 彼女は与えられた映画を「別に……」と言い、与えられた音楽を「歌謡曲みたいでつまらない」と言った。
 既存のものへの反逆。古い偉そうなものへの反逆。
 だから彼女が戦っているのなら何を考えているのか知りたいし、彼女が目指す本当に表現したいものを見てみたい。
 だが彼女の言動がもし外国のアーティストの物真似の上っ面なもので、話題作りのためだったらやめた方がいい。
 結局は自分にウソをついていることだからだ。
 それは結果、心を蝕む。

 かつて美輪明宏さんはその姿形で保守的なものと闘い、結果、実力で世の中をねじ伏せた。
 沢尻さんにそれが出来るか?
 彼女が本物かどうかが試されている。
 そして押尾容疑者は完全な偽物だ。
 虚飾をすべて奪われて、ちっぽけで最低な自分を思い知る必要がある。


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龍馬伝 第36回「寺田屋騒動」

2010年09月06日 | 大河ドラマ・時代劇
★お龍(真木よう子)さんの目がいい。
 大きな目でまっすぐ龍馬(福山雅治)を見る。
 真木よう子という女優さんに思い入れがあるせいかもしれないが、目だけで演技が出来るってすごい。
 演出家もその辺がわかっているようで、お龍のシーンでは目を中心にした顔のアップが多い。
 次回以降の新婚旅行で、この目の表情がどう変わっていくか楽しみ。

★物語は<寺田屋騒動>。
 史実がどうかはわからないが、ほぼ一般的に語られている流れどおり。
 お龍が走り、三吉慎蔵(筧利夫)が槍を振りまわす。
 龍馬は短銃を撃つ。
 西郷(高橋克実)はふり返って「坂本どんを死なせてはならん」と見栄を切る。
 か、かっこいい!
 こういう活劇調、僕は好きですね。
 この作品、日常での心理描写が浅くてゆるい分、こういうダイナミックで緊張感のあるシーンが結構引き立つ。

★そして今回、龍馬が<倒幕>で動いている理由が明らかに。
 龍馬は弥太郎(香川照之)に語る。
 「フランスなしにはやっていけぬ幕府に任せていたら、この国はフランスに乗っ取られてしまう。フランスが奪えば、英国も米国も参加して分捕り合戦が始まる。日本を守るために新しい仕組みが作られねばならない」

 このせりふをもっと前に言ってほしかったな。
 このせりふがなかったから、僕などは龍馬がいつ<倒幕>に傾いたのかわからなかった。
 確かにシーズン2の終わりに「この国を洗濯する」と龍馬は言ったが、それが<倒幕>なのか何なのかはっきりしなかった。
 長崎で何となく高杉晋作に触発されて<倒幕>に傾いたという感じではあったが、それでは龍馬が他人の意見にすぐ影響を受ける軽い人物のように思えた。
 龍馬はやさしさをベースに情況を客観的・理性的に判断して行動する人物なのに、という不満が残った。
 ということで今回やっと龍馬の行動に辻褄が合ってきた。

 このことに関連するが、大河ドラマである以上、その人物がどの様な思想・政治意識を持っていたかはしっかり描いてほしいものである。
 それは西郷も木戸も高杉も。
 たとえば一橋慶喜(田中哲司)なども現在は悪役としてしか描かれていないが、本を読むともっといろいろなことを考えていた深い人物。
 彼は後の鳥羽伏見の戦いで大坂から逃げ帰ったが、そうした行動の背景には、戦場に錦の御旗が立てられて<朝敵>にされたからという理由がある。
 水戸学を信奉する慶喜の精神構造では、天皇に反旗を翻した足利尊氏と同じになることは許し難いことだったのだ。
 ここまで描き込まれると人物は深くなり、ドラマになる。 
 大河ドラマではこういう人物描写を見たいんですけどね。
 今後は大丈夫か? 

※追記
 今回チラッと出た会津の松平容保なんかも実に魅力的な人物。
 坂本龍馬とは直接関係ない人物なのでこの程度の描写で仕方がないと思うが、その魅力の片鱗をチラリと見せてほしいと思うのは贅沢だろうか?


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ゲゲゲの女房 息苦しい現実を生きる方法

2010年09月04日 | ホームドラマ
 印象的だったのは金曜日。
 はるこ(南明奈)の要請で、子供たちと川に行く茂(向井理)。
 茂が河童の話をふると、子供たちが祖母たちから聞いた妖怪話を語り出す。
 時代は<ロボット>が全盛で子供たちの中に<妖怪>はいなくなっていた様ですが、じつはしっかり心の奥底にいたんですね。
 普段は忘れられて心の奥底にしまわれているのだが、何かきっかけがあると思い出す。
 修学旅行で喜子の級友たちが障子に映る光を見て、「妖怪だ」と怖がるのも同じ。
 人間の心には<妖怪>がしっかり刻み込まれている。
 それは先祖から引き継がれた記憶? DNAのようなもの?

 そして茂は心の奥底にしまわれている<妖怪>を妖怪画集という形で掘り起こそうと決心。
 子供たちから<妖怪>が失なわれてはならないとも思っている。
 なぜなら「妖怪が住みにくい世界は人間も住みにくい世界」だから。

 喜子は修学旅行のしおりの表紙に<京都を背景にした妖怪の絵>を描く。
 しかし、それは否定されてスケッチブックに描き直したのは<金閣寺を背景に生徒たちが笑っている絵>。
 この二枚の絵、どちらの絵がワクワクするだろうか?
 現実を謳歌している人は<生徒たちが笑っている絵>でも十分に楽しいだろう。
 しかし現実に違和感を感じている人には<妖怪の絵>の方に魅かれるだろう。
 自分が生きている世界とは別の世界があると思えること、金閣寺に妖怪がいると思えること、その方がずっと救われる人間がいる。

 もっとわかりやすく言うと、
 <ネス湖に恐竜がいると思えればネス湖はロマンの湖になるが、思えなければただの湖になる>
 <南国のお面に魂が宿っていると思えれば宝物になるし、思えなければ単なるがらくたになる>ということ。
 この場合、どちらが豊かだろう?
 やはり<妖怪>や<恐竜>、<精霊>がいない世界は息苦しく色褪せているのである。
 現実の世界は、茂の言葉を借りれば「損か得か」「人気投票」の世界でしかないのだから。

 現実の息苦しさから脱するには、空想の力をたくましくするしかない。


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20世紀少年 世界を憎むか愛するか

2010年09月03日 | 邦画
 ともだち。
 秋葉原連続殺傷事件の加藤智大容疑者を思い出した。
 誰にも存在を認知されない存在。
 認知されれば叩かれる。いじめられる。
 ネット上でのハンドルネームはともだちのお面。
 結果、世界を憎んで破壊しようとした。

 「ヒトラーの絵画」という映画も思い出した。
 画家として誰にも認められない若き日のヒトラーを描いたこの作品。
 ヒトラーは理想の王国を絵に描き、それをドイツ第三帝国という形で実現した。
 ともだちは<よげんの書>を実現した。

 ともだちが唯一、世界と繋がれた瞬間は<万博>だったんですね。
 <万博>のことを話してクラスメイト達から「すげえ!」と言われた。「万博に行く」と言ったらもっと「すげえ!」と言われた。
 世界がともだちと最も調和した瞬間。世界とともだちになった瞬間。
 だから、ともだちが創った造形物も万博の太陽の塔。

 そして<よげんの書>。
 <よげんの書>を作ったケンヂと仲間になりたかったともだち。
 自分も<よげんの書>作りに参加したかった。
 だから<よげんの書>に書かれたことを実現したかった。
 そうすれば、もう一度「すげえ!」と言ってもらえると思った。
 仲間に入れると思った。
 だから秘密基地のマークを自分のシンボルにした。

 ともだちは哀しい。
 大人になっても仮面をつけてしか生きていけなかった。
 相変わらず友達を求め、孤独だった。
 世界を憎み続けていた。
 人は大人になれば様々な形で世界と折り合いをつけて生きていくものだが、それが出来ない時は、自分を滅ぼすか世界を滅ぼすしかない。
 世界は空想やSFの中でしか壊すことが出来ないから大抵の人は諦め、やったとしても加藤容疑者ぐらいのことなのだが、ともだちはそれを本気でやろうとする。
 ある意味、すごく幼稚で子供。

 おそらく作者・浦沢直樹さんの発想のもとはオウム真理教だったのだろう。
 オウムの教祖と仲間達は本気でハルマゲドンを起こそうとしていたし、「宇宙戦艦ヤマト」に登場した<コスモクリーナー>なるものも開発していた。
 現実とアニメ・コミックなどの空想世界との境界がなくなった世界。
 それを浦沢さんは、巨大ロボットやUFO、現実の名前をもじった漫画家、敷島博士や矢吹丈といったもので表現する。

 本題に戻る。
 <世界を憎むか、愛するか>
 「エヴァンゲリオン」もそうだったが、新世紀に生きる者のテーマの様な気がする。


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ホタルノヒカリ2 俺は一生君の縁側になる

2010年09月02日 | 恋愛ドラマ
 俺は一生君の縁側になる。

 部長(藤木直人)は大きな愛情を持った男ですね。大人ですね。
 蛍(綾瀬はるか)のことを本当に理解している。
 どんなにふりまわされても蛍のことを想っている。
 自分は蛍の元気のもとでありたいと想っている。
 これは与えても相手からは何も求めない<無償の愛>に近い。

 今回は、前回の「君も少しは私の影響を受けているのではないか」と言った部長の言葉のアンサーでもありました。
 <出したら元にあった場所に戻す>
 蛍は婚約指輪をちゃんとそうしてた。
 しっかり、少しずつですが、部長の影響を受けていたんですね。

 どんなにふりまわされても蛍を愛し、支え続ける<覚悟>をした部長。
 出来ないながらも部長をひたむきに想い、がんばり続け、少しずつ<成長>していく蛍。
 男女の間は様々ですが、蛍と部長はそういうカップルの様です。

 そして、もうひと組のカップル。
 山田姉さん(板谷由夏)と二ツ木(安田顕)。
 「君にふりまわされながら三歩後をついて行きます。でも時々ふり返ってくれるかな」
 これもひとつの男女の形。
 <時々ふり返ってくれるかな>というのが二ツ木らしい。

 結論!
 男女の愛の形は様々。
 それぞれに一番しっくり行く愛の形がある。
 同じ歳の差カップルでも<石田純一さんと東尾理子さん><FUJIWARAの藤本さんと木下優樹菜さん>は違いますからね。
 それぞれいい感じでハマっている。
 逆に<沢尻エリカ様と高城剛さん>は悲惨。

 というわけでしっくり行く相手を見つけられた人は幸せですね。
 もっともしっくりハマるまでには、蛍と部長、二ツ木たちの様に様々な紆余曲折があるのでしょうが。


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マンマ・ミーア! 彼女はダンシング・クイーン!

2010年09月01日 | 洋画
 青春の復権の映画である。
 ABBAを聴いて青春時代を過ごした中高年に見てもらいたい映画である。

 娘の結婚式に現れた3人の男たち。サム、ハリー、ビル。
 彼らは主人公・ドナ(メリル・ストリープ)の元恋人。そして結婚する娘の父親候補。
 ドナは若き頃、この3人の男とロマンスがあって3人のうち誰が父親かわからないのだ。
 娘とヴァージンロードを歩きたいと言い出すサムたち。
 一方自分の自由奔放な過去がバレるのが怖くて、帰る様に言うドナ。

 楽しくなるのは作品前半で流れる「ダンシング・クイーン」だ。
 かつての男たちの出現に戸惑うドナ。
 ドナの女友達たちはそんな良識あるオトナになってしまったドナをからかう。
 「人気者で自由奔放だったあんたが何言ってるの?」
 「昔の自分を隠して、いいお母さん気取り?」
 「オトナはやめて子供に戻りなさい」
 「人生は楽しまなくちゃ!」

 そしてドナの友人達は「ダンシング・クイーン」を歌い始める。

♪ 踊ってよ リズムに乗って、最高の時を楽しんで
  あの娘を見て あのシーンを あなたはダンシング・クイーン

  金曜日の夜 出かける場所を探してた いい音楽のあるナイスな場所
  いい男を捜すために

  夜はこれから 
  音楽が高鳴り ロックがかかれば それでOK 体が動き出す
  もうあなたはダンシング・クイーン 若くてスウィート まだほんの17歳

  セクシーに迫るのよ
  火をつけたら逃げちゃうの 次を探すの 相手は誰でもいい
  キメるチャンスが来たら
  もうあなたはダンシング・クイーン 若くてスウィート まだほんの17歳 ♪

 「ダンシング・クイーン」を歌い踊るドナたち。
 彼女たちは歌いながら恋にわくわくドキドキしていた17歳に戻るのだ。
 体のキレが悪くてぎこちなくても、脚が上がらなくても踊り続ける。
 そしてそのまま街に出ると、ドナ達に触発されたのか、今度は街の中高年の女性達がいっしょに踊り始める。
 家事をやめて、薪拾いの仕事をやめて。

 家族や生活に埋没した中高年の女性達が「ダンシング・クイーン」で、昔を取り戻す。
 輝いていた青春時代を取り戻す。

 この作品はおそらく若い人には理解されないだろう。 
 そして現在のエンタテインメントはほとんどが若者ターゲットのもの。
 そんな中、「マンマ・ミーア!」は中高年が見るべき楽しい映画だ。
 この作品は中高年を元気にしてくれる。 


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